「最近通販にハマっててね。」 夕食の後、エルラダンとエルロヒアはレゴラス相手に談笑していた。 エルロンドは残業で、今夜は遅い。 「洗剤のいらない魔法の水!」 「食べながらダイエットできる、ダイエットウォーター!」 「運動しなくても筋肉質になれる、魔法のベルト!」 「手動充電のラジオ! 災害時にも安心だね!」 なにやら次から次へと出てくる。役に立つのだか立たないのだか、わからないモノが。 「なんでこんなの、買ってるの?」 自分の目で確められない通信販売など、興味のないレゴラスは首を傾げる。 「どっちがより面白い商品を手に入れるか、勝負しているんだ。」 がっくり、と、レゴラスはテーブルに突っ伏した。 金持の道楽か………。 でもまあ、ろくに乗りもしないのに高級外車を何台も買ってみたり、 女の子に馬鹿みたいに次から次へと貢いだり、 見栄だけで高級マンションやクルーザーを買ってみたりする、 ありきたりなセレブよりはよっぽどマシか。 どれもこれも、たいした金額じゃないし。 宝石屋が言うのもなんだが、 1度くらいしか身につけないどでかいカラーストーンのリングを買い求めるマダムなども、 珍しくないことだし。 「最近のヒットは、これ!」 エルロヒアが出したのは、チープな香水ビンのようなものに入った液体。 「これでどんな女もメロメロ。(それ、死語だろう?とエルラダンは笑った。)フェロモン液!」 思わずレゴラスも噴出して笑う。 「いまだに売ってるんだ、そういうの?」 「そうそう。アヤシイ週刊誌に広告があったんだ。ウケるだろう?」 交互に手に取りながら、三人は爆笑する。 「で、使ってみたの?」 「ニオイ、嗅いでみろ?」 レゴラスは蓋を開けて、鼻を近づけてみた。とたん、ゲホゲホと咽てビンを顔から離す。 「ナニこれ? 動物の排泄物みたい。」 「だろ? 効力を試すまでもないよな。」 気色悪い物体のように、レゴラスはビンをエルロヒアに押付けた。 「これが一番のヒット?」 「まだまだ!!」 にやり、と笑ったエルラダンは、怪しい模様の描かれた箱を取りだす。 インディオか何かの肖像らしいが、かなりおどろおどろしい。 「南米の秘薬! 催淫剤!」 ほう、と、レゴラスが興味を示す。 「特殊なハーブから抽出した液を煮詰めたもの………だってさ!」 小ビン自体に色がついているので、中の液体が何色なのかもわからない。 受取ったレゴラスは、さっきと同じように中のニオイを嗅いでみた。 植物を濃縮したような香りがうっすらとしている。それほど嫌なにおいではない。 むしろ、気にしなければ気にならない匂いだ。 「効果のほどは?」 「男も女も、今までにない官能を味わえる! と、書いてある。」 「試したの?」 「誰に試すんだよ?」 そう言われてみればそうかもしれない。 この二人、性に関してはものすごくノーマルなのだ。 ガールフレンドとかはいるかもしれないが、まあきっと、 ごく普通におつきあいしている程度だろう。 もっとも、家事が忙しくてデートをする暇もあまりないだろが。 「試してみろよ、レゴラス。これ、お前にやるからさ。」 ニヤニヤする双子。 「いらないよぉ〜。」 意味ありげにレゴラスもニヤニヤする。クスリなど必要ない。 めくるめく官能の世界は、毎日のように十分味わっている。 「親父に1滴盛ってみたら?」 うーん、と、今度は考え込んで見せる。 今の性生活に不満があるわけではない。 が、興味がないといえば嘘になる。レゴラスは好奇心旺盛なのだ。 そうこうしているうちに、車のエンジン音が近付いてきて、門の前で停まった。 「おっと、親父様のご帰宅だ。」 レゴラスは玄関に走り、くだらない買物に小言をもらう前に双子はテーブルの上を片付けた。 「おかえりなさい!!」 レゴラスがエルロンドに抱きついてキスをする。 エルロンドは抱擁とキスを返してから、居間に入ってきた。 「おかえり、親父、メシは?」 「接待で済ませてきた。コーヒーだけもらおうか。」 玄関をふり返りながら、レゴラスはちょっと小首を傾げた。 「グロールフィンデルさんは? 帰っちゃったんですか?」 「客人をホテルまで送っている。 私は会社に用があったので、社に寄ってから先に帰って来た。 あとでここに寄るように言ってある。何か用事でもあったのかね?」 べつに、とレゴラスは首を横に振った。 エルラダンがコーヒーを持ってきた。自分たちの分と、レゴラスにコークも。 ソファーに座り、エルロンドはほっと一息つくようにコーヒーに口をつける。 そ知らぬ顔で双子は自分たちのコーヒーをかき回しており、 レゴラスはコークを半分ほど飲んだ。数刻の沈黙。 エルロンドは、眉根を寄せてコーヒーを口から離した。 「………お前たち、コーヒーに何か入れたか?」 レゴラスはハッとし、双子はニヤニヤ笑った。 「やっぱ、わかった?」 「ほんの1滴なんだけど。」 エルロンドはコーヒーの匂いをかぎ、鼻の頭にしわを寄せてそれを置く。 「何を入れたのだ?」 エルラダンは、ポケットに隠し持っていたレイのアレをエルロンドに差出す。 エルロンドはそれを眺め、匂いを嗅ぎ、蓋を閉めてテーブルの上に置いた。 「粗悪なドラッグだな? 原料は植物だが、何であるか特定はできない。 で、これは何のつもりなのだ?」 「催淫剤、ってモノ。どんな感じかなーと思って。 ホラ、俺ら自分で試して間違いを起しても困るし。 親父ならなあ、解消してくれる奴もいることだし、いいかなあと思って。」 悪びれもなく、ニヤーっと笑ってレゴラスの腕をひっぱる。 レゴラスはまんざらでもない顔をしている。 まったく困った悪童たちだ。エルロンドは肩を落した。 「で、どうなん? やっぱ、ムラムラとかする?」 わざとらしくレゴラスの顔をエルロンドに近づけてみる。オモチャ状態である。 「純度の高い覚せい剤の類ならともかく、 このような得体の知れない粗悪品は、効力などたかが知れている。 確かに多少は体温の上昇は感じるが、その程度だ。 それに私は精神力で平静を保つ訓練を受けているからな。 コーヒーが不味かったことに憤りを感じるくらいだ。」 なんだ、つまらない、と、双子は肩をすくめた。 もっとも、あからさまに危ないとわかっている代物を父親に試すはずもない。 「コーヒーを入れなおしてくれ。」 了解、と、双子はキッチンに戻った。 で、ちゃんと入れたコーヒーを手に戻ってくる。 エルロンドは匂いを嗅ぎ、安心してコーヒーを飲んだ。 そうこうしているうちに、グロールフィンデルがやって来た。 「ホテルまで送り届けてまいりました。」 「ご苦労。」 それから、カバンからCD−Rを出して差出す。 「明日の会議の資料、会社から持ってきておいた。確認しておいてくれ。」 「承知しました。」 グロールフィンデルがCD−Rを受取る。 エルロンドは何を思ったのか、 放置されている薬物入りコーヒーをグロールフィンデルに差出した。 「冷めてしまったのでいらん。飲んでくれ。」 「?」 なにをまた? 少し眉をしかめ、グロールフィンデルはコーヒーを受取って口元に持っていった。 そして、眉間の皺を深める。エルロンドは「飲め」と顎でしゃくる。 グロールフィンデルは小さく息を吐き、コーヒーを一気に飲干した。 主人に忠実な犬が、毒物を差出されて躊躇するが、 忠実であるが故それを口にするような表情だ。 双子は驚いて口をあんぐりとあけたが、何も言わなかった。 「資料の方だが、明日の朝一で会社で確認してくれてもいい。今夜はもう休んでくれ。」 グロールフィンデルが何か問いた気に視線を双子に向ける。双子は口元を引きつらせていた。 「さっきの話の続きだが、」 エルロンドはグロールフィンデルを無視して、息子たちに目を向けた。 「薬物に関しては、 私は多少であるがグロールフィンデルはそれに対する耐性を訓練されている。 致死量でもない限り、ほとんどのことは克服できる。」 双子の(と、レゴラスの)呆然とした表情が賞賛の表情に変る。 「私たちで試そうなどとは思わないことだ。」 言葉を失ったまま、双子は「うんうん」と頷いた。 「と、いうわけだ。グロールフィンデル、ご苦労だった。帰って休んでくれ。」 何を盛ったのか……問いただしもせず、グロールフィンデルは頭をさげて出て行った。 さてその夜半。 エルロンドは二つの真実を目の当りにした。 ひとつは、あのクスリをレゴラスも盛られていたということ。 いつもより乱れ、求めてくる。ふたつ目は、アレは遅効性で、強力だということ。 一口飲んだだけのエルロンドも、疼きを感じた。 そんなわけで、いつもより濃密な夜を過すこととなった。 やっとレゴラスを満足させたのは、明け方近く。 疲労と倦怠感にまどろみながら、エルロンドはグロールフィンデルのことを思った。 ちょっとした悪戯心と、きっと大丈夫だろうという安易な考えから彼に飲ませてしまったが………。 実際グロールフィンデルは薬物乱用の経験から、薬が効きにくい体質になっていたのは事実だ。 彼を眠らせるための睡眠薬は、規定量以上に必要だ。 とはいえ………今夜恋人と会っているとしたら、 ………スランドゥイルには申しわけないことになっているかもしれない。 多少良心が痛みながらも、エルロンドはまったりとした眠りに落ちていった。 翌朝。 迎えに来たグロールフィンデルは、多少疲労が垣間見え、 それでもいつもの寡黙さを保っていた。しかしエルロンドにはわかる。 かなり機嫌が悪い。 そそくさと車に乗り込み、会社に向うことにする。 グロールフィンデルは無言でハンドルを握っている。 釈明を問うこともしないとは、かなり不機嫌なのか。よほど恋人の怒りをかったか………。 「グロールフィンデル………昨夜は………」 「自室で仕事をしていました。 今日の会議の資料の編集と、来月までの社長の予定表の作成など。」 「ひとりで?」 「私が誰かに手伝わせるとでも?」 「いや、そういう意味ではなく………」 「ひとりです。」 …………そうか………。 エルロンドは黙り込んだ。どのように質問をすればよいのだ? あの薬が効いたかなんて。 「仕事は………終ったのか?」 「いいえ!」 珍しく強められた口調に、エルロンドは悟った。 そしてまた、沈黙。 沈黙。 「………すまなかった。効力のある催淫剤とは思わなかったので。」 ちらり、と、グロールフィンデルがエルロンドを睨む。 「双子が、あなたに飲ませようとしたのですね?」 「お察しの通り。」 「で、あなたは気付いて飲まなかった。」 「………そうだ。」 「それで私に?」 「本当に、申しわけなかったと思う。 同じクスリをレゴラスも盛られたのだ。あれほどの効力があるとは………。 まあ、お前ならそれほど影響は受けないかと………。」 グロールフィンデルが急ブレーキを踏み、エルロンドはがくんと前に傾いた。 それに抗議をしようと顔を向けると、 グロールフィンデルは鼻先をひくつかせながら前方を指した。赤信号だ。 「ええ、たいした効力ではありませんでしたよ。 しかし、資料も議事録も予定表も組みたててありませんから。 今朝の会議では資料ナシでご発言ください。」 ヒクリ、と、エルロンドの口元が引きつる。 またしても、敵に回してはいけない男を怒らせてしまったのだ。 それでも、ひとりで処理するグロールフィンデルの姿を想像すると、 それはまあ一興かなとか思ってしまうエルロンドであった。 恋人不在であったなら、スランドゥイルは命拾いしたわけだ。 数日後。 日曜の朝、グロールフィンデルはエルロンドに頼まれていた本を届けに来た。 中庭で双子はモーニングティーを楽しみ、レゴラスはまだ寝ており、エルロンドも寝室にいた。 「親父ならまだ寝ているけど?」 エルラダンは多少困惑気味に言った。 「かまいません。本を届けに来ただけですから。」 馴染の書店から、今朝早く受取ってきたものだった。 「起きましたら、渡しておいてください。」 「わかった。」 エルロヒアが本を受取る。 「お二人の今日の予定は?」 「午前中に家事を済ませて、午後からは映画でも行こうと………なんで?」 ティーカップやミルクポットの置かれたテーブルを見て、 グロールフィンデルは細く笑った。ぞっとする勝者の笑みだ。 「昨夜、社長を送って来た際、冷蔵庫にあった牛乳にちょっとしたものを混ぜておきました。 今日は出かけない方が身のためでしょう。」 双子が日曜の朝はミルクティーを飲むのを、グロールフィンデルは知っていた。 レゴラスは牛乳を飲まないし、エルロンドもミルクは入れない。 「……………………え?」 なになに??!! 何を入れた!!!! 問う間もなく、グロールフィンデルは去っていった。 双子は残った牛乳のビンを持って、エルロンドの寝室に駆込んだ。 エルロンドは起きて着替えを済ませていた。 「親父!!!」 青ざめた顔で二人はビンを差出し、先ほどのグロールフィンデルの言動を説明する。 ちなみに、レゴラスはまだぐっすりと眠っていた。 話を聞いたエルロンドは、ビンを受取り、匂いを嗅ぎ、指先につけて舐めてみる。 「確かなことは言えないが………グロールフィンデルの性格から考えて、たぶん、下剤だろう。」 双子は目眩と腹痛を感じた。 「………飲ませたのは親父なのに………!」 「私は十分に報復を受けた。」 溜息交じりのエルロンドの言葉に、双子は全身の力が抜けるのを感じた。 ああ、不可抗力だよ。不可抗力なんだよ。あんたを敵に回すつもりはなかったんだよ。 しかし全ては後の祭。 双子の日曜は、苦痛の一日となった。