「恋する〜フォーチュンクッキー〜〜〜」
「ああ?!」
 突然歌い出すレゴラスに、アラゴルンは眉を寄せる。
「あ〜なたの事がす〜きなのに、わ〜たしにまるできょ〜みない」
「あのなあ、どうしていつも急に歌い出す?」
 アラゴルンの車の助手席で、手に顎を乗せて窓の外を眺めている。
 初夏の陽気にエアコンを入れてあるというのに、
突然窓を全開したかと思うと、レゴラスは持ち前のきれいな声で歌いだした。
「流行ってるんだよ。知らないの?」
「知ってるよ。この前双子もそれ歌いながらメシ作ってたし」
「そういうこと」
「そういうことって」
「あなたにちゃんと告りたい
 だけど自分に自信ない
 リアクションは想像つくから」
 はあ、とアラゴルンは大きくため息をつく。
「………もう着くぞ」
「わかってる」
 車の窓を閉めると、レゴラスはダッシュボードに愛銃を並べ、
磨き上げられたロングナイフにふっと息を吹きかけた。



 定期的にクモの掃除をする。
 奴らは潰しても潰しても、どこからか湧いてくる。
 双子もクモ掃除をするが、こういうのは大人数でない方が動きやすい。
 必要になると、アラゴルンはいつもレゴラスを呼び出し、
アラゴルンに呼び出されると、レゴラスはすぐについて来た。



 ふだん、無邪気に笑ってるレゴラスが、銃を握ると恐ろしいほど冷酷になる。
 その残忍な横顔に、アラゴルンはまた興奮を覚える。
「なんか、あっけなかったね」
 クモの残骸を蹴飛ばし、レゴラスはアラゴルンの車に戻っていった。
「雑魚だな」
「雑魚掃除くらいで呼び出さないでよ」
「悪かったな」
 車は人気のまったくないところに停めてあり、周囲は闇に包まれている。
「もっと広い車買ってよ」
「充分だろ?」
「狭いもん」
 車に乗り込むなり、靴を脱ぎ、服を脱ぎ捨てる。血と埃と硝煙の匂いが、嫌なのだ。
全部脱いでから、バックシートから着替えを引っ張り出す。
「家についてから着替えればいいだろう?」
 家とは、アラゴルンが隠れ家にしている所だ。家族のいる家のことではない。
「気分じゃない」
「わがままだな」
 雲が切れて、月明かりが落ちてくる。
「アラゴルン」
「うん?」
「今すぐしようか」
 思わずごくりと息を飲み、月明かりの下、アラゴルンは車のシートにレゴラスを押し付けた。



「人生捨てたもんじゃないよね
 あっと驚く奇跡が起きる
 あなたとどこかで愛し合える予感」
 また歌ってる、と、アラゴルンはため息をつく。
「俺としては、家に行ってベッドでやり直したんだけど」
「もういいよ。アラゴルン、二回もイッたじゃない」
 うっとアラゴルンは顔を引きつらせる。
「送っていってよ。実家の方ね」
「エルロンドの家じゃないのかよ?」
「きみと散々やってきみの匂いぷんぷんさせて、エルロンド様のところになんか、帰りたくないもん」
「スランドゥイルの親父さんは大丈夫なのかよ?」
「父さんはいないよ」
「いない?」
「恋人のところに行ってるから」
 はあ、そうですか。
 噂のスランドゥイルの恋人ってのが、誰か知らないが。
「レゴラス」
「もうしゃべらないで」
 はいはい、と肩を落とす。アラゴルンはそのまま黙って車を運転した。



 レゴラスの実家に車を乗りつけると、家の電気は点いていた。
それどころか、玄関前に男が仁王立ちしている。
 これは…男とデートに行った娘の帰りをイライラして待つ父親、ってやつか?!
「……いるじゃないか」
 顔を引きつらせながらアラゴルンが呟く。
「いるねぇ」
 さして驚きもせずにレゴラスは応える。
 ふっとアラゴルンがため息を吐く。
「?」
 何気なくレゴラスが振り向いた瞬間、アラゴルンはアクセルをいっぱいに踏み込んだ。
「!」
 次の瞬間、レゴラスはアラゴルンからハンドルを奪い、サイドブレーキを引く。
 車はその場で一回転しただけで停まる。
「なっ…なにやってんの?!」
 さすがに焦った声色のレゴラスが詰め寄る。アラゴルンは、ハンドルにゴツンと頭を乗せた。
「このまま、お前を連れ去ろうと思って」
「はあ?」
「このまま、二人でどこか遠くへ行こう。二人だけで生きられる場所へ。
お前を連れ去って、閉じ込めておくから。二人で朽ち果てよう」
 目を見開いてアラゴルンを見ていたレゴラスは、
数瞬後、眉を寄せ、「馬鹿じゃないの?」と呟き、アラゴルンの髪にキスをした。
「ごめん。足りなかった? ここで、もっとする?」
「親父さんが見てる目の前でカーセックスするつもりか」
「気にしなくていいよ。あとで一発殴られるくらいだもん」
 きみがね、と付け加える。
 アラゴルンはレゴラスを両手で引き寄せ、深いキスをする。
舌を絡め、唾液を吸い、息もできぬほどのキスのあと、
「やめておく。殴られるのはごめんだ」
 と囁く。
「ねえ、アラゴルン、心配しなくていいよ。僕はずっと君のそばにいるよ。
いつの時代も、君が何をしていても、僕はずっと君のそばにいるよ。
何度生まれ変わっても、僕は必ず君を見つけ出して、君のために戦うよ」
「俺が、お前を選ぶことがなくても」
「そうだよ。君は、永遠に、僕のものにはならない。
それでも、僕は君を愛するし、君のために生きる。君のない生なんか、有り得ない。
僕はずっと、君のそばにいる」
 もう一度、キスをする。
「明日も、会えるか」
「会えるよ。明日も、明後日も。10年後も、100年後も。僕を呼んで。
必ず君の所に行くから」
 ちょっとだけ笑い、微笑む。
「…おやすみ、レゴラス」
「おやすみ、エステル」
 ちり、とアラゴルンの胸が焼ける。
 その名前は………?
 レゴラスは人差し指を立て、自分の唇に触れて、
その指をアラゴルンの唇に押し当て、ニッと笑って車を降りた。

 家の前に仁王立ちしている父に駆け寄る。
「父さん、出かけるんじゃなかったの?」
「あぁ?」
 スランドゥイルは、ぶっきらぼうに応え、アラゴルンの車を見る。
レゴラスはにこやかにアラゴルンに手を振り、アラゴルンは一度だけパッシングして、去っていった。
「僕が、ちゃんと帰って来るか、心配だった?」
「まあ、な」
 スランドゥイルはレゴラスの肩に、レゴラスは父の腰に腕を回し、家に入っていく。
「僕はどこにも行かないよ」
「行くさ」
「行かないよ」
 ムッとして父を見上げる。
「時間が螺旋状に永遠に続くのだとしたら」
「哲学?」
「SF」
 クスリ、とレゴラスは笑う。
「シャワー浴びてくる。おなかすいた」
「レゴラス」
 走り出したところで呼び止められ、レゴラスは足を止めて振り向いた。 
「お前は本当にいいのか」
 父の質問に息を大きく吸い込み、
「いいよ」
 と答える。
「苦しいなら、終らせてやろう。わしは、アラゴルンを殺す事くらい容易にできる」
「知ってる」
 そして、満面に笑む。
「でもこのままがいい。ずっとそうしているみたいに」
 スランドゥイルはため息をついた。
「時間は螺旋状に繰り返すかもしれないけど、同じ場所を巡っても、それは前と同じじゃない。
螺旋はメビウスの輪じゃないもの。少しずつ高みへと昇って行く。
世界が終るまで、同じことを繰り返しながら、少しずつ昇っていく」
 くるりと回って、レゴラスは流行の歌を口ずさみながら、シャワールームへ向かった。