「お坊ちゃまがこの家を出て行ってから、旦那様の女遊びが酷くなって・・・」

 久しぶりに家に帰ったレゴラスは、通いのメイドに捕まって、
愚痴を聞かされる羽目になった。

「やっぱりお寂しいのかしら」

「僕がいなくなって、女連込み放題だからじゃない?」

「坊ちゃま!」

 メイドにキッと睨まれる。レゴラスは両手をひらひらと振って見せた。

「え、だって、ほら、年頃の男の子がいたら、女連込んでナニするわけにもいかないし・・・・」

 あの可愛らしいお坊ちゃまが、
いつからそんな下賎なことを言うようになったのか・・・
メイドはエプロンに顔を埋めた。

「坊ちゃまは旦那様が心配でないのですか?」

「大丈夫だよ。子供じゃないんだし」

「でも、もし再婚とか考えるようになったら・・・・・」

「それはないと思うよ」

 さめざめと泣くメイドの肩を優しく撫でながら、レゴラスは持前の笑顔を作った。

「だって、父さん、まだ母さんの事愛してるし」

「だといいんですけど」

 

 

 

「とはいっても・・・・心配だよな・・・」

 エルロンドの家の朝食の席。レゴラスはよく焼けたウインナーをかじりながら呟いた。

「何が?」

 双子の片割が聞き返す。

「最近、父さんに女ができたみたいで」

 エルロンドは、手にしていたクロワッサンを落しそうになった。

「やるなあ、おっさん」

 エルラダンは感心している。

「どうしよう、再婚するとか言い出したら」

 レゴラスは子供らしい不安な瞳を双子に向ける。

「でもなあ、レゴラス、お前に父親の恋人をどうこう言う権利はないと思うぞ」

「なんで?」

「なんでって・・・お前がはじめてこの家に来た時、俺たちがどれだけ驚いたか」

 エルラダンの台詞に、エルロヒアもうんうん頷く。
エルロンドは聞かぬふりでコーヒーに手をのばす。

「この前なんか、銀のフェラーリで出勤する父さんを、社員が見てるんだよ? 
銀のフェラーリだよ! どんな女なんだろう?!」 

 コーヒーを吹きこぼしそうになるエルロンドを、双子はチラリと見た。

 

 レゴラスも息子たちも、グロールフィンデルの愛車を知らない。
優雅に黒塗りのベンツを運転する姿しか。
あの跳ね馬で疾駆する姿を知っているのは、エルロンドだけだ。
それでも、エルロンドでさえ彼の愛車の助手席に乗ったことはない。
誰も乗せないのが彼のモットーらしかった。

 そうか。乗せたのか。よほど本気なんだな・・・・。

 

「まあほら、珍しい車じゃないし。金持なんじゃないの?」

 レゴラスは肩をがっくりと落している。

「レゴラス」

 エルロンドはコーヒーカップを置いた。

「お父上を心配するのは悪いことではないが、もっと信頼してやってはどうだ? 
誰と付き合おうと、スランドゥイル殿の自由ではないかね?」

 あえて「女」という言葉は抜かす。

 拗ねたようにエルロンドを見上げる、その姿も可愛いと思ってしまう。
同時に、そこまでレゴラスの支配している父親の存在に嫉妬も感じる。

「父親と言えど一人の男で、いつまでも子供が支配できるものではない」

「僕は、子供なんでしょうか」

「無条件で親を独り占めしたがるのは、子供の感情だ」

 いつになくきつい言い回しに、双子の方が慌ててレゴラスの肩を抱いた。

「まあまあ、親父、嫉妬することないだろう?」

 見抜かれてる・・・・。

「すまん、言いすぎた」

 泣きそうなレゴラスに、エルロンドは素直に謝った。

「僕、学校、行って来ます」

 朝食もほどほどに、レゴラスは立ち上がって、エルロンドに軽くキスをして出て行った。

 

 レゴラスが出て行ったあと、双子は父親をキッと睨んだ。

「親父、何か知ってるだろう?」

 ウッ・・・とエルロンドが引きつる。さすが息子たち。鋭い。

「誰なんだよ、レゴラスの親父さんの相手って。言えないような女?」

 言えない・・・・確かに、言えない。

「まさか、不倫してるとか」 

 それはない。断じてない。

「児童保護法に引っかかるような年齢とか」

 それもない。絶対無い。

「親父の知ってる女?」

・・・・・・知ってる。女ではないが・・・・。

「もしかして、俺たちも知ってる?」

 ・・・・・・知ってる・・・・・・。よーく知ってる。

「バレたらまずいわけ?」

 いや別に・・・・まずくはない・・・・と、思う。

 玄関の外で車の停車する音がする。エルロンドは助かったとばかりに立ち上がった。

 双子も知ってる、会社の公用車。黒塗りのベンツ。
そこから、双子もよーく知ってる秘書殿が、いつものいかめしい顔で降りてくる。

 玄関先まで追いかけてきた双子に、秘書は冷たい視線を向けた。

「朝から、何の騒ぎですか」

「なんでもない」

 エルロンドはさっさと出て行ったが、双子は秘書を引き止めた。

「レゴラスの親父さんの、新しい恋人について。何か知ってる?」

 背を向けたままのエルロンドの背中が、明かに動揺している。
グロールフィンデルはエルロンドをちらりと見やり、双子に視線を戻した。

「何の話だ?」

 双子は二人とも両手を広げて、おどけたポーズをとった。

「なんでもない。いくら万能の秘書殿でも、赤の他人の恋人まで知ってるわけないもんな」

「くだらない詮索をしていないで、早く学校に行きなさい。
院生とはいえ、学生の本分を忘れないように」

「はーい」

 素直に返事をして、双子は引き下がっていった。

 

 ベンツのシートに身を埋めながら、エルロンドはまだ心臓をばくばくさせていた。

「グロールフィンデル・・・・自分の車でスランドゥイル殿を送るのは控えた方がいい。
あれは目立つ」

 言ってから、額に冷汗をかく。

「・・・・・・・・・・・」

 寡黙な秘書は、じっと前方を見つめたまま、運転をしている。

 考えてみれば、そんなに必死になって隠すことでもない。
お互い大人なんだし、伴侶がいるわけでもない。やましいことはないのだ。

 そうだ。いっそ公言、とまでは言わなくて、レゴラスに教えてやった方がいい。
下手な女に引っかかってるわけではないと。
レゴラスもグロールフィンデルのことは知っているし、信頼もしている。
その方が安心するだろう。

 なにより、自分の心臓によくない。

 まあ、ガラドリエルに知れたら、楽しそうに高笑いされるだろうが。

 よし、そうしよう。

 エルロンドが決心をつけて口を開きかけると、
前方を凝視したままのグロールフィンデルが先に言葉を出した。

「・・・・気をつけます」

 

・・・・・・・・・・あああああ・・・やっぱりまだ秘密にしておくのか!!

 

脱力するエルロンドに、グロールフィンデルは無表情のまま運転を続けた。

レゴラスの、あの潤んだ視線に、いったいいつまで耐えられるだろう・・・。

そしてエルロンドは、内心ちょっとだけ、
スランドゥイルの前で、この無表情のグロールフィンデルがどう変るのか、
興味を惹かれた。