世の中はクリスマス気分一色である。

 あちらこちらでクリスマスにかこつけたパーティーが催される。

 もちろん、ガラドリエルもパーティーを予定していた。身内だけの。

「わしは身内ではない!!」

 ケレボルンに呼び出されたスランドゥイルはご立腹。
呼び出したのがガラドリエルなら、絶対に出てきたりはしない。
ケレボルンに逆らえないのは、幼少時代暮らした屋敷での、上下関係があるからである。
それに、ケレボルン、スランドゥルの弱みなら山ほど握っている。
「子供時代は可愛かった」とか、「昔の写真があるよ」とか。
他にも「君はガラドリエルに一目惚れしてたね」とか「犬に吼えられて泣いてたね」とか。
いくらでも。

「では、友人として招待したいのだけど?」

 笑顔を絶やさないケレボルンに、スランドゥイルは威嚇の唸りをあげる。

「その日は仕事だ。そうだ、イタリアにでも行くとしよう」

 往生際の悪い宝石屋。ケレボルンはさも残念そうに溜息をついた。

「そう、それは残念だね。
私の経営するフランスのホテルのワインセラーで、珍しいワインを見つけたのだよ。
50年前の×××シャトーのものでね。滅多に手に入らない逸品なんだ。
せっかくだからパーティーに出そうと思っていたのだけど。
ワインの味のわかる人は少ないからね。きっとみんな水みたいに飲んでしまうだろうね。
そうか、君はイタリアに行ってしまうのか。是非君に味見をしてもらいたかったのだけど」

 宝石屋がぴくりと反応する。

 そこへ登場は奥様。

「あなた、日本の松坂牛10k、注文しておきましたわ。日本の牛肉はとても美味しいもの。
楽しみですわね」

 にっこり。

「それと、ドン・ペリニヨンね、ゴールドを入手できましたわ」

「そう、よかった。楽しみだね、パーティー」

「もちろん、スランドゥイルはいらしてくださるのでしょう?」

 ふるふると震える宝石屋。

「美味しいものを食べても、あまり喜んでいただけない人たちばかりでは、つまらないもの」

 もちろん、来るよね?

 二人の怪ビームに、スランドゥイルは声を荒げた。

「わかった! 行けばよいのだろう! 行けば!」

 

 

 

 街はクリスマス一色。

 パーティーの会場となるホテルのロビーでは、
レゴラスが父親をぐいぐいと引っ張っていた。

「おや、レゴラス君」

 招待客を迎えに来ていたケレボルン。異様な雰囲気の親子ににこやかに近付く。

「君はてっきりエルロンドと来るものだと思っていたけど?」

「あ、ケレボルン様。ご招待ありがとうございます。
僕もそうしたかったのですけど・・・往生際の悪い人が一人いて」

 スランドゥイルはまだ拗ねているらしい。

「よく来てくれたね、スランドゥイル」

「来たくて来たのではない!」

 ぷん、とそっぽを向く父親を、レゴラスは肘でつつく。失礼だよ、と。
ケレボルンはスランドゥイルの悪態はまったく気にせず。

「ガラドリエルも会場で待っているよ。美味しいワインもね」

 にっこりと笑い、他の招待客に挨拶をしに去って行く。レゴラスは父親に向き直った。

「もう、いいかげんにしてよ」

「だいたい、なんでわしがガラドリエルのパーティーなんぞに顔を出さなきゃならんのだ?」

「クリスマスなんだから、普通にパーティーを楽しめばいいじゃない」

「あんな連中の顔を拝んで、宴会が楽しめるか!」

 宴会じゃないっての! 

 いつまでもぶつぶつ言っているスランドゥイルに、
レゴラスは腕を絡めて愚痴をさえぎるように唇を重ねた。

 さすがに父親も黙る。

「大好きなパパ、お願いだから、いい子にして」

・・・・・・・・・。

父親は息子に弱かった。

 久々の息子の甘え攻撃に、見事撃沈。ぎゅうっと息子を抱きしめると・・・・・
突然レゴラスは音もなく背後から近付いてきた男にさらわれた。

「エルロンド様!」

 嬉しそうに叫び、レゴラスはエルロンドに抱きつく。

 エルロンドはスランドゥイルをチラリと見やり、
これは私のだと言わんばかりに抱き寄せて、無言で会場に向って行った。

(チッ)

 スランドゥイルは舌打ちした。

「何をしているのだ?」

 エルロンドの後からついてきていた男が、スランドゥイルの前で足を止める。
スランドゥイルはその男を忌々しげに見上げた。
いや、べつにそいつが忌々しいのではなく、
今さっき自分の息子をさらっていった男が忌々しいのだが。

「それはこっちの台詞だ」

 グロールフィンデルは、珍しく正装をしていた。
パーティー仕様のこの男を見るのは珍しい。彼はいつも従者に徹しているのだから。

 じろじろとグロールフィンデルを眺めるスランドゥイル。
さすがにグロールフィンデルも気恥ずかしさを感じるのか、眉をしかめる。
彼にしてみれば、ドレスアップは慣れない事だ。

「地味だな」

 ぼそりと宝石屋。

 そりゃあ確かに。黒のパーティー用のスーツ・・・というだけで、
何か飾りがあるわけではない。エルロンドでさえ、髪を編みこんでいるのに。

 スランドゥイルはちょいちょいと手招きをし、自分のカフスボタンを外すと、
グロールフィンデルの飾りのないプラチナのカフスと交換した。
それから、後ろを向かせ、髪を編んでいく。
その途中、自分が小指にはめていたリングを外して、髪に編みこむ。

「まあ、こんなもんか」

 妙に納得し、背中を叩く。

 カフスと指輪は、エメラルドだ。

 装飾品を外しても、スランドゥイルは見た目が派手で目立つ。
無言で動揺しているグロールフィンデルにニヤリと笑いかけ、
何事もなかったかのようにスランドゥイルは会場に向った。

「メシを食いに行くか」

 

 

 

 パーティーは明るく、和やかである。

 料理は上等。ワインも上等。

 身内のパーティーなので、レゴラスもエルロンドと他人のふりをしなくてすむ。
終始べったりとくっついて、いろんな人物と談笑して回った。
相変わらず、グロールフィンデルはその数歩後についている。
パーティーの客というより、やっぱり秘書。
レゴラスは時々振り返り、そんなグロールフィンデルにも笑いかけた。
グロールフィンデルも、和やかに応答している。

 スランドゥイルは会場の隅に用意されているテーブルにお気に入りのワインを置き、
すっかり根を生やしている。こちらに来ればいいのに、と何人もに誘われるが、
ゆっくりワインが飲みたい、とどれも断った。

「父さん、まだ不貞腐れてるの?」

 大分気分よく酔っているスランドゥイル。
華やかな席は嫌いではないし、それを眺めながら自分のペースで酒を飲むのは好きだ。
マイペース、ともいう。

 レゴラスはオードブルの皿をテーブルに置いた。

「いや、楽しんでる」

 機嫌よさそうな父に、レゴラスもにっこり。よかった、と抱きつく。
レゴラスも少々シャンパンを飲んでほろ酔いであった。
父親の膝に座ると、警戒するようにエルロンドもそばに来る。
その後にグロールフィンデルもいる。
酔った親子は、シラフな連中があまり気にならないらしい。
べたべたするのはいつものこと。

「ねえ、父さん? グロールフィンデルさんに、あの指輪あげたの?」

 ぎくり、とグロールフィンデルが顔を引きつらせる。エルロンドは横目で秘書を見た。
そういえば、見慣れない飾りをつけている。

「・・・・いただいたわけでは・・・・・」

 言訳をしようとするグロールフィンデルをさえぎるように、スランドゥイルは

「そうだ」

 と、きっぱりと言った。

「父さん、あの指輪、気に入っていたのに。カフスも。
なんで最近グロールフィンデルさんにいろいろあげるの?」

 グロールフィンデルは固まっている。エルロンドは失笑をこらえる。

「お前、あれを見てなんとも思わないのか?」

「あれって?」

「あの風体だ」

 スランドゥイルがグロールフィンデルを指差す。レゴラスは首をかしげた。

「ええ? そりゃあ、いい体つきしてるとは思うけど。
胸板も厚いし、腰も引き締まってるし・・・二の腕も太すぎず細すぎずってカンジかな」

「だーれーがー筋肉の話をしているー?」

「違うの?」

 スランドゥイルは人差し指を立て、チッチッと横に振る。

「よく見てみろ。黄金のような濃いブロンド、切れ長のブルーグレイの瞳。細い顎。
シミ一つない肌。均整の取れた肉体。飾り立ててみたいと思わぬのか?」

「・・・・鏡見なよ」

 思わずツッコミ入れる息子。
そんなことを言うスランドゥイルは、やわらかそうなさらさらのプラチナブロンドと、
深い蒼の瞳、目鼻立ちがはっきりしているので、人目を引く華やかさがある。

「相変わらずだね、スランドゥイル」

 にこやかに近寄ってきたのは、ケレボルン。

「君は昔から美しいものが好きだった」

「芸術品を愛でて、何が悪い?」

 スランドゥイルは唇を尖らす。ケレボルンはクスクスと笑った。

「グロールフィンデルがお気に入りなんだ?」

 笑いをこらえきれずに、エルロンドも口をはさむ。

「この男を飾ろうとするのは、貴方くらいなものですよ、スランドゥイル殿」

「何故だ?」

「皆、グロールフィンデルを怖がる」

 スランドゥイルは首を傾げた。

「別に、怖くはないぞ?」 

「そうおっしゃるのは、貴方くらいなものです。身内でも、彼に触れたがる者はおりません」

 スランドゥイルはグロールフィンデルをまじまじと見つめ、

「かわいそうになあ」

 と呟いた。

 その一言がよほどおかしかったのか、エルロンドもケレボルンも肩を震わせる。

「グロールフィンデルが誰かに触れさせるのも、貴方だけです」

 レゴラスは父親とグロールフィンデルの顔を交互に見上げる。
エルロンドはレゴラスに手を差し伸べた。こちらに来なさい、と。
レゴラスも素直に応じる。

「そう。では、いい友人になれそうだね」

 ケレボルン、にっこり。

「楽しそうね」

 シャンパーニュの瓶を抱えて登場はガラドリエル。

「お約束のドン・ペリニヨンのゴールドですわ」

 そう言いながら、スランドゥイルのグラスに、
そして、エルロンドと夫のグラスに黄金色のシャンパーニュを注ぐ。
グロールフィンデルに差し出すと、彼は丁重に断った。

「相変わらず、アルコールは一滴も飲まないのね」

「車の運転もありますから」

 レゴラスも興味深そうにその高価な瓶を見るが、いかんせん未成年。エルロンドは

「私のを少し味見するといい」

 とグラスを差し出した。

「安心して泥酔なさるといいわ。いい運転手がここにいるようですから」

「私はエルロンド卿の運転手です」

 すかさずグロールフィンデルが答える。

「心配には及ばない。
私はほとんど飲んではいないし、帰りはレゴラスとゆっくり二人の時間をすごさせてもらう」

 困惑気味なグロールフィンデル。

「だ、そうよ」

 ガラドリエル、何でもかんでも知っているような笑みを周囲に向ける。

「スランドゥイル、グロールフィンデルには優しいようね。
ええ、昔は私にも優しかったわ。覚えているかしら? 
庭に小さな花が咲いたと私に持ってきてくださったのを」

 スランドゥイルはガラにもなく頬を紅潮させた。

「・・・子供の頃の話だ!」

「私も覚えているよ。君はガラドリエルの美しさに、いつも見惚れていたものね」

 ケレボルンにも言われ、
スランドゥイルはシャンパーニュのグラスを引っ掴んで喉に流し込む。

「私も、いつも君に見惚れていたのだよ」

 ケレボルンがガラドリエルに向き直ると、ガラドリエルは嬉しそうに微笑み、
夫の腕にそっと触れた。

「人はね、自分とは違うものに惹かれるのだよ。アルウェンがアラゴルンを愛するように。
そう、エルロンドもレゴラスに夢中だね」

 エルロンドはレゴラスを見下ろし、肯定するように肩を抱く。

「グロールフィンデルはエルロンドのことしか頭にないようだから、
少し刺激があっていいわね」

 ガラドリエルの微笑みに、スランドゥイルはそっぽを向く。

「グロールフィンデルの事、よろしくお願いする」

 珍しくエルロンドも深く突っ込む。

「なんでわしがこんな狂犬の面倒を見なければならないのだ!」

 耐え切れずスランドゥイルは勢いよく立ち上がった。

「帰る」

 後ろを向くスランドゥイルに、レゴラスは慌てて駆寄った。

「父さん!」

 そんなレゴラスを、エルロンドは引き止めた。自分に抱き寄せて、耳元でそっと囁く。

「レゴラス、言った筈だよ? たとえ父親でも、私以外の者に執着するのは許さない、と」

 レゴラスは泣きそうな顔でエルロンドを見る。

「大丈夫だ。スランドゥイル殿もそんなに大人気なくない」

 レゴラスがもう一度父親を見ると、スランドゥイルはちょっと振り返った。

「・・・外で風にあたってくるだけだ。まだ飲み足りないしな」

 どれだけ飲んだら気がすむのか。
レゴラスは肩をなでおろし、再びエルロンドにまとわりついた。

 

 スランドゥイルをからかって遊んで気がすんだのか、ガラドリエル夫婦は去って行った。
レゴラスが料理を取りに行っている間に、エルロンドがグロールフィンデルに目配せをする。

 追いかけて行けよ、と。

 グロールフィンデルはエルロンドをじっと見つめ、軽く頭を下げると踵を返した。

 

 

 

 ライトアップされた中庭の暗がりで、その男は気持ちよさそうに風にあたっていた。

「まったく、ヒトをオモチャにしやがって!」

 そっと近付くと、スランドゥイルは悪態をついた。

「お前もお前だ! 少しは怒れ!」

 人差し指で指され、グロールフィンデルは表情をゆがめた。

 怒り方が、わからないのだ。

「・・・・ガラドリエルが・・・好きだったのか?」

「はあ?」

 何を気にしているんだ、こいつは!?

 まあ、いっぱしに嫉妬もできるということか。

「ガキの頃だ。別に好きだったわけじゃない。
あの女の美しさは、わしらには特殊に見えたんだ。
生真面目で堅苦しくて、面白みがなくて目つきがきつい。
あの女を変えたのはケレボルンだ」

 シンゴルとシンゴルの奥さんメリアンから知識を得るために訪れたのに。
愛情と言うのは偉大で不可思議だ。

 淡い月明かりの下、グロールフィンデルは己の髪に触れ、スランドゥイルの指輪を撫でた。

「・・・・私は、狂犬か」

「そうだ」

 何を今更、とスランドゥイルはグロールフィンデルを睨む。

「もうちょっとこっちに来い。寒いだろうが」

 何の脈絡もないような言葉に吸い寄せられる。

「人は、人と触れ合うことでいくらでも変われる」

 銀色の光の中で、スランドゥイルは口元で笑って見せた。

 

  エルロンドは、よく磨かれた一枚ガラスによりかかり、それとなしに外を見た。
中庭はクリスマス仕様に美しくライトアップされている。そのライトの影に、目を止める。

 小さな影は、目ざとくエルロンドを見つけた。

「・・・・・・」

 別に心配はしていなかったが・・・・そんなところでキスをしていると見られるぞ?

 という表情を作ってみせる。
グロールフィンデルの影からひょっり顔を出したスランドゥイルは、
エルロンドに舌を出して見せた。悪戯をするときのレゴラスにそっくりだ。

「エルロンド様?」

 他の客に捕まっていたレゴラスが、やっと抜け出てくる。
エルロンドは視界をさえぎるようにガラスにへばりついた。
二言三言話し掛け、窓から引き離す。
ちょっと後ろを振向くと、そこにあの影はもうなかった。

 

 

 

「本当にスランドゥイルを送っていってくれるのかい?」

 機嫌よくマイボトルを掲げるスランドゥイルの後ろで、
ケレボルンがグロールフィンデルに苦笑する。

「エルロンド卿の命令で、レゴラスの父上をお送りするようにと」

「そう、それは安心だね」

 何が安心なんだか。一礼してグロールフィンデルがエルロンドのところに帰ろうとすると、
今度はガラドリエルに捕まった。

「グロールフィンデル」

 さすがのグロールフィンデルも、この何もかも見透かす目をもつ奥方は、ちょっと苦手だ。
特に、他人に知られたくないことを胸に抱えている時は。

「お気をつけなさい。貴方はエルロンドほど器用ではないから」

「・・・何に気をつけるのですか?」

 意味ありげにガラドリエルは微笑んだ。そして、ふふふと静かに笑いながら去って行った。

 

 恐ろしや、ガラドリエル。

 

 

 

「そんなに楽しそうなパーティーなら、俺たちもそっちに行けばよかったな」

 双子は友人達とのパーティーに出席していた。

「それで、親父さん、グロールフィンデルに送ってもらったのか?」

「そうなんだけどね」

 レゴラスは苦笑した。

「今朝エルロンド様の携帯に怒鳴り込んでた」

 静かにコーヒーを飲むエルロンドは、心なしか疲れて見える。

「あんな野蛮な運転する奴の車なんか、二度と乗らない! って」

 双子は不思議そうに顔を見合わせる。

「安全運転する人だと思うけどな」

「僕もそう思うよ。父さん酔ってたから、八つ当たりじゃないの?」

 エルロンドは知っている。グロールフィンデルの暴走運転を。否、スピード狂ぶりを。

 せっかくいい雰囲気だったのに・・・・不器用な奴。

 

 クリスマス。

 誰もが無条件で幸せになれる夜。

 はたして、恋人たちの行く末はいずこ・・・・。