「あれ、今日はご子息殿は?」 「用を言いつけて追い出してある」 「どおりで静かなわけですな」 「息子がいた方がよかったか?」 「いえいえそういうわけではなく、今日は邪魔をされないなあと思っただけで」 「バルド」 「何ですか?我が愛しのエルフ王」 「…………終わったら、抜け」 これは失礼しました。と、にこやかにスランドゥイルの上から降りる。はぁ…とスランドゥイルはため息ひとつ。 「王、疲れましたか?ワインでも」 と、勝手知ったるで勝手にサイドテーブルのワインの瓶から、グラスに注ぎ始める。 「人間相手に疲れるか」 わしを疲れさせるだけの体力もないくせに、と、悪態をつく。バルドはスランドゥイルにワインのグラスを手渡した。 「勝負しますか?どちらが先にへばるか」 悪びれもなくバルドはニッと笑う。寝台の淵に足をおろして、スランドゥイルはグラスを傾ける。 「挑発には乗らぬ」 だめですか、と、バルドは肩をすくめた。 「バルド」 名前を呼ばれるのが、それだけで嬉しそうに、バルドはにっこりと笑う。 「もう、妻子持ち国持ちなのだから、そう頻繁に来るな」 「つれないですな。王にとって頻繁でも、人間にとっては数年おきですよ」 そうかな、と、スランドゥイルは小首を傾げ、そうかもしれぬ、と視線を泳がせる。 そういえば、おぬしは年を取った。 「いや、ちょっと待て! わしは騙されぬぞ! 去年も若葉の芽吹くころ来たではないか!!」 ばれましたか、と、バルドはぺろりと舌を出す。二口三口、ワインを飲んでから、バルドはスランドゥイルの隣に腰を下ろした。 「しかし、毎年訪れても、あと数回かもしれません。私は年を取りました。息子ももう大きい。王位を譲る日も遠くはないでしょう」 スランドゥイルは片手を持ち上げ、バルドの頬に触れる。極近いところで、瞳をのぞき込む。 その光はまだ衰えてはいないものの、バルド自身の肉体は、成熟して久しい。 「私が死んだら、息子のことはよろしくお願いします」 「知るか」 「そうおっしゃらず。あ、でも息子には手を出さないでくださいね」 「はあ?」 スランドゥイルが不機嫌に顔を歪める。 「息子には、エルフに恋などしてほしくないのでね。絶対に報われない恋など、悲しすぎる」 軽く唇を重ね、瞳の奥を見つめ合う。 「最近は、思うのですよ。これが、最後かもしれない、と」 「おぬしのような生意気な人間が、そう簡単に死ぬか」 「私が死んだら、悲しんでくださいますか。ほんの戯れの繋がりでも」 「バル………」 言葉は唇に吸い取られ、そのまま寝台の上に倒れこむ。スランドゥイルの手にしていたグラスが、床に転がり落ちる。 「私はいつ死ぬかわからない人間です。これが最後かもしれない」 「だから、おぬしはまだ死なぬ」 「でもスランドゥイル王、私にとってあと20年の寿命でも、エルフのあなたにとっては、ほんの一瞬ですよ」 それはそうだ。 「だから、しましょう」 「わけがわからん」 「あなたを疲れさせてみたい」 スランドゥイルはムッとするも、そのまま流されるままに挿入を許した。 「父上〜〜〜〜! 戻りました〜〜〜〜!」 元気よくニッコニコで王宮に戻ったレゴラスは、ニコニコの笑顔のまま弓を引いた。 「!!!!!!!!」 絶頂の寸前でバルドは硬直し、瞬時に動いたスランドゥイルが放たれた矢をバルドの顔面直撃の前につかみ取った。 「危ないではないか、レゴラス。人間はすぐに死んでしまうんだぞ」 そりゃあもうあからさまに全裸で絡み合う最愛の父と間男に、レゴラスは番えていた二本目の矢をポロリと落とすと、 「父上のばかぁぁぁ!!!!!バルドの粗○○!!!!」 捨て台詞を吐いて駆け出して行った。 「粗………」 バルドの額に縦線。 「そこでショックを受けるな。それよりバルド」 「……王もそうお思いですか? 粗…」 「うるさい! いいから抜け!」 バルドが退くと、スランドゥイルは手早く服を着込む。追いかける気満々。 「レゴラス殿に嫌われてしまいましたな」 のろのろと服を着ながらバルドが呟く。 「安心しろ、最初から好かれておらぬから」 「ショック!」 「とにかく今日は帰れ」 服を着終え、後ろ髪引かれまくっているバルドに身をかがめて口づけると、スランドゥイルはふわりと微笑んだ。 「また、いつでも来い。生きているうちに、何度でも」 さて、レゴラスが逃げ込んだ先は、自分の寝室。もちろん、スランドゥイルが追いかけてくることは想定済み。 「僕を追い出しておいて人間を連れ込むなんて、ひどい!」 「追い出してなどおらぬ。用事を言いつけただけではないか」 レゴラスの寝室に入ると、スランドゥイルは扉を閉めた。レゴラスは、身に着けていた装備品をばらばらと外している。 籠手を外し、ベルトを外し、ブーツも脱ぐ。それからくるりと振り向くと、スランドゥイルの首に腕を回して、「ただいま」と囁く。 と、ここまではいつもの絡み。 帰宅した息子の肩を抱き、その髪に口づけし、スランドゥイルはちょっと眉根を寄せた。 「煙草臭い…」 「え〜? アラゴルンに会ってきたんだから、臭いも移りますよ〜」 少々上ずる言い訳。スランドゥイルはレゴラスの顎をつかんで持ち上げると、いきなり唇を重ねて口膣を舐めた。 「煙草の味がする」 変な汗をかきながら、レゴラスは目を泳がせる。 「ち…父上がぁ〜ストライダーに会って現況を聞いて来いって言ったから〜」 「会って話を聞いて来いとは言ったが、交わってよいとは言っていない」 「それは〜なんていうかぁ〜話の流れというか〜?」 「レゴラス」 逃げられないようにがっちりと抱きしめながら、語尾を強める。 「人間と交わるのはよせと言ったであろう」 ムッとして、レゴラスは父を見上げ、睨んだ。 「父上だってバルドとしてるじゃないですか!」 「お前がアラゴルンと交わるのとは違う」 「何が違うんですか」 ふ、とスランドゥイルが手を放す。とたんに、レゴラスは不安定によろめいた。 「人間はすぐに死んでしまう」 「知っています」 「いくら長命の種族とはいえ、アラゴルンの命とて、ほんの百年かそこらだ」 「知ってますってば!」 ふう、とスランドゥルはひとつ、ため息をつく。 「わしはたくさんの命が生まれ、死んでいくのを見た。エルフも、人間も。 人間は、戦争のない平和な時代であっても、どんな英雄でも、みんな等しく死んでしまう。 森の花が、季節ごとに萌え出でて花ほころび咲き乱れ、実を結び種を残し、枯れてしまうのと同じだ。 その命の営みは美しく、わしは愛でてきた。バルドが死んだら悲しいだろう。だがその悲しみもほんの一瞬のことだ。 レゴラス、お前はアラゴルンの死に耐えられるか?」 唇をぎゅっと結び、顔をしかめてレゴラスが父を睨む。 「深入りはするな」 スランドゥイルは、踵を返すとレゴラスの寝室を出て行った。 スランドゥイルが自分の寝室に戻ると、バルドは帰り支度を済ませていた。 「今のこの平和は、いつまで続くのでしょうな」 「わからん。わしは世界の監視者ではない」 肩をすくめ、バルドはニッと笑う。 「デイルはまだ赤ん坊です。己の身も守れない」 「エレボールのダインがおぬしらの槍となろう」 そう言いながら、テーブルに置かれた王冠に触れる。 「北からの恐怖には、わしの王国盾となる」 バルドの笑みが消える。 「スランドゥイル王の国民が、人間の盾となることは、本望ではありません。 そうでなくとも、五軍の戦いで……建国の際に、多くの尊きエルフの血が流されました」 その件に関しては、スランドゥイルは口をつぐむ。 「レゴラス殿は、どのような情報を?」 「………」 人間の王、希望が見出されたことは、その時代に、歴史が動くということだ。 人間の希望に、エルフの王子が心惹かれるのも、それが真であることの証拠。 「歴史は動く。だが、今すぐではない。おぬしの息子の時代か、その次の世代…心配はいらぬ。それまでに、兵を育てよ」 身なりを整えたバルドは、膝をつき、頭を垂れた。 「バルド」 「はい」 「死ぬまで精一杯生きよ」 顔を上げ、バルドは微笑んだ。 「はい」