「そういえば」

 穏かな週末の夜、雑誌を読んでいたエルロヒアが突然口を開いた。
隣で相棒が、ハードカバーの本を読んでおり、一人掛けの主人専用
ソファーではエルロンドが新聞を読んでいた。家族水入らず(?)
でのんびり夜を過すのは珍しい。特別会話はなくとも、
父親は息子達と空間を共にすることを大切にしていた。それに・・・。

 今夜レゴラスは実家に帰っていていない。

 彼一人いないだけで、なんて静かな夜。

「親父、レゴラスにプレゼントってあげたことあるの?」

 はあ? とエルラダンは顔を上げた。何を突然?

 エルロヒアは雑誌の広告欄を相棒に見せた。
安っぽいくせに値段ばかりが張るエンゲージリングがどうのこうの。
レゴラスが見たら激怒するような代物。まあそんなものはどうでもいい。

「そりゃあ、籍を入れたり云々てのはないにしても、
一応結婚を豪語しているわけだし」

 二人が一斉に父親を見る。エルロンドは新聞で顔を隠している。

「なにもあげてないと見た」

「マジかよ? アラゴルンは年中アルウェンに
プレゼントだなんだと奮闘してるぞ」

「いやあ、親父がそういうタマか?」

 本人を前に、歯に衣着せない息子達。

「結婚指輪、とはいかなくても、プロミスリングくらい・・・」

「宝石屋に指輪贈ってどうする? 本人に特注するか?」

「ごっつい宝石ついてる奴作ってきたりして」

「レゴラスの親父さんにバレたら、激怒されそうだな」

「でも、プレゼントってだけなら他に何でもアリだろう? 
時計とか、スーツとか」

「ああ、時計ならこの前金ぴかのしてたぞ。
お得意さんのマダムに貰ったとかで、いやーな顔してた。
服とか身につけるものは戦闘服だから、
大方自分のシュミじゃないって言ってたな」

「花・・・っても、女じゃないしな」

「花瓶に生けるのは俺達の仕事だろうしな」

「レストランの食事」

「喜ぶだろうが、そんなのいつものことだろう?」

「ホテルの宿泊」

「やることはここと一緒」

「観劇」

「間違いなく途中で寝るな」

 二人は腕を組んで考え込んだ。隣に居る当事者を無視して。

「本人に聞いてみる、ってのは? 何か欲しいものはないか」

「ああ、ああ、応えは想像できるね」

 エルラダンはエルロヒアの手のひらをしっかりと握って
目を見つめて言った。

「なにもいりません。あなたのおそばに居られるだけで」

 二人は吹き出してげらげら笑った。

 当事者を無視して。

「そういえば、親父、お袋には何かあげたのか?」 

 無視を続ける父親の新聞を、カサリとめくる。
案の定父親は顔を引きつらせていた。

「・・・・・・・・・・忘れた」

「ヒデエ旦那!」

「オイオイ、自分の親父に失礼だろう」

 双子のボケツッコミ。

 エルラダンは突然ポンと手を叩いた。

「思い出した。クリスマス」

「クリスマス?」

「そうそう、親父の帰りが遅くて、アルウェンは寝ちまって、
俺達も居間でうとうとしてたんだ。そしたら親父が帰ってきて、
お袋に『すまない、何もプレゼントを用意してない』って」

「ああ、思い出した。あの時お袋が言った言葉」

 双子は父親をちらりと見た。

「いいえ私は素敵なプレゼントをあなたからいただきました。
三人の子供達です」

(なぜそんなにはっきりと覚えている?)

 子供は侮れない。エルロンドはガサガサと
また新聞を顔の前に広げた。

「お袋のときも、やっぱりプレゼントはあげてなかったんだな」

 双子は腕を組んでうんうんと頷いた。

「あれ、そういえば・・・エンゲージリング、どうした? 
お袋はいつも左手に銀色の指輪をしてたよな?」

 エルロヒアは新聞を握る父親の左手を見る。
当然何もしていない。

「外した。あれが死んだときに」

 エルロンドはぼそりと言った。遠い昔の話だ。
口にすることは辛くない。

「お袋のは?」

「ガラドリエルが持ってる」

 さすがに、一瞬双子は胸を痛めた。アルウェンと一緒に、
大切な形見は持っていかれてしまったのか。

 気まずさが漂う前に、エルラダンは父親の肩をぽんぽんと叩いた。

「親父、給料三か月分・・・らしいぞ、世間の婚約指輪」

「小さな家が建ちそうだな」

 エルロヒアが突っ込む。

「でもなあ、宝石屋にダイヤの立て爪贈ってもなあ」 

 

 

 

 レゴラスはガラドリエルの邸宅の呼び鈴を押した。
中から出てきたアルウェンがにこやかに迎える。

「いらっしゃい。待っていました」

 

 客間で二人が顔をつき合わせていると、
この屋敷の女主人が帰宅してきた。

「あらレゴラス」

「おじゃましています」

 にっこりと微笑んでみせる。

「今日は?」

「行商です」

 冗談っぽく愛嬌のある笑みで、大理石のテーブルに広げられた
宝飾品を指差す。

「今度お友達のバースデイパーティーがあるの。
それでネックレスを」

 ガラドリエルも微笑んでアルウェンの隣に座った。

「アラゴルンに選んでもらわないの?」

「だめです、あの人は。宝石類はまったく」

 レゴラスは噴出しそうになるのを必死でこらえた。

「おばあさまにも見ていただけます?」

「ええ、喜んで」

 レゴラスは嬉しそうに微笑んだ。行商し甲斐のある女二人。
金持で、見る目がある。半端モノは端から商売に入れないので、
自信たっぷりに説明できる。もっとも、スランドゥイルは
ガラドリエルをあまり好きではないようだから、
いっぱい売ってもあまり喜ばないだろうけど。

 そんなこんなで商売を終えて、高級な紅茶をいただいていると
(なぜか貴婦人は紅茶好き。だからレゴラスも少しは紅茶について
学んで、これはどの葉っぱだとか、ご婦人を褒める道具にしている)
ガラドリエルは一度席を立ち、何かを持って戻ってきた。

「用事を頼めるかしら?」

「はい」

 曖昧にレゴラスが笑んで見せる。

「これをエルロンドに渡して欲しいの」

 布張りの小さな箱をレゴラスに差出す。

「娘が・・・ケレブリアンがこの世を去って長い月日が経ちました。
エルロンドと息子達の心の傷も癒えたでしょう。
これを、娘が愛した人に返します。エルロンドも、
もう娘を忘れて別の人を愛してもいい頃だと、私は思います。
これは、エルロンドの手で処分しなさい」

 レゴラスは箱を受取り、じっとガラドリエルを見た。

「・・・なぜ・・・私に?」

「私は、あなたが嫌いではありませんよ、レゴラス。
アルウェンも、アルウェンの夫もあなたを信頼していますし、
双子もあなたを可愛がっているようですね。
ですから、あなたに託すのです」

 何もかも見透かされているようで、
レゴラスはしばらく呆然と言葉を失った。

「スランドゥイルは私を好いてはいないようですが、
近々ケレボルンが仕事の話をしにそちらに伺うでしょう。
お父様によろしく伝えてください」

 レゴラスは深々と頭を下げた。

 

 

 

「純度の高いプラチナだな。品がいい」

 ギムリは指輪を明りにかざした。

 ガラドリエルの屋敷を出て箱を開けたレゴラスは、
たっぷり30分は言葉を失ったし、涙を止めることもできなかった。

 ひどく傷つき、曲り、黒い血の痕の染付いた指輪。
いろんな指輪を見てきているし、血塗られた宝石の歴史にも詳しい。
それに野蛮な抗争にも首を突っ込んだことがあるから、
これの持主がどんなにむごい目にあったのか想像がつく。

「石が入っていないから、磨きなおして形を整えるのは簡単だ。
裏の刻印は残すか?」

「うん、そうして」

「そんなに時間はかからないが、待ってるか?」

「待ってるよ」

 レゴラスは工房の奥の折りたたみ椅子を引きだしてきて、座った。

「指輪の出所は聞かないんだね?」

「聞いて欲しかったか?」

 レゴラスは首を横に振った。

「ありがとう」

「数少ない親友のためだからな」

 ギムリは振り向いてにやりと笑った。

 

 

 

 エルロンドの屋敷のリビング。

 テーブルに置かれた指輪に、
言葉もないままエルロンドはそれを凝視していた。

「ガラドリエル様が・・・返してくださると」

 さすがに、処分しろと言われたとは言えない。

「・・・直したのか」

「すみません、勝手をして」

「いいや、すまない。指輪はひどく歪んでいたから、
息子達には見せられないと思っていたんだ。
ガラドリエルが預ってくれて感謝していた」

 エルロンドは指輪を拾いあげ、手のひらに乗せた。

 亡き妻を、忘れようと思っているのに・・・
時々こうやって否応なしに思い出される。

「レゴラス」

「・・・はい」

「すまなかった。この指輪は処分しよう」

 レゴラスがほんの少し目を見開く。

「何故です?」

「・・・・妻にはすまないと思うが、許してもらえるだろう。
私は今、お前を愛している」

 エルロンドの言葉にレゴラスは瞳を閉じ、
そして愛しい人の手を取った。

「愛しています。・・・もし・・・お嫌でないなら、
その指輪、僕にもらえませんか?」

 さすがにエルロンドが驚いた顔をする。
レゴラスは指輪を受取り、握り締めた。

「いいのか?」

「奥様のようには、なれないけど」

 哀しげに微笑むレゴラスを抱き寄せ、
エルロンドはその唇に唇を重ねた。

 

 

 

「お袋の指輪だ」

 気付いたのはエルラダン。

 レゴラスは指輪を首から下げていた。
サイズが合わないし、さすがに宝石屋が別の宝石屋の商品を
指にはめているわけにはいかない。

 レゴラスは戸惑いながらも、双子に経過を語った。

「僕がこの指輪を持ってること、嫌じゃない?」 

 肩をすくめ、ビクビクしながら上目使いに二人を見る。
双子はしばらく顔を見合せていた。

「だめ?」 

 恐る恐るレゴラスが言うと、双子は同時にレゴラスに抱きつき、
代わる代わるキスをした。

 まるで小さな子供が母親を取りあうように。

 戸惑っているレゴラスを尻目に、
すぐに離れた双子は嬉々としてキッチンに向った。

「そうかーばあちゃん、親切だったんだなー」

「見た目で判断しちゃダメだって」

「それこそ失礼だっての」

 相変らずのボケツッコミ。

「今日はご馳走だ!」

 二人は叫んで、レゴラスにニヤリと笑いかけた。

「なあ、義母さん」

 

 

 

 翌日。

 エルロンドを迎えに来た秘書の開口一番。

「社長、また結婚指輪をなさることにしたんですか?」

「ん? ああ」

 さすが秘書。目ざとい。なんとなく言葉を濁す。

「あ、グロールフィンデルさん、おはようございます! 行ってきます!」

 学校に向うレゴラスがにこやかに隣を走り抜けて行った。その姿は年相応。

「彼は指輪をしていないようですが?」

 一瞬で良くぞ見破った。

「・・・首から下げてる」

 一筋の冷汗が背中に流れる。

「そうですか」

 秘書は表情も変えず運転席に乗りこんだ。

 今日は一日、いろんな連中に指輪のことを聞かれるだろう・・・。

「アルウェン嬢にせがまれて、奥様との結婚指輪をまた
はめることにしたと、受付嬢には説明しておきます。
噂はすぐに広がって、余計な詮索はされずにすむでしょう」

「・・・すまない」

「いいえ」

 よい秘書を持ったと、エルロンドは背中にだらだら冷汗をかきながら思った。 












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 パラレルのくせにシリアス傾向あり。
 反省。