エルロンドは、社長室の重厚な机に両肘をつき、指を組んで額を乗せていた。

 

 結局、あの男には勝てないのか。

 太陽の色の髪と、空の色の瞳を持つ、あの男に。

 あの男には強さがある。戦うだけの技術なら、自分の方が上だろう。あらゆる知識も。
よって、現在の社会的立場は、自分の方が圧倒的に上である。

 では、あの男の強さとは、なんなのか。

 その気になれば、何でもできる男だ。中南米で泥まみれになることもあると聞く。
誰かに任せてしまえばいいことを、自らしてしまう豪快さ。
そうかと思えば、家事などにはまったく手をつけないという。
そういうことが得意な者に任せてしまうのだ。そんな男気に、女は弱いだろう。

 息子には、彼の好む仕事を与えてやる。
そうすることで、自分は役に立っているんだという自信がもてるように。

 愛想が悪く、口が悪く、そのくせ、頼りにされると断れない。
保護すべきものは、己の身を危険にさらしても保護しようとする。

 少年時代の優雅な生活を打壊されても、復讐することをやめ、
全てを捨てて新しい生活を作り出した強さ。

 誰をも魅了ししてしまうのは、優美な外見と、傷つき鍛えられた芯の強さ。
そして、包み込むような優しさ。

 

 エルロンドの前に、濃く入れた熱いコーヒーが置かれた。
目を上げると、秘書が立っている。

 グロールフィンデルは、余計なことは口に出さない。
エルロンドがスランドゥイルと会って来たことは知っている。
それでも、そのことは一言も口にしない。

「グロールフィンデル、『カルメン』を読んだ事は?」

「1845年、メリメの著書ですね。
知識として内容は知っておりますが、文学として楽しんだことはありません」

 文学として楽しむ、か。
そうだな。自分も、創作世界を楽しんだことはないかもしれない。

「私は今、ホセ・ナヴァロの気分だ」

 グロールフィンデルは、首をかしげるかわりに、僅かに目を細めた。

「自分のものにならないカルメンを、殺してしまう・・・・と?」

 指を解いたエルロンドは、椅子に背を持たせかけ、コーヒーを一口飲んだ。

 薫り高いブルマン。

「エルロンド卿、あなたは私より凶暴かも知れませんね」

 グロールフィンデルの言葉に、ほくそえむ。

「だから、私は今ここにいるのだ」

 目的のためには手段を選ばぬ、ノルドの系譜。

 その王たるギル=ガラドの後を継いで、自分は頂点に立っている。

 

 

 

 レゴラスは、学校の後所用を済ませてエルロンドの屋敷に帰ってきた。

 いつも真先に出迎える双子の姿がないことに、疑問を覚える。
明りも、居間にひとつ点いているだけだ。

「ただいま・・・・・」

 声を出しながら居間に入ると、
そのソファーにエルロンドが仕事用のスーツを着たまま座っていた。

「ふたりは・・・・?」

「友人の家に行っている。今夜は帰らない」

 めずらしいことだ。レゴラスは眉をひそめた。

 エルロンドの表情は厳しい。

「何か、あったんですか?」

 荷物を投げ出してエルロンドに近寄ると、その男はさっと立ち上がり、
レゴラスの腕を掴んだ。

「エルロンド様?」

 その力強さに、顔をしかめる。レゴラスの困惑を無視して、
エルロンドはその腕を強引に引っぱって、寝室まで連れて行った。

 

 薄明りの間接照明しかついていない寝室で、エルロンドはやっとレゴラスの腕を放した。
レゴラスは痛みの残る腕をさする。

「なに・・・・・」

 言いかけて、言葉が止る。エルロンドはネクタイをぬき取ると、
それでレゴラスの手首を固く縛った。

「何を・・・?」

 そのままベッドに突飛ばす。両手の自由を奪われて、レゴラスは小さな悲鳴をあげた。

 エルロンドはジャケットを脱捨て、ワイシャツを脱ぐと、
サイドテーブルに置いてあったペーパーナイフで白いシャツを切り裂いた。

「?!」

 驚きの表情で見つめるレゴラスに、細く裂いた自分のシャツを巻きつけて、
視界をふさぐ。

「エルロンド様?」

 その声色が、怯えた色になる。

 エルロンドはレゴラスにのしかかり、細い首に指をかけた。

「お前は、私のものだと言った筈だ。
お前は私だけを見、私のことだけを考えていればいい。他は何も見るな。
たとえ、お前が最も愛しているものであっても」

「・・・・な・・・?」

 苦しそうに震える唇を、乱暴に吸う。レゴラスは僅かに抵抗を示したが、
その手はねじ上げられ、ベッドの支柱にくくりつけられた。

 

 視界をふさがれ、体の自由を奪われ、レゴラスがもがく。

「今日、スランドゥイルに呼びだされた」

 そう言いながら、レゴラスのシャツのボタンを乱暴に外す。

「うまくいっていないのかと聞かれた」

 レゴラスは口を開けたが、言葉が出てこない。

「私は嫉妬しているのだよ。
たとえ父親でも、お前が私以外の男のことで涙を流すのは許せない」

 今朝のことを思い出す。

「でも・・・あ・・・・」

 あれは・・・・。言いかけた言葉が、かすれた悲鳴になる。
はだけたレゴラスの胸に、エルロンドは歯を立てた。

「許さないのだよ、レゴラス。これは、お仕置だ」

 ズボンを下着ごと引き剥がし、下半身をあらわにして、膝を持ち上げる。
屈辱的な体勢に、レゴラスは頬を染めた。

 腿の内側を舐め上げられ、ビクリと体を震わせる。
エルロンドは、肝心な部分には触れず、その周囲を攻めた。

「あ・・・・ああ」

 じれったい感触に、うわずった声を上げる。

「お・・・お願いです・・・・」

 かすれた声が哀願する。

「こんな・・・こんなの・・・嫌です! どうか解いて・・・・」

「だめだ」

 きっぱりと否定して、足から腰を撫で、その指で顎を掴む。

「エルロンド様・・・・あ!」

 じらしながら愛撫していく指に、唇が震える。

 拘束されたことへの怒りより、直接感じる部分を触ってもらえない苛立ちに身をよじる。

 見えなくても、自ら触れることができなくても、
そこにいるのは確かに愛している男だし、その指と唇の感触も彼のものだ。
満たされない体の欲求に、頭の中が真白になっていく。

「エ・・・エルロンド様・・・・」

 どうして欲しいと欲求を告げられぬまま、唇が彼の名前だけを呼ぶ。

「そうだ。もっと私の名前を呼びなさい。私が触れるところだけを感じるのだ」

 指でわき腹を撫で、そして、距離をおいて反応を見る。
少し触れては離れ、また触れる。それのくり返し。

「自分の欲求を自覚するのだ。誰に、どうして欲しいのか」

 他のことなど、どうでもよくなるまで。

 直接触れてもいないのに、レゴラス自身は官能に濡れる。

「お・・・お願い・・・です・・・・・おかしくなりそう・・・・・・」

 哀願は無視され、ぎりぎりの愛撫だけが続けられる。

「淫乱な子だ。触れてもいないのに、こんなにして」

 舌先で、先端部分の露だけを舐める。レゴラスは背をのけぞらせて悲鳴を上げた。

「言ってみなさい。どうしてほしいのか。誰に、何をしてほしいのか」

 ぎりぎりまで高められた欲望に、唇が震えて、飲み込めない唾液が零れ落ちる。

「ああ・・・・・」

「言うんだ」

 胸の突起を指の腹で擦られて、激しく頭を振る。

「し・・・・して・・・」

「何を?」

「イかせて・・・」

「誰が?」

 掠れる声に一度息を飲み、レゴラスはその名を叫んだ。

「エルロンド様・・・・エルロンド様・・・・! 触ってください!」

 小さくほくそえみ、エルロンドはレゴラスのそこを片手で包んだ。
そして、ちょっと手を動かしただけで、レゴラスはあっけなく果てた。

 やっと吐き出せた欲望に、体の力が抜ける。

 と、間髪をいれずに後の蕾を押し開かれる。

「!!」

 まともな思考が戻らぬうちに貫かれ、レゴラスはまた悲鳴をあげた。

 強引に押入って来たそれは、揺さぶりをかけ、快楽を感じる前に動きを止める。

 またもや中途半端に与えられた刺激に、理性が崩れ去る。

「お前に快楽を与えられるのは、誰だ? お前が欲しいものを与えるのは、誰だ!」

 真暗な視界の中、その声だけが響く。

「言いなさい。その口で。何が欲しいのか!」

 唇が震え、すすり泣きになる。

 こんなにも、気が狂うほどに欲しいもの・・・。

 それさえ与えられれば、他の何もいらない。そう、何も!

「・・・・・エルロンド様が・・・欲しいです・・・」

「全てを捨てても?」

「何も・・・・他には、何もいりません・・・! だから・・・・」

 少しだけ腰を動かすと、それを更に深くまで求めてレゴラスも体を浮かそうとする。
しかし、両手の自由が利かず、思ったとおりには動けない。情けないほどの泣き声を出す。

「ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・・・エルロンド様・・・・・」

 涙声で何度も謝り、動いて欲しいと体をねじる。
それでも、その苦痛はしばらく続けられた。

 もう言葉さえなく、開いた口で短い息をする。まるで、瀕死の動物のように。

 

 このまま、狂わせてしまいたい。

 

 残虐な衝動に、エルロンドは唇を舐める。

 繋がった部分が、痙攣している。

 

 このまま、狂ってしまおうか。

 

 突然動きを再開すると、レゴラスの体はすぐに反応した。
唇は甘美に微笑み、自ら求めながら淫靡な声を恥かしげもなく上げ続ける。

 もっと・・・・もっと、と。

 エルロンドは深く身を沈め、レゴラスの視界をふさいでいたものを外した。

「私を見なさい。私だけを見るのだ」

 瞼を持ち上げたレゴラスが、真直ぐにエルロンドを見上げる。

「・・・・エルロンド様ぁ・・・・・」

「私以外の、何も見ないと誓うのだ」

 レゴラスの緑がかった青の瞳は、エルロンドだけを映し、それを捕えて放さない。

「私以外の、何も欲しないと誓うのだ」

 官能に微笑みながら、レゴラスは紅く染まった唇で

 

 誓います

 

 と、呟いた。

欲望のままに腰を打ちつけ、
レゴラスが達すると同時に、自分も彼の体内に情熱を注ぎ込む。

 体の中に吐きだされた熱い液体に、レゴラスはうっとりとしたように体の力を抜いた。

 

 深く打ち込んだ楔を引きぬき、手首の戒めも解く。
自由になった手を、レゴラスはすぐにエルロンドの首に巻きつけた。

 絡み付いて、何度も何度もキスをする。

 エルロンドがそれをそっと引き剥がすと、レゴラスは不安そうに追いすがった。

「誓いを破るな。私以外の誰にも執着するな。
お前が私のものでいる限り、私はお前になんでもくれてやる。私の全てを」

 肌を重ねていないと壊れてしまうように、レゴラスはエルロンドに抱きつき、
そして、誓いますと繰り返した。