海運王キアダンのすごいところは、あの暗黒時代にあってさえ常に中立を保ち、
それぞれに尊敬されていたことだろう。

 エルロンドはキアダンと深いつながりを持っていたが、
過去の関係を一切立ち切ったスランドゥイルはそうでもない。
とはいっても、キアダンは尊敬する人物の一人ではある。
よって、パーティーの類は息子に任せっきりである彼も、
キアダンの呼出には応じざるを得ない。そんなわけで、
今回のキアダンの主催するパーティーには息子ともども出席することになっていた。

 

 

 その2日前。

 レゴラスは相変わらずエルロンドの膝の上でまったりとしていた。

「そのパーティーなら、僕も行くことになってますよ。父の付添いで」

 普段着のレゴラスも可愛くて好きだが、パーティー仕様の彼もなかなかいい。
エルロンドはほくそえんで言った。

「この次は、是非私の連添いとして出席したいものだな」

 歯の浮くような台詞に、レゴラスは嬉しそうにはにかみながら、
エルロンドに何度もキスをした。

 それを見ていた双子は、顔を引きつらせる。

(バカップルがいる)

(バカップルがいやがる・・・・)

 

 

 パーティーはキアダンと関係のある有力者が顔を並べていた。
もちろん、ガラドリエルも。

 この女、普段からエルロンドの義母とは思えないほど若々しくて美しいが、
パーティードレスに身を包むと、本当に年齢不詳である。
夫のケレボルンも若く見えることには違いないが、ガラドリエルの比ではない。
きっと、死ぬまで年を取らないであろう。

 エルロンドは、会場の隅にスランドゥイル親子を見つけた。
離れた場所から、ついウットリと眺めてしまう。もちろん、そんな素振は見せないが。

 スランドゥイルも、宝石屋の偏屈オヤジとか愛妻の怖父とか、
そんなことを抜きにして見ると、かなり花のある容貌だ。
もちろん、彼もまた若い。息子と兄弟のように談笑している。
陰りを感じさせないはっきりとした顔立ちと、輝くような金色の髪、
澄んだ蒼い瞳。少年のようでもある。
いつかレゴラスは保護欲をかき立てられる人物だと言っていたが、
確かにその通りかもしれない。再婚しないのが不思議なほどだが、
独身でいるからこそ、あの輝きを保っていられるのであろう。
あの無邪気なレゴラスと似た雰囲気の、美しい男だ。

 レゴラスも、普段のパーティーなら笑顔を装い、どこか緊張した所があるのだが、
さすがに父親と一緒の時はリラックスしているようだ。
二人ともシンプルな黒いスーツで、装飾品をほとんど身につけてはいないが、
そこだけスポットライトが当ったように輝いて見える。・・・・・なんてのは、
エルロンドの主観でしかないかもしれないが。

 いや、実際、あの親子に目を向ける人物が多いところを見ると、
エルロンドのひいき目だけとは言えないだろう。

「何に見惚れているのかしら?」

 声をかけられて、心臓が跳ねあがる。が、そんなことはおくびにも出さない。

「奥方様」

 ガラドリエルは、周囲からそう呼ばれていた。

 エルロンドの見ていた先を、ガラドリエルも追って、そしてクスリと笑いをもらす。
エルロンドの背中に冷汗が流れる。

「スランドゥイルと話をした?」

「いえ、まだ・・・」

「そう」

 訳知り顔で、ガラドリエルがエルロンドを覗き込む。
亡き妻の母とはいえ、やはりちょっと苦手だ。何でも見抜く眼光には、さすがに怯む。

「エルロンド、知っていて? 
ノルドは・・・私たちは彼らシンダールに支配欲をかき立てられるのよ。
それが、過去の殺戮であったり、今のあなたのような愛情であったりするけど。
何故だかわかる?」

「・・・・いいえ」

「彼らは、純粋で美しいからよ」

 エルロンドは、一瞬心臓が止ったかと思った。

 そうだ、彼女も、シンダールの夫を持っているのだ。

「ガラドリエル」

 背後からの声に、エルロンドは止っていた息を静かに吐きだした。

「あなた」

 振向いたガラドリエルが、にっこりと微笑む。

「キアダンに挨拶をしてきたよ、帰ろう」

 ケレボルンの差し出した手に、自分の手を重ね、ガラドリエルは幸せそうに微笑む。

「エルロンド、私達は先に帰らせてもらうよ。もう、年だからね」

 物静かなケレボルンの言葉には頷けるが、
それがガラドリエルにも当てはまるかどうかは、謎である。

「また遊びにおいで。レゴラスと息子たちと一緒にね」

 義父の言葉に、頭を下げる。

 何とか言っても、あのガラドリエルを指図できるのは、この男だけだろう。
すごいぞケレボルン。

 いや、そうか。支配したつもりで、支配される。
そんな図式ができあがるのかもしれない。

 自分を含めて。

 

 

 そろそろ、と帰り支度をはじめる。パーティー主催者への挨拶も済んだ。
グロールフィンデルの迎え待ちで廊下にたたずんでいると、向うから口論が聞えてきた。
見なくても、誰だかはわかる。落ちついて聞いてみれば、
スランドゥイルの声もなかなかいいものだ。エルロンドは一度も聞いたことはないが、
レゴラスが言うには、気分がいいとよく唄っているそうだ。
それも頷ける声色をしている。

「だからぁ、今日はエルロンド様と一緒に帰るの!」

「馬鹿息子が! たいがいにしろよ」

「明日にでも帰るよ」

「今日帰って来い!」

「い・や・だ」

「なんだとう?」

「父さんはエルロンド様のどこが気に入らないわけ?」

「馬鹿者! どこの世界に父親と同世代の男の恋人を歓迎する奴がいる?!」

「古いね! そんな古典的な考え方は変えた方がいいよ」

「常識だ!」

 エルロンドは苦笑するしかない。
まあたしかに、スランドゥイルの言っていることは正しい。
父親としては。自分だって、大きな子供を三人も抱えている。
はたと我に返ると、笑えなかったりするが。

 しかし、こればかりは仕方がないし、譲歩するつもりもない。

 結局、囚われているのは自分の方なのだから。

 レゴラスはエルロンドの姿を見つけて、嬉しそうに駆寄ってきた。
むすっとしたスランドゥイルは、後からゆっくりと歩いてくる。

「社長、お車の用意ができました」

 エレベーターから降りてきたグロールフィンデルが、
エルロンドとレゴラスの姿を見つけて、静かに言う。

 そして・・・・・・。

「スランドゥイル殿・・・・紹介しておきます、私の秘書のグロールフィンデルです」

 柱の影から現れた男に、動きを止める。

 不満げな表情のまま、スランドゥイルはしげしげと秘書を眺め、
そして、ニヤリと笑った。

「ふん、秘書とは、丸くなったものだ」

 ピキン・・・・・・・空気が凍りつく。

 まるでまさに石の様に動かない秘書と、そんなことはたいして気にしていない父を、
レゴラスは不思議そうに見比べる。エルロンドは、やばかったかな、
と脳みそにだらだら冷汗をかく。

「父さん、グロールフィンデルさんと知合い・・・・・・・」

 レゴラスがまずい質問を口にしかけると、スランドゥイルの携帯電話が振動した。
何食わぬ顔でスランドゥイルが携帯を開ける。

「・・・・・ああ、わしだ。あ? ・・・・何?! 本当か!! 
今すぐそっちへ行く! 飛行機を・・・・ああそうだ、チャーターしておけ! 
・・・・小切手を忘れず持ってくるのだぞ!」

 携帯を閉じたスランドゥイルの顔は、
エルロンドでも惚れ惚れするくらいに輝いていた。

「レゴラス! あのスタールビーを落したぞ!」

「あのスタールビーって・・・今日のオークションの?」

「そうだ! ちっとばかし予算オーバーだが仕方あるまい。すぐイタリアに飛ぶ!」

 父親の嬉しそうな顔に、レゴラスもにっこりと笑って見せる。

「帰国したら、見に帰るよ」

 嬉々とした表情で、スランドゥイルはエルロンドの胸を片手で叩いた。

「エルロンド、わしが留守にする間、息子を預けるからな! ヘンなことをするなよ!」

 ヘンなことって・・・・なんだろう? 

「・・・お預りします」

 とりあえず、エルロンドはそれしか言えなかった。

 まるでスキップする勢いで、スランドゥイルはエレベーターに乗りこんで、消えていった。

 まるで・・・・おもちゃを買ってもらった子供だ・・・・。

「その、ルビーってのは、すごいのか?」

 いつものことに慣れているレゴラスは、にこやかに父に手を振っていた。

「ええ。なんでも昔、ヴァチカンに奉納されたことがあるらしいですよ」

「・・・・・スランドゥイル殿は、それをどうなさるのか?」

「眺めて楽しむんです。石好きだから。
もうちょっと商売っ気があってもいいんですけどね。
従業員養えればいいみたい。あとは、趣味で石集めです」

 だから、金持の自覚がないのだな。不思議な男だ。

 エルロンドは、小さく頭を振って、レゴラスに片手を差出す。
レゴラスは、嬉しそうにそれにしがみつく。

「帰るぞ」

 まだ凍ったままでいる秘書に、それとなく肩を叩いて歩き出す。
やっと我に返ったグロールフィンデルは、何事もなかったかのように小走りで先に行き、
エレベーターのボタンを押した。

 

 エルロンドは思う。

 グロールフィンデル、もしかして、ものすごく純情なのかもしれない。