イムラドリスの隠れ里。

 ここには上古の昔から存在している、高貴なエルフがたくさん住まわっている。

 時間から取り残された、エルフの国。

 長く生きていればいるほど、住処を幾度となく変えてきた。
それは、己の意思によるものではなく、絶え間ない魔との戦いの結果。

 ここは、最後の住処となるだろう。

 だがはたして、故郷と呼べるのだろうか?

 己が生まれた国は、今はもうない。

 

 

「ギルドール」

 谷に突出したポーチで、特別に煎れたハーブティーを楽しむ。
そんな彼に、黄金の髪を持つエルフは近付いてきた。

「グロールフィンデルか。一緒にお茶をどうだい?」

 グロールフィンデルは少し眉をしかめ、片手を挙げて拒否を示した。

「何か話でも?」

 同じテーブルに着くことはせず、傍らに立つ。

「いつ・・・また谷を去るのだ?」

「そうだね、2,3日したら」

「早急だな」

「ゆっくりしていって欲しいかい?」

 ティーカップを片手に、ギルドールが微笑む。
彼は、フィンロド王家に属する、高貴なエルフであるが、流浪を生業として選んだ。

「いや。早く出て行け」

 冷たい口調にも、ギルドールはめげる風もない。
なにせ、この冷たい男との付合いは、何千年にも及ぶのだ。

「つれないな」

「貴様がいると、エレストールの機嫌が悪くなる」

 エレストール。エルロンドの館の顧問長。きわめて生真面目な男だ。
大らかなエルロンドや癖の強いグロールフィンデルなど、取りまとめているのだ。
苦労性にもなる。そして、谷から出ることのない彼は、
谷の外を自由に歩き回るギルドールと折が合わない。

 とはいえ、心の底では信頼関係が成り立っているのだが。

「エレストールの機嫌が悪くなると、何か問題でも?」

 機嫌が悪かろうとなんだろうと、公にそれを出すほど大人気ないわけではないのだが。

「せめて、谷にいる間は、エレストールにかまうな」

 とりあえず、グロールフィンデルはギルドールの質問を無視する。

 ギルドールはティーカップを置いて、微笑みながら立上がり、
グロールフィンデルに顔を寄せる。それは、挑発的な仕草だ。
グロールフィンデルは目を細めた。

「それとも、グロールフィンデル、君はエレストールと深い関係なのかな?」

「エレストールは私の・・・・・」

「私の?」

 グロールフィンデルは、ひとつ呼吸を置いた。

「私のおもちゃだ」

 

 

「誰がおもちゃだ!!!」

 館の中から憤慨して現れたのは、エレストール、その人。

 表情を変えないグロールフィンデルとは逆に、ギルドールは嬉しそうにニコニコしている。

「エレストール! 今、君の話をしていたんだよ!」

「ええい! そんな余計な話など、しなくてけっこう!!」

 ギルドールは、エレストールのぷんぷんした表情を愛しげに眺める。

「エレストール・・・君に聞いておきたいことがあるんだよ」

「何だ?!」

「私とグロールフィンデル、どちらを取る?」

・・・・・・・ムカ!!

「どちらもいらん!!」

 エレストールは、吐き棄てて大股に館に戻っていった。

 ギルドールは、にやっと笑ったまま両手をひろげる。

「だ、そうだよ。グロールフィンデル」

 無表情で眺めていたグロールフィンデルは、口元にちょっとだけ笑みを作った。

「残念だ」

 

 

 ギルドールが去った後、いつものようにエレストールは執務に戻って集中していた。

 そして、その隣に、手伝いもしないエルフが一人。

「なぜここにいる?」

 グロールフィンデルは、何をするでもなくエレストールを見つめている。

「暇だから」

 エレストールはがっくりと肩を落した。

「ギルドールが嫌いなら、今度谷に来た時切り棄ててやろうか?」

 真面目顔で言われて、一瞬引く。

「やめろ。お前が言うとシャレにならん」

 それから、手にしていたペンを書類の上に置く。

「頼むから、仲良くしてくれ」

 本気で苦労を背中に背負っている姿に、グロールフィンデルはほくそえんだ。