エルロンドの屋敷には、猫が一匹住みついている。 血統書つき高級猫で、誰も飼いならすことができなかった輩である。 そばに置いてみると、こんなに人懐っこい猫がどうして今まで 誰のものにもならなかったのか不思議に思うが、 生れつきの野生の本能がそいつを守っていたのだろう。 腹を見せれば食われることを、そいつは知っているのだ。 が、・・・と双子は思う。飼主を自ら決定してから、 猫はあまり無防備すぎる。飼主が人並ならぬ地位と権力を 持っているので安心しているのかもしれないが、 彼の飼主の息子とはいえ、他の住人も屋敷にいることを 少しは自覚してもらいたいものだ。 「絶対手を出すなよ。親父に殺されるぞ」 エルロヒアは事あるごとに片割に囁いた。 愛でる分には十分すぎる猫は、今日も今日とて双子の後を くっついて回っていた。エルロンドが不在の間は手持ち無沙汰だし、 双子にも非常になついていたからだ。 動物はえさをくれる奴を知っている。 双子は父親の書斎で資料探しをしていた。 もともとエルロンドは秘密主義者ではないので、 彼の部屋は彼が信頼する者は自由に出入りできた。 双子が大学のレポートで使う資料をあれやこれや探している間、 猫はエルロンドの仕事机の前の革張りの椅子に座って くるくる回って遊んでいた。 幼児かお前は! 双子はほくそえむしかなかった。 で、無邪気に椅子の上で回っている猫に気を取られて、 双子の片割が本を落すと、数枚の写真がそこから零れ落ちた。 「落すなよ、本が壊れたら弁償モノだぞ」 エルロヒアに言われて、エルラダンが慌ててハードカバーの本を 拾い上げる。その隙に、猫は写真を拾って机に並べた。 そこには、美しい女性と、今より少し若いエルロンドと、 幼い双子と赤ん坊が写っていた。 「おふくろだ」 双子も本を机に放り出して写真を覗きこむ。 「・・・きれいなヒトだね」 「ああ、美人で優しいヒトだった」 「全部処分したと思っていたのに、密かに隠しておくとは、 親父も隅に置けないな」 苦笑いをする双子を、レゴラスは目を細めて見た。 「なんで写真を処分したりしたの?」 「思い出すと辛いからさ」 幸せな頃の写真を手にとり、エルロヒアが呟くと、 エルラダンは慰めるように彼の肩に手を置いた。 彼女は麻薬密売組織の抗争に巻き込まれ、重傷を負い、 一ヵ月後病院で命を落した。物心ついていた双子には (何より彼女の夫には)あまりに辛すぎる記憶だ。 幼い双子は父に泣いて約束した。いつか自分達が敵を打つ、と。 物心つかない妹は、それ以上心に傷がつかないように 母方の親戚に預けられ、双子は父を支えることを自らの目的とした。 レゴラスはあらかた聞いて知ってはいたのだろう、 それについては何も言わなかった。 双子は写真をもとあった本の間に戻そうと表紙をめくると、 しがみついていた最後の一枚が落ちてきた。 「あ」 それまでの神妙な雰囲気が一転する。 エルラダンが顔をゆがめると、エルロヒアが脇からそれを覗き込み、 レゴラスも一緒になって写真を覗いた。 若き日のエルロンドの隣に、知らないオヤジがいた。 しかも、相当親しそうに。 「俺知ってる。ギル=ガラドってヒトだよ。 確か、親父の学生時代の恩師で、 同居してたこともあるとかないとか・・・」 「なんでお前が知ってるんだよ?」 「ガラドリエルのばあちゃんから聞いた。 ばあちゃんの知り合いらしいよ」 やりあいながら、二人ははたと気付いてレゴラス、 現在の親父の愛人を見た。 無表情でじっと写真を見つめている。 (怒ってる・・・) 双子は殺気を感じた。 エルロンドが帰宅し、食事の席につくと、 彼は眉根を寄せて双子に尋ねた。 「なにかあったのか?」 「別に」 エルラダンはさも忙しそうに食事をテーブルに運び、 話が自分に回ってこないようにエルロヒアもキッチンで 忙しいふりをして入る。何より、家事の手伝いなど したことのないレゴラスまでもが無言でキッチンを 出入りしているのだ。 機嫌が悪い。 エルロンドは直感した。双子が不機嫌でいることはまずないし、 理由があればちゃんと話す性格だ。 双子はエルロンドの最大の理解者で協力者なのだ。 機嫌が悪いのはレゴラスだ。 逆に彼は、大切なことはあまり話そうとしない。 大人の顔をして沈黙を守るか、幼い子供のようにすねるか。 今日は後者だ。しかも双子は理由を知っている。 こういう子供じみた気まずい雰囲気を、 うまく解消できるような甲斐性は、エルロンドは持ちあわせていない。 むしろレゴラスが得意とする分野だ。 が、当の本人が元凶なのでどうしようもない。 気まずい雰囲気で食事を終えると、 洗い物当番のエルロヒアはさっさと食器を片付けはじめ、 レゴラスはエルラダンの腕にまとわりついた。 「勉強教えて欲しいんだけど」 「・・・俺がお前に教えられることはないと思うが・・・」 正直な意見である。こう見えてレゴラスは天才少年だ。 「そんなことないよ。ね、今から部屋で」 「そりゃかまわないけど・・・」 強引なレゴラスに引きずられるように席を立つエルラダンに、 エルロヒアは冷やかに目配せをした。 エルラダンは弁解するように鼻先をひくつかせる。 「エルロヒアもすぐ来てねー」 むしろ陽気な言葉を残し、 レゴラスは双子の片割を引きずって退室して行った。 二人が消えてから、エルロンドが残った方の息子をじろりと見る。 (ああ・・・俺かぁ) 家事の役割分担をこれほど恨んだことはない。 「何があったのだ?」 (知るかー! 夫婦喧嘩に息子を巻き込むな!) 「・・・たぶん・・・親父が悪いんだと思うよ」 「私が? 何故だ?」 (そりゃわからなくて至極当然) 「これ以上俺の口からは・・・ あ、洗い物終らせてレポート書かなきゃ」 逃げるようにエルロヒアはキッチンに飛びこみ、 今までにないハイスピードで食器を洗浄機にぶち込み、 自分の部屋に飛び込んでいった。 続く