アラゴルンとレゴラスが知合って間もない頃の話。

 二人だけで、よくない連中とわたり歩いていた時。

 アラゴルンのレゴラスの第一印象は、美人で屈託のない、
それでいて品のいい金持の坊ちゃん。
エルロンドの愛人、ということは、そっちの趣味の少年。
こんなのを連れ歩いて大丈夫なのかという、多少の不安と、
何かあったら守ってやろうという保護欲。

 それが打ち消されたのは、エルロンドの下を離れてすぐであった。

 

 まず、レゴラスの銃の腕はスナイパー並。身は軽く、ナイフ戦も得意。
軽く数ヶ国語を操り、その知識は大学生並。尋常でない頭脳と体力。

 そして、口が悪い。

 おいおい、エルロンドの前では猫をかぶっていたのか? 
と突っ込みを入れたくなるくらい。アラゴルンを、自分より下と判断しているようだ。
確かに、年下とは思えない。その口調以外。

 

 二人でひと月も旅をしていて、少しアラゴルンも疲れてきた。

 目的は一応、彼の名義になるはずの会社を、
それを乗っ取っている悪い連中から奪い返すことなのだが、
実際は地べたを這い蹲ってマフィアの拠点を潰していく地道な作業が続いた。
下っ端を潰しておいてから、頭にけんかを売る予定。

 抗争がこうも続くと、なんだか虚しくなってくる。

 で、その日は、アラゴルンは疲れから不機嫌になっていた。
拠点にしているホテルに戻って、ゆっくり休むつもりでいた。

 それに・・・・

 レゴラスと、折合いが悪い。

 レゴラスはアラゴルンを手伝ってはいるものの、距離を保っている。
信用されていないその態度に、むかむかする。

 ツインルームに戻ると、レゴラスはアラゴルンに声をかけるでもなく、
テーブルの前に座って己の武器を並べた。
特に愛用している銃を分解し、無言でメンテし始める。

「つれないな」

 そう言ってみる。

「疲れているなら、シャワーを浴びてさっさと寝たら?」

 言い方が冷たい。

「メシは?」

「さっき食べたじゃない?」

「あんなちょっとのジャンクフードで、腹が膨れるのか」

 面倒くさそうに、レゴラスはかばんを指示す。
その中には、ごちゃりとサプリメントと宇宙食みたいな栄養剤が入っている。

「それで必要な栄養は取れるよ」

「・・・・俺は、満腹感のことを言っているのだが?」

 溜息をついて、レゴラスが振向く。

「必要以上に腹が膨れると、集中力が落ちる」

 ここは戦場か? まあ、似たようなものだが。まったく、傭兵みたいな奴だ。
アラゴルンは諦めてシャワーを浴びた。

 熱いシャワーを浴びても、むかっ腹はおさまらない。
なんなんだ、あの態度は! ヒトを馬鹿にして!

 シャワーから出てきてベッドに腰掛け、
ゼリー状の栄養剤を喉に流し込みながらレゴラスを見る。今はナイフを磨いている。

「お前は、なんで俺なんかについてきたんだ?」

「エルロンド様のためだよ。言ったでしょう?」

「金持の道楽か」

 ぴくり、とレゴラスの手が止る。

「戦争ごっこのつもりか。暢気でいいよな。
家に帰ればかしずく使用人とシルクの服にパーティー三昧。実力者の愛人。退屈だろう」

「・・・何が言いたいの?」

「持つ者と持たざる者の違いだ。
エルロンドに世話になったとはいえ、俺には何もないからな。
家族も、帰る家もない。成功して富を手に入れるか、
このまま敗れて死ぬかのどちらかだ。
道楽で付き合うには、リスクが大きすぎるんじゃないか?」

 明かに、レゴラスの顔色が変る。ショックに呆然とするか、泣出すかでもすれば、
悪かったと謝るつもりでいた。だが、レゴラスの表情は、怒り、だった。

「・・・弱音を吐きたくなったなら、帰れよ。
あんたは何も持たない代りに、何にも囚われないんだ。そうだろう? 
平凡にアルバイトでもして、平凡に女でも捕まえて、結婚して、
平凡な余生を送るがいい」

 その言葉に、アラゴルンの方もカッとくる。

「世間知らずの坊ちゃんが、何様のつもりだ」

「世間知らずは、あんただろう。ふん、偉そうに」

「お前なんかに、何がわかる?!」

「わかるか、ばーか!」

 激情して立ち上がったアラゴルンを見上げて、レゴラスは頬を引きつらせて笑った。

「あんたは、何年生きたってレイプされることなんか、ないからな」

 頭に血が上って、思考がぼやけるが、
レゴラスの口から出た「レイプ」という言葉には、嫌味なほど唇が反応した。

「ほう、レイプされた経験があるのか? 
そうだろうな、そんな顔をしてうろついてたら・・・・」

「俺だって襲う、そう言いたいんだろう?」

 先に言われて、口を閉じる。

「そうだよ、ああ、そうさ。好きでこんな顔にうまれたわけじゃない。
かまわないよ、僕を襲ってみな。あんたを半殺しにしてそこの窓から捨ててやるから。
どんなに体格差があったって、僕はあんたなんかに負けないし、
あんたを殺したって罪悪感なんかに囚われないよ。
だって、それで何人も潰してるもの。殺さない程度にね」

 ぎらぎらする蒼い瞳は、決して冗談では言っていない。
アラゴルンの方が思わずたじろぐ。

「・・・・・いくつの・・・・時だ?」

「さあ、覚えていない。小さかったんじゃないかな。本当に、無力だったから」

 深呼吸を一つして、小さく謝る。レゴラスは、謝る必要なんかないと吐き捨てた。

「エルロンドは・・・・」

「話してないよ。誰にも、話してない。
保護された時、僕の体内に連中の体液は残っていなかったから、
暴力とちょっとした悪戯くらいにしか思われなかったし」

「それで・・・訴えなかったのか?」

「訴えてどうするっての? 
こんな風に無理矢理ねじ込まれて泣きましたって、何人にも話して聞かせるわけ? 
冗談じゃない! 卑屈になる暇があったら、
二度とそんなことにならないように努力するね」

 強い口調は、強い意思だ。

「僕を視姦するような奴は、信用できない。あんたもだよ。
僕はか弱い人形じゃない。戯れで腕を磨いているわけじゃない」

 アラゴルンは再び腰をおろし、肩を落した。

「なぜ・・・エルロンドに話さない? 愛人じゃ、ないのか」

「同情なんてまっぴらだ。それに昔のことだ。話す必要なんかない」

「ではなぜ、俺に話した?」

「・・・さあ」

 ギラギラしていた瞳の色が、冷静に戻る。

「同情しているんだよ、きっと」

「同情なんか、まっぴらだ」

 レゴラスの口調を真似ると、レゴラスは吹出した。

「なんでエルロンドの愛人なんかやってるんだ? 
ただの可愛い子猫ちゃんでもあるまいに」

「あのヒトは、強い。社会的立場ではなく、人間的に強い。
強い人のそばにいると、安心して眠れる。守ってもらいたいわけじゃない。
あの人は、僕にとって安心できる場所」

「愛している?」

「それを、愛っていうんじゃないの?」

 いくら疲れていたとはいえ、感情的になってしまった自分を反省する。

「アラゴルン、あんたは僕が守る。あんたは目的を果して、アルウェン嬢と結ばれる。
僕が愛している人の娘の幸せだもの。僕が手を貸すのは当然だよ。
でも、二度と僕にあんな口をきくな。僕に信用されたかったら、僕に触れるな」

「傲慢だな」

「なんとでも言えよ。身の危険を感じたら、あんたでも本当に刺すからな。
僕に触れていいのはエルロンド様だけだ」

 アラゴルンは、両手を挙げて降参して見せた。

「寝なよ。先は長いんだから」

「お前は、寝ないのか?」

「あんたほどひ弱にできていない」

 何か言い返そうとして、アラゴルンは思い直した。

 やめておこう。きっと今、レゴラスはナーバスになってる。
思い出したくない過去の記憶を、引きずり出してしまったのだから。

「おやすみ」

 ベッドに潜り込む。

 そうだな、俺ではお前の傷は癒せない。

 

 

 

 友人という立場を得てしまうと、レゴラスの無防備さには閉口する。

 エルロンドに屋敷に送る途中、レゴラスは車の助手席でぐっすり眠りこんでしまった。

 信用されすぎるってのも、問題かもしれない。

 屋敷に着いて、出迎えたエルロンドにレゴラスを手渡すと、
無意識にレゴラスはエルロンドに抱きついて、
それを抱えてエルロンドは屋敷に戻っていく。

「レゴラスのこと・・・・どれくらい、ご存知なのですか」

 アラゴルンの言葉に、エルロンドは優しげに微笑んだ。

「全部、知っているよ。本人の知らないことまでな。
グロールフィンデルが全部調べ上げた」

「では・・・その、昔の・・・・」

「知っている。だが、口に出してはならないこともあるのだ」

 屋敷のドアに消えていくエルロンドを見送り、アラゴルンは溜息をついた。

 やっぱり、あの人は一枚も二枚も上手だ。