金曜の午後。

 レゴラスはひとり射撃練習場で遊んでいた。

 ここ、会員制で、かなり厳しいチェックのあるところだし、予約も入れないといけない。
だが、レゴラスはオーナーのお気に入りだったし、その腕と知識が認められているので、
その日ふらりと立ち寄って、空いていたら入れてもらえたりする。

 そんなわけで、レゴラスは予約もなしに遊ばせてもらっていた。
オーナーは嬉々として最新のハンドガンのいくつかを持ってきてくれた。
レゴラスが好んで使うのは、口径の小さい小型のものだ。
が、遊ぶときにはイロイロ並べて試してみたりする。

「ライフルは練習しないのかい?」

 との問いに、レゴラスは無邪気に笑ってみせる。

「実用性がないもの」

 そんなわけで、最小のものから口径の大きいマグナムまでを並べて、
レゴラスは的に向っていた。

 

 普段使うことのない大きいマグナムを両手で持って、照準を合わせる。
腕に自信があるとはいえ、これくらいになると反動で腕が跳ね上がり、
なかなか百発百中とはいかない。もちろん、大きく的を外れることもないが。

「頭にくるな・・・・」

 ぶつぶつ言いながら、弾倉に弾を込めなおす。

 三発撃って、どれも中心から数センチ外れる。

 じっと標的を凝視して集中していたレゴラスの、マグナムが不意に取り上げられて、
レゴラスは驚いて振向いた。

 その主は、片手で軽く銃を握り、残りの弾をすべてど真ん中に撃ちいれた。

「グロールフィンデルさん?!」

 名前を呼ばれて、その男はレゴラスを見下ろす。相変わらずニコリともしない。

「お前には無理だ」

 そう言って、銃をレゴラスに返す。レゴラスは銃を置き、嬉しそうにニコニコと微笑んだ。

「どうしたんですか?」

「気分転換に寄ってみたら、お前がいた。オーナーに知り合いだと告げたら、入れてくれた」

「そうなんですか!」

 防音ガラスの向うで、オーナーが本当に知り合いなのかと様子をうかがっている。
レゴラスはにっこり笑って手を振って見せた。

「グロールフィンデルさんも銃の練習を?」

「たまにな。それより、今日は社長と一緒ではないのか?」

 エルロンドは、今日お休みである。
と、いうことは当然グロールフィンデルも休みなわけである。
相変わらずスーツ姿だが、言われてみれば仕事着よりは堅苦しくないかも。

「なんでも、国会図書館に閲覧を申し込んでいた本が、やっと許可が下りたのですって。
僕は本に囲まれる趣味はないので、夜まで一人で遊んでいることにしたんです」

 よかったら一緒に、と、レゴラスは並べた銃を指し示した。

 

 どれが使いやすい、とか、どれが自分にあってる、とか、
話しながら次々と弾を消耗していく。ついには、数種類の銃をすべて撃ってみて、
どちらが命中率が高いか競争するまでに至った。

 笑わないまでも、銃を握るグロールフィンデルは楽しそうだ。

 結局その勝負、重い銃でレゴラスが外し、グロールフィンデルの勝ちになる。

「悔しいな。ハルディアと勝負しても互角なのに」

 ガラドリエルのボディーガードか。確かに腕はいいと聞く。
が、グロールフィンデルの敵ではない。軽く鼻で笑って受流す。

 グロールフィンデルは、レゴラスを標的に顔を向けて立たせ、
自分は標的に背を向けてレゴラスと向き合った。

「的を見ていろ」

 言われるままに、レゴラスはグロールフィンデルの背後の的を、じっと見る。
レゴラスの瞳を見つめたまま、グロールフィンデルは腕だけを後に向けて、一発撃った。

 それは、またもやど真ん中に命中していた。

「すごーい!!」

 素直に感嘆の叫びをあげる。

「僕の眼球に映った的だけを見て撃つんでしょう?」

「そうだ」

「すごいすごい!! 僕にもできるかな?」

「やってみるか?」

 立ち位置を逆にし、グロールフィンデルを見上げてレゴラスが挑戦する。

 まったく外れはしないが、グロールフィンデルのように的確には撃てない。

 新しい遊びを発見したように、飽きることなくレゴラスは練習を続けた。

 

 もともと独学でここまできたのだ。グロールフィンデルのような師を持つことに、
レゴラスは喜びを感じていた。

 その素直さと、あっという間に習得していく有能さに、
グロールフィンデルも教えることに快感を感じる。

 一時間も練習していただろうか、練習場の隅のベンチに腰掛け、
レゴラスはコークで、グロールフィンデルは水で喉を潤した。

「お前は技術に頼りすぎている」

「そうですか?」

「そうだ。短時間、いくら練習しても限界がある。何が足りないか、わかるか?」

「・・・・・・・」

 レゴラスは首をひねった。

「筋力だ」

 グロールフィンデルは、レゴラスの上腕を握った。

「見た目ほど細くはないが、利き腕に比べて、やっぱり左の筋肉が足りない。
だから、左で外すんだ」

 左腕をぶんぶん振り回して、レゴラスは苦笑いをする。自分でも気が付いている欠点だ。

「それから、銃を撃つ時の反動に耐えられない。だからブレる。
お前は自分のブレを計算して撃っているから、一見わからないが、
それでは的確とはいえない」

 グロールフィンデルは、自分の腕に触ってみるように手振りする。
彼の上腕の筋肉は硬く引き締まっている。
レゴラスをぶら下げて、グロールフィンデルは腕をあげて見せた。

「腕だけではない。胸筋や腹筋も必要だ。腕だけに頼っていては、踏ん張りが利かない」

 レゴラスは、グロールフィンデルの胸を服の上から触って、惚れ惚れとする。

「グロールフィンデルさんって、着痩せするんですね」

「無駄に筋肉だけがついていればいいというわけでもない」

 細いのに、しっかりとしている。

「腹筋も触らせてください」

 そう言いながら腹を触って、また惚れ惚れ。

「理想的な体型なんですね」

 レゴラスは自分のシャツをめくった。

「僕も鍛えてるつもりなんだけどな」

 たしかに、美しい肉体をしている。若者らしい滑らかさ。

「胸と腹に力を入れてみろ」

 フンっと、レゴラスが力を入れる。グロールフィンデルは筋肉の上を撫で、
腹筋を軽く叩いた。

「マグナムを撃ちたければ、もっと鍛えなければだめだ。さしずめ、食生活の改善からだな。
肉だけ食っていても理想的な筋肉はつかない」

 ふっと力を抜いて、レゴラスが笑う。

「ピーマンやセロリを食べるんだったら、毎日10kマラソンした方がいいな」

「栄養を取らないで運動だけしても、筋肉はつかないと言っているのだ」

 レゴラスの薄い胸を叩くと、レゴラスはくすぐったそうに身をよじった。

 

 笑いながら、レゴラスがふと視線を上げる。

 防音ガラスの向うの人影に、レゴラスはちょっと恥ずかしそうに顔をゆがめた。
レゴラスの態度に、グロールフィンデルも振向く。

 そこには、思いっきり顔をしかめたレゴラスの父親が立っていた。

 いつも不機嫌そうだが、その十倍は不機嫌な顔をして、肩を怒らせて入ってくる。

「父さん、迎えに来てくれたの?」

 レゴラスは悪びれない。

「あのね、グロールフィンデルさんと会ってね・・・・・・」

 スランドゥイルはレゴラスの腕をぐいと掴んで引っ張った。

「それでね、筋肉のつき方の話を・・・・・ねえ、聞いてる?」

 まったく聞く耳持たない父は、息子を引きずるようにドアに向う。

「父さん?」

 スランドゥイルは何も言わず、ドアをくぐる。
辛うじてレゴラスはグロールフィンデルに手を振った。

 

 一人残されたグロールフィンデルは、真っ白になっていた。