日曜の朝。

 身に付いた習慣とは恐ろしいもので、
昨夜遅かったにもかかわらずエルロンドは6時には目を覚ました。

 隣で眠る少年を見下ろし、口元をほころばせて髪を撫でる。
しばらくこの少年を抱いていようと抱き寄せると、
レゴラスはくすぐったそうに目を覚ました。

「まだ早い。もう少し寝ていなさい」

 キスをし、レゴラスはエルロンドの腕に身を寄せる。

 30分もそうしていたか、もぞもぞとレゴラスは動き出した。

「・・・ずっとこうしていたいけど、今朝は仕事があるんです」

 名残惜しそうに何度もキスをして起き上がる。

 残念なのはエルロンドも同じだ。

「お昼には戻りますから・・・・」

 レゴラスが身支度を始めると、エルロンドも起きて服を着た。

 

 せっかくの日曜。双子はまだ寝ているらしく、キッチンは空だ。

「朝食は?」

 一緒に起きて来たエルロンドが訊ねる。

「二人を起そうか」

 家事のできない二人。
レゴラスは冷蔵庫からオレンジのジュースを出してきて、一口飲んだ。

「いいえ。一度実家に戻って、父と打ち合わせをしなければならないので。
朝食はそっちで取ります」

 ちなみに、もちろんスランドゥイルも朝飯など作れない性質。
彼の朝食は前日にメイドが用意しておく。

 エルロンドは少し目を細めた。

 今日は日曜。エルロンドは休みである。
エルロンドが休みということは、彼の秘書も休みである。
・・・・いや、自分が心配することでもないが。

 バイクのメットを取って出かけようとするレゴラスを、引き止めてみる。

「電話の一本も入れてからの方がいいのではないか?」

 レゴラスはにっこりと笑った。

「今朝の話は昨日父にも念を押してありますし、大丈夫ですよ。
まだ寝てたら、たたき起こすだけです」

・・・・・いや、確かにそうなのだけど・・・・。

「・・・・そうだな。気をつけて行きなさい」

 抱擁をしてキスをし、レゴラスは出かけて行った。

 

 

 

 当然のように昨日の打ち合わせの話など忘れて、眠り呆けている男が一人。

 窓から差し込む朝日など、一向にお構いなし。

 その隣で、一人の男が目を覚ました。

「・・・・・・・・・!」

 がばと起き上がり、周囲を見回して頭を抱える。

(・・・・寝てしまった・・・・?)

 そう、この男、グロールフィンデル。

(昨夜のうちに帰るつもりだったのに)

 不可抗力で眠り込んでしまうなど、記憶にないほど自分の生活を管理している。

(私としたことが・・・)

 なんて、自分を責めてみても始らない。
そもそも、スランドゥイルと付き合ってから、生活は乱されっぱなしだ。
最近は、少しならワインを飲めるようになった。

 熟睡しているスランドゥイルは起きる気配もない。

 グロールフィンデルはベッドから抜け出し、窓の外を見た。

 朝日がまぶしい。

 気持ちのよい朝だ。

「・・・・・!」

 彼の研ぎ澄まされた耳は、バイクの排気音を聞きつけた。

 

 

 

 レゴラスは鍵束から自分の家の鍵を探し出し、差し込む。

「あ、また鍵かけないで寝てる」

 まったく無用心な! ぶつぶつ文句を言いながら家に入る。当然、家の中は真暗。
居間のカーテンを開けて回り、父を呼んでみる。

「寝てるよ。絶対」

 今朝の話など、忘れているのは予想がついている。

 足音高く階上に上がり、寝室の前で深呼吸。

「父さん! 父さん! 開けるよ!」

 返事など期待せずに、バン、と開ける。ベッドで眠りこけてる父のほっぺたをつまむ。

「父さん! 朝、打ち合わせするって言ってあったでしょう!!」

 耳元で叫ぶと、スランドゥイルは不機嫌そうに目を開けた。

「あー・・・そうだっけ?」

「そうなの!」

 寝ぼけ眼でのっそりと起き上がる。

「せっかくの日曜だってのに。ゆっくり寝かさんか」

「あのねえ。そりゃ僕だって、せっかくの日曜くらいエルロンド様の腕の中で・・・・・」

 言いかけると、レゴラスの脳天に父親のグーパンチ。

「わしはお前をそんな下劣に育てた覚えはないぞ」

 頭をさすりながら、レゴラスは父をキッと睨んだ。

「父さん・・・乱れたベッドにチェック入れるよ?」

 スランドゥイルはレゴラスの頬を両側から思いっきり引っ張る。

「そんな下品な息子を持った覚えはないと言うに!」

「イタイイタイ・・・・」

 手を振り払って、距離を保ってからレゴラスはべっと舌を出した。

「僕は間違いなく父さんの子だよ」

「言うか!」

 毛布を跳ね除けて息子に掴みかかろうとすると、
息子の方はひらりひらりとそれをかわした。

「とにかく! 先に下に行ってるから。ちゃんと服着てきてよ! 
じゃないと、僕も脱ぐよ!」

 ドアに隠れてもう一度舌を出すと、そのドアに羽枕が飛んできて命中した。

 

 スランドゥイルが降りてくると、
レゴラスはテーブルに座って新聞を広げながらコークを飲んでいた。

「おなかすいたー」

「そのへんにパンとかあるだろう」

「えーー? 焼きたての卵とかソーセージとか食べたいー」

「自分で作れ。材料なら転がってる」

 ムッとする息子を無視して、スランドゥイルも冷蔵庫から水を出してきて飲む。

「ああ、わが家で暖かい朝食を食べられる日が来るのかなー?」

「お前はエルロンドの家で食わせてもらってるのだろう」

「僕はねえ、父さんの心配をしているんだよ? もう、諦めて再婚とかしちゃえば?」

「ちょっと前まで泣いて反対していたのは、どこのどいつだ?」

 さすがにレゴラスは恥ずかしいのか、顔をそむけた。

「・・・そりゃあね。でも、僕も少しは大人になることにしたんだ。
父さんの老後も心配だし」

「老後とか言うな!」

 恥ずかしさを隠すように、
レゴラスがカバンから書類を出してスランドゥイルの前に並べる。
そして、話題を変えるように仕事の話を始めた。

 

 ひとしきり話し終わって、書類をまたしまいこむ。
空腹を誤魔化すようにレゴラスはコークをがぶ飲みした。

「そういえば、この前の時計、グロールフィンデルさんにあげたんだ?」

「ん? ああ、お前が世話になってるからな。エルロンドは高そうなのをしてただろう? 
大分年季が入っているようだから、大切なものだと思ってな」

「さすが、そういうところは見抜くね」

「お前、わしを馬鹿にしてるだろう?」

 レゴラスはニッと笑って首を横に振った。

「それでね、グロールフィンデルさんがお礼をしなきゃいけないって言うから、
ご飯作ってあげたら、って言ったの」

「・・・・それで?」

「そんなに暇人じゃないって断られちゃった」

 スランドゥイルはレゴラスをじっと見て、考えをめぐらす。

 ああ、それで昨夜メシを作ってくれたのか・・・・。

「残念だな。僕、グロールフィンデルさん、好きなんだけど。料理も上手いしね」

「何が残念だ?」

 スランドゥイルは眉を寄せる。

「言っておくがな、わしはエルロンドと違って男と結婚する趣味は持ち合わせておらんぞ」

「エルロンド様の事、悪く言わないでよね。へたな女に引っかかるよりましだと思うけど?」

「へたも何も・・・わしは芳醇な胸が好きなのだ」

「あれ、知らないの? グロールフィンデルさんて、けっこう巨乳だよ」

 男に巨乳とか言うか? 普通。

「見たのか?」

 今度はスランドゥイルがムッとする。

「触らせてもらったんだよ。この前。いい筋肉してるよー」

 惚れ惚れとする息子に、父親溜息。レゴラスは、強い男が好きだ。
自分は鍛えてもあまり筋肉がつかない体質なのを悔やんでいる。
まあ、この顔で筋肉質なのも嫌だが・・・。

「男の胸は硬くてなあ・・・」

 溜息混じりに言う父親に、反論したくなるのをグッとこらえる。
レゴラスは、エルロンドの胸に抱いてもらうのが好きだ。

「あ、いけない! 打ち合わせに遅れる」

 掛け時計を見て、慌ててレゴラスは立ち上がり、メットを掴んだ。

「ねえ、なんとかグロールフィンデルさん落としてご飯作ってもらってよ。
そしたら僕、食べに来るからさ」

「メシが目当てなら、自分で作ってもらえ! 毎日のように顔をあわせているのだろう」

「だめだよ。
相手がグロールフィンデルさんでも、僕がモーションかけたらエルロンド様に怒られるもの」

「嫉妬深いのか、あの男」

「愛されてるの!」

 父親の頬にキスをして、レゴラスは家を駆け出していった。

 

 嵐の過ぎ去った居間で、スランドゥイルは溜息をついて、
息子の飲み残したコークを飲み干した。

 それから、ゆっくりと階段を上り、寝室のドアを開ける。
そこに隣接してるシャワールームのドアを開けると、
その男は読んでいた雑誌から顔を上げた。

「巨乳、ご苦労さん」

「巨乳?」

 グロールフィンデルは顔をしかめるが、スランドゥイルはそれを無視した。

「宝飾品のカタログなど、面白いか?」

「他に読むものがなかった」

 まあな。エルロンドと違い、読書の趣味はない。

「腹減った」

「・・・何か、作ろう」

 息子を空腹のまま送り出してしまったことに、多少の罪悪感はある。

 が、父親として、説明のしようもない。

「息子が、お前のメシが食いたいそうだ」

 グロールフィンデルはスランドゥイルをじっと見て考え、肩を落としてしまう。

 だから、真面目に考えすぎるな! ああそう、くらいに流してしまえばいいものを。
スランドゥイルはグロールフィンデルの髪をくしゃくしゃに撫でた。

「・・・・・私は・・・・・」

「とにかく何か食わしてくれ。お前も、暇ではないのだろう?」

 暇かと聞かれれば暇ではないが・・・・・。

 スランドゥイルはグロールフィンデルにニヤリと笑いかけた。