日曜日。いつもの朝。 エルロンド家の食卓は、遅い朝食に和んでいる。 日曜といえど、エルロンドはこれから仕事である。 秘書が迎えに来るまで、のんびりとコーヒーを飲んで過す。 手作りの野菜ジュースを飲んでいた(かなり嫌々)レゴラスの携帯が鳴った。 「おはよう・・・・え? ・・・・あ、そうなの? ・・・そりゃ困ったね・・・・・」 どうやら、会社かららしい。 玄関チャイムが鳴って、エルロヒアが開けに行く。秘書の登場である。 「まだコーヒー飲んでるんですけど、一緒に如何です?」 今日は時間に余裕があるらしい。秘書殿は誘いを受け、エルロンドの隣に座った。 「また女のところにでも行ってるんじゃないの?」 コーヒーを入れに行ったエルロヒア以外の視線が、レゴラスに集まる。 「うん、僕の方から連絡入れてみるよ」 携帯を切ったレゴラスは、視線に気付いて顔を上げた。 「どうした?」 秘書のコーヒーを持ってきたエルロヒアが訊ねる。 「父さんがね、まだ出社してこないんだって。会議が始るってのに」 それほど珍しくもないように、レゴラスが口元で笑う。 エルロンドはちらりと秘書を見た。 グロールフィンデルは、自分じゃないと視線を返す。 レゴラスは父親の短縮を押した。しばらくの呼び出しの後、相手が出る。 「父さん、今どこ?」 双子はあからさまに興味津々で、 エルロンドとグロールフィンデルはそれとなく聞き耳を立てていた。 「花屋の姉ちゃんのアパート?!」 ・・・・・・・・・・。 全員の動きが止る。 「なに? 今度は花屋の姉ちゃんナンパしたの?」 グロールフィンデルの手にしたコーヒーカップが傾いている。 中身が派手に零れる前に、エルロンドはそれとなく片手の甲で カップの傾きを戻してやった。 「なにやってんの! 会議、始るってよ! ・・・・・・え? 馬鹿言ってるんじゃないよ! 続きはまた今度にして、会社行ってよね!!」 双子の視線に、レゴラスは受話器を押えて小声で言った。 「これからもう1Rとか言ってるんだよ」 双子は噴出しそうになるのを、両手で抑えた。 エルロンドは、グロールフィンデルがカップを落とす前に、 それを取り上げてテーブルに置いた。 「あのねえ、ナンパしまくるのはかまわないけど、 そんなことしてると、そのうち背中刺されるよ! とにかく仕事に行ってよ! 社長なんだから!!」 電話を切って、レゴラスが溜息をつく。 レゴラスも双子も、こっちを見てなくてよかった。 エルロンドは固まっている秘書を肘でつついた。 やっと秘書も我に返って軽く咳払いをする。 「やるなあ、親父さん」 エルラダンが感心して呟く。 「宝石屋の社長が、普通、その辺の姉ちゃんナンパなんかしないよね」 父親の事ながら、レゴラスは呆れ顔で言った。 「昔からそうなのか?」 「そんなことない・・・と、思うよ。僕が家にいたときは、絶対外泊しなかったもの。 出張の時はいつも一緒だったし」 エルロンドにはなんとなく納得できた。レゴラスは、未だに一人では眠れない。 過保護といえば過保護であるが、スランドィルは息子を放したことがなかった。 「本当は、寂しいんじゃないの?」 エルラダンが、クスクスと笑う。 「決った彼女、できたんじゃなかったのか?」 エルロヒアも続ける。 「僕も、そう思ってたんだけどね・・・。 女遊びが激しくなったって、うちのメイドも嘆いてた」 双子とレゴラスは、腕を組んで頭をひねった。 「別れたとか」 ・・・・エルロンドは、隣の秘書をちらりと見たが、 グロールフィンデルはさっと立ち上がって、 コーヒーカップを持ってキッチンに向ってしまった。 うーん、会話の刺激が強すぎるか・・・。そういうことに慣れていないからなあ・・・。 「本気で再婚相手を探してたりして」 いいかげん、エルロンドは面白がる双子の会話を止めさせたかったが、 話のきっかけを持ちかける前にレゴラスが口を開いた。 「再婚するんだったら、 グロールフィンデルさんくいらいなんでもできる人じゃないと、困るよね」 キッチンから、何かが割れる音がした。 くらくらと目眩を感じて、エルロンドが目を閉じる。 まったく、どこまで知ってて言っているのか・・・? 物音に気付いた双子が、レゴラスを小突く。 「ほら、お前がヘンな事言うから。 まあな、お前みたいに何にもできない奴に嫁にこられてもなあ」 「あれ、迷惑なの?」 「俺たちはメイドじゃないぞ」 コホン、と咳払いをして、エルロンドは話を中断させた。 「何か文句が?」 エルロンドの選んで連れて来た嫁だ。 双子をじろり、と睨むと双子は冗談だよと両手をひろげて見せた。 それから二人してレゴラスに抱きつき、 「いいえ、めっそうもございません! 可愛い義母をありがとう!!」 と、ニコリと笑う。レゴラスもニコニコする。 エルロンドは、息子たちの腕から愛妻を救い出した。 「それ以上すると、お前たちも刺すぞ」 珍しい父親のジョークに、双子は驚いて苦笑した。・・・冗談じゃないかもしれない。 「出社する。グロールフィンデル?」 呼ぶと、秘書はいつものいかめしい表情で出てきて、エルロンドの先を歩き始めた。 「今夜は遅くなるから、食事はいらない」 「ちょうどよかった! 俺たちも友達と約束が・・・・」 双子とエルロンドが、きょとんとする幼な妻を見る。 ひとりでご飯を食べられない奴が、ここに一人。 「・・・いいですよ。アラゴルンでも引っ張ってくるから」 それはそれでまた問題が・・・。アラゴルンはレゴラスを溺愛しているが、 エルロンドの娘の婿なのだ。まあ、あるていどアルウェンも黙認しているとはいえ。 (アルウェンもレゴラスを可愛がっている。妹ができたみたい、とか。 妹じゃないっての!) 「社長を会場までお送りした後、私が食事の支度に戻りましょうか」 グロールフィンデルの何気ない申し出。 まあ、彼の場合、そうやって双子を育ててきたわけだから、珍しいことでもない。 やっとエルロンドの息子たちがひとり立ちしたかと思えば、また育児が・・・。 「わーい! 僕、グロールフィンデルさんの食事、好きです!」 心底嬉しそうに、にっこりと笑う。 「ではすまないが、そうしてやってくれ。迎えには来なくていい。 そのまま帰宅してくれ。私は自分で家に戻ろう」 手のかかる嫁だ。まあ、周囲が甘やかしすぎてるという噂もあるが。 べつにそんなことを苦とも思わないグロールフィンデルは、 軽くエルロンドに頭を下げ、車に向おうとした。 その背後で、レゴラスが誰かに電話をかけている。 「あ、父さん! 今日、ちゃんと仕事してきたら、夜一緒にご飯食べよう!」 ・・・・どうしてそうなる?! 全員が固まる。 「だめですか?」 レゴラスの、無敵の甘え攻撃。 ・・・勘弁してくれ。心臓がもたない・・・。エルロンドは秘書を見た。 「何人分でも、作る手間は同じです」 グロールフィンデルは、さらりと言って車に乗り込んで行った。 「では、宜しくお願いします! エルロンド様、いってらっしゃい」 にこやかに手を振るレゴラスに軽くキスをして、エルロンドも車に向った。 自由奔放なのか、策士なのか・・・。 エルロンドは頭を抱える。 「グロールフィンデル・・・・」 真顔で運転する秘書を、横目で見る。 「何か?」 いつにもまして、怖い声。 あの親子は、どこまでヒトを振り回す気なのだか。 「・・・恋愛は、惚れた方が負けだ」 「・・・そうでしょうね。あなたを見ているとわかります」 いつもは優雅な運転のグロールフィンデルが、急ハンドルを切る。 エルロンドはよろけてシートに埋まった。 たのむよ、スランドゥイル・・・これ以上こいつを刺激しないでくれ。 そう思いながら、エルロンドは深く溜息をついた。