マンションの部屋に入ると、グロールフィンデルはワインクーラーにガラガラと氷を入れ、
その中に手にしてきた新品のボトルを突っ込んだ。

「冷えるまで・・・・」

 適当に時間を潰そうと、振り返る。
と、その男ははめ込んだ窓ガラスの正面に立って外を眺めていた。
何を見ているのかと思い、隣に立つと、そこには都会の大パノラマが広がっている。

 それこそ、自分が好んで眺める風景だ。

 空の星と地上の星。

 気の利いた言葉もかけぬまま、ただ並んで夜景を眺める。

 夜景を眺める男の横顔を見つめる。

 不意に、グロールフィンデルはその男の腕を掴み、すぐ後にあるベッドに押倒した。

「ワインが冷えるまでには時間がある」

 そう言って間近で顔を覗き込むと、スランドゥイルは頬をゆがめた。

「思春期の少年みたいだな」

 すぐ欲情する。

 そんな嫌味はお構いなしに、抵抗しない男の胸をはだけさせ、そこに唇を這わせる。

 

 見境のない少年のようだ。それは自分でもわかっている。
欲情を、押えることは難しくはないが、我慢する気にはなれない。そんな必要もない。

 わかっていてこの部屋に来たのだろう?

 

 何度も何度も肌を重ねた。それでも、毎回彼を満足させることはできない。

 ただ、受入れてもらうことしか。

 

 彼の心の扉は、どこにあるのだろう?

 

 彼の愛するもののひとつに、自分が数えられることはないのだろうか。

 

 今夜は、彼を思いやる余裕を持てそうにない。理由は簡単だ。

 彼と寝ていたかもしれない女。

 自分は彼しか愛していないし、彼以外と肉体の接触を持つ気はないのに、
彼は飄々と女を抱く。

 

 これは、嫉妬、なのだ。

 

 レゴラスに嫉妬するエルロンドの姿を思い出し、胸の奥が冷たく笑う。

 エルロンドのようにはなれない。彼の強引な愛情は、自信の裏付けがあってこそ。

 

 苦痛にうめく彼の肉体に情欲を果て、肩で息をしながら体を起す。
乱暴な抱き方をしてしまったことに後悔をしながら、
ぐったりと身を横たえる彼の髪を撫でた。

「食前の運動にしては、激しすぎるな」

 悪びれもなくスランドゥイルは言って。ニヤリと笑った。

「ワインは冷えたかな?」

「・・・・・見てこよう」

 シャツを羽織ってキッチンに向う。ワインはちょうどいい頃合に冷えていた。

「先にシャワーを使うぞ。体中がべとべとして気持悪い」

 するりとベッドを抜けたスランドゥイルが、バスルームに向う。
その途中、悪戯心でグロールフィンデルはスランドゥイルの腕を掴んだ。

「中で出した方がよかったか?」

「どちらも断る」

 ツンと顔をそむけ、バスルームに入る彼に苦笑する。

 彼の悪態は、愛情表現なのだ。それは、自分を安心させる。

 

 スランドゥイルが綺麗にクリーニングされたグロールフィンデルのシャツを着て、
バスルームから出てくる頃には、キッチンのテーブルは見事にセッティングされていた。

 足の細いワイングラス、ハムとチーズをメインにしたオードブル。銀のナイフとフォーク。

 スランドゥイルが席の前に立つと、グロールフィンデルは椅子を引いた。

 ソムリエのような手つきでワインを注ぎ、自分もその正面に座る。

 彼のテリトリーで彼が見せるような、横暴な態度は微塵も見せず、
スランドゥイルは優雅な指先でクラスを掴み、一口口に含んで味を吟味し、
今年の出来栄えを評価した。
それから、ナイフとフォークを持って、オードブルを口に入れる。

 こんなちまちました食事で腹が膨れるか! いつもの彼ならそう言って、
手酌でワインを注いでがぶ飲みする。そんな態度も彼らしくて好きであるが、
このように優雅な仕草で食事を嗜む姿には、うっとりと見惚れてしまう。

「・・・・お前といると、昔を思い出す」

 空になったグラスを差出し、スランドゥイルは呟いた。

「昔?」

「ああ。ドリアスの・・・・・」

 言いかけて言葉を止め、スランドゥイルは小さく首を横に振った。

「あの頃は、毎日がこんな食事だった」

 それを打壊したのは、グロールフィンデルの属する一派だ。

「・・・・・・すまない」

「お前の責任ではない。ただ・・・昔を懐かしむ余裕ができただけだ」

 あの頃に戻りたいわけではない。

「わしは、今を幸福だと思っている」

 昔に戻りたいわけではない。たまに、ノスタルジーに浸るのも悪くないと思えるだけ。

「・・・肩がこるな。席を移さないか」

 ワイングラスを持って、スランドゥイルはソファーに移動し、ゆったりと身を埋めた。
グラスを置き、思い出したように投げ出された自分の服を探って、
その内ポケットから小さな塊を取り出して、グロールフィンデルに投げる。

 片手でそれを受けとめたグロールフィンデルは、珍しそうにその物体を眺めた。

「綺麗だろう?」

 スランドゥイルがニッと笑う。

「イエローダイヤだ。本来ダイヤモンドは不純物で色が入ると価値が下がる。
だがな、それは黄金の輝きを持っていて、わしは気に入っている」

 宝石に興味のないグロールフィンデルは、知識だけでその価値を判断できるが、
確かにこのダイヤは基準を無視して美しい色をしていると思える。

 その色合を生かすように、ダイヤは小さなタイピンに加工されていた。

「お前にやろう」

「・・・・私に?」

「いらぬなら、返せ」

 小さな宝石。

 グロールフィンデルは、それを握り締めた。

 体の奥が震えて、息を飲む。

(父さんは、誰にも宝飾品をプレゼントしないんですよ)

 レゴラスは言っていた。その後の言葉が、思い出せない。

「もし・・・今夜、私がお前を誘わなかったら・・・・」

 野暮なこととはわかっていても、質問せずにはいられない。

「お前なら、絶対来ると思ってた」

 ダイヤを握り締めて、肩を震わせる。

 なんて稚拙な誘惑に引っかかるのだろう。自分は。

 最初から、呼びだすつもりでレゴラスに電話をかけたのか。

「・・・・今すぐ、お前を抱きたい」

「さっきやったばかりだろう」

「さっきはさっきだ」

 スランドゥイルはちょっと困った顔をして、ワイングラスに目をやり、溜息をついた。

「ワインを全部飲み終ったらな」

 

 ベッドの上で、彼の体の温もりを感じる。

 ゆっくりと愛撫していけば、彼の欲情を引きだすこともできる。

 窓の外の星の下で、飽きることなくその肌に触れ、唇でなぞる。

 時間をかけて慣らした秘部を、押し開いて挿入する。
焦る気持を押え、彼の反応を確めながら奥へ、奥へと。

 紅潮した彼の唇が、短い息を吐く。
その吐息さえ愛しく唇で奪いながら、彼の内部を刺激する。

 愛している、と耳元で囁くと、彼はうっすらと目を開けてグロールフィンデルの唇に触れ、
微笑んだ。

 二度目の情交で、彼の体も反応がよくなっている。
男を受入れる場所は、いっぱいに締め付け、そして彼自身も快楽の兆を見せていた。

 グロールフィンデルはそこを指でなぞり、自分の動きにあわせて刺激する。

「・・・・・・・」

 スランドゥイルはグロールフィンデルの腕に爪を立て、そこに一筋の傷を作った。

「・・・・体内(なか)で、出したい・・・・」

 その要求が耳に届いているのか、彼は大きくのけぞった。

 迫り来る快楽の波に抗うことができず、
彼の感じる部分を手のひらで包んだまま自身を押し進める。

「・・・・・・・・」

 スランドゥイルが小さな悲鳴をあげる。それは、彼の絶頂を意味していた。
そんな彼の声に全身が震え、グロールフィンデルは彼の中に二度目の欲情を注ぎ込んだ。

 

 

 

 小鳥のさえずりのような、心地よい歌声。

 グロールフィンデルは彼の膝の上で、彼の歌声に目を閉じた。

 彼の細い指が、グロールフィンデルの黄金の髪を撫でる。

 

 時間の止った世界。

 

 そこには、憎しみも悲しみも、過去も未来もない。

 

 愛するというのは、永遠の中で生きること。

 それを、今はじめて知った。

 

 彼を、愛している。