月が昇り、宴会が始る。森の中の、魔法のかけられた空地で、魔法の明りを灯し、 食べ物とワインが回される。 その上座で、スランドゥイルは少々不機嫌に強いぶどう酒を飲んでいた。 まったく、気の滅入るような知らせばかり持ちよってからに。 なんで毎日を楽しもうとは思わないのだ。 貴賓席の客人を眺めながら、ふと気付く。 これは、もしかしてすごい顔ぶれなのかもしれない。 英雄である人間の王と、王となるべき人間。それに、ロリアンとイムラドリスの戦士。 彼らは、個人的に知り合いではあっても、公に素性を明かそうとはしない。 それでも、楽しげに談笑している。唯一の共通点は、同じ敵を持つこと。 それを眺めていると、なんとなく口元がほころぶ。 理想的ではないか! それぞれの背景や理念は別として、ただこの時を共有して楽しむ。 スランドゥイルの理想としていた本来あるべき姿を髣髴させる。 何故皆がこうやって楽しむことができないのだ。ヴァラールの恩恵たるこの世界を。 気分もすっかりよくなったところで、スランドゥイルはそれに気がついた。 誰かが、この宴会場に近付いてくる。 誰も気付かないのか・・・・? そして、「それ」は、軽やかな足どりで王の前に踊り出た。 「レゴラス」 スランドゥイルの声に、皆が振向く。 「只今帰りました。父上」 矢筒は空っぽで、晴々しく笑っている。 「あ、これ、ビヨルンからの手土産です。塩漬けの干し肉」 肩に担いでいた、大きな肉の塊を手渡す。 「おお、奴の干し肉は美味だからな!」 「王によろしくと」 「うむ。で、早い帰りだったな」 「早く帰ると、いいことがありそうな気がして」 くるりと振りかえって、来客の群を見る。 客人たちは、それぞれの思惑を胸に、レゴラスに微笑みかけた。 レゴラスは、すぐその中に入って、雑談をはじめた。 我息子とはいえ、これだけの人脈を得るのだ。たいした奴だ。 そして、宴会は朝まで続いた。 翌日。レゴラスは帰り支度の客人、一人一人に挨拶をして回った。 「そうですか、バインに王位を・・・」 「ええ、もしよろしかったら、一度息子の晴姿を見に行ってやってください。喜びます」 「そうですね」 「もしいらっしゃられるなら、早いうちが好ましいです。 できれば、私の命が残っているうちに」 年老いたバルドの言葉に、レゴラスは悲しげに笑って見せた。 「ええ。そうします」 ハルディアは、彼らしい頑なな表情で別れを告げた。 「レゴラス殿、是非あなたに一度、ロリアンの森を見せて差上げたい」 「僕もそうしたいのですが・・・」 うしろにいる父の顔を、ちらりと見る。スランドゥイルはむっすりと黙っている。 「その時が来たら、きっと」 レゴラスは意味ありげに、表情をゆがめて見せ、エルフ式の丁寧な別れの挨拶を送った。 「イムラドリスには、いつ来る?」 「そのうち」 「来る時は、前もって連絡しろよ。俺たちも戻るから」 テンポよい双子の口調にあわせて、明るく答える。 「わかった」 たぶん、何年か先にはなるだろうが、そんな年数、エルフにはたいしたことはない。 双子を見送って、アラゴルンを見る。 アラゴルンはレゴラスに近寄って、その手を握る。 「本当はゆっくりとしていきたいのだが・・・・」 そのアラゴルンのうしろから、どんぐりが飛んできて後頭部に命中した。 「早く帰れ、ドゥナダン」 ・・・・・王である。 アラゴルンはレゴラスの手を離して、後頭部をさすった。 「昨日の約束を破棄するぞ」 「約束?」 レゴラスが無邪気に首を傾げる。 「それはだな・・・・・」 また手を握って説明しようとすると、再びどんぐりが飛んできた。 「わしが説明してやる。早く帰れ! ガンダルフによろしくな」 肩を落して諦めたアラゴルンに、レゴラスはそっと耳打をした。 「また、谷で」 密会の約束に、アラゴルンの頬が緩む。 慌ててそれを引締め、アラゴルンはきちんと王に挨拶をして、王宮を出て行った。 うららかな午後の日ざしの中、スランドゥイルはお気に入りの木陰で、 のんびりと座って空を眺めていた。 「お疲れのようですね」 旅装束を脱いだ王子が、やわらかな髪を風にたなびかせている。 「うむ・・・来客は好かぬでな」 レゴラスは、薄い緑のシャツを揺らせて、スランドゥイルの隣に腰をおろした。 「・・・ロリアンとイムラドリスは、何と?」 「相変わらずだ。モルドールに悪しき者が集結しつつある。幽鬼どもも、な。 ビヨルンは何か言っていたか?」 「ビヨルンも同じ意見です。森に蜘蛛が増えました。以前より。 闇が濃くなっているのでしょう。でも同時に、オークやワーグの姿を見なくなりました。 森から移動していると思われます」 嫌な傾向だ。 「イムラドリスへ行きます。エルロンド卿と話を・・・・」 「ダメだ」 「何故です?」 レゴラスが、父の顔を覗き込む。 「アラゴルンとガンダルフが、何かのカギを握る者を探している。 見つけ次第、ここに連れて来るそうだ。その時は、お前にここにいてもらいたい。 森を守るものの長としてな」 レゴラスに課せられている責任は、重い。 そして、それを全うさせるために、常に腕は磨き続けている。 「イムラドリスに行くのは、それからだ」 「わかりました」 レゴラスは頷き、空に舞う蝶を見上げる。 「・・・・谷間の国に、行く時間くらいはあるでしょうか? バルドに、永遠の別れの挨拶を・・・」 「かまわん。新しい王に、贈物を持っていけ。ただし、すぐに帰ってくるのだぞ」 人間の、命のいとなみ。 いつか・・・・ アラゴルンも、バルドのように年老いて死んでゆくのだろうか・・・・。 「はい」 答えて、レゴラスは父の手に、己の手を重ねた。 「僕も、少し疲れました。ここで眠ってもよいですか?」 「ああ、かまわん」 父の肩に額を乗せ、レゴラスはスランドゥイルの知っている、 緑溢れるこの森の記憶の中に、心を彷徨わせた。 心を解放して肉体を休める息子の手に触れながら、 スランドゥイルはこの先の運命に思いを馳せた。 きっと、息子は森を出て行く。 だが自分は、この森を守り続ける。 イルヴァタールよ、どうか息子に恩恵を与えたまえ。 そして、闇の森の王の、静かな一日は過ぎていく。