「して、王はどちらに?」

闇の森。

今日も今日とて宴会三昧。

「先ほど、一人になりたいとかおっしゃって、宴を離れていったが?」

 側近達は、ちょっと首をかしげ、「仕方のないお人だ」と溜息をつく。この森の王は自由人。

「して、王子は?」

「散歩に出ると言って、もう半月戻らぬままだ」

 この森の王子は、王に輪をかけた自由人。側近達は溜息をつくばかり。

「まあ、そのうち戻られるだろう」

 

 

 

 スランドゥイルは、ふと目を覚ました。

 何やら、白馬の上でお姫様抱っこをされている様子。

(・・・・おや?)

 いったいどういうことかと、記憶の糸を探る。

 さんざんワインを飲んで騒いで、ちょっと疲れたので一休みしようと宴を離れた。
そこまでは覚えている。

(一人になったんだな、うん。それで・・・・)

 見知らぬ男が目の前に現れ、何やら太古の魔法を掛けられ、思考がブラックアウトしたのだ。

(思い出したぞ。ってことは、こやつはその男と言うわけか)

 三千年も王職をしていれば、ちょっとやそっとで慌てふためいたりはしない。

「おぬしは何者だ?」

 男を見上げる。

「目が覚めたか」

「何者かと聞いておる」

 美しい金髪を風になびかせ、その男はちょっと笑った。中々の男前だ。

「ここまで来れば、邪魔も入らぬだろう」

 スランドゥイルは周囲を見回す。この馬、かなりのスピードのようだ。
森からは離れてしまっている。

 男は馬を止め、優しくスランドゥイルを草の上に降ろした。
宴会を始めたのは宵の口だった。
宴を離れたのはそれからしばらくたってからで、まだ夜が明けていないところを見ると、
それほど時間は経っていない。

 鬱蒼とする木々はまばらになり、月明りが周囲を照らし出している。

「美しい所だな」

 自分の置かれている状況を考えもせずに、スランドゥイルは感嘆の溜息を漏らした。

「そうであろう。お前のために選んだ場所だ」

 ってことは、計画的犯行だったというわけだな。

「で、おぬしは何者だ?」

 草原に立ち、馬を下りる男をまじまじと見つめる。

「覚えていないのか」

「会ったことがあるのか?」

 質問に質問で答えてはいけません。

「覚えていないのだな」

 スランドゥイルは腕を組んで頭をひねった。

「私がお前に会ったのは、お前がまだ若者だった頃だ」

「そんな昔じゃ、思い出せないなあ」

 拉致されたというのに、のん気なもの。

 その男は、溜息をついて説明を始めた。

 

「私が相棒と遠乗りをしていたら、落馬をして悪戦苦闘する若者に出会ったのだ。
馬の扱いの下手な若者だった。足首を怪我もしていた。
そこで私は、若者の怪我の手当をし、馬をなだめ、その者を送り返してやったのだ」

 しばらく頭をひねっていたスランドゥイルは、ぽんと手を打った。

「思い出したぞ。どこぞの貴族だったな? 遠征の帰りだか領地の見回りだか・・・」

 男はにっこりと微笑んだ。

「そうだ。若者はお礼をしたいと言っていたが、
急いで領地に戻らねばならなかったので、断ったのだ」

 ああ、そうそう、そんなことがあった。

「では、礼をせねばなるまい。なんなりと申されよ」

 その言葉を待っていましたとばかりに、男はスランドゥイルを草原に押倒した。

「?」

「私が欲しいのは、お前の貞操」

 単刀直入もいいところ。

「うむう。残念だが、わしにはもう息子がおる。妻は海を渡ったが。
よって、捧げるほどのものは持ちあわせておらぬが」

 本気で言っているのか、この王は。男は苦笑する。
若者の時から、どこか抜けていると思われたが。

「かまわぬ。あの時は相棒の目があったので、事に及ぶことはできなかったが」

「今はその相棒の目がないというわけだな?」

「彼は海を渡った。怖い男でね、浮気などしたら気を失うほど責め(攻め)られるのだ。
もうここにはいないのでな」

 男の腕の下で、じっと男を見上げていたスランドゥイルは、眉根を寄せて小さな溜息をついた。

「恋人が去って、寂しいのだな? 
それはわかるが、わざわざわしを探し出して、こんな方法で連れて来ぬでも。
おぬしほどの者なら、相手はいくらでもいようものを」

「わからない奴だな。私はお前を犯したかったのだ」

 はっきり言われ、スランドゥイルは更なる溜息を零した。
そして、男を押しのけて上体を起す。

「お前に屈しない者はおらぬだろうな。権力でも、力でも。
裂け谷のグロールフィンデルよ」

「知っているのか」

「思い出したのだ。英雄伝くらいは耳に入る」

「だが、お前は屈しない」

「わしではない。わしの一族が、だ。で、ここでわしを犯して、わしの森を手中に治めようと?」

「そのようなつもりはない。そのつもりなら、こんな所まで連れ出したりはせぬ。
森で犯して切り殺し、王宮を血に染めようぞ」

 スランドゥイルは肩を落して首を横に振る。

「・・・・・まあよい。借りは返そう。わしは男に襲われたことなぞないからな。
お手柔らかに頼むぞ」

 

 

 中略

 ご想像でお楽しみください。

 

 

 事が済む頃には、地平線が白み始めていた。

 結局は、どちらが攻めなんだか。
満足するまでやらせたもらったグロールフィンデルは、
スランドゥイルの胸の上で息を整えていた。

「戦うことに疲れたら、また相手をしてやろう」

 

 森まで送ろうと言う申し出を断り、拉致犯を見送った後、
スランドゥイルは草原に寝転がり、体力が回復するのを待った。
そうしながら、いつの間にか眠りこんでいた。

 

「父上」

 目を開けると、そこによく見知った顔があった。不思議そうに、心配げに覗き込んでいる。

「こんな所で何をしているのですか?」

 意外と早く回復した体力に、「わしもまだ若いな」とほくそえむ。

「うむ。遠出をしたら、道に迷った」

「何を馬鹿なことを。森はすぐそこですよ」

「して、お前は何をしているのだ?」

 レゴラスは首をかしげ、そして悪びれない笑みを満面に作った。

「散歩の帰りです」

 

 飄々と王宮に戻る親子に、側近達はただ溜息をつくばかり。

「勝手に出歩かないでください」

「すまなかったな」

 ひらひらと手を振り、

「疲れたので、寝る。夜に起してくれ」

 スランドゥイルは寝室に入って行った。