翌日。 いつものゲーム開始の後、 グロールフィンデルはいつまでもリビングの椅子に座ったままでいた。 これは、何を意味するゲームなのか、考える。 館に侵入者。それを射止める。 目的は・・・・わからない。どこに潜んでいるのか。 では、どうやって探す? じっと思考をめぐらせながら、耳を澄ませる。 すると、色々な音が耳に入ってくる。 使用人たちの足音。時折立ち止まり、談笑するメイドたち。 こんなにも、情報が溢れている。 自分は今まで、いったい何を見て何を聞いてきたのか。 おもむろに立ち上がり、リビングを出る。 ゆっくりと歩きながら、館の中を観察する。 いつもと違うところは? 時折立ち止まり、耳を凝らす。 気配を感じ、突然走り出すと、リネン庫のドアを開けた。 そこには新しいタオルやシーツが積み上げられている。 汚れ物を詰め込んだ袋も、無造作に投げ出されている。 用心深くその奥を覗き込む。 「いい線いってるけど、そんな狭いところに私は隠れられないよ。身体が大きいからね」 背後からの声に、慌てて振向く。 視線の端に、エクセリオンの笑った顔が映り、それはすぐに姿を消した。 そうだ、相手は身体が大きいのだ。 廊下に飛び出すが、もうすでにエクセリオンの姿はない。 すぐに走って追うことはせず、またじっと考える。 神経を集中させながら、ゆっくりと廊下を歩く。 時計を見やると、一時間半が過ぎていた。 焦ってはダメだ。考えろ・・・・。 エクセリオンが隠れそうなところ。 メイドたちが休憩に使っている部屋から、何人かがクスクス笑いながら出てきた。 「グロールフィンデル様、おはようございます」 にこやかに挨拶をし、笑いながら仕事に向う。 胸がざわめく。 グロールフィンデルは、その部屋のドアを開けた。 着替えていた一人が、服で身体を隠して、小さな悲鳴をあげる。 グロールフィンデルはそれを無視して、奥に入っていった。 女性の裸に、興味はなかった。この館の主、エクセリオンと同じように。 一番奥のカーテンをさっと引く。 「・・・・・・」 そこに、エクセリオンは立っていた。 「見つかったか」 ニコリと笑う。グロールフィンデルは胸をなでおろした。 が、 次の瞬間、エクセリオンの持っていたペイント弾が、グロールフィンデルの額に命中した。 「撃てと命令してあったはずだ。また、私の勝ちだな」 はたと気がつく。そうだ、そういうルールだった。 「一瞬でも躊躇してはいけない」 額から流れ落ちるインクを、グロールフィンデルは手でぬぐった。 「邪魔をしたね。女の子の着替えを覗くのは、結構楽しいんだけど」 にこやかに笑いながら、 エクセリオンは悔しそうにしているグロールフィンデルの手を引いて部屋を出た。 メイドたちは、嫌がる風もなく、クスクスと笑っていた。 一日、一日と、時間はすぐに過ぎていく。 あらゆる銃火器の扱い、ナイフ戦、棒術、剣術、体術。車の運転。夜遅くまで訓練が続く。 最後まで、グロールフィンデルはエクセリオンにペイント弾を当てることはできなかった。 見つけることはできるのに、引金を引くことに躊躇してしまう。 「動く標的を撃てない、なんて甘さは棄てなさい」 エクセリオンは言った。 「ひとたび銃を握ったら、非情になるのだ」 言っていることはわかる。が、ぎりぎりのところで、何かが自分を止めていた。 「グロールフィンデル」 エクセリオンは、グロールフィンデルの頬に触れる。 「優しさと甘さを混同するな。克服しなければならない感情もあるのだよ」 少し悲しげに、口元を吊り上げる。 「嫌いなチョコレートも食べなければならない時があるようにね」 グロールフィンデルは、自分の甘さを思い知らされる。 「・・・・・・・・もしかしたら」 言いかけて、エクセリオンは言葉をためらった。 「なんですか?」 促すグロールフィンデルに頭を振る。 「何か大切なものを失ってみないと、その甘さを乗り越えられないかもしれないな」 「大切なもの・・・・?」 「非情にならざるを得ない現状に直面しないと、君は銃を撃てないかもしれない」 眉を寄せるグロールフィンデルに、エクセリオンは吐息を吐いて見せた。 「そうならないことを、祈ろう」 夜中に、グロールフィンデルは目を覚ました。 なんだろう、と思う。 ベッドから抜け出して、廊下に出る。 ああそうか、彼が、起きているのだ。 あれから時々、グロールフィンデルは自分の一部のようにエクセリオンを感じることがあった。 なぜかはわからないが。 エクセリオンの部屋の前で足を止める。ドアの隙間から、明かりが漏れている。 「寝なさいと言った筈だ」 中からの声に、グロールフィンデルはドアを開けた。 部屋の中は煌々と明かりが灯され、机の上もベッドの上も、紙が散乱している。 そのひとつに、グロールフィンデルは目を止めた。 ゴンドリンの地図だ。 それと、トゥアゴンの屋敷の見取り図。 それも、詳細な。 「夏至の祭りの警備体制を考えていた」 質問する前に、エクセリオンが答える。地図には細かな字で書き込みがなされている。 「ずいぶんと、厳重なんですね。いつも、そうなんですか?」 「まあ、それなりに。だが、今年は厳戒態勢だな」 地図の何枚かを見つめていたエクセリオンは、何かを書き込み、また別の一枚を取り上げる。 「・・・・・・よくない噂が?」 地図から目を上げたエクセリオンの瞳は、厳しい。 「モルゴスの主戦力、サウロンの軍隊がゴンドリンに目を向けている」 それで・・・・先日あれほどの人物たちが集まったのか。 「奴らの目的は、フィンウェ殿の家系の根絶やしだ。ゴンドリンは目障りだろう」 「私の襲名式を早めるのは、そのせいなのですね」 「そうだ」 グロールフィンデルは地図を一つ一つ見やり、頭の中でそれをつなぎ合わせる。 「ゴンドリンの貴族は、繁栄の象徴。こと、泉家と金華家はトゥアゴン殿の宝冠にも値する。 悪しき連中の脅威にもなりうるだろう」 「だから、ただの飾りに成り果ててはならぬ、と」 よくできました、と、エクセリオンは口元を吊り上げた。 「今の私では、まだ、ただの飾りにしかなりません」 「そんなことはない」 手にしていた紙を机に置き、エクセリオンは片手をグロールフィンデルに繰り出した。 それを、軽く避けて飛退く。 「私の一撃をかわせる者は、そうはいない。君にはその素質がある。 まだ若い分、自覚がないだけだ」 「では、私も警備の一翼を担えるのですか?」 じっとグロールフィンデルを見つめたまま、エクセリオンは 「まだだ」 と、答えた。 「私は君に単独での行動しか教えていない。君はまだ、統率者ではない。 当日、君は襲名式までトゥアゴン殿の館で控えていなさい。ただ、装備だけは整えて。 襲名式の後、一年間私の補佐として働いてもらう。人を動かす方法を学ぶ。 その後、警備隊の一部を君に任せよう」 それでやっと、ゴンドリンの双璧としての立場がもらえる。 「君はまだ、私の後ろに立っている。隣に並ぶのを、私は楽しみにしている。 まだ・・・先は長いがね」 エクセリオンは口元で笑み、グロールフィンデルはそれを真似た。 「さあ、わかったら寝なさい。明日は休暇の最終日だ。夜更かしして朝寝坊なんて許さないよ」 グロールフィンデルはそれには答えず、ばらばらの地図を拾い始めた。 エクセリオンに見守られながら、今度は順番どおりにそれを並べていく。 部屋の床いっぱいに、ゴンドリンの大きな地図が広がった。 「警備の主力部隊は、大門にありますね? 突破されたらどうなさるのですか?」 足元の我が街を見下ろしながら、エクセリオンが目を細める。 「街は祭りに沸き立っている。無粋な警備隊を散ばらせて、民の気分をそぎたくはない」 「では、私服で警備させては?」 クスリ、とエクセリオンが笑う。 「私服で、装備をどこに携帯する? スカートの中か?」 「街のあちこちに、それとわからないように隠しておいては? たとえば・・・かぎのかかる箱のようなものに入れておいて、そのかぎだけを携帯するとか」 「それで、急襲の時はもたついて役に立たなかったら?」 「敵の急襲は、大門から合図を送ればよろしいかと。念のために、民の避難経路の確保も」 ふ、とエクセリオンが鼻で笑う。 「そうか、わかった。ではこうしよう。かぎのかかる箱うんぬんというのは、了承できない。 しかし、民の避難経路の確保と言うのは、私は気がつかなかった。 今ここにある地図を見て、君は大門から敵が侵入してきたときの、民の非難経路を考えなさい。 時間の設定は、夜だよ。裏門は見張られている可能性が高い。そこを考慮に入れるように」 自分の意見が認められ、グロールフィンデルは口元をほころばせた。 すぐにしゃがみこみ、地図の上を指で探る。 人が集まる場所。祭りの前夜だ。パニックになることは予想できる。 だから、あまり無理な道は想定できない。 時間が過ぎてゆくのを、感じない。何度も何度も頭の中でシュミレートする。 エクセリオンは、自分の仕事に没頭していた。 やがてカーテンの隙間から朝日が差し込む頃、 グロールフィンデルはエクセリオンに考えを説明した。 裏門の警備にも人員を割いてもらい、そこを避難路にするのが適切かと。 夜目が聞かず、パニックに陥り、けが人や女子供がいることを考えると、 誰でも知っている場所を通るのが、民の安心にも繋がる。 「そうか」 じっと聞き入っていたエクセリオンは、ひとつ肯いた。 「では、その時、君が民を率いなさい。 ただし、基本的には最初にも言ったとおり、君の単独行動になる。 もし必要な時は、隊に指示を与える権利を渡そう」 「はい」 エクセリオンは、グロールフィンデルの肩を、ぽんと叩いた。 「私の後方を守ってくれ」 役割が与えられ、グロールフィンデルは微笑んだ。 それは、その時、あくまで紙の上でのシュミレーションだった。 グロールフィンデルにとって。 「あと一時間、寝なさい」 エクセリオンに追い返されて、グロールフィンデルは出て行った。 一人になると、エクセリオンはベッドに腰をおろし、両手に顔を埋めた。 これが、ただのシュミレーションに終わって欲しい。 だがもし・・・・・・ もし、これが現実となったら・・・・・・ 「民を率いて、生き残れ。・・・・・グロールフィンデル」