その日、エルロンドはガラドリエルに呼び出されていた。 きわめて私的な話ということで。 で、もう30分も紅茶を飲みながらの世間話につき合わされている。 用件を早く言え、とか、自分も暇ではないのだ、とか、彼女に言えるはずもない。 「紅茶のおかわりはいかが?」 「いえ、もうけっこうです」 亡き妻の母。到底そんな年には見えない。 「・・・・それで、私に何か用があったのではありませんか?」 まさか、紅茶に付き合うためだけに就業時間中に呼び出したわけでもあるまい。 ま、彼女ならやりかねないが。いいかげん紅茶で腹が破裂しそうだ。 「あら、忘れていたわ。ごめんなさいね」 ほほほ・・・・と笑う。忘れていたのか?! やっと本題に入ってくれる。エルロンドはそっと溜息をついた。 「先日、いろいろと整理していたら、面白いものを見つけたの。ねえ、あなた」 隣でただ微笑んでいる夫に話題を振る。 存在感があるのだかないのだかわからない、ガラドリエルの夫、ケレボルン。 「そうなんだ。エルロンド、君に見せてあげようと思ってね」 音もなく、すっと立ち上がったケレボルンは、 後の引き出しから小さな紙切れを持ってきた。 エルロンドに差し出されたそれは、古い写真だった。 受け取ったエルロンドは、この30分の退屈な時間を吹っ飛ばした。 それは、たしかに30分を無駄にしてもよいと思われる写真であった。 まるで美術館のような背景の中に立つ、少年。 その瞳は聡明で、淡い金色の髪が一枚の絵画を思わせる。 「それはね、シンゴルの邸宅、メネグロスだよ」 ケレボルンは、懐かしむように微笑みながら言った。 「君は見たことがなかったね? シンゴルは美術品の収集家でもあったんだ。 ギル=ガラドが本に囲まれることを好んだように、彼は芸術品に囲まれることを愛していた」 ちなみに、資産家だったのは奥さんのメリアンだったらしい。 メリアンが芸術家のシンゴルに心底惚れて嫁いで、彼の資産を築いたと言う話だ。 「スランドゥイルは不器用な子供だったけど、芸術品に対する目だけはあってね。 彼が今宝石商をしているのも肯けるよ。 なぜなら、メネグロスには本当に価値のある宝石がたくさんあったからね」 写真の少年は、凛としていて気品がある。 エルロンドでさえ、この少年を美しいと思ってしまう。レゴラスとは、少し違う。 レゴラスはシルヴァンと呼ばれる素朴な民族の血が入っている。 「君にあげるよ。レゴラスに見せてあげるなり、 スランドゥイルに返してあげるなり、するといい」 写真を凝視しながら、エルロンドはふと笑った。 スランドゥイルは、この当時の思い出を息子に話したがらない。 レゴラスに見せる前に、スランドゥイルに了承を取る必要があるだろう。 「ありがとうございます」 エルロンドは、写真を自分のカバンにしまおうとした。 「もう一枚あるのよ」 ガラドリエルの言葉に、手が止まる。 彼女は、どこから出してきたのか、別の写真をエルロンドに差し出した。 それを見たエルロンドの表情が固まる。 いや、嫌な写真ではない。決して。 それは、懐かしく、切ない思い出が呼び起こされるものだ。 ギル=ガラドの写真。 彼もまた、美しい男であった。威厳に満ちている。 「懐かしいでしょう?」 受け取ったエルロンドの顔が、心なしか引きつる。 「あなたに差し上げるわ」 非常に複雑な思いでエルロンドは写真を受け取った。 グロールフィンデルは、帰ってきたエルロンドにコーヒーを入れ、持ってきた。 エルロンドは、社長室のデスクの前で前かがみで何かに集中している。 「ガラドリエル様は、どのような用件だったのですか?」 声をかけながら、その前にコーヒーを置く。 「たいした用事ではない」 ぞんざいに答えるエルロンドの手元を見て、グロールフィンデルはなるほどと納得した。 エルロンドは、かの写真を神経質なほど微細に切り刻んでいる。 確かに、レゴラスに見られなくても、 エルロンドがギル=ガラドの写真を持っているなんて知れたら・・・ そりゃもう大変なことになるだろう。レゴラスの子供じみた嫉妬はかなりのものだし、 エルロンドはかなりそれに振り回されることになる。 とりあえず、グロールフィンデルは社長の行動を放っておくことにした。 (なぜシュレッダーにかけないのだろう) とは思ったが。 「ああ、お前にも見せてやる」 顔を上げないまま、エルロンドはもう一枚の写真を取り出して、 グロールフィンデルに差し出した。それを受け取ったグロールフィンデルの動きが止まる。 「・・・・・・・・・」 見惚れてる見惚れてる・・・。 視線の端でほくそえみ、エルロンドは自分の破壊活動に集中した。 しばらくして、米粒ほどになった写真の屑をダストボックスに投げ入れ、 手元の書類を引き寄せてそれを読み始める。やらなければいけない仕事は、山積みだ。 いくつかにサインをし、また注意書きをし、 それをグロールフィンデルに渡そうと目を上げたとき、 エルロンドは一瞬自分の目を疑った。 グロールフィンデルは、写真を見つめたまま硬直している。 おい待て、30分くらい経ってないか? エルロンドが大きく咳払いをすると、グロールフィンデルはやっと我に返った。 「それはお前からスランドゥイルに返してやれ。しばらく持っていていいから。 だから、頼むから仕事をしてくれないか?」 自分が空白の時間を過したことを、グロールフィンデルは意識をしていない。 「この書類、目を通したから」 いくつかのファイルを手渡す。 いつも冷静な秘書殿。何食わぬ顔で写真を胸ポケットにしまい、 エルロンドからファイルを受け取って出て行った。 今日はあいつ、仕事になるのだろうか? 純情一途なのにも困ったものだ。 今度ケレボルンに釘をさしておこう。もう余計な写真は見つけなくてよいと。