☆アラゴルン

 

 

 

 夜の街。

 真赤なジャガーに背を持たせかけ、タバコをくゆらせるこの男。実は只者ではない。

 ハイスクールの途中までエルロンド家で育った。エルロンドの甥だからである。
途中から家を出て、海外留学を経験。数ヶ国語を自由に操る。
学歴こそないが、その知識の豊富さと行動力は、右に出るものがいないほど。
単身マフィアとわたり歩く度胸もある。

 一見して年齢不詳。それも、その無精ともいえる髭のせいである。
しかし、これでも会社社長。確実な地位もある。

 さらには、妻帯者。その奥さんはホテル王(女王と言うべきか)ガラドリエルの孫娘。
生粋のお嬢様である。

「失礼ですが」

 そんな男に、声をかける者があった。

「これはあなたの車ですか?」

「そうだが」

「免許証を拝見します」

 アラゴルンは、ひとつ溜息をついて、車の中を探って免許証を取りだした。

「車の中を調べてもよろしいですか?」

 俗に言う、職務質問である。

 そう、黙って立っていると、この男、怪しすぎるほど怪しかったりする。

 制服警官が検査している間、アラゴルンはうんざりした顔でタバコを落し、
靴裏でもみ消した。

「ポイ棄て反対」

 職務質問を受けている男に、にこやかに近付いてきたのは、絶世の美少年。
警官は目を丸くする。

「また何か悪いことしたの?」

「レゴラス・・・人聞きの悪い。ここでお前を待っていただけだ」

 レゴラスに指差され、棄てた吸殻を拾う。

「お連れさんですか?」

「違います。こんな怪しい男と一緒にしないで下さい」

 レゴラスは速答して、唇を尖らせて見せた。

「未成年が出歩いてる時間ではないぞ? 身分証は? 親御さんに連絡を・・・」

「ほら、アラゴルンが怪しすぎるから、僕まで」

「俺のせいにするな、俺のせいに!!」

 レゴラスはそれでも素直に身分証を出してみせ、

「僕の保護者」

 と、ひとつの電話番号を警官に教える。

 警官はそこに電話をかけ、疑わしげに何度も相手を確認した。

 そして、そこにタイミングよく横付されたリンカーン。

 携帯電話を片手に、一人の男が降りてくる。

「私が彼の保護責任者だが、何か?」

 警官は、一瞬自分の目を疑い、そして直立不動した。

「エ・・・エルロンド卿!」

 こんな下っ端の制服警官でも、かの人物は知っているらしい。

「アラゴルンは私の親戚だが、彼が何か?」

 レゴラスと一緒にいる男もちらりと見やる。

「い・・・いえ、こんな時間ですので・・・・」

「職務質問を?」

「はい・・・」

「二人の身元は私が保証するが、まだ何か?」

「いえ! 失礼しました!」

 あたふたと逃げ去っていく警官に、レゴラスはクスクスと笑う。

 リンカーンの運転席から、これまた長身の男が顔を出す。

「レゴラス、乗りなさい。もう遅い。アラゴルン、いいかげん髭をそりなさい。
その格好では、浮浪者か犯罪者のようだ」

 アラゴルンは肩をすくめて見せた。

「と、いうわけ。僕、エルロンド様と一緒に帰るから。じゃあね!」

 悪びれもなくレゴラスはリンカーンに乗りこむ。

「お前が迎えに来いってから、ここで待っててやったのに!」

 悪態をつくアラゴルン。

「ごめんね! 無条件で職務質問されるような人と、一緒の車に乗りたくないから」

「レゴラス!」

 リンカーンに乗りこみながら、エルロンドはアラゴルンを一瞥した。

「私の娘婿として、恥かしくない格好をしなさい」

 走り去るリンカーンに、小石を蹴飛ばし、アラゴルンはまたタバコに火をつけた。

 と、携帯のメール受信音が鳴る。

 開いてみると

「さっきはごめんね。明日、連絡するね。一緒にご飯食べよう」

 レゴラスである。

 にやけるアラゴルン。やっぱりこの男、怪しい。

          
                           麻久藻様へ

 

 

 

 ☆グロールフィンデル

 

 

 

 堅物である。かの有名なエルロンド卿の専属秘書。
背が高く、流れる美しい金髪を、一糸乱れることなく後に撫で付けている。

 彼ほど有能な秘書はいない。

 エルロンドの多忙なスケジュールを完璧に管理し、
彼の私生活のサポートまでやってのける。
無口で、かつ、この男の一睨みでどんな輩も口を閉じる。

 秘書、と言うだけでなく、エルロンドのボディーガードも兼ねている。
そのしなやかな肉体は、どんな悪漢にも引けを取らない。

 これといった趣味を持たず、あえて言うなら、
少ない休日をスポーツカーを乗りまわして過すくらい。
他の時間は、エルロンドのサポートのための仕事と勉学に費やしている。

 当然、独身で、女に興味を持たない。

 そんなこの男にも、唯一弱点はある。

 とあるパーティーの席。グロールフィンデルは主を迎えに来ていた。

 エルロンドと談笑しているのは、エルロンドの愛人であるレゴラス。
人懐っこい、これまた美しい少年である。

「今日はレゴラスも一緒に?」

 一緒に帰るのかと訊ねたつもりだった。レゴラスはちょっとはにかんで、首を傾ける。

「そうしたいんだけど、まだ仕事が残ってて」

 そう言ってレゴラスが振向いた先は・・・・。

 視線を追って、グロールフィンデルが固まる。

「父さんのボディーガードで、宝石を運ばなきゃならないんです」

 レゴラス、彼もあなどれない。
なにせ、この見てくれ年齢で、父親のボディーガードをするほどなのである。

 視線の先にいた男が、ジュラルミンのケースを片手に、ゆっくりと近付いてくる。
グロールフィンデルの、らしくない緊張した表情に、エルロンドは失笑を押えた。

「レゴラス! わしはお前らの仲を認めたわけではないからな! 
それはそうと、どうだ、見てみるか?」

 怒っているんだか嬉しそうなんだかわからない表情で、
レゴラスの父親は三人の目の前でジュラルミンのケースを開けて見せた。

 その中に鎮座しているのは、馬鹿でかいエメラルド。

「美しいだろう! これほどのものはめったに手に入らんぞ!」

 レゴラスの父は宝石オタクであった。

 エルロンドは宝石には興味がなかったが、愛人の父親である。
めいっぱい愛想笑いをして宝石を褒め称えた。

「もったいないが、宝石の展示会に貸してやるのだ。今夜中に運ばなきゃならん」

 だったら、警備会社にでも頼めよ、なんて進言は無駄である。
スランドゥイルは大事大事な宝石を他人に運ばせることを好まない。

 常に余裕の表情を見せる秘書殿は、視線を漂わせて固まっている。

 事情を知るエルロンドは、見るに見かねて秘書を肘でつつき、レゴラスの手をとった。

「どうだろう、グロールフィンデル、
すまないが今夜、レゴラスと代ってやってもらえないだろうか」

 何のことか、理解できないようにグロールフィンデルはまばたきをする。

 なんて純情な奴なんだ・・・・。

 レゴラスは首をかしげ、エルロンドがなんでそんなことを言ってくれるのか、
不思議そうにそれぞれを見上げる。

「スランドゥイル殿、もしお許しがいただけるのなら。
私は明日から出張に行かねばならず、今夜しかレゴラスと過せないのだ」

「だから、認めんと言っておろうが」

 スランドゥイルは不満そうに言うが、
その実、それほど反対しているわけでもないのである。
そして、今夜のスランドゥイルは機嫌がよかった。
上等のワインをたっぷり飲んだ上に、お気に入りの宝石を抱えているのだ。

「まあ、そういうことなら許してやらんわけでもない。
レゴラス、明日はウチに帰ってくるのだな?」

「うん、エルロンド様がいない間は、家にいるよ」

「今夜だけというなら、まあ、いいだろう」

 スランドゥイルはエメラルドを大切そうにケースにしまい、
くるりと背を向けて歩き出した。

 数歩進んで、ぴたりと止って振向く。

「早く来んか! ボディーガード! おお、そうだ、車も運転しろよ。
わしは酔っておるしな。ちょうどいい。レゴラスの運転などあてにならぬからな」

 動揺した視線でグロールフィンデルはエルロンドを見、
行けと目で合図されて慌てて宝石屋のあとを追いかけていった。

 さて、彼らに安穏とした日々が訪れるのは、いつの日か。

「本当によかったのですか? エルロンド様?」

 事情を知らぬレゴラスが、申しわけなさそうにエルロンドを見上げる。
エルロンドはレゴラスを引き寄せて、耳元で囁いた。

「迷惑だったか?」

 とたん、レゴラスは至福の笑みでエルロンドに絡みついた。

                                 壬生玖株子様へ

 

 

 ☆スランドゥイル

 

 

 

 偏屈な宝石屋、人は彼をそう呼ぶ。

 たしかに、その通りかもしれない。

 愛想笑いを好まず、悪態ばかり。宴会好きの癖に上品なパーティーはあまり好まない。
さらに、この男は郊外に住み、そこは俗い言う「田舎」である。
つまり、田舎者のレッテルが貼られている。

 しかし、知る者は知るが、出身は貴族である。
粗野な身振りを見せてはいるが、上流階級にあるものなら、
彼が実は完璧なマナーや優雅な動作を兼ね備えていることを見破る。

 であるから、田舎の宝石屋と銘打っていても、得意先は上流階級の者たちなのである。

 自ら手に技術はもたない。
そのかわり、どのような出身の者であろうと、差別せずに技術ある者を雇い入れる。 

 そんな高貴さとは裏腹に、宝石のためならどこにでも出かけていく行動派でもある。
南米のジャングルであろうと、インドの王様の所であろうと。

 内縁の妻とは死別し、息子が一人いる。
その息子がまた、父親に負けず劣らず曲者である。
一見して、絶世の美少年。その言葉使いは丁寧で、いつも笑みを絶やさず、
優雅な仕草で父親の代りにパーティーめぐりをする。

 彼を知る者は、陰でこう呼ぶ。「ホスト」。
その名の通り、金に不自由したことがないくせに、
なぜか有閑マダムが貢いでくれたりするのだ。
母親がいないという不憫さも、年配の女性の涙を誘う。
(もっとも、彼は母親のことを武器にしたことなど一度もないが)

 か弱そうな見てくれとは正反対に、スパイナー並の銃の腕を持ち、格闘技もお手の物。
父親のボディーガードなどもこなしたりする。

 で、その息子、レゴラスには愛人がいて
(この場合、決して可愛らしい恋人などとは呼ばれない)
それが財界の有力者、エルロンドなのである。
最悪なことに、この二人、かなりマジな付合いである。

 宝石屋の親子。かなり、すごく、癖の強い父息子である。

 しかも、スランドゥイルもレゴラスも、美しい容姿の持主であった。

 その日、スランドゥイルは知人のパーティーにかり出されて不機嫌であった。
知人も知人。スランドゥイルの若かりし頃からの知人であるケレボルン、
彼の妻であるガラドリエルの主催するパーティーであった。
それだけに、まあ、知っている者も多いわけだが。

 不満なスランドゥイルのご機嫌を取るのは簡単である。

 スランドゥイルは、ワイン好きであったから。

 それを心得てるガラドリエルは、
スランドゥイルの好きな上等の赤ワインをたっぷりと用意していた。

 そして、単純なことにスランドゥイルは機嫌よく酔うに至っていた。

 このパーティーには、彼の息子レゴラスも招待されていた。
レゴラスとしては、同じ招待客であるエルロンドの連れとして来たかったわけだが、
そこはまあ、それこそ内縁関係であるからにして、無理である。
で、父親とずっと一緒にいた。

 それでも、レゴラスはパパ大好きっ子である。そこそこ楽しんでいたりもする。

 こういうパーティーの場では、普通奥さんか恋人をエスコートするのが常識であるが、
それのないスランドゥイルは息子と、そして、エルロンドは秘書殿の同席を求められていた。
この秘書、実はそれなりに実権を握ってしかるべき人物なのであったが、
それを自ら辞退していた。エルロンドの会社の副社長、エルストールと、
同じだけ高い立場を持っていた。しかし、グロールフィンデル、
パーティーなど仕事以上の何ものでもないほどの堅物なのである。

 宝石屋の親子は、スランドゥイルもすっかり酔いが回り、
機嫌よく二人でいちゃついている。(親子でこの表現は不適当)
はたから見れば、スランドゥイルも十分若々しく、誰もが振り返るほど美しい二人連れである。

 エルロンドは、遠くからこの二人を見ていた。
まさか、あからさまにじろじろ眺めるわけにもいかないが、
人と話をしているときでも何でも、二人を視界の端に留めておいた。  

エルロンドの内心は

(あれは私のだ。誰も手を出すなよ)

 である。

 エルロンドが何を気にしているのか、グロールフィンデルはとっくに悟っていた。
というか、彼も同じような心境でいた。

 そう、この堅物の秘書殿は、宝石屋の偏屈親父に惚れていた。

 息子と顔を寄せ合って話をしていたスランドゥイルは、ちくちくするその視線に気付いた。
こんなとき、案外レゴラスは鈍感だったりする。
スランドゥイルは横目でちらりと彼らを見、ニヤリと笑った。

「どうしたの?」

 レゴラスが不思議そうに問う。

 宝石屋の偏屈親父、実は子供っぽい悪戯好きなところも持ちあわせていた。

「レゴラス」

「なに?」

 にっこりと笑って顔を近づける息子に、父は唇に「チュッ」とキスをした。

「なにしてんの?」

 息子は全然気にしていない。もとより、キスは挨拶なのであった。

 あちこちでグラスやらナイフとフォークやらが落される、ささやかな破壊音が響く。
レゴラスは不思議そうに周囲を見回すが、
誰も彼も「自分じゃないよ、見てないよ」という顔をしていた。
その数の多さに、スランドゥイルは「そんなに見てる奴が多かったのか」と舌打ちした。

 とりわけ、何か言いた気にふるふるしているエルロンドとその秘書に
(秘書の方は真白になってる。こいつは、他の連中より純情にできているのだ)
スランドゥイルはこっそり舌を出してみせた。

「レゴラス、昔みたいに、パパ大好き、とか言ってキスはしてくれんのか?」

「やだなあ、こんなところで? 家に帰ったらね」

 ぜんぜん悪気のないレゴラスに、エルロンドは

(今日は絶対連れ帰る)

 と、心に固く誓った。

 エルロンド、案外大人気ない嫉妬持ちである。

                流宮竜樹様へ