うららかな日曜の午後。

 のんびりファミリータイムを楽しんでいると、悪魔の玄関ベルが鳴った。

「・・・おばあさま・・・おじいさまも」

 双子は一瞬顔をこわばらせ、すぐに笑みを作った。

「いらっしゃい。珍しいですね、お二人が尋ねてくるなんて」

「美味しいお茶の葉をいただいたのよ」

 とてもこんなに大きな孫がいるようには見えないガラドリエルが、
にっこりと微笑んだ。

 

 

 

 居間でくつろいでいた(もちろんエルロンドの膝の上で)
レゴラスは、飛び起きて挨拶をし、双子の後についてキッチンに飛びこんだ。
避けてるわけではないが、さすがに驚きは隠せない。

「いや、昔はよく来てたんだ」

 双子は高級そうな紅茶の葉を前に肩を落していた。

「ティーパックの紅茶だって、家にはないのに・・・どうしろというんだ、これ?」

 この家の住人は、もっぱらコーヒー党だ。

「ティーポットもないの?」

 レゴラスは葉っぱの入った缶をしげしげと眺める。たしかに高級なダージリンだ。

「・・・いや、待てよ、食器棚の上に確か」

 双子が協力して、普段手の届かないところにある箱を引っ張り出してくる。

「母さんが生きてた頃に使ってた奴だ。捨てずに取っておいたんだな」

 箱を開けると、見事なティーセットが収められていた。

「ウェッジウッドだね?」

 そう言いながら、レゴラスが慎重に一つ一つ取り出す。双子は顔を見合わせた。

「こういうのも得意分野なのか?」

「いやあ、ご婦人に対する気遣いのひとつ。有名どころくらい知っておかないと、
お世辞も言えないでしょう?」

 こいつ、宝石屋なんだかホストなんだか・・・。

「一応、紅茶の入れ方くらいは知ってるよ。お湯沸かして、全部洗って暖めてね」

 てきぱきとした動作。これだけ働けるのなら、
普段から自分の食い物くらい自分で作れっての。
そうは思っても言わない双子は大人なのであった。

 

 

 

 居間のテーブルに運んで、レゴラスはホストさながらに紅茶を注いで回った。
さすがに優雅な手つきだ。

「美味しいわ。誰が入れてくれたの?」

「僕が」

 宝石売りがにっこりと微笑む。

「上手ね」

 ガラドリエルが褒めると、双子は胸をなでおろした。よかったよかった。
こいつがいてくれて。

「誰に教わったのかしら?」

「父に。紅茶が好きだったのは、祖父だったようです。
僕は祖父を直接は知りませんが」

 ガラドリエルはくすくすと笑い、隣の旦那、ケレボルンと何か囁きあった。
いつも温厚そうなケレボルンが珍しく口を開く。

「そうだな、紅茶が好きだったのはシンゴル教授だよ」

 レゴラスはエルロンドの隣に腰をおろした。エルロンドは無言で紅茶を口にしている。
嫌いではないらしい。これだけの茶器を持っているのだ、
きっと奥さんも紅茶好きだったに違いない。

「ええ、懐かしいですわね。私が教授の下に留学生として訪れて、
ケレボルンとつきあいだしたとき、オロフェアはずいぶん嫌な顔をしていましたもの」

「お知り合いだったんですか、祖父と?」

 紅茶を口にしながらレゴラスが首を傾げる。

「ほんの一時期でしたけどね。紅茶と石好きは教授の影響ね、きっと。
この味、なんだか懐かしいもの」

 双子は視線で会話した。お茶の味の違いなど、まったくわからん。

「妻も、同じ味を出していましたね」

 それまで黙っていたエルロンドが、静かに呟く。味の違いがわかるのかと、
ガラドリエルは両手をあわせた。

「ええ、あの子には私が教えましたからね。教授の奥様が、
それはそれは紅茶を入れるのがお上手な方でしてね。私は敬愛しておりましたのよ」

 昔話も紅茶話も、どうでもいいと思いながら、それを顔に出さない双子。
レゴラスもたいして興味がなさそうだし。
それでもちゃんと話に相づちをうっているところがエライ。

「そうね、エルロンド、あなたのコーヒー好きはギル=ガラドの影響かしら?」

 それまで和やかだった空気が、ピシッと固まる。
レゴラスは紅茶を持つ手が止っているし、双子は一瞬息を飲んだ。

(親父―フォローしろ!フォロー!)

 笑えない視線を父親に送る。エルロンドは一瞬固まったあと、
何事もなかったかのように静かに呟いた。

「・・・・そうかもしれませんね」

(ばかーーーー!!!!)

 叫びだしたい双子であった。

 ガラドリエルもケレボルンも、この異様な空気には気付いていない。

「私は直接会ったことはありませんが、そんな話を聞いたことがありますよ。
何でしたっけ、ブルー・・・」

「ブルーマウンテン。濃く煎れたのをブラックで飲むのが好きな方でした」

(ばかばか!親父の馬鹿!!!)

「おばあさま」

 いても立ってもいられず、口をはさんだのはエルラダン。

「お母様が生きていることは、よくこうやって紅茶を楽しんだんですよ。
でも今は男所帯ですから。コーヒーメーカーで簡単に済ませてしまうんです」

「あらいけないわ。お茶の時間は楽しまなきゃ」

 ホホホという笑いにつられて、双子も乾いた笑いをする。

 静かにティーカップを置いたレゴラスは、すっくと立ち上がった。

「お茶のおかわりを」

 双子にはわかる、ぞっとする笑みでレゴラスは言って、
ティーポットを持ってキッチンに入っていった。双子は父親をギロリと睨んだ。
さすがにエルロンドも動揺しているようだが、それを表に出すほど大人気なくはない。

「あなたが男の子と暮すと言い出した時は驚いたけど、反対はしていないのよ? 
それに、何か運命みたいなものがあるのかもね。あなたの師ギル=ガラドを、
オロフェアもスランドゥイルも嫌っていましたもの。昔の派閥の影響ですけどね」

 いや、そういう思想的問題ではなくて・・・。双子も同時に立ち上がった。

「お茶菓子を忘れていました。たしか、リーフパイが冷蔵庫にあったと思うんで、
見てきますね」

 残されたエルロンドは、眼光厳しい義母の前で、
似つかわしくないほどの静かな笑みを見せた。

「昔の諍いなど、関係ありませんよ。私は彼が好きなのです」

 クスクスとガラドリエルは笑った。

「あなたは、変ったのかもしれないわ。師の教えを捨てるような人ではなかったもの。
娘に求婚したときも信じられなかったけど。
本当は、あなたはシンゴル学派との結びつきが欲しいのではなくて? 
昔の私がそうであったように・・・」

 

 

 

 

 嵐が去って。

 レゴラスは無言で、一人で貴重なティーセットをキッチンに運んでいた。

「親父い・・・」

 レゴラスの姿が消えた瞬間、双子が父親に詰寄る。

「あいつ、かなり怒ってるぞ。わかってんだろうな?」

 父親に対する言葉使いではない。エルロンドはがっくり肩を落している。

「俺たち、二時間ほど消えるから、その間に仲直りしておけよ?」

 レゴラスが再びキッチンから顔を出す前に、双子はそそくさと逃げ出した。

「あれ? 二人は・・・」

「買物に行って来るそうだ。・・・手伝おう」

 立ちあがるエルロンドに、レゴラスはすねた視線を向けた。

「いいです。一人で片付けますから」

 ああ、やっぱり怒ってる・・・。

 ティーセットをすべてキッチンのテーブルに運び終えて、
さあどれから洗おうかと眺めていると、
エルロンドがレゴラスとティーセットの間に入ってきた。

「何を怒っている?」

「べつに怒ってなんかいません」

 その口調が、すねた子供そのもの。エルロンドは小さくため息をついた。

「食物の嗜好など、誰かに簡単に影響されるものではない」

「わかっています」

「レゴラス」

 指先であごに触れると、レゴラスはふいと横を向いた。

「怒っていませんてば!」

 そんな動作も愛しく見えてしまうのは、惚れた弱み。

 エルロンドは小さく深呼吸をして、キッチンテーブルのティーセットを見、
それを片手ですべて払い落とした。

 見事なほどの破壊音。

 さすがにレゴラスも驚いて口を開けた。

「紅茶が好きなら、お前の好みでセットを買ってやろう。
言っておくが、私は濃いブルマンは好きではない。
妻の入れてくれたアールグレイの方がいい。
お前が入れてくれたものなら、なんでもいい」

 きれいに何もなくなったキッチンテーブルに、ひょいとレゴラスを乗せて、
そのまま押倒す。

「嫉妬されるのも悪くない。お前のすねた顔も好きだ。
もっといじめてやってもいいくらいだ」

 テーブルの上で、驚いてただエルロンドを見上げていたレゴラスは、
そっと目を閉じた。

「あなたは・・・いじわるです」

「嫌いになるか?」

 ふいと顔をそらしたレゴラスは、さっき割れた陶器で傷つけたらしい
エルロンドの指先に目をとめた。それを自分に引き寄せて、傷を舐める。

「・・・愛しさが、増すばかりで・・・もう、溺れそうです」

 エルロンドはレゴラスを抱き起し、そのまま抱え上げてキッチンを出た。

 何度もキスをしながら、ベッドルームに向う。

 

 

 

 はたして、帰宅した双子がキッチンの惨状を目にし、
がっくりと脱力したことは言うまでもない。

「馬鹿親父・・・ここまですることないのに・・・」

「っていうか、誰が片付けるんだ? 誰が!!」