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「そんなに力いっぱい引っ張ってはダメです」
メイドはシーツを広げると、器用に折り込んでいった。
「コツがあるんです。そう、上手ですわ。皺を伸ばして、ベッドの下に」
教えられたとおりに、グロールフィンデルはベッドを整えた。
「でも、グロールフィンデル様、こんなことまでなさらなくても・・・」
「こんなこと」
腰を伸ばしたグロールフィンデルは、ニヤリと笑った。
「こんなこともできないと、笑われたくない」
メイドは苦笑いをして溜息をつく。
「案外、強情なんですね」
クッションを置き、上掛けも折り曲げ、いつでも寝られるようにする。
「これでおしまいですわ。シーツはそこの袋に入れて・・・・」
丸めたシーツをランドリーボックスに入れていると、
開け放したままのドアからエクセリオンが入ってきた。
「お帰りなさいませ、エクセリオン様!」
メイドが頭を下げ、グロールフィンデルが同じように礼をする。
「部屋の掃除までしてくれたのかい? うれしいなあ!」
エクセリオンはニコニコと笑う。
「グロールフィンデル様は、本当に器用でいらっしゃいます。
何でもすぐに覚えてしまいます。そのうち、私の仕事などなくなってしまいますわ」
「うんうん、私の嫁に来てくれたらね、メイドの数を半分に減らせそうだよ」
嫁? グロールフィンデルは口元を引きつらせた。
「今お帰りですの? お休みになられなかったのですか」
「うん、まあね。たまにはちゃんと仕事もしないと」
夜勤明けで、午後まで勤務していたらしい。少し、眠たそうな顔をしている。
「そうだ、メイド服の夏用の見本が届いたよ」
後ろ手に持っていたワンピースを、目の前に掲げて見せる。
「かわいいだろう?」
「・・・・・スカートの丈が、少し短くなったようですが?」
「夏だし。こういうのって、男のロマンだからね」
メイドはクスクス笑う。そういうところは、子供っぽい。
フリルのついた可愛らしいメイド服はエクセリオンが選んだものだが、
そういう「いかにも」という服装は、メイドたちのリクエストでもあり、
メイドたちはこの美しい宗主を着飾った自分たちで取り囲むことを好んでいた。
エクセリオンに「セクハラ」なんて言葉はない。女性に興味はない。
ドールハウスを作るように自分の館を飾っているだけ。
「サイズを書き込んでおいてね」
紙の挟んだボードをメイドに手渡す。
「・・・・メイドの服までお決めになるのですか」
グロールフィンデルは首をかしげた。
「服装と言うのは大切だよ、グロールフィンデル。
礼服にしろ普段着にしろ、見た目も機能もおろそかにすることはできない。
仕立てのよい服を着れば、精神的にも安定するし己の仕事のしやすさにも関わってくる。
何でもいいなんて思ってはダメだ。君にも服を仕立ててあげよう」
そう言うと、エクセリオンはメイドの持っていたボードの一番上に
「身長168cm・・・・ウエストは・・・・・」
と書き始めた。
慌ててグロールフィンデルがペンを取り上げる。
「メイド服は、いりません」
「えー? 似合うのに」
「似合いません!」
エクセリオンに言い返すようになったグロールフィンデルに、メイドは笑いをこらえる。
「ストッキングとガーターベルトも・・・・」
「いりません!」
肩を落とすエクセリオンの隣で、グロールフィンデルは唇を尖らせたまま、
ボードの身長欄に横線を引く。その下に、
「身長196」
と書き加える。
ニヤッと笑ったエクセリオンは、手にしていたワンピースを自分の胸に当てて見せた。
「似合う?」
こらえきれなくなったメイドは、腹を抱えて笑い出した。
ボードと服の見本を清掃用のワゴンの上に乗せ、
笑いの収まったメイドはエクセリオンに向き直った。
「お食事になさいますか? それとも、お休みに?」
上着を脱いでメイドに手渡した後、エクセリオンは口元で笑って見せる。
そして、グロールフィンデルの手を両手でぎゅうっと握った。
「おなかがすいたよ。何か作ってくれる?」
彼の冗談にも慣れたのか、グロールフィンデルは眉をわずかに寄せた。
「30分後には家庭教師が来て、ラテン語とフランス語の授業です」
そうか、残念、と、エクセリオンは今度は同じようにメイドの手を握る。
「アリエル、おなかがすいたよ」
メイドは頬を染めながら笑い、
「すぐ何かお持ちいたします」
と答え、カートを押して出て行った。
「私も失礼します」
頭を下げて出て行こうとするグロールフィンデルの、腕を掴んで引き止める。
「エクセリオン?」
「家庭教師など、少し待たせて置け」
真面目で厳しい彼の言葉とは思えない。
戸惑うグロールフィンデルをベッドに放り投げる。
真新しいシーツに転がったグロールフィンデルは、慌てて体を起した。
と、
いち早くその膝の上に頭を乗せたエクセリオンは、目を閉じ、寝の体制に入っていた。
「エクセリオン・・・・?」
「2日貫徹は、ちょっとキツイな」
メイドに笑って見せてはいたが、このところ警備隊の仕事に追われているようであった。
「・・・・・・少し、他の者に任せられないのですか」
「そうだね・・・・グロールフィンデル、早く私の補佐についてくれ」
語尾がかすれ、そのままエクセリオンは眠ってしまった。
食事をトレーに乗せて持ってきたメイドは、
エクセリオンに膝枕をするグロールフィンデルと目があった。
グロールフィンデルは気まずそうな表情をするが、
メイドはまったく気にならないようであった。むしろ、優しげに微笑む。
「エクセリオン様には、グロールフィンデル様が必要なのですね」
何をどう答えてよいかわからないでいるグロールフィンデルに微笑みかけ、
メイドは食事のトレーをテーブルに置いた。
「こちらに置いておきます」
静かに頭を下げ、メイドは出て行った。
何か気まずいものを見られてしまったような気恥ずかしさに、
グロールフィンデルは視線を漂わせる。
メイドがドアを閉めると、
その音を合図のようにエクセリオンはパッと目を開いて起き上がった。
「どのくらい寝ていた?」
「・・・・15分、くらいです」
「寝すぎたな」
寝すぎた? たった15分で?
「5分で起せといい忘れた」
着ていたものを脱ぎ捨て、シャワールームに入っていく。
「グロールフィンデル、クロゼットの礼服を出しておいてくれ。
これからトゥアゴン殿の屋敷に赴かねばならない」
散かった服を畳んでいたグロールフィンデルは、慌ててクロゼットに飛び込み、
彼の礼服を出して揃える。靴と、アクセサリーも。
それから、新しいタオルを出して、シャワールームの前で待つ。
すぐに出てきたエクセリオンはタオルを受け取り、
身体を拭くとそれをグロールフィンデルに投げ返した。
出されていた服を、手早く身につけ始める。
グロールフィンデルはドライヤーとブラシを持ってくる。
食事をつまむエクセリオンの、髪を乾かし整える。
パンとチーズを少し口に入れただけで、エクセリオンはカフスなどの装飾品を身につけた。
「お食事は・・・・よろしいのですか?」
「時間がなくてね。5分寝て10分で食べる予定だったのだけど」
全てを整えたエクセリオンは、グロールフィンデルに顔を寄せ、その耳元で囁いた。
「気持ちよくて寝すぎた」
耳元にかかる息に、心臓が跳ね上がる。
「今夜も遅くなる。先に休んでいなさい」
振向かずに、足早にエクセリオンは出て行った。
夜遅く、エクセリオンは帰ってきた。
「寝てろと言ったのに」
出迎えたグロールフィンデルに、エクセリオンは苦笑した。
「家庭教師に出された課題をこなしていました」
言訳をして、寝室に向うエクセリオンの後をついていく。
「お食事は?」
「食べたよ。一応ね」
部屋のドアを開けたエクセリオンは、一瞬動きを止める。
それからグロールフィンデルに振り返り、その手をとって顔に近づけた。
「マヨネーズの匂いがする」
寝室のテーブルには、サンドウィッチが置いてあった。
グロールフィンデルは、恥ずかしそうに顔を伏せる。
「うれしいなあ。夜食まで用意してあるなんて。これはますます嫁に来てもらわねば」
「食べてきたのなら・・・・」
「足りないなあとは思っていたんだ。本当だよ。これでも私は大食漢でね」
礼服を脱いでグロールフィンデルに手渡し、座ってサンドウィッチを食べ始める。
「いいなあ、こういうの。何も言わなくても、欲しかったものが用意されてるなんて」
食べている姿は、心底嬉しそうだ。
「嫁をもらうのって、こういう感じなんだろうな」
「私は嫁ではありません」
きっぱりと断ってみる。
「・・・例え話だよ。生涯の伴侶、もっとも分かり合える相手」
指についたマヨネーズを舐め、エクセリオンは笑って見せた。
「明日、トゥアゴン殿とその客人たちに接見がある。君も一緒に来なさい」
「私・・・ですか?」
「うん、そう。ゴンドリンの警備隊のお披露目がね、あるんだ」
「私は、警備隊に所属はしていません」
「今はまだ、ね」
サンドウィッチを食べ終え、用意されていた野菜ジュースを飲む。
「余興を、トゥアゴン殿が所望されている。君と私で演舞をしようと思う」
「演舞?」
「いつもの組み手だよ」
「そんなものをお見せするのですか?」
エクセリオンは、おかしそうに笑った。
「そう、そんなものをお見せするんだ。練習なしの本番だよ。だから、今日はもう休みなさい」
頭を下げて出て行こうとするグロールフィンデルを、エクセリオンが呼び止める。
振向いたグロールフィンデルに、何か躊躇するように口元をゆがめ、
いつもの冗談っぽい笑いを見せる。
「お休みのキスは?」
グロールフィンデルは顔をゆがめ、怒った素振で大股で部屋を出て行った。
閉められたドアに、エクセリオンが笑う。
「・・・・・ヤバイな」
トゥアゴンの祖父、フィンウェの家系のものがそろっていた。
さすがに最初は緊張したものの、演舞が始ると、
グロールフィンデルは落ち着きを取り戻した。
エクセリオンとの組み手は慣れていた。
集中し始めると、周囲が何も見えなくなる。
エクセリオンの動きだけを目で追い、呼吸を合わせる。
何も考えなくても、自然と身体が動く。
次に、エクセリオンがどのような動きをするのか、無意識に理解できた。
細かな指の動き、足を下す位置。
楽しい。
心が満たされていく。
まるで、ひとつの生物になったようだ。
目を閉じても、彼の位置はわかった。
彼の呼吸と、自分の呼吸が重なる。
途中、飾りのついた剣が二人に投げ渡される。それを取り、指先で振りまわす。
二人の動きは乱れない。
残像を描いてエクセリオンの剣が舞う。
それを追い、刃先を重ねると、小気味よい音が響いた。
いつまでも、そうしていたかった。
二人で一人の舞踏を踏むように。
耳をつんざくような拍手に、グロールフィンデルは剣を持ち替え、深く頭を下げた。
「すばらしいですね! どなたなのですか?」
トゥアゴンに耳打ちをしたのは、若きギルドールであった。
「泉家のエクセリオン、そして、金華家のグロールフィンデルです」
答えるトゥアゴンは自慢げだ。
「まるで、一対の翼が羽ばたいているようです。ゴンドリンは、すばらしい宝をお持ちですね」
トゥアゴンは、満面に微笑んだ。
エクセリオンとグロールフィンデルは、一度下がった。
「たかが組み手。されど組み手。・・・だろう?」
エクセリオンも、満足感に満ちた表情をしている。
「しかし、この程度の組み手なら、相手は誰でもよかったのではありませんか?」
胸はまだ興奮の余韻を残しているが、尋ねずにはいられない。
「この程度! なんて謙遜!」
周囲にいたエクセリオンの部隊の者が驚きの声をあげる。
「エクセリオン様とこれほど息を合わせられる者など、おりません!」
そうなのか? と、グロールフィンデルは不思議そうな顔をした。
「そういうことだよ、グロールフィンデル。私の目に狂いはなかった。
私のパートナーは君しかいない」
胸にまた興奮が蘇ってきて、グロールフィンデルは自然と微笑んだ。
会議の場で、エクセリオンはトゥアゴンの後に直立不動の姿勢で立っていた。
「あの、グロールフィンデルと言う若者は?」
出された質問に、トゥアゴンは肩をすくめる。
「実は、まだ彼は正式な襲名をしておりません」
「なんと! ゴンドリンの両翼が揃わないとは!」
あれだけの演技を見せたのにだ。トゥアゴンは、エクセリオンに振り返った。
「どうだろう、彼の襲名式を早めては?」
「まだそれほどの力はありません。たかが演舞、誰にでも踊れます」
エクセリオンの声は冷たい。
「エクセリオン、君はまだ、認められないと?」
「今しばらく、訓練の時間をください」
トゥアゴンは両手を広げて見せた。
「厳しいな」
真直ぐ視線を前に向けたまま、エクセリオンはニコリともしなかった。
夜、かなり遅くなってからエクセリオンな戻ってきた。
やはりグロールフィンデルは起きて待っていた。
なんとなくいつもと違うエクセリオンに、顔をしかめる。
「・・・・アルコールを?」
ちらり、とグロールフィンデルを見下ろしたエクセリオンは、ニヤッと笑った。
「いけないか?」
足取りは確かだが、グロールフィンデルはエクセリオンの部屋までついて行った。
「珍しいですね。エクセリオンがお酒に酔うなど」
エクセリオンは服を脱ぎ捨て、ブーツも脱いで裸足になった。
「たまには私だって酒を飲む」
髪留めを外し、手櫛で髪をかきあげる。
「色んなことを考えるのに疲れることもある。頭を空っぽにしたい時だってあるんだよ」
泥酔というほどでもない。
「水を、もらえるかい?」
グロールフィンデルは足早に部屋を出て行き、水差しとグラスを持ってきた。
「ありがとう」
冷たい水を注いだグラスを受け取る時、エクセリオンは笑って見せたが、
やはり疲れの色が見えた。
「今年の夏至の祭りのとき、君の襲名式を行う。トゥアゴン殿の決定だ」
驚いたグロールフィンデルは、複雑な表情をする。
なんでそんなに早急に?
「まあ、君の訓練の成果を見せるために演舞をしたから、そうなることは予測できたんだけど」
「エクセリオンは、まだ私に襲名を受けるほどの実力がないと?」
水を一口のみ、テーブルにグラスを置く。
「基礎は教えた。あとは追々身に付けていけばいい。ただ・・・・」
溜息をつき、カーテンの閉まった窓を見る。
「急ぐのは、闇の訪れを意味する」
「?」
振向いたエクセリオンは、いつものように笑って見せた。
「襲名式の前には、自分の屋敷に戻れるよ。ここにいる必要はない。寂しくなるけどね」
自分の屋敷と言っても、すぐ近くだ。十分通える距離。
「私にはまだ、エクセリオンと並ぶ自信はありません」
「でも、決定なんだ。それに、もっと自信をもっていい。君は、金華家の首長になるんだよ」
突然のことに戸惑う。まだ、あと三年はあると思っていた。
ここでの生活にも慣れたし、自分が何をしなければいけないのか、
少しずつわかってきたばかりだ。
「エクセリオン・・・・」
「もっと、喜びなさい」
信じられないことに、十何年過してきた自分の屋敷より、
エクセリオンのそばの方が心地よい。
ずっと、ここにいたいとさえ願ってしまう。
だがそれは、甘えだ。
わかっている。
ここでは、生活の全てをエクセリオンに支配されている。
自分自身でさえ。
支配されていることに、満足してはいけない。
エクセリオンの、忠実な僕になるのではない。
彼の、隣に対等な立場として立つのだ。
「ああ、でも、お楽しみはこの夏までか。それまでにいっぱい悪戯しておかなければ!」
はたと我に返り、グロールフィンデルは咳払いをした。
「襲名を受けたあとは、私の自由にしてよいとおっしゃいましたね?」
「そりゃあね。立場が対等になるわけだから」
「今までの仕打の仕返しをしますから」
目を丸くしたエクセリオンは、クスクスと笑い出した。
「では、仕返しできないくらいに叩きのめしておかなければ!」
椅子からすくっと立ち上がると、まだ身長差がだいぶある。
「まだまだ小さいな」
「貴方が大きいんです」
ムッとするグロールフィンデルの足を払う。
読んでいたのか、グロールフィンデルはもちこたえた。
「甘い」
エクセリオンはタックルするようにしてグロールフィンデルを肩に担ぎ上げた。
ベッドの上に落として、馬乗りになる。
「ギブアップするか?」
「まだ!」
身体をひねって逃れようとする。
「体格差のある相手にのしかかられたら、逃げられないぞ?」
ムッとして、瞬間的に足を蹴り上げる。
が、それが急所に的中する前にエクセリオンは飛退いた。
「そんな攻撃は予測済みだ」
グロールフィンデルが起き上がる前に、再び肘でその肩を押さえ込む。
「くそっ・・・・」
「そんな汚い言葉を使ってはいけななあ」
ニヤリ、と笑ったエクセリオンは、グロールフィンデルの唇に、自分の唇を押し当てた。
グロールフィンデルの力が抜ける。
「不意打ってのは、こうするんだ」
ニコッと笑って、ベッドから降りる。
「暴れたら、酔いが回ってきた。いいかげん寝るとしよう」
ベッドの上で身体を起したグロールフィンデルは、肩で荒い息をする。
「ほら、早く起きて出て行かないと、襲うぞ? 今夜の私は酔っ払っているからね」
顔を真っ赤にさせ、ベッドから飛び降り、ドアに向う。
「お休み、グロールフィンデル」
ドアの前で立ち止まり、エクセリオンに振向く。
「酔狂は、嫌いです」
「じゃ、今度は酔ってない時にしよう」
大ぶりに頭を下げ、グロールフィンデルは出て行った。
乱れたベッドに横になり、エクセリオンはクッションを抱え込む。
「酔っても理性は棄てられないなあ」
呟いて自分で自分を笑う。
それからおもむろに起き上がり、カーテンを開けて窓の外を見た。
「あとどれくらい、時間があるのだろう・・・・・」
今回、あれだけの大物が集まったのには理由がある。
酔いつぶれてしまいたいほどに、暗い議題。
今となってしまえば、襲名を、できるだけのばしてやりたかった。
このゴンドリンがなくなったとしても、家名に囚われることがなく生きていけるように。