その日、レゴラスは非常に機嫌が悪かった。 ガラドリエルの主催する身内だけの会食に、連れ出されたのだ。 「だからーなんで僕が参加するわけ? 身内でもないのにー」 「エルロンドの奥さんだから」 ずっと隣でぶつくさ言われて、アラゴルンも肩を落している。 ガラドリエルの娘の旦那の今の伴侶。普通、他人と呼ばれる。 籍を入れてるわけでもないのだ。(あたり前だが) 「外回り(海外出張)帰りで、まだ家にも帰ってないのに」 「家って? どっちの?」 「エルロンド様の家―」 そう言うときだけは、にっこりと笑う。 「ああ、エルロンド様と一緒だったら、別に文句も言わないのに」 「仕方ないだろう? そのエルロンドが急用で出れなくなっちまったんだから」 また口を尖らせて「ぶー」と言う。 「俺じゃ不満なのか?」 「不満!不満!おおいに不満!」 「俺のどこが悪い!」 「髭だよ髭! その無精ひげ! アルウェン嬢は何も言わないわけ? それにその髪型! 切るとかまとめるとかしないの?」 「余計なお世話だ」 いつもなら、そんなことで文句を言ったことはない。が、今日は非常に不機嫌だった。 ガラドリエルのホテルの地下、関係者以外立入り禁止のドアに向う。 その前に、ひとりの男が立っていた。 いかつい、というより無粋な感じのする男だ。 「ここから先は、招待された方以外立入り禁止です」 棒読みに近い、取りつく島もないような口調。レゴラスの鼻がぴくりとする。 「ガラドリエル様に招待されている」 アラゴルンが言うと、その男はアラゴルンとレゴラスをじろじろと眺めた。 「・・・アラゴルン様、伺っております。どうぞお入りください。そちらの方は?」 アラゴルンがレゴラスの方を見ると、レゴラスは不機嫌そうに 顎を突出してそっぽを向いていた。 「宝石商スランドゥイル殿の子息で、レゴラスだ」 エルロンドの奥さん・・・とは、なんとなく言えない雰囲気。 きっと、この男にジョークは通じないだろう。ジョークではないが。 「存じ上げません。どうかお引取り下さい」 それまで黙っていたレゴラスが、キッと男を睨む。 「誰、こいつ?」 そんな、失礼な言い方・・・。アラゴルンの顔が引きつる。 「ハルディア。ガラドリエルが個人的に雇っているボディーガードだ」 どうやらアラゴルンとは面識があるらしい。レゴラスは「ふん」と鼻を鳴らして 一歩進み出た。 「ボディーガードごときがごちゃごちゃ言うんじゃないの。そこを通しなさい」 「いいえ、そう言うわけにはいきません」 あちゃー・・・アラゴルンは頭を抱えた。融通のきかない者同士のにらみ合い。 普段のレゴラスなら、もう少し穏和なのに。 「もう、ムカつく!」 レゴラスの取った行動に、さすがのアラゴルンも一瞬怯んだ。 レゴラスは携帯したままだった銃を、素早い動きで抜いてハルディアの額に押し当てたのだ。 驚くことに、同じ素早さでハルディアも銃を抜く。 凍りついたにらみ合い。もちろん、お互い引金を引くつもりはなく、威嚇だ。 その時、立入り禁止の奥から足音が聞えてきた。二人ともさっと銃をしまう。 「どうかしましたか?」 現れたのは、ガラドリエルの旦那、ケレボルンだった。 いつもの温厚そうな笑みを浮べている。 ハルディアは一歩引いて頭を下げた。とたん、レゴラスも商業的スマイルになる。 「アラゴルン、遅かったね、アルウェンが心配していたよ。レゴラス君、久しぶりだね。 お父様はご健在かな?」 「はい、おかげさまで」 「エルロンドは一緒じゃなかったんだね?」 「仕事で急用が出来まして。遅れて参ると思います」 緊迫した空気が、穏かな春風になる。さすがだケレボルン。 「ご苦労、ハルディア。彼らは私が連れて行くので、仕事を続けてください」 ハルディアは深く頭を下げた。ケレボルンの後を歩きながら、レゴラスは振りかえり、 ハルディアにべっと舌を出して見せた。それに気付いたアラゴルンは、 ケレボルンに気付かれないようにレゴラスの後頭部を小突いた。 こういう艶やかな席というのは、アラゴルンの好むところではない。 (だから逃げたのか、エルロンド?!) いまだ来ない義父を思い馳せる。自分も仕事にかこつけておけばよかった。 気付けば、レゴラスもいない。こういう席は得意なはずなのに。 一服できる場所を探して、アラゴルンがふらふらと地下を出て行くと、 例の立入り禁止のドアの前でレゴラスを見つけた。 (誰かと談笑している?) 屈託のない笑い声が聞えてくる。 (うそだろう?) 談笑の相手は、ハルディアだった。 「あれ、アラゴルンも抜け出してきたの?」 無邪気に笑いかけてくる。 「話してみると、意外といい人だね、ハルディアって」 (おいおい・・・さっきまでの殺気はどこへ行った?) 「勉強になるよ、銃火器にくわしいし」 「よろしければ、今度私のコレクションを見せて差上げましょう」 「わあ、ホント? うれしいな!」 本気で喜んでないか、お前? アラゴルンはくらくらめまいがした。 「じゃあね、ハルディア、いいかげん戻るよ。あ、これ携帯番号。連絡してね」 数字の羅列した紙切れを手渡し、レゴラスは機嫌よく会食会場に戻っていった。 それを見送ったアラゴルンは、ドアのそばの灰皿を見つけ、煙草に火をつけた。 まあ、レゴラスのことだ、腹が膨れて落ちついたのだろう。 「あの方が、わざわざ謝りに来てくださったのですよ」 ちゃんと自分でフォローしているところがエライ。伊達にホストと呼ばれてはいない。 「あーハルディア・・・・先に言っておくが・・・・」 生真面目なハルディアが小首をかしげる。うーん、言い辛い。こいつとかボロミアとか、 真面目な奴には説明し辛い。 「あー・・・レゴラスは、だな、・・・・エルロンドの奥さんだから」 「は?」 案の定、目を白黒させている。 「うぬ、そういうことだ。書類上の婚姻は結べないが・・・つまり・・・ 平たく言えば、愛人・・・いや、恋人・・・だな」 「・・・・それって、ホ・・・・」 アラゴルンは肩をすくめて見せた。そう、ノーマルな人間はそう呼ぶだろう。ホモ。 「いやいや、奴とエルロンドの為に言っておくが、フツー考えられてるニューハーフとか 男娼とか、そういう部類じゃないから。 なんつうか、好きになった奴がたまたま男だったとか、 そんなカンジだ。誤解はしないでやってくれ」 エルロンドの場合、ちょっと違う気もするが。 なにせ、彼の結婚前の噂くらいは耳に入れている。レゴラスの前では絶対禁句の既成事実。 呆然とするハルディアの肩を、ぽんぽんと叩く。 「まあ、気にするな。友人としてみる分には問題ないから。 レゴラスもそういうつもりでお前と仲良くなったわけではない」 それは保障する。奴にもうちょっと自覚があれば別の話だが。 「お前のことだから、間違いは起さないとは思うが・・・・誤って手を出したりしたら エルロンドに殺されるからな」 その呆然とした様子は、ボロミアに近いものがある。ああ、かわいそうに。 「じゃ、俺は戻る」 煙草を一本吸い終え、アラゴルンは手を振って戻っていった。 茫然自失したハルディアを、ひとり残して。 帰り際。 やっぱりエルロンドは来なかった。 (逃げたな) アラゴルンは舌打した。レゴラスを送りながら嫌味のひとつでも・・・ 言えたら苦労はしないのに。 ハルディアとすれ違う時、レゴラスはにっこりと無防備な人懐こい笑みで軽く手を振った。 反射的にハルディアも微笑みかけている。 (ああ、ここにもまたひとり・・・・) レゴラスの信奉者を作ってしまった。 アラゴルンは、がっくりと肩を落した。