その日、ボロミアはアラゴルンの運転手としてその豪華なホテルに来ていた。

 運転なら自分でできるものを。

「内密な会議がある」

 アラゴルンはそう言った。

「社の者には内緒だ」

 何を意味しているのか、ボロミアにはわからない。

 ホテルのロビーに隣接されたラウンジで、向かい合ってコーヒーを注文する。

「何故私が?」

 ボロミアは、当然の疑問を口にする。

 これは、話せば長い。アラゴルンはタバコに火をつけ、
深呼吸をしてから、ゆっくりと話し始めた。

「麻薬王サウロンのことは、知っているな?」

 ボロミアは慎重に肯いた。アラゴルンは、声をひそめている。

「奴は没した。もうずいぶん昔の話だ。その時同盟を組んでいたのが、
エルロンド・・・当時の主導者はギル=ガラドだったが・・・と、
俺の本当の父親イシルドゥアだ。ギル=ガラドらは有名な学識者だ。
その遺産をエルロンドが継いでいる。で、結局イシルドゥアはサウロンの毒牙に犯され、
謀反を起こし、連合の学識者たちを裏切り、そして失脚した。
その辺のことはよくわかっていると思う」

 イシルドゥアは、今のアラゴルンが継いでいる会社の責任者だった。
彼が失脚したことにより、副責任者だったボロミアの家系が
そのあとを継ぐ事になったのだ。

「だが、サウロンの亡霊はいまだ生き残っている。
エルロンドらはそれらをずっと見張っている。最近、動きがあった。
それで、当時の責任者たる学識一派のお偉方が集まる、と、いうわけだ。
俺はまだ青二才だからな、呼ばれているのは午後の会議だが、動向が知りたい。
お前も、それらの顔ぶれを見ておいて損はないと思う」

 アラゴルンはボロミアをかなり高い位置に置いている。

 一般客に混じって訪れる、その豪華な顔ぶれを、
アラゴルンはそっとボロミアに指し示した。誰も、政界にも財界にも顔の聞く連中だ。
それでいて、政治家などでは決してない。

 ボロミアはガラスの衝立越しにその連中を眺めた。

 誰も、年齢を感じさせない。

 しばらくして、一人の男が入ってきた。

 アラゴルンが驚きの表情をする。ボロミアは、その男に見入った。

 不思議な雰囲気を持つ男だ。その顔には威厳があるが、どこかに優美な華やかさがある。

「・・・・・綺麗な・・・方ですね」

 思わず、そう口走る。そんなボロミアに、アラゴルンは失笑した。

「あの手が好みか」

 好み? 言葉の意味を解せず、ボロミアが眉を寄せる。

「あれはスランドゥイルだ。レゴラスの親父さんだよ」

 言われてみれば、雰囲気が似ている。

「誰だ、スランドゥイルを引っ張り出したのは」

「・・・・珍しいのですか?」

「珍しい・・・というかな。まあ、いわくつきと言った方が正しい。
彼ももとはギル=ガラドに対抗する一派の一人だったが・・・その話はまた今度にしよう。
とにかく、エルロンドとは仲が悪いのだ」

「レゴラス殿の父親なのでしょう?」

「個人的付き合いと派閥とは違う」

 ボロミアにそれを説明するのは難しい。

「・・・これはひと悶着あるかもな。少ししたら、会議室の前に席を移そう」

 

 

 

 アラゴルンはボロミアを連れ、
関係者しか入ることのできない最上階の会議室の前に移動した。
警備の者は嫌な顔をしたが、アラゴルンは無理を押して、
会議室の前のロビーで時間を過すことにした。

 そわそわと落ち着かないボロミアにタバコを勧め、自分も口にくわえる。
ふと見ると、エルロンドの秘書が上ってきて、ドアの前のガードマンに何か言って、
その隣に立った。

 彼もまた、そこで会議の様子を静かにうかがっていた。

 一時間もしたか、突然内側からドアが開いた。

 出てきたのは、スランドゥイルである。

 入ってきたときと同様、表情は険しい。

 その後からエルロンドが近付く。

「わしの用件は話した。もうこれ以上ここにいる義務はない」

「せめて、話し合いに最後まで参加してはいただけませんか」

「わしは、お前らと馴れ合うつもりはない」

 立ち止まり、振り返る。

「よいか、今回、ガンダルフのたっての頼みでここまで足を運んだが、
和解するつもりは毛頭ない。以前も言ったとおり、わしらに関わるな」

 エルロンドの表情も厳しい。

「協力願えるなら、私どもはそちらのどんな条件も飲みましょう。
そちらとて、厳しい現状に立たされていることには変わりないのですから」

「断る」

 はっきりとスランドゥイルは速答した。

「わしらに関わりをもつな。それがこちらの条件だ」

「それは・・・傲慢と取られても仕方のない意見ですが」

「傲慢だろうと偏屈だろうと、好きなように呼べばよい。だが、こちらの意思は変らぬ。
よいか、エルロンド。わしらの古い仲間には、そこにいる」

 スランドゥイルは、ドアの前に黙って立っているグロールフィンデルを顎で指した。

「お前の秘書の顔を覚えている者もおる」

 その言葉に、グロールフィンデルの表情に冷たいものが走る。
エルロンドも、まるでナイフを突きつけられたかのように息を飲んだ。

「わしは、自分の仲間が憎しみのために暴挙に走らないようにする。
それが精一杯だ。二度とわしを呼ぶな」

 くるりと背を向け、スランドゥイルは大股にエレベーターホールに向った。

 ちょうどその時、エレベーターが開いて、中から少年が出てくる。

「社長!」

 ぴっちりとしたスーツに身を包み、
スランドゥイルと同じ色の髪を幾重にも結い上げている。

「お話し合いは終わりましたか」

「済んだ」

 それから、スランドゥイルは聡明そうな少年に顔を寄せ、その耳元で何か囁く。
真剣な表情で少年は肯く。スランドゥイルは振向きもせずにそのエレベーターに乗り込み、
少年はエルロンドに歩み寄った。その表情は、大人びている。

「エルロンド卿、社長からの伝言です」

 エルロンドも、そこにいるのが少年であると言うより、
どこかの重役であるような対応をする。
実際、彼はスランドゥイルの最も信頼する右腕であった。

「この件での情報交換はガンダルフ殿を通してのみ行うとの事です。
社長の直接的意見が必要な時があれば、私がその全責任を担って、そちらに赴きます。
エルロンド卿の近い方が私どもの社に近寄ることはないよう、お願いします」

「・・・了解した。多大なる譲歩、ありがたくお受けすると社長に伝えてくれたまえ」

 少年は頭を下げた。

「相変わらず、頑固だな」

 中から出てきたガンダルフが、ニヤリと笑う。

「致し方ありません」

「過去の悲劇を帳消にすることはできぬか」

 エルロンドは複雑に口元を吊り上げる。

「でもまあ、少なくとも細い橋はできたと言うわけだな。レゴラス?」

 ガンダルフは少年にウインクをして見せるが、
レゴラスはそれに笑いかけることはなかった。

「大役だな」

「他の者には任せられません」

 もう一度頭を下げ、レゴラスはその場を去って行った。

 途中、アラゴルンに気がついたが、やはり笑いかけることはせず、
軽く頭を下げるに留まった。

 今の彼は、スランドゥイルの腹心の部下なのだ。

「さて、アラゴルン」

 エルロンドが会議室に戻った後、
ガンダルフは事の始終を見守っていたアラゴルンに目を向けた。

「待たせたな。入ってくれ。
ボロミア殿は、すまぬが終わるまでそこで待っていてもらおう」

 自分が想像していたより、ずっと重大な事態であることに、
ボロミアはただ肯いてそこに留まった。サウロンとの事件であるなら、
自分も決して部外者ではない。

「すまないな、ボロミア。少し待っていてくれ。あとでお前とも話し合いたい」

 アラゴルンは僅かに笑って見せ、会議室に入って行った。

 イシルドゥアとその同盟のことは知っている。
が、彼ら学識者に派閥があることまでは知らなかった。
レゴラスの父親と言ったあの男・・・かなり険悪な雰囲気だ。
よほどのことがあったのだろう。ボロミアは、ドアの前に残された、
エルロンドの秘書を見た。無表情を取繕ってはいるが、その瞳に苦渋の色がうかがえる。

 ボロミアは視線を外し、小さく溜息をついた。

   




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アラゴルンの父親の設定、エルロスじゃなかった?
なんて、ツッコミはお控えください。重々承知してます。
書きながら、かなり設定変ってきてます。気まぐれで書いてるからこういうことに・・・。
それから、この話はボロミアメインじゃないです。ごめんなさい。
ええ、そう、グロスラです。グロスラに続きます。