「おばあさまの手伝いに、ちょっと実家に帰ってきます」

 奥さんがそう言って家を空けたのが二日前。

「暇なら家に来い」

 そう言って双子に召集を受けたのが今朝。

 そんなわけで、アラゴルンは夕方エルロンドの家に赴いた。

 

 

 

「親父は出張でいないし、俺たちも今夜は友達の家で
パーティーがあってそのまま泊るんだ」

 つまり、子守をしろと?

「メシを食わせて寝かせつければいいから」

 おいおい、幼児か?!

「んじゃ、あとよろしく」

 嬉々として出かけていった双子を見送り、
アラゴルンはため息をついてそのでかい幼児を見た。
レゴラスはぽやんとした表情でアラゴルンを見つめ、
にっこりと微笑む。こんなボーっとした姿、ボロミアが見たら驚くだろうな。
スーツを着込んだときからは想像もつかないから。

「何が食いたい?」

「ケータリングのピザでいいよ」

 作る必要がないなら、子守の必要もなさそうなものなのに・・・
双子は、こいつを甘やかしすぎだ。

 

 

 

 散々食い散かしたあとを片付けて、アラゴルンが居間に戻ると、
レゴラスはソファーの上でクッションを抱えて、またボーっと呆けていた。

「テレビをつけるとか、音楽を聴くとか、何かすることがあるだろう?」

「・・・えー、テレビって好きじゃないし、何にもする気ない。
ボーっと頭を休めてるのがいいんだよ」

「普段からそうなのか?」

「うん」

 なんなんだ、こいつは・・・。とりあえずアラゴルンもソファーに座り、
まだ読んでいなかった新聞をひろげる。
と、今だとばかりにレゴラスはその膝に頭を乗せてきた。

「・・・・」

 この状況は・・・?

「つまり、いつも何かをしてる奴の膝に乗っかってボーっとしているわけだ?」

「そう」

 はあああ・・・。大きなため息が出る。これが子守なのか、これが!

 特には驚かないし、別にかまわないのだが。
双子が猫だ猫だと言っていた意味がわかる。
飼猫は主人に甘えることが仕事なのだから。

「誰でもいいんだな?」

 クッションを抱えてごろごろしている猫に聞く。

「誰でもよくないけど・・・仕方ないよ、アラゴルンしかいないんだもん」

 ああ、そうですか。

「実家にでも帰ればいいだろう」

「今、父さんもいなんだよね。イタリアに行ってる」

「イタリア?」

「ヴァチカンが秘宝を特別展示するんだって。嬉しそうに行っちゃった」

 そうですか。

「俺もいなかったら、どうするつもりだった?」

「ギムリの家にでも転がりこむ」

 そうですか。

 会話も何もなく、しばらくのろのろと時間が過ぎていく。
こういうのって、どうなんだ? 
きっとエルロンドは気にせず何時間でもこのまま本でも読んでいるのだろうな。
双子もそうだ。猫を適当にあしらいながら、
自分たちは自分たちで楽しんでいるのだろう。

「レゴラス・・・」

「なに?」

「・・・もう寝ろ。俺には耐えられん。いいかげん、襲うぞ」

 レゴラスはくすくすと笑ったまま、アラゴルンの膝にしがみついた。

「レ・・・」

「ねえ、アラゴルン、親の事、覚えてる?」

 何を突然?

「いいや、まったく」

「寂しくない?」

「覚えていない奴は、孤独を感じる対象にはなりえない」

「強いんだ?」

「そうか?」

 膝の上から離れる気配なく、ごろりと上を向いて天井を見上げる。

「・・・忘れられないんだよね、母さんが死んだ夜の事」

 レゴラスの口から、母親の話が出るのなど、初めてだ。

「何歳だったんだ?」

「さあ。すごく小さかったんじゃないかな。
母さんの顔とかは覚えてないもん。何で死んだのかも知らない。
父さんは話さないから。ただね、その夜、一人で留守番させられて、
すごく怖かったのだけ覚えてる。柱時計の音が耳について、
すごく静かで、怖くて怖くて眠れなかった」

 思い出すように身震いをして、アラゴルンの体にしがみつく。
アラゴルンは、無意識にレゴラスの髪を撫でてやった。

「その話、エルロンドにはしてないだろう? 親父さんにも」

 レゴラスが、ちょっと顔を上げてにやっと笑う。

「知ってたら、絶対にお前を置いていかないだろうからな」

「だから、話さないんだよ。足枷にはなりたくないもの」

「俺には話すくせに」

「アラゴルンの足枷にはならないもん。明日には自分の家に帰って、
奥さんと楽しく暮すんだもんね」

 愛情のかけ方の違い、か。確かにそうだ。
アラゴルンはレゴラスを連れ帰って囲ったりはしない。

「安心してると、犯すぞ」

「浮気がガラドリエルおばあさまに知れたら、命がないよ」

 ううっ・・・。

 不安を口に出して安心したのか、
レゴラスは立ち上がってアラゴルンの頬にキスをした。

「おやすみ。襲われる前に寝るよ」

「・・・大丈夫なのか?」

「エルロンド様のベッドで寝るもの」

 アラゴルンは口元をつり上げて見せ、
レゴラスはにっこりと笑って手を振って見せた。

 

 

 

 翌朝。

 遅い朝食をレゴラスに食べさせてる頃、早々に双子は帰宅してきた。

「ゆっくりしてくればよかったのに」

 山盛ソーセージをほうばりながらレゴラスが言う。
キッチンから焼いた卵を持ってきたアラゴルンは、
眠たそうだるそうな顔をしている。双子は、案の定と顔を見合わせた。

「あー、アラゴルン、悪かったな。あとは俺たちがやるから、休んでくれ。
とりあえず、ゲストルームのベッドででも・・・」

「・・・ああ、そうする」

 ふらふらと出て行くアラゴルンを見送る。
レゴラスは一人元気にもりもり食べてる。双子は顔を見合わせ、
お互いの肩をたたいた。

「あれは、アレだな?」

「ああ。きっと悶々として一晩中眠れなかったんだ」

「ってことは、指一本触れてないな」

 うんうんと頷きあい、レゴラスを見る。食欲逢瀬な少年は、
何? と首をかしげた。

「自覚がないのか」

「確信犯か」

 双子はまたお互いの肩をたたいた。

 

 

 

 昼になってエルロンドが帰ってきた。玄関に飛びだしていって、
レゴラスが抱きつく。

「いい子にしてたか?」

「寂しかったです」

「今度の長期出張のときは、ついてくるといい」

「・・・そうしたいけど、学校もあるし、実家の方の仕事もあるから。
我慢します」

 人目もはばからず玄関先で抱擁する二人を、
仮眠から覚めたアラゴルンは窓越しに見ていた。

「エルロンドの足枷には、ならないと思うぞ。
奴の包容力はそんなものじゃないからな。
自分の子供のほかに、兄弟の子供まで養子にとって平然としてるんだから」

 いつか言ってやろうとも思うが、

「しばらくは教えてやらん」

 アラゴルンは吐き捨てて舌を出した。

 これを人は嫉妬と呼ぶ。