何を考えているのか、レゴラスは何も言わず、
ベッドに腰掛けてじっと床を凝視している。まるで、壊れてしまった人形のように。

 エルロンドはサイドボードからブランデーを出してきて、グラスにほんの少し注ぎ、
レゴラスに差出す。レゴラスはそれを受取もしない。
それ以前に、自分がどこにいるのか、何をしているのかも認識していないように。

「レゴラス」

 諦めてグラスをテーブルに置き、エルロンドはレゴラスの隣に腰掛けた。

「何がお前の心を閉ざしている?」

 その質問に、レゴラスが唇を噛む。

 エルロンドはレゴラスを見つめることをやめ、膝の上で指を組んだまま、
前方の壁を眺めた。一枚の大き目の絵画が飾られてある。リャドの絵だ。
レゴラスがエルロンドにプレゼントしたものだ。
溢れる緑色の色彩が好きなのだと言っていた。

「お前は、私に嘘をついたな」

 絵画を眺めながら、静かに口を開く。

「はじめて私と体を重ねた時、初めてだと言った。あれは、嘘だ」

「・・・・・嘘では・・・・」

「私は全てを知っている。グロールフィンデルが勝手に調べたことだが。
それでも、私はお前自身が知らないことも知っているのだよ。何が知りたい? 
教えてやろう。お前の母親のことも」

 俯いたまま、レゴラスが首を横に振る。

「知りたくはないのか?」

「母のことは・・・・知らなくてもいいんです。
父が話してくれないなら、僕はそれ以上知る必要はありません」

「なら、お前を誘拐した犯人のことは?」

 びくり、とレゴラスの体が反応する。

「主犯は五人。二人は別件で留置場。そのうち一人は無期懲役が確定している。
残りの三人の内一人は仲間内の抗争で死亡。一人はヤク中で再起不能。
残る一人は、悠々と生活している」

 体が小刻みに震え、ぎゅうっと手を握る。

「お前が望むなら、全員を一生留置場から出られなくしてやる。
人を雇って殺してやってもいい」

 がたがたと震えながら、頭を振る。

「何を望む?」

「・・・何も! 何も望みません!」

 上ずった声をあげるレゴラスの顎を掴み、自分の方を向かせる。

「お前は私のものだ。私のものを傷つける奴は、許さない。
たとえそれが過去のことであっても」

 何も言わず、ただ首を横に振る。

 ただひとつ、望むとしたら・・・・
過去の記憶を封じ込めて、カギをかけて捨ててしまいたい。

「・・・・僕を、愛してくださいますか」

「愛している」

 唇を重ね、舌を絡める。長い長い口づけのあと、レゴラスはベッドを滑り降りて、
跪き、エルロンドの足の間に顔を埋めた。

 唇と歯を使って、器用にファスナーを下す。その中のものを探り出し、口の中に収める。

 どうしようもないイラつきと悲しみを、性欲で覆い隠す。

 しゃぶりつくと、それは次第に硬さを得てくる。
両手を足の上に置いたまま、口だけを使って舐めあげる。
根元からゆっくり。先端部分は念入りに。
十分に起ち上がったそれを、喉の置くまで押しこんで、唾液を絡めて吸う。

「ふ・・・ん・・・・ん・・・・」

 浅い息をしながら、唇を使って扱く。
いつのまにかエルロンドはレゴラスの髪に指を滑り込ませ、その動作を支えている。

「ん・・・・・」

 相手を満足させるためではなく、自分が満足するための行為。
彼のそれをしゃぶるのは、好きだ。いつも自分から求める。
最上の料理を楽しむように、それを舐める。

 そうしていると、何も考えられなくなって、ただ快感だけが頭も体も支配する。

 意識せずに頭を動かし、本能のままに舌を使う。

 溢れる唾液が、滴り落ちる。

 夢中になって口の中のそれを味わっていると、
エルロンドは突然レゴラスの頭をそこから引き剥がした。

 そうされる意味は、わかっている。

 達しそうなのだ。

「・・・ください・・・どうか・・・口の中で」

 哀願するように見上げる。頬は紅潮して紅色に染まり、興奮した瞳が潤んでいる。

 エルロンドは何も言わず、手を離した。

 また、吸い込まれる様にそこにしゃぶりつく。

 持主の興奮に触発されるように、動きが速くなる。
吸い上げる力を強め、最後を誘発する。
自分自身も興奮しながら、無心に刺激を与え続けると、
エルロンドは小さくうめいて、それにあわせて一番奥までそれを押しこむ。

「・・・・・・・」

 喉の奥に吐きだされる液体。

 何度かゆっくりと扱いて、それの全てを口の中に収めると、レゴラスは顔を上げた。

 うっとりと目を閉じたまま、口の中の液体を舌で転がして、存分に味わう。

 そして、ゆっくりと飲みこんだ。

 淫靡に唇を舐め、恍惚の表情で浅い息をする。

 力の抜けたその体を、エルロンドは抱き上げてベッドに寝かせた。

 身に付けていたものを全て剥ぎ取り、余韻に浸る白い肢体にキスをする。

 耳から首筋にかけて舌を這わせ、胸の突起を強く吸う。

 今度は、別の意味でレゴラスは甘い吐息を吐いた。

 与えられる快楽に、身を任せる。

 触れてもいない彼自身は、すでに興奮を示している。

 エルロンドは、片手で体中を愛撫しながら、唇は下半身に向う。

 すでに起立しているそこを口に含むと、レゴラスは甘美な悲鳴をあげた。

 すぐにも達してしまいそうなそこを、刺激し過ぎないように注意しながら舐める。

「は・・・ん」

 気持ちよさそうに声を上げる。
その声を耳にしながら、内股を撫で、大きく開かせる。そして、後の蕾に舌先を当てた。

「ん・・・あ!」

 ぴくり、と体が反応する。

 その蕾は、固く閉ざされている。

 こんなに感じていながらも、そこは進入を拒絶するかのように。

 ゆっくりと舐め、十分に唾液で湿らせて、指を押しこむ。
そこは、痙攣するようにまた絞まる。

「お前のここは、いつも私を拒絶する」

 無理に入れることはせず、その周囲を優しく撫でながら、耳元で囁く。

「初めてしたときもそうだった。何度も経験している今も。
何故だ? ただ慣れていないだけだと思っていたが、違うのだろう?」

 蕾を撫でながら、耳元で囁く。そうされても、そこは緩まない。

「私とするのが、嫌か?」

 自分ではどうしようもない体の反応に、レゴラスは首を横に振る。

「では、何を恐れているのだ?」

 硬く目を閉じ、ただ首を振る。

「お前は何も言わなかったね? 拉致されていた一週間、何があったのか。
誰にも。医者も、警察も、それを聞きだすことが出来なかった。
お前の父は、お前に対する詰問を止めさせた。それは正しい判断だ。
幼い子供にとって、傷口を再び開くことは、拷問以外何ものでもない。
今もお前は、それを心の奥にしまい続けている。私に話しなさい」

 愛しているのなら。

 きつく結んだ唇が震える。

 言葉に出すことが、どれだけの苦痛であるのか。

「話さないでいる苦しみより、言葉にする苦しみの方が、ずっといい。
苦痛を抱えて生きていくことは、辛すぎる。レゴラス」

 瞳を閉じたまま、震える唇が言葉を搾り出す。

「・・・・・殺すのは・・・犯してからでいい」

 それが、最初に聞いた、犯人の声だった。

 

 目隠しをされていて、何も見ることは出来なかった。
淀んだ空気の、臭い部屋の中にいた。

「どうせ、声も音も外には漏れないんだ。でも、証拠は残すなよ。体内の精液で足がつく」

 

 何をされているのか、自分ではわからなかった。ただ、酷い痛みだけ。

 

 そして、あざ笑う声。

 

 一通りの事が済むと、決って引きずって行かれて、冷たいシャワーで体中をこすられた。

 

 そのくり返し。

 

「人形(ドール)・・・・・そう呼ばれてた。
最高に具合がいい・・・中出し出来ないのが残念だ・・・
殺して切刻んでしまえば、わからないだろう・・・・
いやダメだ、もったいない・・・・ぎりぎりまで使おう・・・・
人形でいる間は、生きていられる」

 選択の余地などない。涙は乾き、声も枯れた。

 何も感じない人形になってしまえばいい。

「僕は・・・・・感情も感覚も持たない、人形になった」

 あの冷たい感覚が蘇ってきて、ぐったりと体の力が抜ける。

「時間の感覚はなかったけど、ずっと犯されてた。
誰かが僕に入ってきて、揺さぶって、やっと引き抜かれると別の奴が入ってくる。
僕は・・・・知らない男を体の中に入れてた」

 何もかも、麻痺してしまう、あの感覚。意識が遠のいていく。

 僕は、もうだめだ。

 あの時の感覚に支配されて、何も考えられなくなっていく。

「レゴラス」

 冷たくなってしまった肌に、暖かな手が触れる。

「レゴラス、目を開けなさい」

 優しい声。暖かい手。

「私を見なさい」

 大きくて暖かい手が、瞼に触れる。レゴラスは、そっと瞼をもち上げた。

 そこは、いつもの部屋。

「お前は帰ってきたんだ。私の腕の中に。怯えるものは、何もない。
誰もお前を汚さない。・・・・泣きなさい。まだ、一度も泣いていないのだろう?」

 愛しいその手が頬を撫で、唇が触れると、
胸の奥から溢れてきたものが瞳から零れ落ちた。
震える唇が、嗚咽を漏らす。幼い子供のように泣き声を上げて、その胸にしがみつく。

「怖かったよ! 痛くて、怖くて・・・・助けて欲しいのに・・・!」

 しがみついてくる体をぎゅうっと抱しめてやる。
何度もしゃくりあげて、助けて、と繰り返す。

 ずっと、誰かに言いたかったのに、言えなかった。

「大丈夫。大丈夫だ」

 優しく髪を、背中を撫でてやる。
しばらくそうしていると、少しずつ落ちついてきて、やがて泣き声は止んだ。

 腕の力を抜いて体を離す。今度はそっと両手で顔を包んで、キスをした。

 濡れた瞳が、エルロンドを見つめている。戸惑っている。
プライドが高く、誰の前でも弱音をはかない性格なのだ。
それは、嫌われることを恐れる、心の弱さの裏返し。

「僕は汚い・・・・」

「汚くなど、ない」

「舌をかむ事だってできたのに・・・・僕は人形でいることを選んだ」

「だから、今こうして生きている。愛しているよ。
お前は、私から愛する者を奪うつもりか? そんな権利は、お前自身にだってない。
お前が自分を蔑んだり、わざと私から嫌われるようなことをするなら、
私はお前をこの部屋に閉じ込めてしまう。私は、お前の全てを愛しているのだ。
汚い独占欲と言われようが、私はお前を失いたくない」

 また、涙が溢れてくる。

「私に嘘をついてはいけない。いいね?」

 こくりと頷く。

「それから、何人の男と寝た?」

「・・・・・口だけ・・・・。どうしても避けられない時。
数は、数えてません。そのたびに、忘れるようにしてましたから。
それ以上は・・・・エルロンド様だけです。本当です」

「なぜ、私としたんだね? 私を利用するためか?」

 小さく肩をすくめて、首を振る。

「・・・・わかりません。ただ・・・あなたとなら、してもいいって・・・・」

「私は、お前を抱くだけ抱いて、捨てていたかもしれないのに?」

「たぶん・・・・誰かを、信じたかったんです。
体だけが目的じゃないって、自分を慰めたかったんです・・・・。
でも、もし捨てられても、あなたを恨んだりはしません」

 本当だと、瞳の色が訴えている。

「捨てられたくないのは、私の方だよ」

 そう言ってキスをすると、レゴラスはまたエルロンドにしがみついた。

「最後にひとつだけ、教えてくれ。なぜ、父親にも話さなかったのだ?」

「・・・・泣いていたんです」

 エルロンドの胸に顔を埋めて、呟く。

「父さん、泣いてたんです。死ぬほどお酒を飲んで、泥酔して、自分が悪いんだって。
だから・・・・言えなかった。僕は、二度と父さんを悲しませないって、誓ったんです」

 父親に対する深い愛情が、苦痛を癒さないまま封じ込めた。

「いい子だ。辛かったね。ありがとう、話してくれて。私を嫌うかい?」

 何度も首を横に振って、しがみつく手に力を込める。

「抱いても、いいか?」

「・・・・抱いてください。あなただけのものにしてください」

 何度も何度もキスをして、ベッドに押倒す。

「お前の中に、入りたい」

 レゴラスは口元をほころばせ、自ら体を開いた。