一瞬、レゴラスが息を詰らせる。 「誰だか、お分りになるでしょう」 クリップではさんだ写真。 「エルロンド卿です。手前にいるのが、ギル=ガラド教授」 かなり古い写真。 「暗黒時代と呼ばれた当時、ギル=ガラドは大学で学識一派を率いる指導者でした。 彼の一族は貿易業で財を得ており、政界財界にも強い影響力をもっておりました。 エルロンドは彼の学生で、ギル=ガラドとも親密な関係だったと噂されております。 もうひとつ」 また、別の写真を出す。 「こちらはあなたも良くご存知と思います。ギル=ガラドと唯一敵対していたシンゴル。 彼も大学教授で、一派を率いておりました。シンゴルは事故死しておりますが、 その影ではギル=ガラドが関係していたとも言われています。 シンゴルの一派は離散しましたが、その意思を継いだのがオロフェア。 学会での影響力は薄れましたが、彼を支持する者は少なくありませんでした。 麻薬戦争と呼ばれる抗争が、後に起ります。 ギル=ガラドが勢力を集めて、当時裏社会を牛耳っていたサウロンと戦いました。 もちろん、良識あるものはその抗争に参加しましたが、 オロフェアはギル=ガラドと手を組むことを拒否。 同じくシンゴルの息のかかっていたアムディアと同盟を組みますが、 結局、その兵力の薄さで大敗。その裏では、大きな力を持っていたギル=ガラドが、 彼らを見捨てたからと言われています。 その抗争で、オロフェア氏もアムディア氏も亡くなりました。 奇しくもギル=ガラドも命を落しています。 サウロンを潰しはしたものの、それぞれの指導者を失った彼らは、 派閥を組むことも無くなりました」 唇を結んで写真を見つめていたレゴラスは、厳しい視線をグリマに向ける。 「歴史の講義を行いたいのなら、別の者にしていただきたい」 グリマはほくそえむ。 「いえね、オロフェア氏の唯一の後継であられるスランドゥイル殿も、 この抗争で酷い負傷をしたという話ですから、 きっとギル=ガラドをとても恨んでいるのだろうと思いましてね。 ギル=ガラドが後継者として選んだのは、 親族ではなく彼の愛人と噂されたエルロンド殿ですから」 口の中が、からからに乾いて、息も飲めない。 「私は、スランドゥイル殿のご心中を察しますよ。お強いお方ですから」 「僕の生まれる前の話です。僕には何の関係もありません」 レゴラスの答えは予想していたように、グリマは唇をゆがめた。 「そうですな。あなたには何の関係も無い話です。ところで・・・・・・」 また、一枚の写真を出す。それは、今までのものとは違い、 ぶれてはっきりしないものだった。隠し撮りされたものらしい。 「この人物は、ご存知ですか?」 レゴラスは目を細めた。 「その暗黒時代、同じくギル=ガラドの元にいた男です。 ただ、この男はエルロンド殿と違い、表舞台には一切出てきません。 暗殺者との異名を取る者です。サウロンとの抗争はもとより、 ギル=ガラドの関係する事件には、この男の影があったと聞きます。 冷酷無比なアサシン。ギル=ガラド亡き後、この男は姿を消します。 どこに行ってしまったのでしょうね。 あの時代のことは、忘れ去れらて久しいですが、ゴシップ好きの連中や、 彼に恨みを持つものなら、その居所を喜んで聞きたがるでしょう」 やっと気付いたレゴラスが、驚きに僅かに口を開き、その名前を飲みこんだ。 「まあ、今のエルロンド卿なら、情報が流出されても、 それほど地位をゆるがせたりはしないでしょう。 多少金をばら撒いて、口裏を合せさせればよいのですから。 秘書をクビにする必要はあるかもしれませんがね」 そうか、この男の切札は、これだったのだ。 「もちろん、そんなことはあなたには関係の無いことです。ええ、まったく」 「・・・・僕を・・・・脅すつもりですか」 「そんな、滅相も無い! あなたには関係の無い人物なのですから」 卑怯だ。 レゴラスの家族にも、会社にも、一切関係のないこと。 レゴラスがそれを無視したところで、何の影響も出ない。 つまり・・・・ 脅しにならない。 「くだらない話を聞かせてしまって、申訳ありませんでした。 どうぞお帰りになってください。スランドゥイル社長によろしく」 座ったまま、レゴラスは手を握り締める。手のひらに、じっとりと汗をかいている。 「・・・・何が・・・望みなのですか?」 激しく鳴る鼓動を、耳の奥で感じる。 「人聞きの悪い。私はあなたを脅迫しているわけではありません」 そう、脅迫されているわけではない。スランドゥイルには関係ないし、 エルロンドだって・・・・その地位を奪われるほどのことではない。 「では、言い方を変えます。 どうしたら、あなたのその口を閉じさせることができるのですか」 レゴラスの反応に、グリマが楽しそうに微笑む。 「私とて、こんな資料どうでもよいものなのですがね。 良かったら、差上げましょうか。もちろん、無料で、とはいきませんが」 「ずいぶんと、手の込んだことをする。僕を脱がせたいだけなのに」 ぼそりと、吐き捨てる。 「あなたはご自分でお気づきでない。あなたにはそれだけの価値があるのだと。 エルロンド卿のものになってしまってから、尚更その価値は上っているのですよ。 誰もあなたを落せない」 最初に言ったとおり。 北風と太陽の童話のごとく。無理矢理衣服を剥ぎ取ることは出来ない。 ならば、自ら脱ぐように仕向けるだけ。 「わかりました」 レゴラスは立ちあがって、スーツのジャケットを脱いだ。 「ただし、二度はありません。同じ手は通用しません。 もしあなたが、同じ脅しを使おうものなら、今度は僕も強硬手段に出させてもらいます。 一度きり、です」 「やはりあなたは、私の思っていた通りの方ですな。 自分に与えられる痛みより、近親者に与えられる痛みに弱い。 自分さえ我慢してしまえば丸く収まるなら、どんな犠牲も惜しまない。 本当に、すばらしい方ですよ」 ネクタイに手をかけ、抜き取りながら部屋の中を見回す。 「これは交換契約です。はっきりしていただきたい。 僕は、何をすればよいのですか? 何を望まれます? あなたご自身が、満足されればよいのですか」 グリマは、自ら服を脱ぐ、レゴラスの白い体を嘗め回すように見つめる。 「私は鬼畜ではありませんよ。レゴラス殿、あなたにも満足していただきたい」 レゴラスの指が、ふと止る。 酷い条件だ。 イかせるだけなら、簡単だ。だが、それで自分も・・・となると、自信がない。 男の生理は単純だとはいえ、本当なら、吐気をもよおすほど嫌な行為なのだ。 エルロンドを思い浮べて、他の男に抱かれることなんて、できない。 なら、演じる、しかない。 大丈夫、できる。 できる・・・・。