レゴラスは、自宅隣に隣接されている工房にいた。昔から馴染み深い場所。
仲のよい職人やその家族がひっきりなしに出入りしている。
父が仕事で出かけている時は、ここで職人達と過すことが多かった。
それに、職人技を眺めていることも好きだ。神業のような指の動きに見惚れたりもする。

 この日は、もう職人達は帰っており、父と二人でそこにいた。
父もまた、この場所が好きであった。

 スランドゥイルのお気に入りのコレクションは自宅の書斎や寝室に飾ってあったが、
ここには磨きかけの石や、完成作品、これから削られる原石などごろごろしている。

 手に入れたばかりの、ダイヤモンドの原石を、スランドゥイルは息子に手渡した。
満悦しながら。

 まだごつごつしている透明の石を、手のひらで転がしながらレゴラスは眺める。

「けっこう大きいんじゃない?」

 天然のダイヤモンドの産出量は、年々減っている。
スランドゥイルは嬉しそうに唇を吊り上げた。

「透明度も高いしな。削り出すのが楽しみだ」

 指でつまんで、明りにかざす。引きこまれるような独特の世界が、石の中に封印されている。

「でもさ、これ、削っちゃうと、すごく小さくなっちゃうんだよね。なんか、もったいないな」

 ふふん、とスランドゥイルは鼻で笑った。

「傷や内包物を避けて理想的なブリリアントにカットすれば、
大きさはこの10分の1以下になるだろうな」

 石を握って、父を見上げる。

「逆にいえば、真に美しいカットされたダイヤモンドの輝きというのは、
その十倍以上の大きさの原石が必要になるってことだ。
それだけの原石を探すのも大変だが、人の手によって磨き出す苦労ってもんもある。
熟練された職人にしかできない技だ。
自然の石と、人間の技、その二つを合わせて、あの美しい輝きが生れる」

 原石を手に入れたことがよほど嬉しいのか、今日のスランドゥイルは饒舌だ。

「故に、人の心を惑わしもするがな」

「ホープのダイヤモンドのような?」

 有名な悪魔の石。スランドゥイルは笑って頷きながら、違う石のことが頭をよぎる。
ダイヤモンドではないが、スランドゥイルの一族、彼らの運命を握ったあの石のことを。
それは、レゴラスには関係のないことだ。もう終ったのだから。
あの石は、永遠に失われたのだから。

 どんなに美しくとも、もとはただの石。それが人の命を奪うなど、愚かにもほどがある。
だが、石の魔力に取りつかれると、この美しさの前に命の炎など値打を失わせてしまうのだ。

 何かを思い、唇を結んでしまった父の手に、レゴラスはそっと触れて笑んで見せた。

「可能性のある人間を宝石の原石に例える事があるけど、確かにそうかもね。
よりよい教師によって磨かれ鍛えられた人間は、輝きをもつもの。
もっとも、その原石の如何にもよるけど」

 そうだな、とスランドゥイルは相打ちを打つ。

「そして、磨かれた石も人も、持主を選ぶ、というわけだ」

 それを持つだけの価値のある人に。

「父さんは、そんな美しい石が好きなんでしょう?」

「美しいものは、皆好きだ。美しいのは石だけじゃないからな」

 人が作り出すものも、人では作り出せない自然が産み出すものも。

「僕も美しいものは好きだけど、石って、冷たいよね。
僕は、体温を持たない石より、温かな森や光の方が好きだな」

 スランドゥイルの微笑が、やわらかな優しさに包まれ、石を握るレゴラスの手をそっと包んだ。
レゴラスのそういうところは、母親似だ。彼女も、石の輝きより揺れる若葉を好んだ。

「だがな、レゴラス、冷たい石だって、こうやって暖めてやると温もりを持つんだ」

 手のひらの中で、石の冷たさが感じられなくなっていく。石が、体温を帯びていく。

「わしを温めてくれたのは、お前の母さんだ。そのぬくもりは、今でも消えない」

 父のやわらかな言葉は、すっと胸に染入っていく。レゴラスは微笑み、父の手を頬に当てた。

「父さんは温かいもんね」

「お前もな」

 ふりかえり、父に抱きつく。幼い頃、いつもそうしていたように。

「お前はお前の宝石を温める」

「父さんは? 違う誰かを温めてあげるの?」

 小首をひねり、曖昧に微笑んで、スランドゥイルは体を離した。

「エルロンドのところに、帰るのだろう?」

 優しく背を押され、「うん」と頷く。

 エルロンドもまた、磨かれたダイヤモンドだ。

 ぬくもりの残るダイヤの原石を父に返し、レゴラスは工房を後にした。

 息子の去った後、スランドゥイルは満足げにいつまでも透明な石の塊を眺める。
これはこれで美しい。が、更なる輝きを持たせるためには、鋭利に研がなくてはならない。
それを求める「誰か」を飾るために。

 価値を高めるために。

「もったいない気がしてきたなぁ」

 一人ごちて苦笑し、スランドゥイルは携帯電話を出した。

「いい石が手に入って、機嫌がいいんだ。見に来ないか」

 受話器の向うの声に、また苦笑する。

 冷たい石を温めるなんて、そんな趣向も悪くない。

 原石を光にかざし、これからやってくるダイヤモンドを想う。

 

 人の手により、いくらでも姿を変える。そんな石が好きだ。

 すばらしく磨かれた宝石、それを眺めるのが好きだ。

 

 そして、それをそっと手の中で温めることも。