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「休暇をとったよ。一週間」

 帰宅したエクセリオンはニコニコと言った。

「まあ! 休暇なんてお珍しい!」

 出迎えたメイドが大げさに驚く。

 そういえば、エクセリオンが休みを取るなんて初めてだ。
グロールフィンデルも少し驚いて見せた。

「明日から一週間、家庭教師も断ったから」

 グロールフィンデルに笑いかける。

「旅行でもしようか」

「旅行?」

 訝しがるグロールフィンデルに、声を出して笑う。

「なんてね。そんな時間はないよ。一週間、私が付きっ切りで訓練するから、覚悟しておきな」

 ヒクリ、とグロールフィンデルは口元を引きつらせた。

 

 

 

 時間がないのは、わかっていた。

「最低一年はじっくりと色々教えたかったのだけど、そうもいかなくなったからね。
ちょっと集中的にやるよ。メイドの仕事は、もう一切やらなくていい。本に向う勉強もだ。
そんなことは、後からじっくりやってくれ」

 その夜、エクセリオンは言った。

「じゃ、とりあえず、服を脱いで」

「は?」

 夕食をとった後、エクセリオンの部屋に来ていた。

「服・・・・ですか?」

「そう、全部ね」

 眉を寄せ、戸惑う。

「早く」

 急かされて、グロールフィンデルはシャツを脱いで椅子にかけた。

 露になった上半身を、エクセリオンは真顔でじっと見つめる。

「ズボンもね。あ、パンツはいいから」

 裸を見られたことがないわけではないが、やはりこういうのは恥ずかしい。
でも、言われたとおりにする。

「腕をあげて。・・・・下して。腹に力を入れて。・・・・・足を開いて」

 注文されるままに動きながらも、恥ずかしくて視線を宙に漂わせる。

 エクセリオンはグロールフィンデルの身体を、隅から隅まで触っていった。

 目は決して笑っていない。

 じっくり身体を観察した後、エクセリオンは真面目な声で言った。

「君は腕の力が強い。自覚しているだろう? だから、普段腹筋を使った動作をしない。
腕の筋肉に比べて、腹筋や背筋が弱い。足もだ。瞬発力はあるが、持続力にかける」

 自分でも、それはなんとなくわかっていた。

「もう服を着ていい」

 グロールフィンデルは急いで服を身につけた。

「持続した運動と、呼吸法をやる。起床後、いつもと同じロードワーク。
朝食をとって、その後の指示を出す」

「・・・はい」

「夜更かしは厳禁。決まった睡眠時間は取りなさい」

「はい」

 エクセリオンは机に向かい、なにやら紙に書き記した。

「これ、睡眠前のストレッチメニュー」

 手渡された紙を、じっと見る。腹筋、背筋、スクワット・・・・
といったメニューとその回数が記されている。

「とりあえず、今日明日の分。明後日から数を増やすから」

 徹底的に体力作りをするわけだ。

「わかりました」

 そこでエクセリオンは、やっとニッと笑った。

 

 

 

 エクセリオンと一緒に朝食をとった後、
彼は箱をグロールフィンデルの前に置いて、蓋を開けた。

「ペイント弾の入った銃だ。10発入ってる。
これから毎日、午前中の三時間、これを使う」

 グロールフィンデルは銃を受け取り、その感触を確めた。
モデルガンにしては、ずっしりと重い。

「普通より重く作ってある」

 なるほど、と納得して、ペイント弾の装てんも確める。

「この屋敷の中は熟知しているね?」

「はい」

「ステージは屋敷の敷地内。君は私を見つけて、一発でもその弾を当てればいい。
三時間しても私を見つけられなければ、ゲームオーバーだ」

 コンバットゲーム、か?

「無駄弾を使って、屋敷の壁を汚さないようにね」

 ニヤリと笑われ、事の難しさを知る。ただ数を撃てばいいものではない。
決して外してはならないのだ。

「そこに座って、百を数えたらリビングを出なさい。ゲームスタートだ。
それから、屋敷の者に私の居場所を訪ねてもいいよ」

 それは、エクセリオンの自信だ。

 するりと立って、飄々とドアを出て行く。グロールフィンデルは口の中で数を数え始めた。

 

 予想していた通り、それは容易な課題ではなかった。
むやみやたらと屋敷の中を走り回る。
すれ違う召使たちに、エクセリオンの居場所を聞こうとは思わなかった。
彼らは嘘はつかないであろうが、無駄なのはわかっていた。

 

 二時間が経過した頃。

 気が焦るグロールフィンデルは、廊下を走り回っていた。
すれ違ったメイドに、挨拶をするのも忘れて。

「グロールフィンデル様?」

 驚いた顔でメイドが声を出すが、すでにグロールフィンデルは角を曲って行ってしまった。

「焦ってるねえ」

 その後から、ニヤニヤしたエクセリオン。

「エクセリオン様、何をなさっているのですか?」

 事情を知らないメイドが、首を傾げる。

「屋敷内で、ちょっとかくれんぼを」

「かくれんぼ?」

 エクセリオンは、本当に遊んでいるようで、楽しげだ。

「お隠れにならないのですか?」

「隠れてるよ。ほら、現にもう二時間も見つかってない」

「隠れているって・・・・グロールフィンデル様の後ろを歩いているではありませんか」

「そうなんだ。でも、見つけてくれないんだよね。愛が足りないのかな?」

 メイドは噴出してクスクスと笑った。

「きっと、エクセリオン様の片想いなんですわ」

「えええー?」

 大げさに肩をしぼめて見せる。

「グロールフィンデル様をいじめすぎるから」

「いじめてなんかいないよ。こんなに可愛がっているのに」

「グロールフィンデル様の年頃の男の子は、もっと遊んでいますもの。
お友達と出かけたり、ガールフレンドをつくったり」

「うーん・・・私もそんなことしたことがないからね。わからないや」

 ニコニコと笑って見せる。本当に、エクセリオンは「普通の生活」など知らなかった。

「私では、友達やガールフレンドにはなれないかな?」

 メイドがまた噴出す。

「こんなに大きなガールフレンドですか?」

「こんなに大きい私は、嫌いかい?」

 メイドは頬を染めて頭を横に振った。

「エクセリオン様をお嫌いな者などおりません」

「グロールフィンデルも好いてくれるかな?」

「それはどうでしょう?」

 エクセリオンは、またわざと肩をすくめた。

「おっと、戻ってきた。グロールフィンデルに、今まで私がここにいたと教えてあげなさい」

 廊下の手すりを、するりと飛び降りる。
かなりの高さがあるのに・・・・その身のこなしに、メイドは見惚れてその背中を見送った。

 息を切らせて走ってきたグロールフィンデルを、メイドは呼び止めた。

「エクセリオン様をお探しですか?」

「・・・・・・そうなんだけど」

「今、そこの手すりを飛び越えて、下に行きましたわ。
グロールフィンデル様の後に、ずっといたそうですよ」

 やられた、と舌打をする。

「きっと見つけられますわ」

 メイドの慰めの言葉に、グロールフィンデルは苦笑した。

 

 約束の三時間が過ぎた。

 苛立たしげにうろうろしているグロールフィンデルに、

「お茶の時間です」

 と、メイドが告げた。

 促されるままにリビングに入ると、エクセリオンが美味しそうにケーキを食べていた。

「遅かったね。待ちくたびれたよ」

 脱力しそうになるのを、グロールフィンデルは必死に押えて、テーブルについた。

「追跡の基本がまったくなっていない。まるでダメだ。
これを食べたら、再戦といこう。私は10分君に与える。
君は屋敷の中を逃げてみなさい。昼食の時間までに君を捕まえられたら、私の勝ちだ」

 息を飲んで、グロールフィンデルはその挑戦を受けた。

 

 軽食を済ませて、またゲームが始る。

 グロールフィンデルは隠れたつもりでいたが、30分もしないうちに見つけられてしまった。

 背後から銃口を突きつけられ、唇を噛む。

「もっと頭を使いなさい。そんなことでは、生き残れない」

 振向いた時、エクセリオンの瞳は冷たかった。

 

 

 

 特殊部隊並の訓練が続く。

 夕食の後、リビングでうつらうつらしていたグロールフィンデルの、
椅子の足をエクセリオンが蹴る。

「起きなさい」

 寝ていた自分に気がついて、あわてて頭を振る。

「今から倉庫に行って、ここに書かれているものを揃えて、10分後に門に来なさい」

 メモを受け取ると、グロールフィンデルは反射的に倉庫に走っていった。

 できるだけ急いで荷物を揃え、門に向う。

「30秒の遅刻」

 そこには、もうエクセリオンが立っていた。

「今から街を抜けて、丘陵を越えて山に入る」

 言うが早いか、走り出す。グロールフィンデルも慌ててその後を追った。

 

 山頂に着いたときには、空は白み始めていた。

 どのくらい走ったのか、何時間休みを取らなかったのか。
そんなことはまったくわからない。ただエクセリオンの後を追うのに必死だった。

 やっとエクセリオンが足を止めたとき、
グロールフィンデルは窒息しそうな息しかできず、地面に突っ伏した。

 頭が真っ白で、何も考えられない。

「・・・・・・」

 何かが頬に触れるのを感じ、グロールフィンデルは目だけを上げた。

「起きなさい」

 それでも、命令されると自然と身体が従う。

 重たい身体を地面から引き剥がし、なんとか座る。

「私を見て」

 言われるままに、エクセリオンと視線を合わせる。

「私と呼吸を合わせなさい。ゆっくり・・・・そう、ゆっくり」

 水面のようなブルーグレイの瞳を見つめる。

 

 吸って

 吐いて

 吸って

 吐いて・・・・・・

 

 呼吸が重なる。

「意識して肺に酸素を送るんだ」

 

 吸って

 吐いて・・・・・

 

 だんだんと身体が楽になっていく。 

 

 なんだろう、この感じ・・・?

 同じ息を吸っている。

 エクセリオンの瞳に、自分が写っている。

 本当に、ひとつの生き物になったようだ。

 胸の内が、温かく満たされていく。

 

 優しさに包まれる。

 

 熱をもったエクセリオンの指が、頬を撫でる。

 そこから感情が流れ出していくようだ。

 

 呼吸を重ねたまま、やわらかく唇が触れ合う。

 

 こんな世界が、あったのだろうか。

 

「辛くは、ないか?」

 唇の熱が伝わるほどの距離で囁かれて、グロールフィンデルは、ふう、と息を吐いた。

「だいぶ、楽になりました・・・・」

「・・・そうではない。君は、私の思ったとおりの行動を取ってくれる。
だから私は、自分のペースで事を進めてしまう。それが、辛くはないかと」

 エクセリオンの瞳に写る自分を見つめながら、いったい何が辛いのだろうと考える。

 

 こんなにも、ひとつであることを望んでいるのに。

 

「私は・・・・早く、貴方の一部になりたい。だから、辛くはないです」

 エクセリオンの唇が、微笑む。

 銀色の朝日の中、呼吸を重ねるように唇を重ねる。

 

 本当に、ひとつに溶け合うように。

 

 時間の流れが、なくなる。

「私を、覚えてくれ。私の呼吸も、心臓の鼓動も、体温も・・・。
私の全てを、君の記憶に留めてくれ。そして・・・・早く私を見つけてくれ」

 

 気がつくと、エクセリオンは立ち上がっていた。

「戻るぞ」

 不思議と、それまでの疲れが感じられなくなっていた。
エクセリオンの唇から、吸い出されてしまったかのように。

「はい」

 返事をして、グロールフィンデルも立ち上がった。

 

 

 

 屋敷に戻った時には、昼を過ぎていた。

「今お帰りですか?」

 出迎えたメイドが、驚いて目を丸くする。

「どちらまで行かれていたのですか?」

「うん、ちょっとピクニックにね。あ、これ、片付けておいて」

 グロールフィンデルが背負っていた荷物を、メイドに手渡すと、
メイドはその重さに荷物を取り落とした。

「ずいぶんと重いですけど、いったい何が入っているのですか?」

「ガラクタだよ」

 カバンを開けると、本当にただのガラクタが詰め込まれていた。
単に重量を得るだけのもの。

 グロールフィンデルは立っているだけで、朦朧としている。
その肩を、エクセリオンは支えていた。

「ちょっと寝るよ。夕食には起してくれ」

 エクセリオンは笑って見せ、
ほとんど抱きかかえるようにグロールフィンデルの肩を支えて部屋に帰っていった。

 

 

 

 言いつけられていた夕食の時間。メイドはエクセリオンの部屋のドアをノックした。

 返事がない。

「エクセリオン様?」

 何度かノックして、そっとドアを開ける。

 汚れた服が床に散乱している。エクセリオンは、熟睡していた。

 腕に、まるでお気に入りのぬいぐるみでも抱くようにグロールフィンデルを抱え込んで。

 メイドは、その光景を不思議な気持ちで眺めた。
今まで、どんなにふざけて見せていても、
エクセリオンはこんなに安らかな表情をしたことはなかった。
ノックの音に気付かないほど眠り呆けることも。

 何もかも完璧にこなすこの主は、どこか人間らしさを無くしていた。

 自分を常に演じているようであった。

 

 ああ、本当に、ご自分の欠けている部分を見つけられたのですね。

 

 それは、微笑ましく、この主をよりいっそう愛しく思えさせた。

「エクセリオン様」

 少し離れた場所から、そっと声をかける。

 何度目かに、エクセリオンは目を開けた。

「・・・・・アリエル? ・・・・・今何時だい?」

「7時になります」

「そう」

「もう少し、お休みになられますか?」

「いや、起きるよ」

 エクセリオンは身体を起すと、大きく伸びをした。

「寝すぎたなあ」

「お疲れなのですよ。グロールフィンデル様は、お起しにならなくてもよろしいのですか?」

 気持ちよさそうに熟睡しているグロールフィンデルを見下ろす。

「あ、恥ずかしいところを見られちゃったな。皆には内緒だよ?」

 メイドはクスクスと笑った。

「勘違いしないでくれよ? いやらしいことはしていないからね」

 むしろ、たとえそんな関係であったとしても、彼女は主を非難するつもりはなかった。

「わかっております。グロールフィンデル様は、エクセリオン様と違って、純粋なお方ですから」

「酷いなあ」

 メイドは部屋の中を歩き回って、散かった服を回収し、新しい服とタオルを用意した。

「グロールフィンデル様のお洋服も、只今お持ちいたします」

「ガーターベルトも忘れずにね」

 汚れ物を抱えたまま、メイドはクスクスと笑い続ける。

「また、叱られますよ?」

 エクセリオンは両手を広げて見せ、メイドは部屋を出て行った。 

 

 

 

 エクセリオンに揺り起こされ、グロールフィンデルは飛び起きた。

 いつ眠ってしまったのかも覚えていない。たしか・・・・館に帰り着いたのは・・・。

「あ」

 短く悲鳴をあげて、グロールフィンデルは毛布を引き寄せた。
何も着ていないことに気がついたのだ。

「淫らな夜をありがとう」

 すでに服を整えていたエクセリオンが笑う。

「え?」

「覚えていないのかい? あんなに激しく愛し合ったのに」

 グロールフィンデルの表情から血の気が失せていく。

 エクセリオンは噴出して笑った。

「館に着いたときには、意識を失っていたよ。
だから、汚れた服を脱がして、寝かせてあげたんだ」

「・・・・・・・え?」

「そういうわけだから、早くシャワーを浴びて、服を着なさい。
夕食の時間を、もう30分も過ぎてる」

 慌ててシャワールームに飛び込むグロールフィンデルを、笑いながら見つめる。

 出てきたグロールフィンデルは、顔を真っ赤に紅潮させていた。

「あの・・・・・」

「私もすぐに寝てしまったよ。安心しなさい。君の寝顔を楽しむ余裕もなかった」

 大きく溜息をついて、グロールフィンデルは用意されていた服を着た。

 ただ記憶の中に、エクセリオンの息遣いや体温を閉じ込めて。