「そうなの? 困ったね・・・」

 エルロンドの屋敷。

 キッチンでひまわりの種をつまみながら、
レゴラスは自分のノートパソコンひろげて仕事をしていた。
エルロンドは出社中。双子はあれやこれや家事に追われながら、
時折レゴラスをのぞきに来る程度。仕事ならエルロンドの書斎でやればいいものを、
一人では寂しいからと、双子が出入りするキッチンでわざわざ仕事をしている。
レゴラスは、孤独を嫌っている。

「うん、そう・・・・。わかった。・・・・僕が行くよ。
書類に不備はないんでしょう? 因縁をつけたいだけだよ。
・・・・言葉に方言が混じっているだけで馬鹿にする連中もいるからね。
・・・・・大丈夫。社長には・・・? 言わなくていいよ。些細なことだもの。
じゃ、またあとで連絡する」

 片手でマウスを操作しながら携帯電話をかけていたレゴラスは、
ふうと溜息をついて携帯を閉じた。

「トラブルか?」

 様子をうかがっていたエルロヒアが声をかける。

「うん。まあ、ちょっとね。金の輸入業者と行き違いがあったらしいんだ。
たまにいるんだよ、社長を出せとか粋がる馬鹿なジジイが。
外国からきてる人らしいから、言葉の違いもあるのかもしれない。ちょっと出てくる」

 ノートパソコンを終了させて、着替えに寝室に向う。

 しばらくして、スーツに着替えたレゴラスは、
いつもの人懐っこさを仮面の下に隠していた。
物思いに耽るような真剣な眼差しに、双子も眉を寄せる。
いつものこと、と、言う割には、今日はずいぶん気を張っているようだ。

「面倒ごとなのか?」

「・・・・・・・」

 唇を結んだレゴラスは、無理に作り笑いをして見せる。

「先週パーティーでちょっと会ったんだけど・・・・苦手なタイプでね」

「何か手伝うことでも?」

 心配げに言われて、レゴラスは苦笑して首を横に振った。

「エルロンド様、今夜は遅いって言ってたよね? 帰ってきたら、すぐに会いたいな」

「なら、会社に直行すればいい。親父は嫌がらないよ」

 レゴラスは、ちょっとだけ安心したように頷いた。

「そうする」

 普段から甘えてばかりいるが、改めてそんなことを口にするとは、珍しい。

「本当に、大丈夫か?」

「ありがとう。大丈夫」

 小さく深呼吸をして、レゴラスは屋敷を出て行った。

 

 

 

 気が重いなんてものじゃない。

 あの男の、あの視線。胸がムカつく。
あれは、どうやって食いものにしてやろうかと値踏みする、卑劣な目だ。
だから、会社の営業がレゴラスにヘルプを出してきた時、やっぱり、と思った。
なにかしら難癖をつけて、最初からレゴラスを呼びつけるつもりでいたのだ。

 ただのスケベオヤジなら、なんとでも逃げる方法はある。
それに、レゴラスがエルロンドの愛人なのは、公然の秘密。
それを知ってカマをかけてくる愚か者はいない。

 何を考えている?

 あの目・・・・・蛇のようで、ぞっとする。

 

 

 

 指定されたホテルに着く。出来ればロビーとかレストランとかで話がしたかった。
が、レゴラスは自分の甘さを知った。
その男が泊っているのは、最上階のスウィートだった。ただの輸入代行業者ではない。

 ぞっと背中を震わせ、息を飲んで、レゴラスはその男の部屋に向った。

 

 

 

 ドアをノックし、その男がにこやかに出てくると、
レゴラスも全ての不安を覆い隠して、にっこりと笑って見せた。

「遅くなりました。ミスター」

「グリマとお呼び下さい」

 人のよさそうな顔をして、その男、グリマはレゴラスを部屋に招きいれた。

 

 小奇麗な応接セットが置いてあり、十分そこで仕事が出来るようになっている。

「ご足労を願いまして、申訳ありません」

 ちょっと年配で、海外を回って貴金属の売買をする、
やり手で人のよさそうな印象を受ける。その面の皮の下は、どんな顔をしていることか。
警戒しながらも、にこやかに挨拶を返す。勧められるままに、ソファーに腰掛けると、
その男は正面に座った。

「先日、パーティーでお会いいたしましたな。
是非一度食事をご一緒したいと思っていたのですが・・・・
こんな形で会えるとは、思ってもいませんでしたよ」

 よくいう。レゴラスはそれでも笑顔を崩さない。

「あなたのお噂はかねがね・・・。
なんでも、あのエルロンド卿と一緒に暮していらっしゃるとか。内密な関係なのですかな」

「そうです」

 レゴラスははっきりと肯定した。

「では、あなたを口説こうとするものは、大変でしょうな」

「そうですね。でも、僕を口説こうなどと、愚かな考えをもつ人はいません。
僕の背後にあるものが怖いのでしょう」

 笑いながら言って見せる。

「そんなに恐ろしいのですか?」

「その人によりますが。それに、僕は護身術にも自信がありますので。
まあ、こんな話はどうでもいいですよね。仕事の話をしましょう。契約書に何か不備が?」

 グリマは狡猾に微笑む。この程度の脅しが効く相手ではない。

「不備はありませんが、金の値段がですね・・・・・
今、この経由でこの純度のものですと、当初のものとは変ってくるのですよ」

「ええ、金の値段は変動しますから」

「ですが、こちらとしても、できるだけ善処していきたい。
もしですね、私どもとの契約を破棄されることにでもなれば、
そちらの会社がひいきにしている海外の加工業者が、痛い目にあいますのでね」

 そうきたか。単に値段うんぬんなら、他にも使える業者はある。
だが、昔から使っている海外の小さな工場を脅しの材料に使われると、痛い。
スランドゥイルは、簡単に弱者を切り捨てる男ではない。
スランドゥイルの会社は、末端までの信頼でなり立っている。

「そうですね。こちらとしても、それは避けたいですから。
値段の金額に関しましては、明日にでも社長と財務担当とで話しあいましょう。
金額をご提示ください。それから、もしこちらに何か条件を出したいのであれば・・・・」

 グリマの目が、きらりと光る。この男の考えていることは、わかっている。
問題はそれをどうかわすかだ。

「いえいえ、条件などとんでもない。誠意だけ見せていただければ、それでいいのです」

「誠意・・・と、いいますと?」

「それは、あなたの態度次第だということです」

「最初にも申しあげましたが」

 レゴラスはまたにっこりと笑って見せた。

「単刀直入に申しあげますが、僕にに対してなにかよこしまなお心があるなら、
考え直した方がいいですよ。父はそういった営業活動を最も嫌っております。
もしそれを脅しに使うのであれば、僕の方にも考えはあります。
たとえば・・・・そうですね、あなた方が潰してしまった加工業者を
エルロンド卿に買取ってもらって立直す手もあります。最悪の場合、ですが。
あなたが今、強引に何かをなさるお考えならば、
電話一本で駆けつけてくれる者も大勢おりますので」

 それは、大げさな表現ではない。本気で助けを呼べば、
父親やエルロンドはもちろん、双子だってアラゴルンだって、駆けつけてくれる。
あるいは、ガラドリエルに連絡して、この男が国内のホテルすべてに
泊れなくする事だってできる。それだけの人脈は持っている。
最悪・・・・自分の腕一本でどんな窮地からも脱する事だってできる。

「ははは・・・まいりましたな」

 グリマは笑って見せるが、その笑みに油断はできない。レゴラスは唇を結んだ。
こいつ、何を隠している?

「失礼、そんなつもりはありませんよ。ええ、まったく。
あなたの人脈は心得ておりますとも。私もまだ、自分の命は惜しいですから。
金額に関しましては、ここに書いておきました。考慮願います」

 書類を手渡され、レゴラスが軽く肩の力を抜く。
それをケースにしまい、それでは、と立ちあがりかけると、
グリマはなにやら大きな書類カバンを出してきた。厳重にカギのかかるものだ。

「じつは、あなたにお見せしたいものがありましてね」

 いくつものカギを開け、グリマは周到に用意された資料の、
一番上の一枚をレゴラスの前のテーブルに置いた。