大門の上に立ち、エクセリオンは遥か彼方をじっと見据えていた。

「静かですね」

 副官が囁く。

 月は無く、漆黒の闇が世界を取り囲んでいる。

「・・・血のにおいがする」

 エクセリオンは、呟いた。

「奴が来る」

 副官に振向き、エクセリオンは声を上げた。

「トゥアゴン殿に伝令を!」

 

 

 

 エクセリオンの守る大門が、そう簡単に突破されるとは、誰も予想していなかった。

 奴らは、バルログと呼ばれる特殊傭兵を導入してきた。
痛みも恐怖も感じない、バケモノどもだ。バルログに、幾度苦渋を味わったかわからない。

 バルログは、たった一人でも大隊を壊滅させるほどの力を持つ。

 

 

 

 街に侵入してきた敵を、グロールフィンデルは片っ端から片付けていった。
一匹ずつ、冷静に。

 グロールフィンデルの元に、警備隊の者が走り寄る。

 トゥアゴンの屋敷に敵が侵入した模様、と。

 グロールフィンデルは、街の高台にあるトゥアゴンの屋敷に走った。

 

 そこではもう、激しい戦闘が行われていた。

 目に付く敵を倒しながら、屋敷の中に入る。

 神経を分散させ、どこにどう敵が隠れているかを探し出し、抹殺する。

 トゥアゴンの屋敷の見取り図は、頭の中に入っていた。

 家屋での戦闘は、エクセリオンに教わっていた。

 グロールフィンデルがトゥアゴンを見つけたとき、
彼はいくつもの銃弾を受け、死の縁を彷徨っていた。

「トゥアゴン殿!」

 駆け寄って止血をしようと試みるが、
トゥアゴンはグロールフィンデルの手をさえぎり、首を横に振った。

「・・・・・・・まだ・・・生きている者を、救いなさい・・・・」

 それは、主の最後の命令であった。

 

 

 

 エクセリオンは、大門で二匹のバルログを仕留めていた。

 もちろん、生易しいことではない。自身、かなりの深手の傷を負う。

 二匹目を仕留めた時、左腕を失った。

 普通の人間なら、出血とショックで死を免れないだろう。

 だが、エクセリオンの精神力は尋常ではなかった。

 逃した一匹を追って、街に入る。

 噴水のある中央広場まで追ってくると、殺戮を楽しんでいるバルログに銃弾を放った。

「・・・・・フェアノール殿とフィンゴン殿を殺したのは、貴様だな」

 バルログの巨体が、ゆっくりと振向く。
赤く充血した目でエクセリオンを見据え、不気味な形をした口が、シュー、と息を吐く。

「ソウダ」

 人間のものとは思えない声が、肯定する。

「モルゴスサマニ サカラウモノ スベテ マッサツスル」

 弾のなくなったハンドガンを投げ捨て、
エクセリオンは腰に下げていたサブマシンガンを取る。

「ゴンドリンノ 12カモン アト フタツ」

「抹殺されるのは、貴様の方だ」

 

 

 

 グロールフィンデルは、館を走り出て、街の中央に戻ってきた。
グロールフィンデルがいなかった、ほんの30分か一時間。
その間に、街は崩壊していた。あちこちで火の手が上がっている。

 驚きや悲しみを感じている余裕など無い。逃げ惑う民を助け、敵を撃つ。

 まるで呼ばれるように、中央広場に走り込む。

 

 一瞬、足が止る。

 

 美しかった噴水の傍らに、彼が立っていた。

 

 純白の衣装は、赤黒く汚れ、肩を落として立ちすくんでいる。

 その足元に、巨大な肉の塊。

 バルログの死骸。

 

「・・・・・エクセリオン!」

 叫び、グロールフィンデルは彼に向って走り出す。

 振向いたエクセリオンは、額から流れ出す鮮血をぬぐいもせず、
グロールフィンデルに目を細めた。

 

 よかった。生きていたんだね。

 

 その声が、グロールフィンデルに聞えた気がする。

 

 エクセリオン!

 

 右手を突き出しながら走る。

 

 全てが、スローモーションで動いていた。

 

 あと一歩。

 あと一歩・・・・・。

 

 残っている腕を、エクセリオンは力なく持ち上げる。

 その指に、触れる。

 

 指を掴む。

 

「行きなさい」

 

 エクセリオンの唇が動く。

 そして

 

 彼は、ゆっくりと後ろに倒れていった。

 

 掴んだグロールフィンデルの指をすり抜けて。

 

 

 ぱしゃん

 

 泉が跳ね、エクセリオンの美しい銀色の髪が揺らめいて沈んでいく。

 

 グロールフィンデルは握り締めた右手を、開く。

 そこには、貴族の証の指輪。

 

 指輪を握り締め、グロールフィンデルは踵を返した。

 

 

 

「生存者を集めろ! 避難する! 生存者を集めろ!!」

 かろうじて生き残っていた部隊の者に叫ぶ。

 傷つき震える民は、混乱し、怯えきっていた。

 グロールフィンデルは指輪を高く掲げた。

「避難する! 私を信じてついて来い!」

 ゴンドリンの貴族の証。

 震えながらも、部隊の者も民も、グロールフィンデルの周りに集ってきた。

「しかし・・・・・どこに逃げるというのですか?」

 部隊の者が、グロールフィンデルに怯えた目で尋ねる。

「裏門を使う」

「無理です! 裏門は見張られています!」

 グロールフィンデルは、拾い上げたライフルの銃尻を、ドンと地面に叩きつけた。

「突破する!」

 

 

 

 女、子供、負傷者を皆でかばいながら、
ゴンドリンの者なら誰でも知っている裏通りを通って裏門に向う。

 小さく質素な門をやっと目の前にしたとき、誰かが悲鳴をあげた。

 部隊の者は脱力し、全ての希望が絶たれたと膝をつく。

「バルログだ! やはり、見張ってたんだ!」

 避難民の列の周囲を走り回っていたグロールフィンデルは、
先頭に立ってそのバケモノを見た。

「もう、終りだ!」

 絶望する男の胸を掴んで立ち上がらせる。

「あのバケモノは、私が引きつける! 警備隊の者は雑魚をかわして民を逃がせ!」

「・・・・無茶です! バルログに立ち向かうなど・・・」

 グロールフィンデルは、握り締めていた指輪を、己の指にはめた。

「私は金華家の宗主。ゴンドリンの双璧だ!」

 隊の者に指示を与え、グロールフィンデルはバルログの前に踊り出た。

 

 金壺眼のバケモノにも、見えるように指輪を掲げる。

「ゴンドリンの12家門、私は金華家のグロールフィンデル! ここで貴様を討つ!」

 ゴンドリンの12家門の、最後の一人。

 バルログは、茶色く変色した歯を剥き出して、ニヤリと笑った。

 

 

 

 まさしく、奴はバケモノだった。

 遠くから放った銃弾を受けても、びくともしない。

 奴の手には、異国の武器。

 見たこともない剣が握られている。

 それは、手元で何かを操作するとばらばらになって鞭のようにしなった。

 蛇腹の剣。

 それを振うことで、間合に入ることを許さない。

 かろうじて近付いても、その蛇腹の剣は再び一本の剣と化し敵を切りつける。

 グロールフィンデルは、まるでぼろ布のようになっていた。

 頭を打たれ、鮮血が噴出す。

 血が目に入り、視界をさえぎる。

 だが、倒れるわけにはいかなかった。

 足を切られ、俊敏に動くこともままならない。

 動きの鈍くなったグロールフィンデルに、バルログは再び鞭を振った。

 

 その瞬間、グロールフィンデルは刃と刃をつないでいる、細い鎖を握った。

 驚いたバルログが左右に鞭を叩きつける。
そのたび、グロールフィンデルの身体も地面に叩きつけられた。  

 それでも手を離さない。脇を締め、がっちりと抱え込む。

 バルログは、鞭を剣の形に戻した。

 皮膚が切れ、血が噴出し、骨が砕ける。

 だが、グロールフィンデルは引きずられるようにバルログの間合に飛び込んだ。

 蛇腹の剣を抱え込み、固定したままバルログの身体にぶち当たり、
その甲冑を残った力で握り締める。

 そして、背中に固定してあったサブマシンガンを引き抜く。

「これで、終りだ」

 銃口をバルログの頭に合わせ、引金を引く。

 

 反動で身体ががくがくと揺れる。

 頭のあった場所が、虚空になる。

 それでも、引金を引き続ける。指が硬直して、引き金からはなすことができなかったのだ。

 

 グロールフィンデルの何倍もあろうかという巨体は、
最後にこの少年を押しつぶそうとするかのように、前のめりに倒れ、
グロールフィンデルは地面とバルログに挟まれて血を吐いた。

 

 もう、指一本動かすことはできない。

 

 地面に酷く頭を打ちながらも、グロールフィンデルは門を見た。

 

 夜が明ける。

 

 歓声が聞える。

 

 最後にトゥアゴンが救援要請をしたのだろう。味方の軍隊がなだれ込んでくる。

 

 よかった。

 彼らは、助かる・・・・。

 

 痛みは感じなかった。

 流れ出ていく血が、体温を奪っていく。

 

 もう、何も見えない。

 

 

 

 エクセリオン

 今、貴方の隣に行く