続き

 

『レゴラス! 空港まで車持って来い!』

「はあ?」

 社長、ヨーロッパ漫遊中、一応代理で仕事をしていた勤勉な息子。(自称)

『荷物が多くてかなわん。車持って来い』

 電話口の社長は横暴。いつものことなのだが。

 社長代理とはいえ、いいかげん書類処理に飽きていたレゴラスは、
文句を言いながらもスランドゥイルの自家用車を運転して、空港に向かった。

 

「あのさあ、父さん。
いつもは僕の運転は危険だとかなんとか言ってるくせに」

「いいではないか。帰りはわしが運転する」

 ヨーロッパ旅行がよほど楽しかったのだろう、
スランドゥイルはニコニコ上機嫌。

「もう、僕、この一年くらい父さんの足はやってないよ? 
運転手、いるんじゃないの?」

 ちくりと刺してみるも、父はまったく動じず。

「ああ、そうだ! これ、土産だ!」

 ギムリが押していたカートから、巨大な包みを持ち上げると、
それをレゴラスの手に乗せる。
手、というか、この場合両腕。ひとかかえもある。

「・・・・・・」

 眉間にしわを寄せながら、包みの中をちらりと覗く。
そこには、ガウディーの作品と思われる彫刻の模造品が。

「・・・・・スペインまで、行ったんだ?」

 はあ、とため息。

「アントニオ・ガウディーの作品はすばらしいぞ!」

 なあ、ギムリ、と同意を求め、ギムリもうんうんと頷く。

「レゴラス、土産だ」

 ギムリは、上着のポケットから小さな包みを取り出して、
レゴラスの手のひらに乗せる。
包みを開くと、それは繊細な銀細工のペンダントトップだった。

 ああ、なんか、ギムリの方がセンスいいかも。

「ありがとう」

 こちらは素直に喜んで、ギムリを抱擁し、頬にキスをする。

「わしにありがとうのキスは?」

「あんなでかい彫刻、嬉しくないし」

 べっと舌を出すと、スランドゥイルはレゴラスの頭を小突いた。

「それより父さん、何か忘れてない?」

「何かって何だ? ドイツでワインを大量に買い付けてきたし」

「父さん、それ、仕事じゃないから」

「ちゃんと向こうのバイヤーと契約結んできたし」

「ワインの?」

「いや、アンティークジュエリーのだ」

「それならいいけど」

「社員への土産は完璧だし」

「あ、僕の土産がアレだけだったら、僕は要らないからね」

「留守の間の事務処理はレゴラスに任せてあるし」

「ちゃんとこなしたよ! そうじゃなくて! 
あのねえ、もう一度言うけど、僕、この一年くらい、
父さんの運転手してないんだよ? 代わりがいるんじゃないの?」

 じっと息子の顔を見た後、ぽん、とスランドゥイルは手を叩いた。

「ああ、そういえば。でも、まあ、いいか」

 ええ〜〜〜??

 いいの??

 超ご機嫌の宝石屋社長は、荷物を車に積み込み、
鼻歌交じりで帰路に着いた。

 

 

 

「と、まあ、そんなわけで、
歴史のある国の宝飾品はすばらしいなあ、と」

 その晩。

 スランドゥイルは自宅にグロールフィンデルを呼び出した。

 ドイツ出張中のエルロンドは、
毎日レゴラスに電話をしていたにもかかわらず、
この薄情な男は今日まで音沙汰がなかった。
というわけで、グロールフィンデルは不機嫌だった。

「あのエメラルドの宝冠、全財産はたいても欲しかったがな」

 エメラルドに負けたと言うわけか。

「いやあ、悪かった悪かった」

 謝りつつも悪びれた素振りのないスランドゥイル。

 どよんと肩を落とすグロールフィンデル。
エメラルドに負けた・・・。宝石の前に、負けた・・・。

 ブチっとグロールフィンデルの中で、何かが切れる。

 顔を上げたとき、グロールフィンデルの表情は、いつもと違っていた。

「そうですか。
すばらしいエメラルドの宝冠に出会えたというわけですね」

「んー、そういうことだ」

 おや? とさすがにスランドゥイルも異変に気付く。

 グロールフィンデルは、にこやかに微笑んでいた。

 こんな笑い方をする奴だったか?

「確かに宝石は人の心を魅了し、あるものは狂気へと誘ってしまう。
だがしょせん石は石」

 グロールフィンデルはスランドゥイルの髪を撫で、
その一房を指に絡める。

「私の目の前には、どんな高価な石にも敵わない、
美しい宝石がある」

「?」

 スランドゥイルの髪にキスをし、顔を寄せて瞳を覗き込む。

「あなたの持つ美しいサファイヤの瞳を、私もコレクションしてみようか。
それとも、この美しい金糸を」

 ぞぞぞ・・・と背筋に冷たいものが走る。

「な、何を言っておるのだ?」

「私の宝石はあなただ。私の美しい宝冠。
私はあなたという美しい宝玉を、一時たりとも忘れることはできぬ」

 ざあっと血の気が引き、
スランドゥイルは反射的にグロールフィンデルを突き放すと、
携帯電話一つ持ってダッシュ。
寝室に逃げ込むと、部屋の隅っこで携帯電話を開いた。

「おい! エルロンド!! 奴が変だ!!」

 

 その頃のエルロンド。

 ベッドの中でレゴラスを片手で抱き、甘い幸福な時間を過ごしていた。

「どうされた?」

 突然の電話にも動じない。
そう、愛しのレゴラスさえそばにいれば、何事にも動じないのだ。

『奴がおかしい! 変なことを口走っているぞ?!』

 まったく夜中に何事かと思えば。

 電話中のエルロンドに手持ち無沙汰のレゴラスは、
もぞもぞ動いて気を引こうとしている。

「うむ。そうですね、最近ちょっと二重人格の気があるかもしれません。
しかし、本人は本人なので問題はないでしょう」

『問題ないだとう?!』

「ええ。無体なことはしないと思いますよ」

 レゴラスは毛布に潜り込んで、エルロンドに愛撫を始める。

『無責任な! 貴様、飼い主ならなんとか・・・・・・』

 ぶち、と電話が切れる。

「エルロンド様、どうしたんですか?」

 毛布の中からレゴラスが訊ねる。
エルロンドはなんでもない、とレゴラスを撫で、甘いキスを落とした。

 

 で、スランドゥイル邸。

「誰に電話をかけていたのかな? 私のかわいい恋人」

 携帯電話を取り上げ切られ、スランドゥイルは顔を引きつらせた。

「私のことを忘れていたというのなら、
もう二度と忘れないようにしてあげよう」

 にっこり微笑むグロールフィンデルに、
スランドゥイルは野太い悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 思い起こせはひと月ほど前。

 エルロンドは会社で二日ほど徹夜を強いられていた。
疲労は限界に近い。

「少し、甘いものを食べて休養なさってください」

 いつものように秘書がコーヒーを運んでくる。
が、エルロンドはその異変に気付いた。

 いつも無表情のグロールフィンデルが、
・・・・・笑っている。

「チョコレートで脳に栄養を。カフェインで疲労の回復を」

 差し出されるコーヒーとチョコレート。

「手を」

 言われるがままに右手を出すと、
グロールフィンデルは慣れた手つきでマッサージをしてくれる。
それはいつもと同じなのだ。
マッサージをする手つきも、コーヒーの味も変わらない。
では何が違うか。

 微笑んでいるのだ。

 そこへ、電話が鳴る。
内容は、買収をかけていた会社からの、承諾。
ああ、これでやっと家に帰れる。

「チェックメイト、ですね。あなたの勝利です。
おめでとう」

 軽く握手をする。

 握手など、するような人物だったか?

 チェックメイトって・・・チェスの話などしたことはないし。

「書類をそろえて先方に送ります。
二時間後には帰宅できますよ」

 そう言い、グロールフィンデルは背を向けた。
使い終えたコーヒースプーンを右手の指でくるくると器用に回しながら。

 グロールフィンデルが秘書室に去った後、
エルロンドはデスクに隠れてこっそりと携帯電話を開いた。

『おや、キミから電話とは珍しい』

「ギルドール殿、少しお伺いしたいことが」

『何かな?』

「エクセリオン殿と面識があるのはギルドール殿だけですので。
彼について、少し伺ってもよろしいですか? 
その、彼のクセ、とか」

『そう? そうだね。美しく聡明な方だったよ。
たしか、トゥアゴン殿とチェスを楽しんでいたとか。
勝敗は半々だったらしいが。それから・・・クセねえ。
手先が器用な方だったな。
宝剣をバトンのように回して見せてくれたよ。
それから、話をしている間、万年室を指で回していたな。
たぶん、クセなのだと思うよ。
いつも微笑みをたやさないのが印象的だったな』

 ギルドールの話を聞き、電話を切った後、
エルロンドは頭を抱えて考えた。

 二重人格?

 いや、違うな。
グロールフィンデルもそうとう疲れているはずだから、
無意識に彼を模倣してしまうのかもしれない。

 立ち上がって秘書室をのぞくと、
そこにいるグロールフィンデルはいつもの彼に戻っていた。

「何か?」

 にこりともせずに訊ねられ、
エルロンドは「なんでもない」と答える。

「書類の方は?」

「エレストールにファックスしておきました。
30分以内に内容を確認してこちらに持って来るでしょう。
何か問題でも?」

「いや、それならいいんだ」

 いつものグロールフィンデルだ。

 社長室に戻り、座って額に手を当てる。

 一時的な意識の交換なら、問題はないだろう。

 本人に自覚はないようだが。

「エクセリオン・・・か」

 まったく、
どれだけグロールフィンデルに影響を与えている人物なんだか。

 

 

 

 話は戻って、スランドゥイル帰宅の翌日。

 社長室でグロールフィンデルは落ち込んでいた。
エルロンドの前だけ、そんな風に感情の断片をみせる。

「察するに、スランドゥイル殿に何か言われたとみえる」

 グロールフィンデルはため息をついた。

 アタリ、か。

「朝から叱られたとか」

 こくり、と頷く。

 うむ・・・。仕事上でエクセリオンの性格が出たところで、
まったく問題はないが、私生活となると・・・・問題があるのかな。
エルロンドは知らないが。

「何か悪いことでもしたのではないか?」

「そのようなことは・・・」

 自覚がないのは、かわいそうかも。

「まあとにかく、謝ってしまうことだな」

 そうですね、とかなんとかつぶやきながら、
ふらふらとグロールフィンデルは秘書室に戻っていった。

 世話のやける奴だ。
仕方がない、あとでスランドゥイルに探りを入れておこう。

 

 苦労性のエルロンドの、苦労はまだまだ続く。