実際、その日は多忙であった。

 あちこち出歩かねばならず、昼食もままならないまま、
秘書の運転する車に揺られ続けていた。

 そもそも、銀行に出向くことなど稀なことで、
たいていは頭取やら係の者が書類を持参してくる。
だがその日は、社長室でそれをのんびり待つ時間がなかった。

 出先のついでに銀行に寄る。まあ、たいした話ではないから、30分で済むだろう。

 閉店間際の銀行に乗りつけ、車の車庫入れは手の空いている銀行員に任せて、
エルロンドは秘書と店内に入った。

「エルロンド卿!」

 もちろん、慌てて飛びだしてきたのは、馴染み深い頭取。

「申しわけありません。わざわざ・・・・。」

「いや、ついでがあったので。」

 無駄な挨拶はいらない、と、片手を振ってみせる。
上階の応接室に案内しようとする頭取に、エルロンドはここでいいと身振りした。
店舗の奥に応接ソファー一式が置いてあることは知っている。
さっさと話を済ませ、エルロンドは食事を取りに行きたかった。
空腹は我慢できるが、夜まで予定が詰っていることを考えると、
ここは早く済ませて、レストランでゆっくりコーヒーでも飲んで一服したい。

 恐縮しながら奥のソファーに案内される。
エルロンドが腰掛けると、グロールフィンデルはその後に立った。
立っているか運転しているかの秘書にも、一休憩を与えてやりたい。
必要ないと、彼は言うだろうが。

「先日の件ですが、こちらでよろしければサインを・・・・」

 持ってきた書類に目を通していると、グロールフィンデルが訝しげに窓の外に目をやった。

 もう閉店時間で、係員がシャッターを下そうとしている。客はまばらだ。

 秘書が何に気を取られているのか、エルロンドがそちらに目を向けたとたん、
目だし帽をかぶった数人の男たちがなだれ込んできて、係員にシャッターを全て下させた。

「全員! 手を頭に乗せて床に伏せろ!!」

 ああ・・・・なんて間が悪い。慌てる頭取の目の前で、エルロンドは大きく溜息をついた。

「・・・どうします? 処分しますか?」

 落着き払ったグロールフィンデルが、エルロンドに耳打をする。

「そうだな・・・・。」

 なんて古典的な銀行強盗なんだ。コンビニ強盗とたいして違わない。
こういうことをするのは、・・・・計画性のない、
エルロンドにしてみればたいした害のない連中だ。

 強盗のひとりは、若い女性を捕まえて羽交い絞めにし、拳銃を突きつけている。
他のひとりはボストンバックを行員に押し付け、別の男はライフルを天井に向けている。

「4人。外にひとり、です。」

「そこ! 床に伏せろを言っている!!」

 発射されたライフルが天井に当り、蛍光灯が割れて破片が降る。
エルロンドはもう一度溜息をついた。が、伏せる代りに堂々とその男の前に歩み出た。

「・・・・エルロンド卿?!」

 伏せていた頭取が、震え声で呼ぶ。
グロールフィンデルは、大丈夫なので動かないように、と、頭取に身振りした。

「3分で警察が来る。このまま退去すればよし。無駄な抵抗は君たちの命とりになる。」

「伏せてろと言っている!!」

 アマチュアだな。呆れるエルロンドに銃口が向けられるが、
グロールフィンデルはいち早くそれを弾いた。

「処理しましょう。」

「いや、関係のない者が怪我をする。」

 女性を人質に取っていた男は、怯えて、今にも引金をひきそうだ。

「女性を放しなさい。人質には、私がなろう。」

 グロールフィンデルは、片眉を上げた。

「それなら、私が。」

「お前が人質になったら、誰が助けに行くのだ?」

 それもそうだ。グロールフィンデルは素直に納得した。

 窓の外から、パトカーのサイレンが聞えてくる。

「最悪、警察は民間人の命より犯人逮捕を選ぶだろう。
だが私なら、絶対に手出しさせない権限がある。」

 男たちは顔を見合わせる。

「女性を放しなさい。早くしないと、突入される。」

 ライフルを持った男が主犯なのだろう。
そいつはエルロンドとグロールフィンデルの両方に銃口を向け、

「そっちの、用心棒を下がらせろ。」

 そう命令口調で言った。

 用心棒ではない。秘書だ。そう言い返したかったが、
エルロンドは少しだけ肩をすくめるだけで反論を我慢した。

「頭取のところに行って、両手を頭に乗せていなさい。」

 エルロンドの命令に、グロールフィンデルは素直に従った。
拳銃を持った男は、女性を突飛ばして、代りにエルロンドに銃口を向ける。
ここは両手を挙げるべきなのだろうが、そのような屈辱的なポーズを取る気には、
とうていなれない。手のすいていた別の男が、
エルロンドのスーツの上からばんばんと体を叩く。
武器を探しているのだろうが、不慣れなやり方だ。

「持っているもの、全部出せ。」

「何も持っていない。」

 本当に、何も持ってはいない。財布どころか、マネークリップさえ。当然、カード類も。

 忙しくポケットを漁っていた男は、やっと名刺入れだけを見つけ、床に叩きつけた。

「なんだこいつは?! 本当に何にも持っちゃいねぇ!」

 ライフルの男は、名刺を取上げると鼻をひくつかせた。

「・・・名前だけは知ってるぜ。政財界の、裏のボスだ。」

 人聞きの悪い。ちょっと顔が利くだけだ。

「こいつを人質にすりゃあ、1億だってせしめられる!」

 愚かな。身代金を要求した時点で、SWAT並の暗殺者連中に蜂の巣にされる。
痕跡さえ残さずに。今だって、エルロンドが命令すれば、
こいつらを叩きのめすことくらい朝飯前なのだ。

 まあいい。まだイライラが頂点に達していないのだから。
とりあえず、一般市民の安全と、銀行をこれ以上壊されないようにすることを優先させよう。

「チッ。ゴールドカードとブラックカードごっさりかと思ったのに。」

「私は自分では何の支払もしない。」

 成金ではないのだから。この顔がキャッシュカードなのだ。

「まあいい。とり囲まれる前にずらかるぞ!」

 後から銃を突きつけたまま、エルロンドに歩けと命令する。

「おい、用心棒!」

 ライフルの男はじっと様子をうかがっていたグロールフィンデルに振り返った。

「妙なまねをしたら、社長はぶっ殺すからな!」

「妙なマネとは?」

 グロールフィンデルも落着きはらっている。

「俺たちが逃げおおせたら、こいつは開放する。警察に追跡されたら、こいつは殺す!」

 エルロンドを人質にして、怖いのは警察ではなく彼の部下なのだと、
グロールフィンデルはほくそえみたいのを押えた。

「わかった。だが社長に傷を負わせたら、
地の果てにいようと私はお前たちを探し出して抹殺するだろう。」

 グロールフィンデルの言葉を冗談としてしか受けとめられないのか、
卑劣な笑いをして、エルロンドを連れて裏口へと向った。

 

 彼らが去ると、頭取はすぐ被害を調べるよう指示し、
グロールフィンデルは窓から逃げ去る車の車種とナンバーを確認した。

「警察に・・・・・。」

「連絡してください。ただし、犯人の車を追跡しないように。」

「なんと! エルロンド卿が・・・!」

 グロールフィンデルは携帯をあけて番号を押し始める。

「社長のことは、こちらにお任せください。」

「しかし・・・。」

「警察より俊敏に動けます。ご心配なさらないように。」

 愕然とする頭取を無視して、グロールフィンデルは電話の向こうと話し始めた。

 

 

 

 狭く汚いワゴンの中で、乗心地の悪さにエルロンドは顔をしかめた。
ガムテープで口や目を塞ごうとする男を、片手でやさしく押しやる。

「人質は丁寧に扱うべきだ。私を怒らせない方がいい。」

「何様だと・・・?!」

 だが、エルロンドの無言の圧力には勝てない。
隣にいた別の男は、エルロンドのポケットをまだ探っていた。
何か金目のものを持っていると信じている。金目のものはないが、携帯電話は入っている。

「壊せ。どうせ、GPSとか付いているんだろう。」

「電源を切ればいい。壊さないで欲しい。」

 落着いた口調だが、威圧感はある。

「家族の写真が入っている。」

 意外な言葉に、携帯を見つけ出した男は、携帯を折るのをやめた。

「いい時計だな。」

 腕時計を奪おうとする輩から、腕を振り解く。

「亡き妻の形見だ。金ならいくらでもやろう。だが、携帯の写真と形見の時計は譲れない。」

 助手席にいたライフルの男は、エルロンドに振り返った。

「大会社の社長は、もっと冷酷だと思っていたが?」

「私も人間だ。銀行の誰も殺さなかった君たちには感服している。
命にスペアはない。私も、君たちの命は保証しよう。」

 電源を切った携帯電話は、ライフルの男に手渡された。
中を見られなくてよかった。指紋認識システムが入っているとはいえ、
個人的なメールのやりとりの中には、恋人との語らいが残っている。
あれは、他人に見られたら恥かしいなんてものじゃない。

 

 追跡の心配もなく、車はあちらこちらへと走る。
時間をかけて、アジトの場所を人質に隠すためだろう。
ということは、途中で開放されるのではなく、拠点へと連れて行かれるわけだ。
どうしたものかなぁと、エルロンドは密かに溜息をついた。この後の予定が丸つぶれだ。
隙を見て逃げ出すか。グロールフィンデルの救出を待つか。

 待つ方が得策か。

 こんな時、あの男だったらどうするだろう・・・と、無意識に考える。
スランドゥイルだったら、どうするだろう?

「・・・何故、金が必要なのだね?」

 そう、たぶん、それを聞くだろう。理由なき犯罪などないのだ。

「てめえらにはわかんねえよ!」

 隣にいた若い男が、苛立たしげに叫ぶ。

「今日食うものにも困ったことがねえてめえなんかには!」

 そうか。そうだな。エルロンドは納得する。金銭的に困窮した経験はない。

「神様は不公平だ! 俺たちが暖房もないアパートで震えているとき、
金持は豪華なパーティーで泥酔しているんだ。」

 そうだな。

「病院に行く金もなくて、母ちゃんはのたれ死んだ。
酒場の喧嘩で、父ちゃんは撃たれて死んだ。それもこれも、全部テメエらのせいだ!」

「・・・・・・・・」

 エルロンドは少し考え、怒りを受け止めてから口を開いた。

「私にも両親はいない。君たちの言う金持達の・・・・抗争の末、
私の目の前で自殺したのでね。私の妻も、殺されたのだよ。
私が金持であるが故、だ。金が人を幸福にすると思ったら、それは間違いだ。」

「金持の理論だ!」

「・・・・そうかもしれないな。」

 金や権威が幸福をもたらせてくれるとは、一度も思ったことはない。
むしろ・・・・貧しくても母や兄弟と過したあの港町では、
少なくとも子供の自分は幸福だった。

 ふと、バックミラーに見覚えのある車を確認する。グロールフィンデルの跳ね馬ではない。

 あいつを、呼んだのか。

 薄汚れたセダンは、ものすごいスピードでワゴンに追いつき(相変らずの暴走振りだ。
あとで注意しなければ。)脇に並ぶと幅寄せして車体をぶつけてくる。

「!! なんだ?!」

 汚い車なので、エルロンドの救援とは思えない。それに、やり方も強引で無謀だ。

 車内の男たちは、窓を開けてセダンに向けて発砲し始める。

 やれやれ。エルロンドは流れ弾に当らないように身をかがめた。

 セダンのスモークを貼った窓が開き、1発2発、応戦してくる。
セダンはハンドルを切り、またワゴンに車体をぶつけた。

「チッ! 何者だ!!」

 悪態をつく男たちの影に隠れるが、あまり気分のいいものではない。
後で厳重注意しなければ。エルロンドは顔をしかめて思った。

 セダンから発射された銃弾は、ワゴンのタイヤをパンクさせ、
ワゴンは路肩に乗り上げて停車した。

 セダンからひげ面の男が出てきて、強盗たちを威嚇する。

「全員、外に出て伏せろ!」

「ふざけんな!」

 ライフルの男が飛びだすと、ひげ面の男の後から、さらに二人、
黒髪の青年が出てきて彼らに銃口を向けた。

「やりすぎだろう? エルラダン。親父が怪我したらどうすんだよ?」

「最近、運動不足でね。」

 こんな場面で兄弟喧嘩は止めて欲しいものだ。
アラゴルンが全員の武器を奪うと、エルロンドはゆっくりと車から降りた。

「・・・・誰の指示だ?」

 双子は一斉にアラゴルンを指差し、アラゴルンは引きつった。

「タイヤ撃ったのは俺じゃないし・・・。」

「そういう問題ではない。」

 エルロンドの目つきは、「後で校長室に来なさい」的なものだった。

 ライフルを奪われた男は、今一度エルロンドを人質に取ろうと背後から飛び掛る。
エルロンドは、昔習った背負投げで男を投げ、ふうと溜息をつく。

「無駄な抵抗はしない方がいい。」

 この男、決してか弱くはない。

「ほらほら、金返して。他人のものを盗んじゃダメだろう?」

 双子はワゴンからボストンバックを引きずり出した。

「どうする、親父? ここで潰しとくか? それとも、警察に渡すか?」

 やはり素人仕事だったのだ。男たちは地面の上で震え上る。

「金は返してもらったし、私は無事だ。銀行の蛍光灯を割ったくらいの罪だ。」

 アラゴルンも双子も、肩をすくめる。

「俺たちの労働は?」

「報酬が欲しいのか?」

「車の修理代」

「新しいブーツ」

「サイクロン式の掃除機」

 最後の要望を出したエルロヒアに、エルラダンは「まだ今の使えるぞ?」とツッコミを入れた。

 エルロンドは、わかった、と、片手をあげたあと、自分が投飛ばした男に歩み寄った。

「携帯を返してもらおう。」

 小さくうめいて、男は車を顎でしゃくった。
アラゴルンが見に行くと、なんと携帯は衝撃で吹飛んだのか、
ワゴンのドアにはさまれて割れていた。

「・・・・・・・」

 おそるおそるアラゴルンが電話をエルロンドに差出す。

「・・・・・・・」

 エルロンドは、ヒクリと頬を引きつらせた。

「あ、でも、SDカードは無事みたいだから・・・・。」

 折れた携帯から記憶カードを取りだし、
エルロンドはダメになった機械の塊をアラゴルンに押付けた。

「先ほどの発言撤回。」

 ええ〜〜〜!!! 

 三人は同時に叫び、「アラゴルンの運転のせいだ」だの「エルラダンの発砲だ」だの、
喧々轟々責任を擦り付け合った。

「で、なぜあのような大金が必要だったのだ?」

 地面の上であっけにとられている男たちに、エルロンドが目をやる。

「・・・・・。」

 たいした理由もないのか、それぞれが目を伏せ、唇を噛んだ。
それ以上問うことをせずエルロンドが背を向けると、あのライフルの男が叫んだ。

「息子が・・・・まだ赤ん坊なんだ! 
心臓に穴があいていて・・・・・俺は殺されてもいいから、金を妻に・・・!」

 口げんかをしていた三人が、ぴたと黙る。エルロンドは男にふり向いた。

「お前が死んだら、誰が妻子の面倒を見るのだ?」

「てめぇも人の親なら、死ぬかもしれない子供に何にもしてやれない気持が、
わかるだろう!!」

 どう思う? と、エルロンドがアラゴルンと双子を見る。

「うそ、かもな。」

 エルラダンは両手を広げた。

「助かっても、親が犯罪者じゃ、子供がかわいそうだ。」

 エルロヒアの視線も冷やかになる。

「俺だったら」

 アラゴルンは、その男を凝視した。

「もっと上手く金を盗む。」

 エルロンドは一度目を閉じてから、自分の子供たちを見やった。

「犯罪を許すことはできない。銀行の金は返してもらう。
エルラダン、エルロヒア、彼らと一緒に、病気の子供を私の病院に連れて行きなさい。
本当だったら、私の名前で入院措置を。」

「嘘だったら?」

「お前たちに任せる。」

 地面の上の男たちは、予想外の展開にうろたえている。

 そうこうしているうちに、静かに走行してきたベンツが目の前で停まった。
出てきたのは、もちろん社長秘書。

「お迎えに上りました。三人のことですから、車を壊しているだろうと思いまして。」

 さすがだよ、グロールフィンデル。だが、彼らをこの任務に当てたお前も同罪だ。
エルロンドは密かに思った。

「決着はつきましたか?」

「ああ。」

 それからエルロンドはグロールフィンデルに指を出して見せる。
グロールフィンデルは自分のポケットからマネークリップを出した。
一瞬、そのクリップを誰からもらったのかツッコみたい気分になったが、
今はそんな状況ではない。
クリップをグロールフィンデルに返し、札束だけをアラゴルンに渡した。

「皆で食事でもして帰りなさい。警察はこちらで押えておく。
・・・・蛍光灯の修理代も出しておこう。」

 何故そんなことをしてくれるのか、ライフルの男は疑問を口にした。

「私の願いを聞いてもらった。」

 さりげなく腕時計を指示す。

「携帯は壊れてしまったが、生きている者との思い出は、また作ればいい。
私も子を持つ身として、これだけは言っておこう。君の息子を犯罪者の子にするな。
働く気があるなら、そこのひげの男に頼むといい。彼はあれでも社長職だ。」

 ええ〜〜〜? と、驚きの声があがる。

「一緒になって驚くな!」

 アラゴルンは双子にグーを握って見せた。

 

 

 

 かくして、エルロンドはベンツの後部席にゆったりと身を沈めた。

「なぜ彼らを呼んだのだね?」

「犯人の逃走経路に一番近い位置にいたからです。」

 ちなみに、GPSは携帯ではなくスーツの襟につけたピンについている。

「・・・疲れたので、この後の予定はキャンセルしてくれ。少し休みたい。」

「わざと人質になったのは、それが理由ですか。」

 うっ・・・・そういうわけでも・・・なくはないが。

「先ほどレゴラスから電話がありました。あなたに連絡がつかないと。
社長は会議中だと言っておきましたが。」

 ありがたい。こんなことがレゴラスに知れたら、大騒ぎされてしまう。

「で、何と?」

「急にベネチアに行くことになったので、今夜は帰れない、と。明日の夜には戻るそうです。」

「・・・・・・・・・前言撤回。今日の仕事は今日中に済ませてしまおう。」

「今日サボれば、明日徹夜になりますから。」

 訳知り顔で、グロールフィンデルは唇を吊り上げて見せた。

「それから、携帯が壊れた。後で新しいのを調達しておいてくれ。」

 身をのりだして、グロールフィンデルの胸ポケットにSDカードを入れる。

「それは、残念でした。」

「お前の人選のせいだ。」

 ここぞとばかりに、エルロンドはにやりと笑った。

「お前の携帯の写真、あとで消去してやる。」

「・・・大人気ない・・・」

 吊りあげた唇が引きつる。

「今回の件、エレストールに秘密にはできませんよ。
社に帰ったら、小言を覚悟なさった方がいい。」

 エルロンドの口元も引きつる。

「擁護はしてもらえないのか。」

「あなたがその気なら。」

 胸のうちでエルロンドは舌打をした。

「お前の人選は、的確だった。」

「そうでしょうとも。」

 運転をしながら、グロールフィンデルは会社に連絡を入れる。
先に、エレストールに釘を刺しておくために。

 かくして、一件落着。

 

 後日、グロールフィンデルが病院からの請求書を持ってきた。

 あの男の言葉は真実で、保険にも入っていなかったので、治療費は膨大になっていた。

「経費では落せませんよ。」

 請求書を見たエルロンドは、グロールフィンデルを見上げる。

「医者はなんと言っている?」

「1ヶ月で子供は親元に戻れるそうです。」

「そうか。それはよかった。」

 慈善事業ではないのですよ、と、エレストールが怒る姿が目に浮ぶ。

「難病の子供たちへの基金を立ち上げよう。民間団体に連絡し、資金援助の申立てを。
これはその一部として処理する。病院からの収益金の一部を回すように。」

「顧問たちへの説明は?」

「明日の会議で行う。以上。」

 頭を下げ、グロールフィンデルは社長室を出て行った。

 新しい携帯が鳴り、さっそく新しい写真が送られてくる。

「今夜のチキンの予定、変更。この猫、捨ててくれ。」

 息子から送られてきた写真には、チキンをくわえて笑うレゴラスの姿が・・・。
エルロンドはほくそえみ、今度はちゃんと写真をメモリーに入れた。