エルロンドは男やもめである。であるからして、別に新しい恋人の一人や二人、 いても問題はない。むしろ、今までいなかった方が奇跡といえよう。 彼の突然の再婚宣言、これは公なものではなかったが、 極秘にしているわけでもなかったので、会社の上層部にはすぐに知れ渡った。 社長とはいえ、プライベートなこと、他の者が口出すこともないのだが。 「いったい、どういう了見ですかな?」 しかし、副社長のエレストールは不機嫌そうに詰めよった。 エルロンドと副社長エレストール、秘書のグロールフィンデルは、 ただの雇主と社員の関係ではない。 特に彼らに関しては、エルロンドの会社の前の持主、 ギル=ガラドが健在でいるときからの縁である。 それぞれが当時ギル=ガラドに使えており、 ギル=ガラドが今わの際に後継者をエルロンドに指名し、 それの補佐として彼らがあてがわれた。つまり、共同経営に近いのである。 「社長が恋人を持つことは、別にかまわないのです。その相手ですよ! なんでも、年端も行かない少年らしいではないですか!!」 エルロンドは社長室の椅子にもたれ、言葉を詰らせて、 所在無さ気にエレストールに視線を向けている。 エルロンドの秘書兼運転手兼ボディーガードのグロールフィンデルは、 その発端から関係を知っていたが、それにむやみと口を出す男ではない。 エレストールと違い、無口でエルロンドに絶対服従の態度を示している。 もちろん、快く思っていないことは、エルロンドもわかってはいたが。 「まさか本気で・・・その・・・そういう関係になったと言うのではないでしょうね」 そういう関係とはどういう関係なのか・・・。 エルロンドは叱られる子供のように、ぎゅっと唇を結んで、副社長の怒りが解けるのを待つ。 いいわけなど、しようがないのだ。 そして、本気で惚れている。 「私は反対です! 考えても見てください。 今までエルロンド卿の経歴は完璧なものでした。 誰にも何も言わせないくらい、完璧で、すばらしいものだったのですよ。 それを、今になって未成年の・・・それも男と!」 未成年と言っても、青少年保護法に引っかかるほど幼くはないし、 同性愛差別はよくない。・・・なんて考えながらも、反論は控える。 エレストールは、至極真面目な男だった。 「たとえプライベートとはいえ、ご自分の立場というのもを、 もう少しお考えになって・・・・」 興奮冷め遣らぬエレストールが拳を握って力説していると、 社長室のドアをノックする音がして、グロールフィンデルが入ってきた。 エレストールはグロールフィンデルに振向き、怒りの矛先をそちらに向ける。 「グロールフィンデル! 君がついていながら、なぜこんなことになったのだね!」 エルロンドは立派な大人で(成人した子供を持つ中年である) グロールフィンデルはエルロンドの保護者ではないことを、 エレストールの頭は忘れ去っているようだ。 グロールフィンデルは、いつもの冷静で冷たい視線をエレストールに向ける。 「エルロンド卿の自由意志です。プライベートな交友関係まで、 私が口を出すべきではない」 「常軌を逸しているのだぞ!」 なにもそこまで言わなくても・・・・・。 エルロンドは動揺しながらも、それをひた隠しにし、 ひとつ咳払いをしてグロールフィンデルに用件を尋ねた。 「レゴラスが来社したので、連れて来ました」 クールなグロールフィンデルの言葉に、エレストールの額に青筋が立つ。 エルロンドも一瞬引きつった。 ・・・・なんて間が悪い・・・。 グロールフィンデルのあとからついてきた少年は、ぴっしりとスーツを着込み、 長い金髪を編上げて綺麗にまとめていた。 その姿に、一寸だけエルロンドは見惚れてしまう。 恋する者とは、なんて愚かな生物になるのであろう。 「失礼します」 レゴラスは授業で習うような完璧なお辞儀をして見せた。 「レゴラス、此方は副社長のエレストールだ」 エルロンドも、きわめて冷静に紹介をする。 エレストールは、多少想像と違っていたようで、怒りを抑え込んでまじめ顔で挨拶をする。 「はじめまして。宝石商をしておりますレゴラスです」 丁寧に頭を下げ、レゴラスは名刺を出した。 そこには、会社の名前と彼の名前が記されている。 「僕はまだ学生で正式な社員ではありませんので、役職は記されておりません。 ですが、社長の息子として、主に経営と営業を手伝っています。 エルロンド卿にはその節、いろいろとお教えいただき、感謝しております。 どうかお見知りおきください」 営業スマイルと硬い握手。営業マンの見本だ。 エルロンドは、片眉を上げて、エレストールを見た。 エレストールも、何も言い返せないらしい。 「して、レゴラス。今日は何か用かね?」 「はい。先日貸していただいた行動心理学の本、 読み終りましたのでお返しにうかがいました。ご自宅の方に届けてもよかったのですが、 いつお帰りなるかわかりませんでしたし。失礼かと思ったのですが、 こちらの受付で誰かに渡していただこうかと思いまして。そうしましたら、 グロールフィンデルさんが、今なら直接渡せるとおっしゃって下さったもので」 にっこりと笑って、革のカバンからハードカバーの学術書を出す。 「どうだった?」 「おもしろかったです。心理学と言う学問を学んだことがなかったので、 それが人間の行動に対して深い影響力をもつということが、とても興味深かったです。 自分自身を見直すきっかけにもなりました。 よろしかったら、また何か本を貸していただけると嬉しいのですが」 「うむ。では、今度の日曜にでも家に来るがいい。何かまた選んであげよう」 レゴラスは、にっこりと嬉しそうに「はい」と返事をした。 「お仕事中、お邪魔してすみませんでした」 レゴラスは、また丁寧に挨拶をして退出していった。 完璧なマナーだ。エルロンドは、どうだ、とばかりにエレストールを見る。 驚いたように様子を観察していたエレストールは、レゴラスが出て行ったあと、 ぽんと手を叩いた。 「彼が噂の少年なのですね? なんだ、社長から勉強を教わりたいのですか! ああ、納得しました。私はてっきり不純な関係なのかと」 エルロンドは吹出しそうになり、グロールフィンデルは背を向けた。 「なんだ、それならそうと、最初におっしゃってくださればいいものを!」 いや、別にレゴラスは勉強を教わりたいわけでは・・・・。 本の貸し借りなど、会うための口実だし。 それでも、そう勘違いしてもらえれば、好都合なのだが。 エレストール、生真面目で極々ノーマルな男であった。 「なかなか感じのいい少年ですね」 そう言われて、エルロンドもほくそえむ。 エレストールはすっかり納得して仕事に戻っていった。 残ったのはグロールフィンデル。 「お前は、反対しないのか」 エルロンドの問に、秘書殿は主をキッと睨んだ。 「もちろん、賛成はしません」 語尾の冷たさに、エルロンドは怯む。 「ですが、私が何か申しあげても社長はご自分の意見を変えはなさらないでしょう」 さすがだ、グロールフィンデル。だてに何十年もエルロンドの秘書をしていない。 「ありがとう」 エルロンドの言葉に、グロールフィンデルはわざとらしく大きな溜息をついて見せた。