彼はとある商社の重役、いわゆる企業戦士である。 才能に恵まれ、容姿も端麗、身のこなしも優雅。 とくれば、女達が黙っているはずもない・・・が、 彼の唯一の弱点は、女性が苦手だということであった。 彼の会社は最近社長が代った。 おかげでよくない連中との関りも一切切れ、 彼の会社生活はより安泰になるはずであった。 新しい社長は、若くてやり手。 その上、奥さんは財界に力をもつ人物の娘。申し分ない変貌。 しかし、彼の悩みはそこから始った。 新しい社長は、他社とのコミュニケーションを第一に考える人物で、 仕事以外での女性とのお付合いは極力避けたい彼にも、 やれパーティーだなんだと駆りだされることが多くなった。 実に憂鬱な仕事である。 今日も今日とて、とあるホテルでの顔見せパーティーに、 彼は出席を余儀なくされていた。 仕方がない、これも仕事。 「こんなところで会えて嬉しいわ。 そのイブニング、とっても似合っていてよ」 取引のある会社の女社長につかまり、苦手な世間話を強要される。 彼はおべっかにうんざりしていた。 「奥様、お久しぶりです」 そこに、まだ年若い青年が現れた。 癖のない金髪、すらりとした長身。さすがに彼も目を奪われる。 「あら、レゴラス。今日はお父様と一緒じゃないの?」 「父は仕事で海外に。私ではご不満でしょうか?」 「とんでもない。あなたに会えて嬉しいわ」 女社長は、大きな宝石のはまった指輪を、これ見よがしに差しのべる。 「指輪は、気に入っていただけたでしょうか?」 「もちろんよ。またいい石が手に入ったら、連絡してちょうだいね」 「もちろん、奥様は大切なお得意様ですから」 金髪の青年が女社長の気をひいてくれて、彼はほっと肩の力を抜いていた。 「奥様、一曲踊っていただけますか?」 「喜んで。ボロミア、また後でね」 話好きの女社長を連れ出してくれて、彼は青年に感謝した。 こんなところじゃ、名刺交換する相手もいやしない。 ボロミアは壁際に並べられた椅子に腰をおろして、ため息をついた。 (帰りたい・・・) 「何か飲物でもお持ちしましょうか?」 顔を上げると、そこにあの青年が立っていた。 「いや、けっこう。先ほどはすまなかった。礼を言う。私は・・・」 「ボロミアさん、疲れた顔をしていますよ。 それに、何か飲物でも手にしていた方がご婦人の誘いも断りやすいと思いますが」 「・・・何故、名前を?」 「さっきおしゃべり好きの奥様が、そう呼んでいたでしょう?」 ああ、とボロミアは思いついた。 「あなたは?」 「レゴラス。しがない宝石売りの息子です」 それにしては優雅な物腰、場慣れした態度。 「パーティーには慣れておられるのですな」 「仕事柄。あなたは好きではないようですね?」 ボロミアは低く笑った。 「連れ出してさし上げましょうか?」 意外な申出に、眉を寄せる。レゴラスはにっこりと笑って ボロミアの手を取り、立たせるとパーティーの主催者を探した。 パーティーの主催者も、また女であった。 強い女が増えるのは悪いことではないが。 「あらレゴラス、素敵な殿方をお連れね」 (この青年、どれだけ顔が利くのだ?) ボロミアが訝しがる暇もなく、レゴラスはさっきの調子で女を褒めちぎり、 気分を良くしたところでボロミアを前面に出した。 「じつは内緒なのですが、ちょっとこの方とお話がしたいので 退席を許していただきたいのですが」 「まあ、どんなおはなし?」 興味深げに、女の目がきらきらと光る。 「残念ですが仕事の話です。 父が新しい商品の開発に乗りだそうとしていまして、 ・・・まだ極秘ですが・・・それでちょっと」 女がニヤニヤ笑いをする。 (何を考えているんだ、この女?) ボロミア、けっこう鈍い男である。 「よろしいわ。素敵な男性を二人も失って、 会場はちょっと暗くなるけど」 「ありがとうございます。ご注文いただいているブローチですが、 近日中にお届けいたします」 「もちろん貴方が直接持ってきてくれるのでしょう?」 「はい。よろしければ、そのとき一緒に食事でも」 「約束よ」 レゴラスはにこやかに礼をして、ボロミアを先に立たせて会場を出た。 外に出ると、ボロミアはさすがに少し胸が痛んで会場のホテルを見上げた。 「本当によろしいのか?」 「いいのいいの。どうせたいしたパーティーじゃないんだし」 そう言いながらも、レゴラスは携帯電話で迎えの車を呼んでいた。 「ボロミアさん、貴方は自分の車?」 「・・・ああ」 「じゃあ、お別れだね?」 レゴラスはにっこりと笑って見せた。 「おやすみなさい」 駐車場で運転手ごと待機していたのか、 すぐに横付けされた車にレゴラスは乗りこみ、 一度だけちょっと笑って、レゴラスは去ってしまった。 ボロミアは、あっけに取られてそれを見送った。 (何者なのだ? あの青年・・・) ぼんやりと、握られた己の手を見る。 まだぬくもりが残っている様な気がして手を握り締めてみる。 (何だ、何を考えているのだ、私は!) ボロミアは大きく首を振った。 「アラゴルン殿、できればあのようなパーティーの出席は、 他の者にさせていただきたい」 今の彼の直接の上司、若き社長を助手席に乗せて、 ボロミアは車を走らせていた。 「何事も経験だ」 「あのような経験が必要なのですかな?」 「お前が行くと女達が喜ぶ」 ボロミアはがっくりと肩を落した。これも経営戦略か・・・。 「今日行くのは、俺の育ての親で妻の実父の家だ。 昼食を用意してくれている」 話は聞いてはいたが、どうも合点のいかない関係だ。 もっとも、恋愛というモノ自体謎であったが。 「何故アラゴルン殿の家に私が?」 「エルロンドはその筋では顔の利く男だ。見知っておいて損はない」 気が進まぬまま、高級住宅街に車を走らせ、その邸宅に乗入れた。 「エルロンドは二人の息子と若い奥さんと一緒に住んでいる。 最初は驚くかもしれないが・・・」 車を降りてアラゴルンが説明をしていると、 屋敷のドアがバッと開いて、中から少年が走出てきた。 「捕まえろ! アラゴルン!」 中からの叫びに、とっさにアラゴルンが手を出して少年を捕まえ抱き込む。 「何をした?」 アラゴルンの腕の中で、少年はにやりと笑った。 「ミートパイの中身だけ全部食っちまったんだ!」 「昨夜から煮込んでおいた奴なのに!」 屋敷から出てきた双子に、ボロミアが驚く。 無理もない。二人はそっくりなのだ。 ボロミアは、とりあえず仲裁に入ることに決めた。 「まあまあ、よいではありませんか。子供の悪戯」 「そうそう、子供の悪戯」 アラゴルンの腕の中の少年はそう言って、 アラゴルンの腕をするりと抜けて庭の木に登っていってしまった。 まるで猫のように。 「騙されるな、ボロミア。あれはただの子供ではない。 っていうか、子供ではない」 ボロミアが眉を寄せる。 「エルロヒア、どうしたんだ?」 双子の片割は両手を広げた。 「親父が昨夜仕事で帰ってこなかった上に、 俺達が朝から掃除だメシの仕度だと忙しくしてかまってやらなかったから、 すねているんだ」 「最近、わがままに拍車がかかっていないか?」 「そういうなら、アラゴルン、お前が一緒に住んで世話をしてやれ」 妻がいなければ、それもかまわないが・・・アラゴルンはにやりと笑った。 「アラゴルン殿、あの子供は・・・」 言いかけていると、屋敷の門に高級車が滑り込んできて、 そこからエルロンドが出てきた。 「なぜこんな所で集っているのだ?」 開口一番不満げな声。ボロミアが一瞬たじろぐ。 だが他の者は慣れていて、庭の木を指差した。 「レゴラスがつまみ食いして、木の上に逃げた」 エルロヒアの言葉に、エルロンドはボロミアを無視して 木のたもとから上を見上げる。 「レゴラス」 そうとうすねているのか、返事もしない。 エルロンドの車の運転席から、更にいかつい男が出てきた。 その男はボロミアに軽く頭を下げ、エルロンドの隣に来ると、 スーツのポケットからビーフジャーキーを取りだした。 「これでもしゃぶって、おとなしくしていなさい」 すると、少年はするすると降りてきて、 秘書殿からビーフジャーキーを受取って、嬉しそうにしゃぶりついた。 「社長、いいかげん扱い方を覚えてください」 この秘書、そうとう侮れない。 「車を回してきます。アラゴルン殿の車も車庫に入れておきます。 いいですね?」 有無を言わさぬ口調。そう、一番誰も逆らえないのが彼かもしれない。 嵐のような顛末から、やっとボロミアは我に返った。 「レ・・・・」 レゴラスって・・・先日のパーティーの? 「いらっしゃい、ボロミアさん。ミートパイ食べてしまってごめんなさい」 うそだ。こんなに幼かったか? でも、にっこりと笑う笑顔の愛らしさは・・・・ (愛らしさだって? 私はどうかしてしまったのか?) 「あーボロミア、紹介が遅れた。こちらはレゴラス。エルロンドの奥さんだ」 「ああ?」 拍子抜けした声を出すのも無理はない。 「奥さん・・・? 子供じゃないのか?」 「いや、それほど幼くはない。先日のパーティーで会わなかったか? あの見てくれが本性だ。もっとも、性格はこっちがホンモノだがな」 呆然とするボロミアの前を、エルロンドに肩を抱かれて レゴラスは屋敷に入っていった。 「気持はわかるぞ、ボロミア。俺も最初は驚いた」 アラゴルンはため息をつき、ボロミアの肩をぽんぽんと叩いた。 「手は出すなよ。エルロンドに殺されるぞ。俺も我慢しているんだ」 (俺も?) 愕然とボロミアはアラゴルンを見たが、アラゴルンはもう先を歩いていた。 ボロミア、ここにも同じ穴のムジナがひとり。 ******************************************* ユウホ様へ、貢物