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「綺麗だろう?」
エクセリオンは、赤ん坊の拳ほどもある大きなダイヤモンドをかざして見せた。
「わが家の家宝だ。正装時には、これを宝冠にはめる」
「見たことがあります。・・・・・美しいと・・・・いつも思っていました」
美しい。それは、この大きなダイヤモンドではなく、
それを身につけたエクセリオン。
同年代の少年よりは背が高いが、
エクセリオンよりはまだずっと小さいグロールフィンデルは、
ダイヤモンドの輝きをその身に映す宗主をまぶしそうに見上げた。
「私は・・・私たちは、このダイヤモンドのようであらねばならない。
透明に輝き、地上でもっとも硬質と言われ、もっとも価値のある宝石。
磨かれなければ、ただの石と同じ。ただの炭素の塊だ。
光り輝くほどに磨き上げるのは、自分自身。
そして、私たちはもっとも美しいダイヤモンドとして、主の身を飾る。
いいかい? 主の価値を決めるのは、それに付き従う私たちなのだよ。
決して、未完成の石やフェイクのガラス玉になってはいけない」
自分を見上げるグロールフィンデルに、そっと唇を近づけて、
エクセリオンは微笑んだ。
「私に必要なのは、絶対的な主と、私の方翼となる君だ。
そのふたつだけあればいい。だから私は、私の全てをかけて君を磨く。
いや、君が自分を磨く手助けをする。君は私の半身なのだ」
「エクセリオン様・・・・・」
「呼び棄てていい。トゥアゴン殿と、君だけはね」
銀色に輝くその男に、グロールフィンデルは頬に熱を感じた。
「君の、特権だよ」
射撃場で訓練を受ける時、後ろから自分の腕を支えるエクセリオンの細い指が、
いつも冷たく感じた。
時々、この人は本当に人間だろうかと思える。
あんなに重たいライフルや機関銃でさえ軽々と扱うのに、手のひらは滑らかなままだ。
まるで、ガラス細工のように。
「エクセリオンは、体温が低いのですね」
むき出した肌を指で触れられた時、グロールフィンデルはぼそりと言った。
「冷え性ではないよ」
いつものように、エクセリオンは笑う。
「体温も、調節できるのですか」
「ある程度はね。身体を眠らせるために少し体温を上げることくらいはできる。
まあ、呼吸法なんだけど。そうか、それも教えておかなければならないな。
いつでも必要なときに睡眠を取れるように。どうだい、今夜から一緒に寝てみる?」
怪訝そうに眉を寄せて、エクセリオンに振り返る。
口元がニヤついているところを見ると、彼流の冗談らしい。
「そういう・・・趣味だったんですか」
「・・・・うーん、残念だけど、私は性欲と言うものを感じたことがなくてね。
たぶん、思春期に今の君のようにこなしきれないほどの課題に取り組んでいたから、
そこの部分が欠落してしまったんじゃないかな。
君がその気なら、相手をしてあげてもいいけど?」
何故か血液が逆流したような感覚に、グロールフィンデルは慌てて正面を向いた。
手にしているマグナムと的に神経を集中させる。
ぴたりと身体を密着させたまま、照準を訂正させられ、引金を引く。
それは、ど真ん中に命中した。
「今の感覚を忘れないように。あとは一人で練習しなさい」
エクセリオンが体を離すと、急に寒くなったような気がした。
「エクセリオンは・・・・・恋人とか、作らないのですか」
そんな質問をするのは、らしくないと思う。
ニヤリと笑ってみせるエクセリオンの瞳は、冷たかった。
「自分に課せられた任務以外に興味はない。
女性と遊んでいる暇などないし、欲求も感じない。つまり、必要がないわけだ。
そんなことを聞くなんて、君には好きな女性でもいるのかね?」
慌ててグロールフィンデルは首を横に振った。
優しくしてくれる女性は好きだが、そこに何かを期待することもないし、
欲望も感じない。
「私は・・・・今、エクセリオンについていくのが精一杯ですから」
「うれしいねえ」
わざとらしく、エクセリオンはグロールフィンデルに抱きついて見せた。
「私のことだけを考えてくれているなんて、光栄だよ! じゃあ、一緒に寝ようか」
それには、グロールフィンデルは首をぶんぶんと横に振った。
目覚めた時から眠りにつくまで、完全に管理され、
神経を尖らせているのは並大抵の努力ではない。
それでもそこに、苦痛は感じなかった。
それはきっと、エクセリオンが時々口にする「私の半身」という言葉が
グロールフィンデルの支えになっているからだろう。
彼と共にいるとき、その言葉は強くグロールフィンデルを支配した。
共に昼食をとりながら、復習のように栄養素を暗証する。
食べることも、訓練のひとつであるかのように。
「うん、大分色々わかってきたみたいだ」
エクセリオンは満足げに肯いた。グロールフィンデルは、ほっと胸をなでおろす。
「じゃあ、今日から1週間ほど厨房に下りてもらおうか」
ほっとしたのも束の間、グロールフィンデルが驚いて顔を上げる。
「一日三食、それと間食も、厨房で作ってもらう」
どうしてそんなことを? グロールフィンデルは口を開けたまま言葉を失う。
「エクセリオン様! そんな召使のような真似まで!」
メイドが慌てて口を挟む。
「それくらい、できてもらわなければ困る」
口元は笑んでいるが、目は真剣だ。
「ではこうしよう。今日一日、厨房で料理長に学びなさい。
夕食の時、わたしにオムレツを作ってくれればいい。
それで及第点を得られたら、厨房行きは免除しよう」
何故そんなことまでしなければならないのか。
憤りを感じるが、そうしろと言われて拒否はできない。
むしろ、そんな簡単なこと、とさえ思える。
「わかりました」
ムッとした表情のまま、グロールフィンデルは答えた。
夕食の時間に少し遅れて、エクセリオンは帰ってきた。
グロールフィンデルは言われたとおり、オムレツを焼いて持ってきた。
「うーん、少し焼きすぎかな。味も濃い。ダメだね」
料理長からは、まあまあのできだと言われたのに。
不満を顔に出すグロールフィンデルに、エクセリオンは口元を吊り上げた。
「ついてきなさい」
席を立ち、厨房に下りていく。
厨房では、何事かと料理長が慌てて出てきた。
「借りるよ」
にっこりと笑い、エクセリオンはそこの主であるかのようにさっさと材料を用意して、
自ら卵を焼いた。
皿に乗せたそれを、グロールフィンデルに差し出す。
一口食して、グロールフィンデルは呆然とした。
「料理人ではなくても、味の違いくらいはわかるだろう?
これくらいはできてもらわなければ困る」
グロールフィンデルは、無言のままエクセリオンを見つめた。
調理なんてもの、専門の調理師に任せて当然なのに。
「いいかい? 私や君は確かに貴族の家の首長だ。
だが同時に、領主を守る家来でもある。
領主が必要とするなら、料理だってするし靴も磨く。
不必要なことなど、何もない。
召使たちにかしずかれていい気になっていてもらっては困る。
彼らは技術者であり、仕えてくれる者から学ぶことも多い。
自分がエライだなんて勘違いするな。己とて、領主の前では召使と同じなのだ」
唇を結び、じっと足元を見る。
何から何まで・・・・・いったい、何をマスターすれば認められると言うのだ。
そんなに万能になど・・・・・・。
「自分にはできない、とか思っているだろう?」
考えを指摘され、グロールフィンデルは怒りを爆発させた。
「無理です! 私はエクセリオンのようにはなれない!」
その瞬間、エクセリオンの瞳が鈍く光った。
片手のひらを、バン、とテーブルに叩きつける。周囲にいた誰もが身を縮こませた。
「できない? 無理? 違うだろう? できないのではない。やりたくないだけだ。
グロールフィンデル、君は何故私が天才と呼ばれ、
自分でもそれを認めているかわかるかね?
私は自ら努力して全てを身につけてきたのだよ。
その努力の代償が「天才」という言葉だ。
努力し続ける精神力、それが一番大切なのだよ。
それとも君は、自分をそれほど愚かだと認めるのかい?
努力することもしないで、敗北を認めてしまうような、そんな人間でいたいのか?!
楽な方に身を任せて、財産と名誉を食いつぶしたければ、それもいい。
そんな人間を、私は必要としない」
ぎりぎりと歯軋りをしながら、エクセリオンを睨みつける。
「こんなことを言われて、悔しいのだろう? 君は負けず嫌いでプライドが高いからな。
そうでなければ、私は君を引き取ったりはしなかった。
君ならできると確信したから、私は自分の手で君を育てようと思ったのだ。
君が私に近付く努力を続ける限り、私は君に援助は惜しまない。
失敗を恐れるな。時間がかかってもいい。決して諦めなければいいのだ」
エクセリオンは、ふと目を細め、
優しげに見える表情でグロールフィンデルの頬を撫でる。
「グロールフィンデル、君は自分で思ってるよりずっと価値がある。
私は、君と並ぶのを楽しみにしているのだよ」
手を離し、エクセリオンはくるりと背を向けた。
「私が認めるまで、厨房で修業しなさい」
いいね、と料理長に目配せする。料理長は戸惑いながらも肯いた。
「エクセリオン!」
やっと我を取り戻したグロールフィンデルは、エクセリオンの背に叫んだ。
「きっと、貴方に追いつく!」
振向いて、微笑み、エクセリオンは出て行った。
エクセリオンの後を追いかけてきたメイドが、
ハラハラドキドキしながら何度も後ろを振り返る。
「あの・・・・やっぱり、厳しすぎるのではありませんか?」
「君ねえ」
ぴた、と立ち止まったエクセリオンは、メイドに人差し指を立てて見せた。
「グロールフィンデルの手料理が食べたいと言う、私の夢を壊さないでくれるかね?」
は? とメイドが固まる。
「・・・・・・・・・花嫁修業ですか?」
「花嫁修業! いい言葉だ! では、襲名式が終わったら、プロポーズするとしよう!」
どこまでが本気なんだか・・・・?
呆然とするメイドを残して、エクセリオンはさっさとリビングに戻っていった。
夕食をとるために。
10日後。
グロールフィンデルは、夕食を料理長と共に運んできた。
それを食べるエクセリオンを、不安げに見つめる。
「うん、美味しい! やればできるじゃないか!」
「調理師見習が、一年かかる技術です」
教えた料理長も得意げだ。グロールフィンデルも、口元が笑むのを感じた。
「まだ、基礎段階ですが」
「それでいいんだ。栄養のバランスと調理の基礎を身につければいい。
手の込んだ高級料理は専門家に頼めばいいからね。
それに、基礎を知っておけば、いくらでも応用できる」
エクセリオンは、グロールフィンデルに微笑みかける。
「君は、やろうと思えば何でもできるんだ。私と同じようにね。
それは自信となり、自信はその人間を一番輝かす。
今、鏡で自分を見てみるといい。
先日できないとかぼやいていた時より、ずっと美しくなったよ」
照れたように頬を染めながら、グロールフィンデルはエクセリオンを見返した。
「そのうち、ガナッシュの作り方も覚えてね」
にっこり笑うエクセリオンに、は? とグロールフィンデルは首をかしげた。
「私はチョコレートのケーキが好きなんだ」