街を疾駆するランドローバー・ディスカバリー。

 決して優雅な安全運転とはいえない。
ハンドルを握る男は、窓を全開して鼻歌を歌っている。その粗野な雰囲気では、
この車に何百万もする宝石や現金が無造作に投げこまれているとは思えない。
だから、かえって安全なのだ。

 助手席の少年は、気持よさそうに窓にもたれて、長い髪を風になびかせている。

「機嫌、よさそうだね」

 運転手の鼻歌にあわせて、小さく歌を口ずさみながら言う。

「職人のところで、今年は三人も子供が生まれた。三人もだぞ! 
ボーナスをはずんでやらなきゃな」

 レゴラスはクスクスと笑った。

「父さん、大家族が好きなら、なんで早くに再婚して子供いっぱい作らなかったの?」

 女遊びはするものの、特定の恋人は持たず、
スランドゥイルはいまだに一人身で、子供も一人きりだ。

 ふふん、と鼻で笑い、
スランドゥイルは片手を伸ばして息子の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「寂しいか?」

「ぜんぜん」

「なら、いいではないか」

「・・・・・母さんのこと、まだ愛してる?」

「この命が尽きるまでな」

 レゴラスは、視線を父から窓の外に戻す。

「わしはな、臆病なんだよ。失うことを、まだ恐れている」

 あまりに失ってきたものが多すぎて。

「僕に、帰ってきて欲しい?」

「お前の人生だ。好きにしろ。エルロンドはお前を守ってくれるだろう」

 父は、優しい。口元をほころばせて、レゴラスは父の手を握った。

 

 心地よい風に吹かれて、親子の時間を堪能していると、
路地を曲ったところで一台の古びたトラックがディスカバリーの行く手をさえぎった。
ハンドルを回転させて、急停車する。そこから降りてきた数人の男が、
スランドゥイルの車を取り囲む。スランドゥイルはそれをのんびりと見回した。
レゴラスは、気分を害されて不満げである。

「降りろ」

 ライフルを突きつけられ、両手を挙げて車を降りる。
一人がレゴラスの服を掴んで引き摺り下ろそうとすると、
レゴラスは子供っぽい拗ねた態度でそれを払った。

「自分で降りるよ」

「両手を車につけ」

 素直に言われたとおりにする。
別の男が、車の中からジュラルミンのケースを引っ張り出した。

「それは従業員のボーナスで、持って行かれると困る」

 飄々とした口調に、焦っているのか、男はぶるぶると震える銃口を頭に押し当てる。

「なあ、レゴラス?」

 スランドゥイルの言葉より一瞬早く、
レゴラスはくるりと身を翻して自分に銃口を向けていた男のライフルを蹴り上げ、
相手が驚く間もなく全ての銃を叩き落した。

 思いがけない反撃に、主犯と思われる髭面の男が引金をひく。
が、スランドゥイルはそれを軽くかわし、銃弾はアスファルトに跳ね返った。

 そして・・・・。

「どこから降ってわいた?」

 スランドゥイルに銃口を向けた男の頭には、
ぴたりとハンドガンが押し当てられていた。

「強盗か?」

 背の高い、威厳のあるスーツの男。レゴラスは驚いて声を上げた。

「グロールフィンデルさん?」

「単なる物取りだ。その物騒なモノをしまえ! 馬鹿者」

 レゴラスは、父と秘書殿を見比べる。
もともと、スランドゥイルは誰にでもそんな口調ではあるが。

 グロールフィンデルは素直に銃をしまったが、
強盗の集団を刺すような視線で睨みつける。
彼らは、そんな反撃は予想していなかったのだろう、かなり怯えていた。

「そう険悪になるな」

 スランドゥイルはグロールフィンデルの胸をぽんと叩き、
腰を抜かした男の腕を掴んで立たせた。

「この金は、従業員のもので、わしのものじゃない。
持っていかれては困るのだ。彼らにも生活がある」

 それから、ズボンのポケットから札束を出し、それを男の手に握らせる。

「そいつで美味いもんでも食って、頭を冷せ。
それだけ体力がありゃ、物取りよりまっとうに働いた方が金になる」

 何をどう反応してよいのかわからないでいる男に、
スランドゥイルは「行け」と顎でしゃくった。

 札束を握り締めた男は、仲間と共にあたふたと逃げていった。

「甘いな」

 グロールフィンデルが呟く。

「あれは素人だ。ちょっと機会を与えてやれば、いくらでも立ち直れる」

「こんな車で自ら現金を運ぶなど・・・・」

 ムッとしたスランドゥイルがグロールフィンデルに詰寄る。

「わしを馬鹿にしているのか? 
不慣れな警備員に金を運ばせるより、自分で運んだ方がよっぽど安全だ」

「僕もいるしね」

 横からひょいとレゴラスが顔を出す。
蒼い瞳の親子に見つめられ、グロールフィンデルはふらりと後退りながら顔をそむけた。

「なんでグロールフィンデルさん、こんな所にいるんですか?」

「社長を昼食会の会場に迎えに行く途中だ。
見たことのある車だったので、気にとめていたら、このザマだ」

 なんでグロールフィンデルがスランドゥイルが個人的に使っている車を知っているのか。
その時はレゴラスは気にも留めなかった。
よく考えれば、公用で使っているのはBMWかフォード、急ぐ時はポルシェだ。

「エルロンド様を迎えに行くの?! 僕も行く!!」

 嬉々として叫ぶ無邪気な少年に、

「こら」

 父はツッコミを入れた。

「お前はボディーガードだ」

 ちぇっと舌打ちをする。

「レゴラス、社長はそのあとも会議が続いて、お前と遊んでいる時間はない」

「だからせめて、送迎の車の中くらい・・・・」

 グロールフィンデルは、じっとレゴラスを見、スランドゥイルを見る。

「・・・・レゴラス、車は運転できるか?」

「一応」

「では、お前が社長を迎えに行って、本社に送りなさい。
行くだけ行けば、あとは社長本人が運転なさるだろう」

 レゴラスの顔がきらきらと輝く。

「おい、息子を甘やかすな! わしの仕事はどうする?!」

 スランドゥイルを見たグロールフィンデルは、ニヤリ、と口元を吊り上げた。

「その金は、私が守ろう」

 

 はたして、レゴラスに秘書の仕事が勤まるはずもなく・・・。

 レゴラスがエルロンドを迎えに行って、事情を話すと、
エルロンドは卒倒しそうになった。

「エルロンド様、ご迷惑でしたか?」

 うるうるした表情で見上げられて、拒否できるはずもない。

「いや、かまわない。車は私が運転しよう」

 ほんの数十分でも一緒にいられるのは嬉しいが・・・・。

 

 エルロンドが次の会議に出席している間に、グロールフィンデルは戻ってきた。
レゴラスの愛車、オフロードバイクに乗って。

 そして無事に入れ替り成功。