海に風が 朝に太陽が 必要なのと同じように 君のことを 必要な人が かならずそばにいるよ 森に水が 夜には光が 必要なのと同じように 君の いのち こわれないように 誰かが祈っている どんなに遠く 長い道のりでも いつかたどり着ける 歩き出さずに 立ち止まってしまえば 夢はきえてゆくだろう 恐れないで 勇気 捨てないで 君は ひとりぼっちじゃない いつかふたりで 追いかけた星は 今でも輝いてる 憎しみが うずまく未来が 僕らを飲み込んでも 信じ合い 許し合える心 いつでも なくさないで 空に月が 花にミツバチが 必要なのと同じように 君のことを 必要な人が 必ずそばにいるよ どんなに遠く 長い坂道でも いつか 登りきれる 歩き出さずに 立ち止まってしまえば 夢は消えてゆくだろう 恐れないで 勇気 捨てないで 君は ひとりぼっちじゃない いつかふたりで かけぬけた虹は 今でも輝いてる 争いが 絶えない世界に 僕らが 迷い込んでも 愛し合い 分かち合える心 いつでも忘れないで (ひとりぼっちじゃない/coba&宮沢和史) 「何の歌だ?」 開け放した助手席の窓から、夜のひんやりとした空気が流れ込んでくる。 シートにもたれかかって、流れる夜景を眺めていた男は、 振り向いて口元で笑んだ。 「レゴラスがな、ナントカって映画を観て来て、 それのメインテーマがえらく気に入ったとかでずっと歌っていたんだ。 おかげでわしまで覚えてしまった」 たしかに、機嫌のいいときのレゴラスは、年中歌を口ずさんでいる。 この男も。 まるでひとつの習慣であるかのように。 スランドゥイルは、大きくあくびをして、目を閉じた。 緩やかなカーブをいくつも曲がりながら、郊外に車を走らせる。 いつもより、ゆっくりと。 屋敷の敷地内に車を乗り入れ、 エンジンをかけたまま隣で寝息を立てている男をそっと揺り起こす。 「ついたぞ」 スランドゥイルは、まだ眠そうに瞼を上げると、また大きくあくびをした。 荷物を掴んで車を降りる。 「今夜帰るか? それとも、明日の朝にするか?」 さりげない問いに、グロールフィンデルは疑問の視線を投げかけた。 「それは・・・・」 どういう意味だ、と、問う。 「今夜のうちに帰るなら、明日のモーニングコールを誰かに頼まなきゃならん」 「明日なら?」 「車を車庫に入れて置け。この辺は、朝方鳥がいっぱいやってくるからな。 放置しておくとフンを落とされるぞ」 にやりと笑う。 「早くしろ。わしは眠いんだ」 スランドゥイルを見つめたまま、数秒考え、グロールフィンデルはそっと呟いた。 「車庫に入れて来よう」 納屋のような車庫に車を停め、家の中に入ると、 スランドゥイルは誰かに電話をしていた。 「ああ、そう、その件は上手いこと話がついた。 ・・・・・ああ、予定通り。・・・・いや、レゴラスには休みをやった・・・・・」 居間をうろうろしながら、軽快に話をすすめている。 入ってきたグロールフィンデルに気がつくと、適当に座ってろと身振りする。 「・・・・いや、ダメだ。明日いっぱいはレゴラスは休みだ。 連絡もしてくるな。・・・・そうだよ、電話の一本でもかかってくれば、 何をしていても飛んでいくような馬鹿者だからな。 ・・・・・ばーか、あれはあれでも子供だぞ? いい大人が子供を頼りにしすぎるな。ちっとは自分でなんとかしろ。 ・・・わしか? わしはいいんだ! 父親だからな!」 電話を切って、立ちすくんだままでいるグロールフィンデルに近づく。 「・・・顔色が悪いな」 青い瞳で覗き込まれて、グロールフィンデルは目をそらせた。 頭が痛い。 もうずっと、頭痛など感じたことがなかったのに。 鈍い痛みが、頭の奥でうずいている。 なんでこんなときに・・・? ひとりになったときに、頭痛にうずくまることはある。 誰かがそばにいるときに、体調の異変を感じることはないのに。 「大丈夫だ・・・・」 「大丈夫って顔をしていないぞ? ちょっとこっちに来い」 腕を引っ張ってソファーに連れて行き、座らせて、 スランドゥイルはその額に手を当てる。 「熱は・・・ないな。口、開けてみろ。 ・・・・・うむ、赤くなってもいない。風邪じゃないな。 どこか痛いとか、だるいとか、あるか?」 「頭が・・・」 素直に答える自分を、不思議に感じる。 「疲れているんだな。悪かったな、送ってもらって。 二階のベッドで寝ろ。歩けるな? お前みたいなでかい奴を、おんぶはできないからな」 ニッと笑うスランドゥイルに、目を細める。 手を引かれて階段を上がり、ベッドに横になる。 いつも緩慢で怠惰な雰囲気のスランドゥイルは、 てきぱきと頭痛薬と水を持ってきて飲ませると、 暑くないか寒くないかと毛布を調節する。 誰かに世話を焼かれるというのに、慣れていない。 だが、スランドゥイルは手馴れていた。 ベッドサイドに腰掛け、 グロールフィンデルの髪を邪魔にならないようにまとめてやり、 もう一度額を合わせる。 「寝てれば治る。おとなしくしてろよ。いい子にな」 彼の口調がおかしくて、グロールフィンデルはわずかに笑んだ。 「おかしいか? わしだって、これでも父親だぞ。 息子が風邪をひけば、看病もするし、ぐずれば子守唄だって歌う。 息子は甘ったれで、いつも一緒に寝たがったものだ。 甘ったれは今でも変わらんな」 今ごろはエルロンドにべったり張り付いて、再会を楽しんでいるだろう。 グロールフィンデルは、容易に想像できて口元を引き締めた。 そんなことをこの男に言ったら、すごい剣幕で怒るだろう。 それに、自分だって本当は・・・・・。 「添い寝してやろうか? っても、余計なことをするなよ。 お前には休養が必要なんだ」 何か言い返したかった。次に会えるのは、何日先かわからない。 この貴重な時間を、頭痛なんかに邪魔されたくはなかった。 「子守唄歌ってやるから、おとなしくしてろ」 髪を撫でられ、ため息をつく。 こんな時間も、いい。 暖かくて、安らかな・・・。 ずっと忘れていた。 何か・・・・・。 何か グロールフィンデルは目を閉じた。温かな指が、額を撫でる。 この男と出会ってから、いつも激しく求めていた。 痛むほどの空腹を満たすように。 なのに、この男は飄々と食われる。 狼の前に身を投げ出すウサギのように。 (満足したかい?) いつだって、そんな態度だ。 (違うだろう? 本当に欲しいものは) 今まで満たされなかった肉体の欲望に身を任せながら、男の問いに首を振る。 (でも、どうしていいか、わからない) 好き、だったんでしょう? レゴラスの言葉を思い出して、ハッと目を開ける。 「どうした? 眠れ」 スランドゥイルは上からグロールフィンデルを覗き込み、 額にそっとキスをした。 グロールフィンデルは、もう一度目を閉じた。 そう、好き、だったんだ。 暗闇の中を、歩いている。 もう、ずっと。 ずっと、長い間。 慣れ親しんだ、闇の世界。 ある意味、そこは心地よい。 それでも、 あそこに行かなければならない。 グロールフィンデルは、まっすぐそこに向かっていた。 扉。 硬く閉じた扉は、その場所さえ、わからなくなっていた。 なのに、 今はわかる。 どこにあるのか。 扉の四隅から、光が漏れている。 足元を、冷たい水が濡らす。 ぴしゃぴしゃと音を立てる。 それはだんだん深くなっていき、 扉の前では、もう胸まで浸かっていた。 そんなにも長い間、放置してしまったのか。 そっと扉に手を当てる。 恐れることはない。 もう、涙の海に溺れない。 指の触れたところから、 扉は溶けて無くなった。 「・・・・・・・」 光。 光の渦に、飲み込まれる。 光に喉がつまり、目を閉じる。 そのまま、光に押しつぶされそうになる。 (グロールフィンデル) 懐かしい声。 聞こえる。 聞こえる。 感じる。 あなたの声、 あなたの息、 あなたの鼓動、 あなたの体温・・・・・ ゆっくりと目を開けると、そこに『彼』がいた。 (グロールフィンデル・・・・私の片翼、私の半身) 銀色の光に包まれて、彼は両手を広げた。 (やっと、私を見つけてくれたね?) 同じように、両手を伸ばす。 光に抱擁され、 光に包み込まれ、 それは グロールフィンデルの中に入っていった。 「エクセリオン」 やっと、あなたにたどり着いた。 あなたに、言わなければならないことが、あるのです。 カーテンの端から、白み始めた空が見える。 グロールフィンデルは、ゆっくりと体を起こした。 隣で、丸くなって寝ている男がいる。 その存在に、口元がほころぶ。 そっとその柔らかな髪に触れると、胸の奥から切なさが湧き上がってくる。 誰かを好きになるというのは、こんなにも切ないことだったのか。 愛しいと思える感情に、包まれる。 そう、これが、誰かを愛するということ。 触れる髪を指に絡め、そっとキスをする。 がむしゃらに求めていた自分が、おかしく思える。 満たされるというのは、こういうことだ。 スランドゥイルは、眠たげな目を開けて、グロールフィンデルを見上げた。 「気分は、どうだ? 頭痛は治まったか?」 そう言って、指をのばしてその頬に触れる。 「・・・・・なぜ、泣いている?」 触れてくる指を取り、唇を寄せて目を閉じる。 スランドゥイルは体を起こして、 グロールフィンデルの頭を自分の胸に押し当てた。 「・・・・・・・」 心臓の音。 熱い温もり。 「・・・・・愛していたんだ」 呟いて、肩を震わせる。 「愛していた。 あの日・・・・夜明けを迎えたら、告白するつもりだった。 あなたを愛している、と。 あなたの一部である自分が、誇らしい。 あなたの隣で、永遠を手に入れたい。 ・・・・あなたの食べたいものを作ってあげよう。 あなたの望みなら、何でも捧げる。あなたの望む、人間になろう。 だから・・・・だから、あなたの永遠の時間を、私に分けて欲しい。 ひとつの、命でいられるように・・・・」 生も死も、あなたと共にありたかった。 死が、二人を分かつことさえ、ないように。 「で? いつまでも死者を胸の中に閉じ込めていたと言うわけか」 それは、慰めでもなく、軽蔑でもない。 「それが、お前の頭痛の種か」 腕に抱かれ、子供のようにうなずく。 「ばかだなあ。哀しければ、泣けばよかったんだ。 泣いて泣いて、悔やんで、自分を責めて、どん底まで落ち込んで ・・・・そうしたら、もっと早くに立ち上がれたんだ」 髪を優しく撫でながら、 スランドゥイルの声は、自分を語っているようであった。 「一緒に死ねれば、楽だったのにな。いつだってそう思ったさ。 でも、なんで自分は生かされたんだろう。 生きて幸せになることを、望まれていたのかな。 彼らの肉体は滅んでも、心の中に深く刻まれる。 そうか、一緒に生きているんだ・・・・ そう気づくのに、ずいぶんと時間がかかった」 ふと笑うスランドゥイルの声は、深い悲しみを知っている。 「お前が寝ている間に、エルロンドから電話があったぞ」 驚いたように、グロールフィンデルは顔を上げた。 スランドゥイルは父親の表情で微笑んでいる。 「たかが己の秘書のことで、 何をそんなに過保護になっているのかと思ったがな。 とにかく、めちゃくちゃ心配してた。 レゴラスがあいつの所に行った時にはすかしてたくせに、 お前がわしのところに来るようになってから、頻繁に連絡してくる。 悩んだが、やっぱり話しておいた方がいいとか言ってな。 人が気持ちよく酔っ払っているときに、いい迷惑だ。 それに、こんな狂犬を押し付けやがって」 悪態をつくスランドゥイルは笑っている。 「あんまり飼い主に心配かけるなよ」 じっとスランドゥイルを見つめていたグロールフィンデルは、 目を細め、視線を外す。 「・・・・・守ってくれると・・・・言ったのだ。 守ってやるから、ついて来い、と。だから私は、エルロンドに忠誠を誓った」 クスクスと笑いながら、 スランドゥイルはグロールフィンデルの髪にキスをする。 忘れていた。 気付かなかった。 自分は、ずっとエルロンドに守られていたのだ。 扉を探さずに済んだのも、 深みに陥らなかったのも、 エルロンドが、その場所に行かなくてすむように気遣っていてくれたからだ。 「奴は、よっぽどお前が大切なんだな」 多くのものを愛し、多くのものに愛されてきたスランドゥイルには、 理解できないかもしれない。 母親に死なれ、その敵に育てられ、たった一人の兄弟さえ袂を分かった、 エルロンドにとって、彼の所有するもの、彼を絶対に裏切らない者は、 グロールフィンデルひとりだった。 それは、すべてを無くし、 彼を利用するだけの者たちに囲まれていたグロールフィンデルにとっても、 同じこと。 お互いにお互いを必要とし、支えあってきた。 だが、もうそれは、必要ない。 エルロンドは、己を満たしてくれる、愛する存在を手に入れた。 ギル=ガラドの呪縛に囚われる事の無い、永遠の愛を。 「愛している、と、言ったら・・・・迷惑か」 息子を抱くように自分を抱く男を、見上げる。 「迷惑だ」 スランドゥイルは即座に答え、レゴラスをからかうときにするように、 グロールフィンデルの頬をつねる。 「何度も言ったように、わしは妻を愛している。 わしは、亡き妻にだけ生涯をかけた愛を誓ったのだ。 お前だって、自分を殺してしまうほどの愛を誓った相手がいるのだろう?」 そうだ。 たとえ肉体は滅んでも、エクセリオンに命を捧げると、己に誓った。 その誓いを破ることは、ない。 「だが、生きていることを楽しむくらいの余裕はある。 それくらいは、許してもらえるだろう。 わしはな、お前といると楽しいと思う。からかいがいはあるしな。 だから、一緒にいてもいいと思うぞ」 涙の乾いた瞳が、笑みを作る。 「まあ、わしのどこがいいんだか知らんが」 「さあ。どこがいいのだろうな。 口が悪くて、横暴で、酒飲みで、女癖が悪くて・・・」 声を出してスランドゥイルは笑う。そのとおりだ、と。 「・・・・そばにいると、落ち着く」 グロールフィンデルの頭をぐしゃぐしゃにかき乱して、 スランドゥイルはまた笑った。 「泣いてもいいぞ? わしはべつに気にならん。 甘えられるのには慣れている」 さりげない言葉に、また胸が詰まる。 「ああ、だが・・・アレはだな、程々にしてくれ」 「アレ?」 「男に抱かれる趣味は無い」 はたと気がつき、グロールフィンデルは手で口を覆って、 肩を震わせて笑った。 「・・・私は、欲情をいうのを知らなかった。 そうだ、エクセリオンも言っていた。 己を鍛えることが最優先で、己の欲望に目を向けることがなかったから」 「あー? なんだ、お前にいろんなことを教え込んだのがそいつなのか。 レゴラスが言ってたな、料理を教えたのが誰かとか」 「そうだ」 思い出してみると、何もかも微笑ましい。 「すべてを教え込まれた。 戦闘訓練も、自己管理の仕方も、 服の選び方、食事のとり方、料理、ベッドのメイク。 ただの飾りとしての貴族にならないように。 メイドの仕事ひとつも馬鹿にしてはいけない。 そんなこともできないのかと、逆に軽蔑される」 口にしてしまえば、なんて暖かな思い出。 エクセリオンは、自分のすべてだった。 「で、アレも教わったわけだ?」 スランドゥイルを横目で見て、口元で笑む。 「一度だけ」 たった、一度。 あれ以上の快楽を得ることなど・・・・・・。 「一度なあ・・・」 感心したように呟いてから、スランドゥイルはいたずらっぽく笑った。 「だから、下手なんだな」 目を丸くするグロールフィンデルに、べっと舌を出す。 「わしを練習台なんかにするなよ」 おかしかった。あんなに自分を苦しめていた記憶が、 こんなにもさりげなく受け止められる。 「思い出したら、欲情してきた」 スランドゥイルの上にのしかかると、 その男は笑いながらグロールフィンデルの鼻をつまむ。 「今したら、絶交する」 誰もが恐れていたグロールフィンデルに、 こんなにも触れてくるのは、彼だけだ。 エルロンドでさえ、触れるのは肩や腕程度なのだから。 「それは・・・困る」 「なら、おとなしく寝ろ。 もう夜明けだが、2時間くらいは眠れる。昔話はまた今度だ」 言うなり、スランドゥイルは毛布に包まって丸くなる。 本当は、とても疲れている。 わかっているのに、つき合わせてしまうのは、彼に対する、甘え。 レゴラスは、父親に対して非常に気を使う。 それは、甘えた態度を見せれば、 自分がどんなに疲れていようが癒してくれようとするからだ。 だから、そんな父に甘えすぎないように家を出た。 エルロンドは同じように甘えさせてくれる存在だ。 「・・・すまない・・・」 呟くと、スランドゥイルはグロールフィンデルの髪を引っ張って 、自分の横に横たえさせた。 「わしは、こう見えてもわりと寂しがり屋でな。 誰かに隣にいてもらわないと、眠れないときもある。 その場所は、ずっと妻だった。今は空いてる。 お前がそこにいてくれると、助かる」 毛布に包まる男を腕に抱き、グロールフィンデルも目を閉じた。