『裂け谷のエルロンドが嫁を探しているらしい』

 

 その知らせは、スランドゥイルの耳にも入っていた。

「だから、何用だ!?」

 苛立たしげに言う、相手はロリアンの新しい女王。

「ですから、エルロンドが嫁を探しているのです」

 御付の者をびっしりと背後に立たせ、にっこりと笑っている。

「私には関係のないことだ」

「何をおっしゃいます! 
仮にも緑森(当時まだ闇の森ではなかった)の王とあられるご人が! 
エルロンドはギル=ガラドの選んだノルドの王ですよ?」

「だから?」

 うんざりした顔で、スランドゥイルは椅子にもたれた。

「今から裂け谷へ娘を連れて行きます」

「それで?」

「あなたも、姫を差出しなさい」

 うんざり×二倍。

「うちに姫などおらぬし、いたとしてもエルロンドなどに会わせるつもりはない」

 その時、大広間の後からひょっこり幼いエルフが飛びだしてきた。

「おとうさまー」

 ちっちゃいエルフが、金色に輝く花を両手一杯抱えている。

「みてください! おとうさまのかみと、おなじいろのはなです!」

 嬉しそうにひょこひょこ駆けて来て、スランドゥイルの膝の上に花を載せる。
褒めて褒めて、とニコニコ笑いながら。

 その光景を見たガラドリエルは、きらりと目を光らせた。

「いるではありませんか、姫が!」

 そう言うが早いか、幼子をひょいと抱き上げる。

「わらわと一緒に散歩に行きましょう」

「さんぽ! きれいなおはな、いっぱいさいてる?」

「ええ、たくさん」

 ひとなつこい(人ではないのでエルフなつこいと言うべきか)幼子は、満面に笑う。

「では、ちょっと姫を借りますよ」

 ガラドリエルが御付に囲まれて去ってゆく、その後姿にスランドゥイルは叫んだ。

「わしは了承しておらぬぞ! またぬか! っていうか、姫ではないし!!」

 

 

 

 ここは裂け谷。

 突然の来客に、エルロンドは少々落ち着かなげにそわそわとしていた。

「あいさつに参ったのです」

 ガラドリエルは女王の風格。そして隣には美しい姫。

「娘のケレブリアン。そしてこちらが」 

 御付が抱っこしていた幼子を、エルロンドの前に降ろす。

「緑森の姫です」

 ガラドリエルの目論みはわかっている。エルロンドの嫁探しは、
今では有名になっている。

「ひめじゃないよーレゴラスだよー」

 幼子は唇を尖らせていた。

(・・・・かわいい・・・)

 エルロンドの胸にピンク色の矢が突き刺さっていた。

(かわいいではないか・・・! これは・・・世に言う光源氏計画?! 
今なら自分の思い通りに育て放題! 理想の姫に仕立て放題?!)

「レゴラス・・・ところで、いくつなのだ?」

「うーんとねえ」

 幼子は両手の指をいっぱいに広げて見せた。

「このくらい!」

(十歳?! それではエルフでいえば赤子同然! これは犯罪?!)

 幼子は一時もじっとせず、走り回っては美しい彫刻やら何やらを
ぺたぺた触ってはしゃいでいる。

(自分だってこれくらいのときにノルドに拉致られて育てられたのだ。
そうでなければ、ノルドの王の後継などにはならなかっただろう・・・
そうだ、政略結婚の名のもとに、この子をそばに置くことは可能!)

「おうさまー」

 幼子はエルロンドの脇に走り寄ってきた。

「私は王様ではない」

「どうして? おとうさまは おうさまなのに?」

 どうしてと言われても・・・。

「まあよい。なにか?」

「あのね、あのね、」

 幼子は愛嬌のある表情でエルロンドの膝にしがみついた。

「おにわでね、きれいな おはなをみつけたの! 
おとうさまに みせてあげたいのだけど、きっととちゅうで 
かれちゃうとおもうの。おうさまは かれないはなって しってる?」

 枯れない花?

「・・・ああ、知っている。見た事はないがな。
海を渡ったずっと向うに咲いているよ」

「ほんとう?」

 緑色の瞳がきらきらと輝く。

 にっこりと笑ったケレブリアンが幼子に手招きをすると、
レゴラスはすぐそちらに駆けて行って、美しい姫の膝にちょこんと乗っかった。

「私の故郷、ロリアンにも枯れないお花は咲いているわよ。今度見にいらっしゃい」

 レゴラスはうれしそうにはしゃいで、また走り回った。なんて子供らしい無邪気さ。

 それを見ていたエルロンドは、つい

「スランドゥイル王は・・・枯れない花は好まないだろう。
彼ならきっと、花は枯れるからこそ美しいと言うだろうな」

 などと口を滑らせてしまった。

(ああ、やっぱり私は犯罪者にはなれない・・・)

 そして美しいロリアンの姫の手をとり、

「私と結婚してください」

 と跪いた。

 思惑通りに事が進んで、ガラドリエルは大満足。

「では失礼して、緑森の姫をスランドゥイルに返してくるとしましょう」

(・・・おいおい、無断で連れてきたのか?!)

 ガラドリエルならやりそうなことだ。

「ひめじゃないよーレゴラスだよー」

 幼子はまたも反論するが、誰も聞く耳は持ってくれなかった。

 

 

 

 後日。

 結婚の儀式を終え、落ちついた頃、エルロンドは一人挨拶がてら緑森を訪れた。

「先日は失礼をした」

 スランドゥイルは、相変わらずムッとしている。

「姫を無断でお借りして」

「何の話かわからぬな。うちに姫などおらぬ!」

(ああ、怒ってる怒ってる・・・そうだろうな、
それでなくてもギル=ガラドとは仲が悪かったし、
ガラドリエルも嫌われているからな・・・)

「用がないのなら、さっさと帰れ! 祝いにワインを一樽くれてやる。
それを持って、早々に去れ!」

 この分じゃ、もう一度姫に目通りしたいと言っても、無駄だろうな。
エルロンドが肩を落していると、またもやどこからか幼子が走りこんできた。

「おとうさまー! みて! あかいきのみで かんむりをあんだの!」

 嬉しそうに蔦で編んだ冠を持ってくる。とたん、スランドゥイルの表情が緩む。

(そうとうな親ばかだ)

 エルロンドでなくても、そう思うだろう。実際そうなのだ。

「レゴラス、来客中だ。あとにしなさい」

 口ではそう言っているが、顔は拒絶していない。
幼子の編んだ蔦の冠を頭に載せて、にこにこしている。

「あ、おうさまだー! おうさま、いらっしゃい!」

 やっとエルロンドに気付いたレゴラスが、頭を下げる。
ついエルロンドの顔もにやけてしまう。慌ててそれをとりつくろいながら、
エルロンドは言った。

「私は王様ではないよ、姫」

「ひめじゃないよー」

 レゴラスがまた反論する。どうして姫と呼ばれることにこうも反論するのか。

「姫ではない。王子だ!」

 父王に指摘され、エルロンドはやっと納得したと同時に、愕然とした。

(・・・よかった・・・レゴラスを選ばなくて。
ホモでショタなんて、笑い者では済まされないぞ!)

「レゴラス、エルロンド卿はお帰りになるそうだ」

(強制退去か・・・。まあそれも致し方ない。
自分自身かなり動揺していることだし、ここは素直に引き下がるとしよう)

「おうさまーまたあそびにきてね!」

 なんて無邪気な・・・。つい頷きそうになってしまうところ、
レゴラスの背後からスランドゥイルに睨まれ、顔を引きしめる。

「失礼をした、王子。私は忙しくて来られないが、
王子は是非また谷に来てくれ。若葉の芽吹く頃がよいであろう」

 嬉しそうに頷くレゴラスの背後で、
スランドゥイルの血管が二、三本ぶち切れていた。

(やばいやばい)

 愛息子の前では、怒りも怒鳴りもしないところがすごい。
エルロンドはスランドゥイルが怒りを表さないのをいいことに、
幼子の額に軽くキスをして、逃げるように森を去っていった。

 

 以後、スランドゥイルは裂け谷ともロリアンとも、完全に国交を断った。