郊外にある雰囲気のよいチャイニーズレストラン。
店内は広く、エキゾチックで、味は保障つき。有名人もお忍びで訪れるという噂も。
そんな隠れ家的レストラン。それでも、エルロンドには不似合である。
なぜなら、彼はお忍びで訪れるような場所には縁がないのだ。
そう、堂々と入れる高級レストランしか行かない。

 そのエルロンドが、なんで結局は庶民的といえるこんなレストランを選んだのかというと、
それはひとえにレゴラスのためである。

 もちろん、完璧な容姿とマナーを兼ね備えたレゴラスである。
どんな高級レストランに連れて行っても恥をかくことはない。
ただ、レゴラスはそんなお上品な食事は好まないのだ。
エルロンドの息子たちやアラゴルンと食事をするときは、
大衆レストランに行ったりもするらしい。(もちろん、ジャンクフード大好き!)

 で、デートの場所を選ぶ時、
エルロンドは自分が行けるぎりぎりのラインを選んだわけだ。

 そして案の定、レゴラスは喜んでいた。

 エルロンドの行きつけの高級レストランでは、「恋人の顔」を見せるわけにもいかない。

(グロールフィンデルに感謝)

 エルロンドは内心祈った。
レストランを探したのは、誰でもないグロールフィンデルである。何にでも詳しい男だ。

 余談だが、グロールフィンデル、最近食に凝っているらしい。
むやみと高級を売りにするレストランではなく、
舌も腹も満足させてくれる場所をよく探している。

(・・・・・・)

 はた、とエルロンドは気がついた。

 そうか、グロールフィンデルがレゴラスなら絶対喜ぶだろうとお墨を付けたのは、
きっと某あの男が気に入ったレストランだからだろう。
どうりでワインリストが充実しているわけだ。

「こういうところ、父さん好きそう・・・・」

 言いかけて、レゴラスはハッと口を閉じた。
エルロンドの前では、必要以上に父の話題を出してはいけないことを思い出したのだ。
まあ何と言うか、エルロンドはそこまで大人気なくないし、
レゴラスを嗜めるつもりはなかったが、
今の心境からしてスランドゥイルの話題は避けてくれて嬉しい。
余計な詮索をされずにすむ。

「好きなものを注文しなさい」

 嬉しそうに笑って、レゴラスはチャイナドレスのウエイトレスに、次々と注文をした。
それ、ひとりで食べる量か? なんて質問は、エルロンドは控えた。
レゴラスがたくさん食べる時は、体調と機嫌のいい時なのだ。 

「アルコールはお飲みにならないのですか?」

「車の運転がある」

 それに、エルロンドは酒豪ではない。レゴラスは中国茶も一緒に注文した。

 

 デートなんて、どれくらいぶりだろう? 
お互い忙しいし、同棲しているのであえて外で会う必要もない。
レゴラスも外食より双子の作ってくれる食事を好んでいたし。

(主婦にも休暇を!!)

 双子の休養宣言で、今回のデートが成立した。

 それに、こんな食事も悪くない。
二人きりで他愛もない会話をしながらご馳走をつまむ。
時に会話が途切れても、お互いの目を見ているだけで幸せな気分になれた。

 なんて至福の時間。

 レゴラスの幸せそうな顔を見ていると、こっちも幸せな気分になる。
にやける自分を取繕う必要もない。

 

 が、そんな時に限って邪魔者は現れるものだ。

 レストランの外が騒がしくなったかと思うと、勢いよくドアが開かれ、
十人からの男が飛びこんできた。

「全員、手を頭の後に乗せて這い蹲れ!!」

 訛りのある下品な口調に、レストラン内は悲鳴と共にパニックになった。

 器用に箸を持っていたエルロンドは溜息をつく。
レゴラスはムッとした表情で食べかけの肉を口に放り込んだ。

「なんでしょう?」

「さっき、奥の席で改革派の議員の姿を見かけた。目的はそれだろう」

「暗殺にしては騒ぎすぎですね」

「素人の手口だな」

 気がつくと、エルロンドとレゴラス以外の全員が床に伏していた。

「そこの!! 聞えなかったのか!!」

 銃口が向けられても、二人は平然としていた。

「レゴラス、武器は?」

「持ってきていません。せっかくのエルロンド様とのデートなのに」

「床に伏せろと言っている!!!」

 ライフルが振り上げられると、レゴラスは手元のスープをその男に投げつけた。

「邪魔するなよ!」

 熱いスープを顔にかけられ、男が悲鳴をあげる。
男たちの銃口が一斉に向けられるが、それより素早くレゴラスは席から立上がり、
先ほどの男のライフルを蹴り上げて自分で握った。

「騒ぎなら他所でやってよね!」

 迷わず引金を引くと、別の男のライフルが吹飛んだ。

 エルロンドはナフキンで口元を拭くと、携帯電話を取りだして警察の番号を押した。

「貴様!!」

 ある程度訓練されていても、素人仕事にレゴラスが負けるはずもない。
銃尻で次々と男たちを殴り倒していく。
奥にいた男の仲間が拳銃を出してレゴラスに向けると、
エルロンドは隣の席のフォークを掴んで、その男に投げつけた。

 悲鳴をあげて男がうずくまる。フォークは男の手に突き刺さっていた。

「さすが!」

 レゴラスが手を叩くと、エルロンドは唇を吊り上げて見せた。

 

 それから十数分後。

 駆けつけた警察に二人は質問される羽目になった。
もちろん、レゴラスは不機嫌である。

「巻きこまれただけなのに」

 唇を尖らせる姿も、また可愛い。

 エルロンドの権限で適当にごまかす。
部外者であることに間違いはないのだから、難しいことではない。

 エルロンドが警察の責任者と話をしている間、レゴラスは店主に呼ばれて奥に引込んだ。
店主はレゴラスの活躍に感激して、何か礼をしたかったらしい。
中国人の店主にしてみれば、
レゴラスは香港のアクションスターみたいなものだったらしい。

 エルロンドが警察に事情を説明していると、制服警官の間を縫って、長身の男が現れた。

「何事ですか?」

 部外者でも、彼を止める勇気のあるおまわりはいないらしい。

「グロールフィンデル、なぜここに?」

「近くを通りかかったら、貴方の車とパトカーを見かけまして」

 エルロンドは、巻きこまれた旨を秘書に簡単に説明した。

「災難でしたね」

 無視をされた警官は不機嫌そうだが、
エルロンドとグロールフィンデルが並ぶと口も出せない。

「私が話をつけておきましょう・・・と、言いたいのですが、
今夜はちょっと用がありまして、このまま帰らせていただきます」

 おや、珍しい。

「何の騒ぎだ?」

 人垣の外からの声に、エルロンドは引きつった。

「ああ、かまわん。グロールフィンデル、帰ってくれ。明日は休暇だからな」

 グロールフィンデルは警官に向き直った。

「私はエルロンド卿の秘書です。
調書などの必要があるのでしたら、後日私を通してください」

 そう言って、名刺を押付ける。無言の圧力。さあ、文句があるなら言ってみろ。

「社長、失礼させていただきます。連れが暴れ出す前に」

「そうしてくれ」

 一礼してグロールフィンデルは人垣に消えていった。
エルロンドの耳に、なにやら説明している声が聞えてくる。
二人の気配が去ると、エルロンドは大きく溜息をついた。

「お話は終りました?」

 間髪入れず戻ってきたのは、レゴラス。どうやら機嫌が直ったらしい。

「店主は何と?」

「おみやげいっぱいもらっちゃいました!」

 にっこりと両手を挙げると、そこにはチャーシューのでかい塊と老酒が握られていた。

「よかったな」

「家に帰って食べなおしましょう!」

 アレだけ食べて、まだ食べるつもりか・・・・。
食欲旺盛な少年に、エルロンドは微笑みかけた。

「では失礼する。会社の方にいつでも連絡をくれたまえ」

 警官を一瞥すると、エルロンドは少年を促してレストランを出た。

 

 リンカーンに乗りこんだ時
(エルロンドの車は全て公用車である。個人的に乗り回す趣味も必要もないから)
レゴラスは通りの向うを曲るスポーツカーに目を止めた。一瞬のことだ。

「・・・・・銀のフェラーリ・・・・」

 ぼそりと呟くと、エルロンドは口元をぴくりとさせた。

(目立つから乗りまわすなと言ってあったのに・・・・)

 いや、オフタイムまで口をはさむまい。

「帰ろう」

 無視するようにエンジンをかけると、
レゴラスはもう車のことは忘れてエルロンドに見入り、うっとりとした視線で頷いた。