「エスガロスという小さな国があるんですけど、
そこで宝飾専門のオークションが行われるんです。小さいけど商業で潤ってる国で、
そこの頭領・・・首相をそう呼んでいるんですけど、その人と父が知り合いなもので、
うちも出品することになったんです。ですので、一週間ほど行って来ます」

 そう言って、レゴラスは出かけていった。

 エルロンドもヨーロッパに出張の予定が入っていた。
グロールフィンデルに相談すると、オークションの開かれるちょうど当日、
一日だけそこに寄る事ができそうだった。

 べつにレゴラスを驚かそうとか、そういうわけじゃない。
オークションなんてモノは興味がない。が、知っておいてもいいかな、
くらいの軽い気持ちで、エルロンドは出張の予定にそれを組み込んだ。

 

 

 

「いくら2ctのピジョンブラッドでもな」

 スランドゥイルの持参したいくつかの宝飾品を眺めながら、
頭領と呼ばれる男は渋い顔をした。

「1万(ドル)から始めて、5万がせいぜいだろう」

「たたくなあ」

 そう言うスランドゥイルは楽しげだ。

「ランクは最高級だぞ?」

「ネックレスとしての作りがシンプルなんだよなあ。
せめてダイヤくらい周囲につければ見栄えもするんだが」

「最高のルビーを、なんでダイヤなどで誤魔化さねばならん?」

 スランドゥイルは根っからの石好き。そして、頭領は商売人である。

「最低7万だ」

「無茶を言うな」

 二人の男が顔をつき合わせていると、執務室にひょっこりレゴラスが現れた。

「商談はつきました?」

 頭領の表情が緩む。

「おお、レゴラス君。何年ぶりかね? また美しくなって」

「ありがとうございます、頭領」

 さすが慣れたもので、女性扱いされてもレゴラスは怒りもしない。

「ああ、そうだ。モデルにネックレスをつけさせてはどうだね? 
箱の中より引き立つだろう」

「それはかまわぬが、モデルといっても・・・」

 頭領の視線にスランドゥイルは気付いて、さっとルビーを取り上げた。

「だめだ」

「まだ何も言っていないのに」

「息子を見世物にする気はない」

「レゴラス君の白い肌なら、ルビーの赤も引き立つ! 
がんばれば7万までいけるかもしれないぞ」 

 むむむ・・・・と、スランドゥイルが顔をしかめる。

「10万」

 レゴラスは悪びれもせずに、にっこりと笑った。

「最低落札価格、10万です。それなら、モデルも引き受けましょう」

 おお、そうか! と、嬉しそうに頭領が手を打つ。

「まて、レゴラス! 
たかだか2ctのピジョンブラッドに10万も出す奴はいないだろう!」

 石の値打ちのわかるスランドゥイルは、さすがに驚いて見せた。

「買い手がいなかったら、私が10万出そう! そうか、モデルで出てくれるか! 
うんうん、盛り上がるぞ!」

 一人嬉しそうにする頭領。スランドゥイルはレゴラスに目配せする。本気か、と。

「10万で本当に売れたら、ご褒美ちょうだいね」

 ハートマークをつけてにっこりと笑う息子に、
何をねだられるのかとスランドゥイルは頭を抱えた。

「2ctでは市場でも3万くらいだぞ?」

 だったら7万なんて言いだすなよ、とは誰も突っこまない。

「加工してあるから、3万5千から4万はつくよ」

 レゴラスはいたって冷静。

「要するに、付加価値をつければいいわけでしょう? 見せ方だよね。
有名ブランドのネームバリューがつけば値段は倍になる。それと同じ事」

 しばらくルビーを見つめてから、レゴラスは執務室の電話を取った。

「頭領、電話借ります」

 暗記している国際電話の番号を押す。

「・・・・・チャオ、ダリオ! 僕だよ、元気?」

 その名前をスランドゥイルは知っている。
イタリアの有名ブランドのデザイナーの一人だ。レゴラスをひいきにしている。
普通客の方がデザイナーの方をひいきにするものだが、レゴラスの場合は逆だ。

「あのドレス、あれね、やっぱり買い取るよ。うんうん。
・・・・明日の夜パーティーがあるから、それまでに送って。・・・・え? 
そう、領収書切っておいてね、仕事で使うんだから」

 電話を切って、頭領ににっこり。

「衣装代、出していただけるんでしょう?」

「・・・それは・・・かまわないが・・・」

 半信半疑の頭領。こうと決めた時のレゴラスの行動は早い。すぐに別の電話番号を押す。

「おはよう、ギムリ! え? 時差? ごめんごめん、急用でさ。
・・・・例のチョーカー、あれ、すぐにこっちに送ってもらえる? 
至急だよ。明日までに。・・・・無理とか言わないでよ。僕と君の仲じゃない。
・・・・よろしくね!」

 楽しそうに立ち回る息子に、スランドゥイルはあきらめ顔。

「・・・で、何が欲しいんだ?」

 ためしに息子に尋ねてみる。

「休暇!」

 レゴラスは楽しそうに速答した。

 

 

 

 夜から行われた宝飾品専門のオークション。客席には金持ちがずらり。
スランドゥイルは、ステージに近い隅の席で見物していた。

「では、最後です。ルビーのネックレス。2ctの最高級のピジョンブラッド」

 出てきたモデルに、客席は一様にどよめいた。

 レゴラスは、黒のシンプルなスーツに、純白のシルクのシャツを着ていた。
しかも、胸元を大きく開けて。黒の皮製の飾りのないチョーカーのすぐ下に、
プラチナの鎖のついたルビーが下がっている。
一見、囚われの美少年が流した一粒の鮮血のようだ。
薄く化粧をしたレゴラスの表情は、少し青ざめて見せてある。

 スランドゥイルは、また頭を抱えた。
きちっと服を着込んでいるにもかかわらず、妙にエロティックに見えるからだ。

 レゴラスの表情に色気があるのは、エルロンドと結婚宣言をしてからだ。
親として言いたくはないが、官能の世界を知っている証拠だ。

(ええい、安くていいから早く終われ!)

 そう願うのは、親心である。

 会場の入り口が開いたのに気が付いて、スランドゥイルは何気なく振向いた。

「・・・・?!」

 そこには、高級なスーツに身を包んだ、気品ある男が二人、立っていた。

 案内人が二人を一番後ろの席に勧める。

(げっ・・・・エルロンド・・・・と、番犬)

 そう、エルロンドとグロールフィンデルである。

 ステージの上のレゴラスも、それにいち早く気がついた。
驚きと、そして羞恥に頬が染まる。それがまた色っぽい。

 ルビーの値段はみるみるつり上がっていく。

「5万」

「7万」

「10万」

 やった、10万いった! 早く終われ〜! 
スランドゥイルは苛立たしげに何度も足を組替える。

「12万」

「15万」

 まだやるか・・・。

 レゴラスにあんな真似をさせて、エルロンドは怒っているだろうかとちらりと後を見やる。
エルロンドは秘書に何か耳打ちをした。グロールフィンデルが優雅な動作で手をあげる。

「20万」

 うわ、落すつもりか?

「21」

 中東の金持ちらしい髭面の男が手を上げる。

「25」

 グロールフィンデルも、透った低い声で返す。

「30!」

 髭面はムキになっているようだ。
欲しいモノは、金にモノを言わせて絶対手に入れるタイプだな。
普段ならいいカモだとほくそえむところだが。

「40」

「50!」

 マジかよ? 商品見てるか? 2ctだぞ?

 エルロンドは秘書を手招きし、またなにやら囁いた。
秘書は驚いた顔も見せず、肯くと手をあげた。

「100万」

 会場がどよめく。

 スランドゥイルは意識が遠のくのを感じた。

 100万・・・・・? 馬鹿か?

 しばしのざわめきの中、進行係は「落札」を宣言した。

 黒いスーツの秘書はゆっくりとステージに歩み寄り、レゴラスに片手を出す。
呆然としながらもレゴラスはその手を取った。

 レゴラスをエスコートしながらスランドゥイルの前を通るとき、
さすがにスランドゥイルは囁いた。

「ルビーに100万だと?」

「ルビーではありません。彼の値段です。
彼を落す為ら、エルロンド卿は1億でも出すでしょう」

 ああ、金持ちの道楽・・・。
普段質素な生活をしているから忘れているが、エルロンドは滅茶苦茶資産家なのであった。

「息子は商品ではない」

 にやり、とグロールフィンデルは笑い、
どうしていいものか混乱しているレゴラスをエルロンドの元に導いていった。

 

 

 

 怒涛の閉会の後、会場のロビーでグロールフィンデルはあの髭の男を待っていた。
エルロンドは優しくレゴラスに囁きかけながら飲み物を手渡している。

「そこの旦那は、何か勘違いしていませんかね? 
オークションに出されたのは、ルビーですよ?」

 髭の男は馬鹿にしたようにグロールフィンデルに話し掛けてきた。

「承知しております」

 グロールフィンデルの対応は、相変わらず冷静沈着。

「正直に申し上げまして、エルロンド卿はルビーになど興味はございません。
ですから、売りに出そうと思っているのですが」

 髭の男が顔をしかめる。

「そちらでしたら、いくらでお買い上げいただけますか?」

 髭の男はレゴラスを見た。レゴラスもその視線に気付いて、髭男に微笑む。

「10万」

 にこやかに値段を提示する。髭男は半ば馬鹿にしたようにレゴラスを指差した。

「いいところ5万のルビーだ」

「でも貴方が最終的に提示された金額の、5分の1です」

 グロールフィンデルが受け答える。

「では」

 レゴラスはネックレスを外し、チョーカーを外し、していた腕時計も外した。

「チョーカーは新品です。お好みで石をつけるのもよいでしょう。
時計はユーズドですがブルガリの新作です。これで、10万で如何ですか?」

 アクセサリーを男の手に乗せると、男は顔をニヤケさせた。

「モデル殿、あなたの唇はおいくらですか?」

「10億」

 エルロンドが応える。

「それと、私を敵に回すことになる。
私の名を知らぬのなら、知らぬままでいた方が幸せでしょう」

 髭男はその迫力に一歩身を引いた。

「10万でよろしいですか?」

 エルロンドが凄むと、グロールフィンデルの方が優しく見えてしまう。
髭男は深呼吸をして了承した。 

 

 

 

 オークションの終わった執務室。
スランドゥイルは頭領と向かい合って座り、まだ頭を抱えていた。

「いくらレゴラス君がつけていたとはいえ、100万とは驚きだ」

 頭領もまだ愕然としている。

「ああ、あいつならもっと出すだろう」

「知り合いか? レゴラス君もついていってしまったようだが」

「・・・まあ・・・。明日も予定が詰まっていることを知っているから、
息子も明日の朝には戻ってくるだろうさ」

 曖昧に答えて溜息をつく。レゴラスコミの値段なら、100万でも安い方だ。
エルロンドにとっては。

 肩を落としているスランドゥイルに、頭領がずいと顔を寄せる。

「スランドゥイル、君がネックレスをつけて出てくれたら、私はあの倍でも出すがね?」

 冗談なのか、スランドゥイルの手を取る。
冗談としか取っていないスランドゥイルはうんざりとした表情を見せた。

「信じていないな? 本気だぞ? なんなら今から・・・・・」

 その瞬間、頭領とスランドゥイルの間に紙切れがバンと置かれ、
その上からナイフが突き刺さった。驚いた頭領が椅子ごと飛退く。

「ルビーの支払いです。現金がよろしければ、明日銀行に用意させますが」

 うんざりを通り越して、半ば怒ったようにスランドゥイルはナイフを引き抜いた。

「こんな物騒なものを出すんじゃない!」

 頭領がナイフの主を見上げる。

 エルロンドの秘書である。冷静な表情だが、目が怒ってる。

「い・・・いや、小切手で結構だ・・・・が・・・・どこから入ってきた?」

「ちゃんとドアからです」

 グロールフィンデルは入り口を指す。
入り口のドアの外から、怯えた秘書やら警備員やらが顔を出していた。

 こやつ、わしがここにいることを知っていたのか? 
スランドゥイルは、いつもながらのグロールフィンデルの鋭さにまた溜息をついた。

 頭領が小切手を確るのを待って、グロールフィンデルがスランドゥイルに向き直る。

「私なら、10億でも出そう」

 また、そんな馬鹿げたことを・・・・。
でも、こいつならやりかねない。スランドゥイルはうんざりと天井を見上げる。

「たかが秘書ごときが」

 頭領が小声でぼやく。
と、スランドゥイルはグロールフィンデルが何か言い出す前に先に口を開いた。

「たかが秘書とか言わぬ方が身のためだぞ? 
今はなきゴンドリンの、貴族の最後の生き残りだ。家系は滅んでも隠し資産の噂は絶えない。
まあ、それは置いておいても、あのエルロンドの秘書を何十年もやっているんだ。
月収は普通のサラリーマンの年収並。しかも、独身で無趣味。
こいつのポケットマネーでわしの会社なんか買い取られてしまうわ」

「お望みなら、全ての社員ごと買い取ってもよい」

「ふざけるなよ。貴様に買い取られるくらいなら破産宣告でもするわ」

 スケールの大きい無駄話に、頭領はスランドゥイルに耳打ちをした。

「スランドゥイル、長いものには巻かれない主義ではなかったのか?」

「ん・・・・まあ、そうなんだが、ちっとばかし事情があってな」

 二人の距離が少しでも近付くことが許せないのか、
グロールフィンデルはムッとしたようにスランドゥイルの腕を引っ張った。

「お話がお済みでしたら、ホテルまでお送りしましょう」

 捕まれた腕を振り解く。

「エルロンドのおかげで、予定外に儲けさせてもらったからな。
今夜は女でもはべられて飲むことにしよう」

 グロールフィンデルがスランドゥイルをじっと見つめる。
その視線の鋭さに、頭領は椅子を引いて距離を作った。

「ああ、まったく! そんな悲しそうな顔をするな! メシくらいは付き合ってやるから!」

 悲しそう? 悲しそうだったか?! 頭領は顔を引きつらせた。

「まあ、そんなわけだから、商談はまた明日な」

 立ち上がったスランドゥイルはすたすたと歩き出し、
グロールフィンデルはその後をついて行った。
ドアの向うからスランドゥイルの声が聞こえてくる。

「それからなあ、もう二度とわしの商売の邪魔をするな。エルロンドにも伝えておけ!」

 頭領は、冗談でもスランドゥイルに言い寄るのはやめておこうと心に誓った。