もしも、旅の仲間が保護を求めたのがロリアンでなく闇の森だったら・・・。 「しばしの保護を求めたいのだが・・・」 矢の先を向けるエルフの兵に、アラゴルンは願出た。 その者は、矢を下すと同時に、アラゴルンの後にいるエルフに目を向けた。 「王子! いままでどこに行かれていたのです?! 裂け谷へ使いに出たまま戻らないので、王が心配しておられましたぞ!」 旅の仲間は、いっせいにレゴラスを見た。 「王子?!」 苦笑いをするレゴラスに、アラゴルンがばつが悪そうにぼりぼりと頭を掻く。 そういえば、彼が闇の森の王の子であるとは紹介されていなかったような気がする。 「・・・そんなわけだから。事情はあとで僕が王に話すよ」 エルフの兵は、レゴラスに一礼して城に駆け戻った。 大広間の玉座に、闇の森の王スランドゥイルは腰掛けていた。 「だいたい事情はわかった」 レゴラスの説明に、旅の仲間を見回す。誰もが緊張した面持で王を見つめている。 「だが、納得はしておらぬぞ」 王の厳しい視線に、一同がびくりと背筋を伸ばす。 「レゴラス! わしに何の相談もなくモルドールに向うとは、身勝手すぎるぞ!」 「しかし父上、事情が事情ですから」 「そもそもお前は、わしの言うことなどちっとも聞かん! 王子としての自覚が足りぬのだ!」 「お言葉ですが・・・・」 喧々轟々やり合う親子に、アラゴルンが割って入る。 「・・・申しわけありません、スランドゥイル王・・・ レゴラスのことは私が責任を持ちますので、 とりあえず仲間を休ませてはいただけませんか」 「責任を取るだと?! 生意気な! ではおぬしがレゴラスと一緒になってわが国を治めてくれるとでも言うのか!」 「いやそれは・・・」 「まあいい」 あっさりと王は体の向きを変え、旅の仲間を見渡した。 「すぐに宴会の用意をさせる。しばらくゆっくりしてゆくがよい」 宴会・・・!? 「宴会など我々には・・・・」 反論しかけるボロミアに、スランドゥイルがキッと睨む。 「わしの酒が飲めぬというか、人間?」 いや、そうではなく現状というものが・・・ボロミアが怯む。 「ガンダルフを失いました。・・・お気持は嬉しいのですが、 とてもそのような気持にはなれません」 進み出たフロドに、スランドゥイルの表情がパッと輝く。 「おお! おぬしがフロドじゃな! ビルボは元気か?」 フロドが複雑に苦笑いをする。 「案ずるな。あの魔法使いがそう簡単にくたばるものか! そのうちひょっこり出てくるだろうよ。で、他に反論は?」 「俺は、エルフと酒など飲まぬぞ!」 鉞を『ドン』と床に下しながらギムリが言う。 「俺様を地下牢にでもなんでも、閉じ込めるがいい!」 ギムリを一瞥したあと、王は『フン』と鼻を鳴らした。 「わしもドワーフは好かぬ。他に意見は?」 あっさり無視をされ、ギムリは明かに不機嫌そうだったが、 アラゴルンに肩をたたかれ、それ以上は反論を控えた。 「ではレゴラス、蔵から上等のワインを見繕って持って来い。 部屋を用意させるので、荷物を置いたらすぐ戻ってくるのだぞ」 苦笑いをしながらレゴラスが去り、アラゴルンは一同の背を押して一旦広間を出た。 「あの王様は、ずいぶん変っているのですね?」 メリーに言われ、アラゴルンが口元で笑んで見せる。 「一見横暴だが、優しい王だ。悲しみに暮れず、 飲み食いをして休めと言ってくれている」 「レゴラスさんが王子だとは知りませんでした。あまり似ていませんよね?」 ピピンもつけたす。 「大らかさと気性の激しさは似ているよ」 アラゴルンはおかしそうに笑った。 一同が広間に戻ると、すでに宴会の準備は整っていた。 「冬の月は美しいのだが、外で宴を開くには少しばかり危険が伴うのでな」 王はそう言って、一同を上座に座らせた。 アラゴルンとフロドが王の隣に座り、 メリーとピピンは出された食事を早速おいしそうに食べ始めた。 「ホビットの二人は、なかなか見所があるな。美味いか?」 「それはもう!!」 恐れを知らない二人に、スランドゥイルは嬉しそうに笑って見せた。 ふてくされたギムリは、黙々とワインを飲んでいる。 「・・・・エルフは好かぬが、ここのワインは美味い」 ぶっきらぼうに呟くと、スランドゥイルはにやりと笑った。 「そうであろう」 「まあ、いろいろあったが、このワインに免じて許してやろう」 王が給仕に命じて、ドワーフの前にジョッキ一杯のワインと あぶり肉を持ってこさせる。 「わしは嘘つきは嫌いだが、ワインの味のわかる奴は好きだ。 時間ができたらわしの城を見て回るがいい。 ドワーフの腕は確かだからな、内装の感想でも聞かせてもらおう」 酔いの回ってきたギムリも、ニッと笑う。 「エルフの王よ、あとでじっくり話し合おうではないか! ここの彫刻は稚拙だぞ! 時間ができたら、俺が手を加えてやろう!」 「嬉しい限りだ」 アラゴルンはほくそえんだ。スランドゥイルは乱暴な口調で、 あっという間に仲間を魅了してしまう。エルフ王らしからぬ雰囲気で。 彼には、エルロンドやガラドリエルのような近づきがたいところがない。 彼の独特の威厳は、尊敬に値する。そんな王に育てられたレゴラスは、 やはりエルフにしてはとっつきやすい性格だ。 因縁深いドワーフとも、すぐに仲良くなった。 「アラゴルン、おぬし、老けたな」 突然話しかけられ、口元が引きつる。 「私はエルフではありませんから」 「うむ。だがそれくらいのほうがいい。 若すぎては人間の王としての威厳が保てないのでな」 高らかに笑うエルフ王に、感謝する。 エルフの中で育った自分にとって、年をとらない彼らと自分を比較することは、 苦痛でもあった。 「父上、次にアラゴルンに会う時は、彼はしわくちゃのお爺さんですよ」 ワインのポットを運んできたレゴラスが、そう言って笑う。 「それもいい! 楽しみだ。爺さんになったら、是非また遊びに来い」 時の移りかわりを楽しむ姿勢は、レゴラスは父親譲りだ。 成長し、年を取っていく自分を受入れてくれる彼を・・・だから誰より好いている。 「楽しい客人で、わしは機嫌がいい。レゴラス、歌え!」 ちょっと困った顔をしてから、レゴラスは王の楽団の者から竪琴を渡され、 楽団に混じって静かに歌いだした。 誰もがほろ酔い気分で歌に聞きいる。視線を前方に向けたまま、 スランドゥイルは少し姿勢をフロドの方に傾けて、そっと囁いた。 「・・・ホビットは勇敢な種族だ。だが、わしはおぬしにすまないと思っている」 え? とフロドが振向く。間近で覗き込むスランドゥイルの瞳は、 長い年月の苦労を染付かせていた。 「指輪を作ったのはサウロンだが、もとはと言えば、 技術を奴に教えたエルフの罪だ。その尻拭いを、 何の関係もないホビットが行う・・・嘆かわしい限りだ」 フロドは、胸に手を当て、そこにある指輪を握り締める。 「・・・・あなたも・・・この指輪を受取ってはくださらないのですか・・・」 「本当に、すまないと思う。昔、身内から起った争いで国を滅ぼされ、 わしは残った民とここにいついた。わしらにとって、ここは最後の砦だ。 人間の王国もエルロンドらの画策からも、隔てている。 もちろん、力の指輪の制作も、わしの計り知れぬことだ。 わしは力の指輪を必要とはせぬし、欲してもおらぬ。 同時に、それを滅ぼすこともかなわぬ。穢れてしまった人間やエルフでは、 それを手にすることができぬのだ。おぬしがそれを持つことは、運命かも知れぬ。 辛い運命のな。それでも、おぬしはきっとやり遂げられるだろう。 勇敢なビルボのように。おぬしには仲間がいる。旅を共にしてくれる、 友人がいる。それは、おぬしを強くしてくれるだろう。 信じれば、きっと叶う。絶望の先に、きっと光はある」 服の下の指輪を握り締めたまま、フロドはうつむいた。 「僕は・・・恐ろしいのです。モルドールに向うことではなく、 こんな小さな指輪が、僕の大切な友達を傷つけてしまうことが。 王様の、大切な子息さえ・・・」 「レゴラスのことか?」 フロドが頷くと、スランドゥイルは歌う息子に目を向けた。 しばらくそれを眺め、目を細めた。 「ビルボは、何と言っておぬしを送りだした? 家族を思う気持に、人間もエルフもホビットもない。 わしは運命を受入れ、そして誇りに思うだけだ」 そしてフロドと目をあわせ、笑って見せた。 「おぬしは勇敢で、優しい。だからおぬしに皆ついて行くのだ。 おぬしが、絆の要だ」 フロドは、服の下の指輪を放し、仲間を見渡した。心強い中間達を。 「疲れたであろう、部屋に戻って休むがいい」 疲れた心をほんの少し癒され、フロドは微笑んだ。 「・・・そうします」