「見ろレゴラス! 今朝コロンビアから届いたのだ!!」

 今日も今日とて、学校にも行かず、登校時間に実家に出社したレゴラスは、
社長兼父親の嬉々とした声に迎えられた。

 スランドゥイルの社長室の机の上には、大きな宝石の原石が偉そうに鎮座している。
それも、父の一番好きな石、エメラルド。

「これほどのものは、昨今産出されていないぞ! 
削ってしまうのがもったいないくらいだ!」

 ふつう、磨いてなんぼの宝石じゃないのか?

「今夜は宴会だ!」

 いや、宴会は毎晩なんですけど?

「今日は気分がいいぞ! エルロンドを呼んでやってもいい」

「ええええーーーーーっ!!」

 レゴラスの驚き声は、実に複雑。ついに認めてくれる気になったのか? 
しかし、あの宴会にエルロンドを呼ぶのは、ちょっと心苦しい。
なにせ、パーティーではなく、『宴会』なのだ。

「お前が呼びたい奴を呼んでいいぞ! 今夜は無礼講だ!」

 

 

 

 昼、レゴラスはエルロンドの会社の方に出向いた。一緒にランチを取るため。
とはいっても、外で食べるだけの時間的余裕が取れなかったので、
社長室に食事を運んでもらった。

「あの、お嫌ならいいんですよ。父にはなんとでも言えますから」

「いや、せっかくのお誘いだ。受けさせてもらおう」

 エルロンドとしては、ここでそれを蹴るわけにはいかない。

「時間は?」

「たぶん、夕方くらいから適当にはじめますけど、あんまり早く来ない方がいいです。
付き合いきれませんから。・・・夜、9時か10時にでも。
飽きたり疲れたりしたら、いつでも帰ってかまわないです。
本気で父に付き合うと夜が明けてしまいますから。
早くに帰っても、父は気にしません。そんなカンジの宴会なんです」

 エルロンドは、クスリと笑みをもらした。礼儀正しいパーティーとは違うわけだ。
楽しむことを目的としている。スランドゥイルらしい。

 食後の飲物、コーヒーとコークを運んできたグロールフィンデルに、
エルロンドは目を向けた。

「今夜、送ってくれ」

 私的なことに使われることに慣れてる秘書でも、さすがに片眉を上げる。
いつもパーティーの類はこの秘書が送り迎えをしている。

「命令だ」

 何も反論していないのに、きつく言渡す。
レゴラスは不思議そうにエルロンドを見た。何か考えがあるのだろうか? 
グロールフィンデルは、少し不満そうに頭を下げた。

 

 

 

 結局、仕事が片付くのに手間取り、
グロールフィンデルの運転する車でエルロンドがスランドゥイルの屋敷に着いたのは、
夜の11時を回っていた。

 レゴラスに電話をしてあったので、屋敷の前に車を止めると、
少年が待っていたように走出てきた。

「社長、私はこれで」

 エルロンドを下して、グロールフィンデルが言うと

「グロールフィンデルさんも、何か食べていってください」

 レゴラスはにっこりと笑った。

「すぐに帰ってもいいですから。父に話したら、呼んで来いって」

 エルロンドの思惑は、これか。グロールフィンデルはエルロンドをじろりと睨んだ。
エルロンドはほくそえむ。

 しぶしぶグロールフィンデルは車を降りた。

 

 

 屋敷内には入りきらないので、中庭で宴会が開かれていた。

 そう、まさに宴会。

 並べられた長テーブルに、無造作に食べ物が置かれている。
出席者のほとんどは、すでにできあがっている。

 レゴラスは、上品なエルロンドやグロールフィンデルに恥かしげに顔をゆがめて見せた。

「すみません。こんな所にお呼びして」

「いや、かまわん」

 エルロンドは笑って見せた。こんな雑多な雰囲気も、たまには悪くない。
こんな中で育ったのだ。レゴラスの明るい性格がよくわかる。

 上座の主賓席(そこに座っているはずのスランドゥイルは、
ふらふら出歩いていなかった)は、さすがに少しは静かで、
座りごこちのいい椅子に二人を案内して、
レゴラスは給仕をしている者に食べ物と飲物を持ってこさせた。

 上等の肉や野菜が、テーブルに並べられる。
それも、高級レストランのフルコースのようなちびちびしたものではない。
とうてい食べ切れなそうな量だ。それに、高級なワイン。

「お口に合うといいのですけど」

 エルロンドの隣に、レゴラスは腰をおろした。

 料理は、家庭的でとても美味しかった。

「職人の奥さんたちが、朝から仕込んだんです」

「おいしい」

 エルロンドが褒めると、レゴラスは嬉しそうに笑った。

「スランドゥイル殿に挨拶をしなくていいのか?」

「来てるのがわかっているので、放っておいていいです」

 にっこりと笑うレゴラス。なんていいかげんな・・・・。
横のグロールフィンデルは、むすっとしながら、出された食事を上品についばんでいる。

 時々、いろんなヒトが来て話しかけていくが、レゴラスはどれも上手くかわした。

 そうこうしてしばらくすると、
エルロンドの目の前に「どん」と上質のワインの瓶が置かれた。

「楽しんでいるかね?」

 スランドゥイル、その人である。

「お招き、ありがとうございます」

 エルロンドが立ち上がろうとすると、スランドゥィルは面倒くさげに手を振った。

「堅苦しいあいさつはいらん。食って飲んで、楽しめばいい」

 エルロンドは座りなおし、笑んで見せた。

「そうだ、レゴラス、お前、歌え」

「ええっ?!」

 突然の申し渡しに、レゴラスは不満げに声を上げた。

「ごちゃごちゃ言わずに歌え!」

 酔っぱらいは強引だ。彼の場合、酔っぱらってなくても強引だが。

 父の命令に諦めたレゴラスは、立ち上がってすうっと息を吸いこみ、
驚くほど透明な声で歌い始めた。周囲が次第に静かになり、みんながその声に聞惚れる。

 ホイットニーのI will Always love youだ。

 そんな歌を選択するところが、レゴラスもなかなかのつわものである。
エルロンドは、情けないほど自分の恋人をうっとりと見つめた。

 そういえば、いつも陽気に歌を歌ってはいたが、
これだけの声量と歌唱力でラヴ・ソングを歌うのは、初めて聞いた。

 で、隣では邪魔者の口をうまく閉じさせたとばかりに、
スランドゥイルがグロールフィンデルを小突いていた。

「わしの宴会でつまらなそうな顔をされるのは許せん。ちょっと来い」

 グロールフィンデルは戸惑い気味にエルロンドを見たが、
エルロンドはちらと視線を送っただけで、自分の恋人に視線を戻した。
レゴラスもそれとなしに気付きはしたが、これだけ注目されて歌っているのに、
途中で止めるわけにもいかない。エルロンドは『大丈夫だ』と微笑んで見せた。

 

 

 アンコールだ何だと騒がれて、更に2曲ほど歌わされて、レゴラスはやっと席についた。

「歌姫、だな」

 エルロンドの言葉に、ちょっとはにかむ。

「母ほど上手くはないみたいですけど」

 ざわめきが戻って、それぞれが自分たちの話に熱中しているのをいい事に、
エルロンドはそっとレゴラスの頬にキスをした。

 

「グロールフィンデルさん、父さんに捕まっちゃいましたね。いいんですか? 
助けに行かなくて」

「大丈夫だろう、子供ではないんだ」

 二人の関係をまったく知らないレゴラスは、心配げに宴会の輪の外を眺めた。

「・・・・父さん、グロールフィンデルさんを『星見の小屋』に連れて行ったのかな」

「星見?」

「祖父が作ったものらしいんですけど、林の奥にログハウスが作ってあるんです。
そこだけは、僕もめったに入りません。父が、一人になりたいとき、
そこに行って星を眺めるんです。誰にも邪魔をされずに」

 エルロンドは、事を察したようにふとほくそえみ、それからレゴラスの肩を抱き寄せた。

「帰ろうか。お前さえよければ」

 その秘密めいた雰囲気に、レゴラスの頬も紅潮する。

「はい」

 車はグロールフィンデルのために残しておいてやり、
二人はタクシーを呼んで帰宅の路についた。

 

 

 

 雰囲気に酔った二人が、朝方までいちゃついていたことは言うまでもない。

 

 

 

 翌日、エルロンドが自力で出社すると、秘書殿は当然先に来ていて、
もう一仕事済ませていた。その仕事ぶりを見ながら、エルロンドがにやりと笑う。

「機嫌が、よさそうだな。昨夜は遅かったのか?」

 ちょっとしたツッコミに、キッと睨まれる。

「あなたと一緒にしないで下さい」

 すみません。エルロンドは思わず脳内イメージで謝った。

 

 

 

 一方。

「おはよう、父さん。この前のサファイヤのリングなんだけど・・・・・父さん?」

 スランドゥイルは社長室の机の前でダウンしていた。

「どうしたの?! 2日酔い?」

「・・・・レゴラスか・・・? わしはもう、年だな・・・。体がもたん・・・」

 大げさに驚いて、レゴラスは父に駆寄った。

「どうしたのさ? 急にそんな弱気になったりして?!」

「うう・・・息子がこんなに大きくなるんだものな、わしも年を取るわけだ」

・・・・昨夜、自分たちが帰ったあと、いったい何があったのだろう?

レゴラスはよれよれの父を激しく揺さぶった。

 

 

 

「・・・そんなカンジで、父さんが元気ないんです。僕、心配で」

 エルロンドの社長室。気弱になってしまった父に感化されたレゴラスが、
気弱にエルロンドにしなだれかかる。
レゴラスに飲物を持ってきたグロールフィンデルに、
エルロンドが疑問の視線を投げかけると、
秘書殿はふいとそっぽを向いて出て行ってしまった。

「今夜、家に帰ります。父さん、一人にして置けないし・・・」

 レゴラスは、じつはファザコンなくらい父親を愛している。
エルロンドは仕方あるまいと溜息をつく。

 と、レゴラスの携帯が着信を告げる。レゴラスが着信ボタンを押すと、

『レゴラス! わしは明日からロンドンに行って来るからな! 留守を頼むぞ!』

 いつもより元気な父の声。

「父さん?」

『イギリス王家の流出ダイヤがオークションに出るらしい!』

「ホント? どこ筋の情報なの?」

『そんなことはお前には関係ない! じゃあな! 
しばらく忙しいから帰ってこなくていいぞ』

 勢いよく電話が切られ、レゴラスは目を白黒させる。

「いつものスランドゥイル殿に戻って、よかったな」

 心底安心したのか、レゴラスもにっこりと笑って立ち上がった。

「僕、仕事に戻ります。今日は早く帰りますから」

「私も早く帰るようにしよう」

 濃厚なキスの後、レゴラスはエルロンドの社長室を飛びだしていった。

 恋人が去った後、エルロンドがそれとなく様子をうかがっていた秘書に視線を向ける。

「どんな魔法を使ったのだ?」

「彼の好きそうな情報を、メールで送ってやっただけです」

 さすがこの秘書、宝飾品のオークションまで詳しいらしい。エルロンドは溜息をついた。

 さてこの展開、

 喜ぶべきが、心配するべきか。