「うう、俺の貞操が奪われた」 ランチを約束していたステーキハウスで(昼から分厚いステーキなんか食うなよ、普通さ) アラゴルンは泣崩れた。 「貞操なんか、あったんだ?」 一口大に切ったサーロインステーキを口に放り込みながら、 馬鹿らしいと言うようにレゴラスが答える。 「バックを奪われた」 「どこのモノ好きに?」 「××病院の外科医」 「よかったね、おめでとう」 まったく本気で取りあってくれない。 「お前、俺のことが心配じゃないんだな」 すねた大人など、可愛くない。かまって欲しいのはわかるけど。 「あのねえ、直腸検査ごときでぐだぐだ言わないの。 キミは大腸がんより肺がんか喉頭がんでしょう? そっちはちゃんと調べたの?」 そう、昨日から今日にかけて、アラゴルンは会社の健康診断、 しかも社長用フルコースを受けてきたのだ。 「指だのスコープだの、たいした太さないんだから、いつまでも大騒ぎするんじゃないよ」 「ああ、そう、お前には細いだろうが、俺には大問題だ」 「じゃあ、来年に向けて訓練しとくようにアルウェンに言っておくよ」 「妻がそんな下品なまねするか」 奥さんには大甘なアラゴルン。 「んじゃなに、誰かにお願いしておく? でも、キミを襲いたがる奴なんかいないよ。残念だけど」 「目の前にひとり」 にやりと笑うアラゴルンに、レゴラスは嫌味たっぷりに笑い返した。 「キミ相手じゃ、起つものも起たないよ」 真昼間の普通のレストランで話す話題じゃない。 が、男ふたりの下ネタである。さして気にする奴もいない。 「食欲ないなら、その肉、食べてあげるよ」 「それとこれとは話が別」 大食漢の男ふたりは、ステーキの大皿をぺろりと平らげた。 その日の夜。 エルロンドの家でアラゴルンは夕飯をご馳走になっていた。 アルウェンは帰省中である。そしてエルロンドの手には、アラゴルンの検診の結果が。 「問題ないようだが、喫煙は少し控えたほうがいい。赤ん坊も生れるのだし」 義父に釘を刺されて、アラゴルンは肩をすくめた。 「若いのに直腸検査までするんだ?」 双子はからかいムード全開。 「経営者たるもの、健康管理に行きすぎはない」 エルロンドはぴしゃりと言い放った。 「じゃ、当然親父も・・・?」 笑いをこらえたエルラダンが、父親に視線を向ける。 「正当な医療行為に、何か問題でも?」 何を馬鹿なことを聞くのだというように、エルロンドはさらりと言う。 己の痴態を思い出したように、アラゴルンは肩を落す。 「お前らも、一度やってみるといい。 検査と分っていても、ケツを出すのは恥かしいぞ!」 顔を赤らめたアラゴルンの叫び。 「俺たちは、お前と違って不摂生はしていないからな。内蔵に不具合はないぞ」 双子はニヤニヤ笑っている。 「なあ、レゴラス?」 話をふられたレゴラスは不摂生の塊であるが、まったくの健康体。 「そうそう」 アラゴルンをからかって、まったく楽しそうである。 不貞腐れたのはアラゴルン。味方はまったくいないらしい。 「そうだよなあ、触診なんか、毎晩だもんな」 嫌味を言ってみるが、のれんに腕押し。恥しがる輩でもない。 それに、実際そうなのだから、否定しようもない。 「親父は無免許の医者みたいなもんだから。 まあなあ、かりにレゴラスが体調崩しても、絶対知らない医者には見せないだろうな。 そうだろう?」 当然だ、とエルロンドは頷く。 よっぽどのことがない限り、他人に恋人の・・・ ましてや下半身など触らせるものか。 「そういえば、グロールフィンデルも健康診断は受けているのか?」 ふと、今はいない秘書のことを思い出す。 エルロンドが真顔でバリウム飲んだり直腸検査受ける図も想像しがたいが、 あの堅物秘書が医者の言いなりに検査を受けるってのも、にわかに想像し辛い。 「血液検査など、機械を通すものは外注に出すが、ほかは私が見ている。 採血程度なら私にもできるのでな」 ええ〜・・・? さすがに全員が目を丸くする。 「なんで?」 「医者嫌いとか?」 エルロンドは、にこりともしない。 「秘書の体調管理も、私の責任だ」 「でも、それはやりすぎじゃないか?」 うんうん、とアラゴルンも頷く。 レゴラスだけは、ぽん、と手を叩いた。 「グロールフィンデルさん、他人に身体見られたり触られたりするの、 すっごく嫌がるよね? 僕は見たし触ったけど」 触ったのかぁ? アラゴルンの頬は引きつり、嫉妬持ちのエルロンドもヒクリと眉を持ち上げた。 「そうだ」 実際レゴラスがグロールフィンデルにじゃれ付いている姿を知っているので、 エルロンドもなんとか平静を保っている。 「きれいな肉体しているから、隠しておくのもったいないけどね」 純粋に筋肉が好きなレゴラスはうっとりとする。 レゴラスの趣味を理解している双子もアラゴルンも、諦めの溜息をついた。 分っていても、嫉妬に震えるのはエルロンド。 いやいや、大人気ない。ここは押えて押えて。 「じゃあナニ、触診とかもしちゃうわけ?」 「必要ならば」 「もしかして、血圧の数値から内臓の位置まで知っているとか」 「そうだな」 うわー・・・大人のカンケイ〜 「・・・・・親父、グロールフィンデルと、どういうカンケイ?」 エルロヒア、当然の質問。 「社長と秘書、だ」 それはうそだ・・・ 誰もが心の中で叫んだ。 さて、一同が解散した後。 いつものベッドの中。 「エルロンド様って、グロールフィンデルさんのこと、なんでも知っているんですね」 シャツ一枚でごろごろしている恋人に、ちょっと肩をすくめる。 「なんでも、というわけではない。 知合う前のことは、紙の上の情報でしか知らないからな。 一番大切な部分を、私は知らないのだと思う」 今一番グロールフィンデルを知っているのは・・・理解しているのは、 スランドゥイルであろう。 「そういうふうに言えちゃうのって、すごい。 エルロンド様って、グロールフィンデルさんの最高の理解者なんですね。すごいな。 グロールフィンデルさんも、エルロンド様のこと、誰より理解していますもんね。 ・・・・そういうのって、うらやましい」 うらやましい? 自然と顔がにやける。 「嫉妬するか?」 「しますよ〜。僕、エルロンド様のこと、何も知らないもの」 こんなに毎晩ベッドを共にしていても、知らないというか。 「私の過去を、知りたいか?」 その問には、レゴラスは視線を天井に漂わせた。しばらく考えてから、 「やっぱりいいです」 と、にこりと笑う。 「今のエルロンド様が好きだから」 少しだけ首を傾げて笑うレゴラスに、エルロンドは覆い被さった。 過去を詮索しない、そんなレゴラスだからこそ、何より愛せるのだ。 「ん〜・・・でも、健康診断までしちゃうってのは、嫉妬しちゃいます」 「してほしいか?」 頬を染めて、レゴラスが頷く。 「では」 エルロンドはにやりと笑った。 「触診をはじめよう」 大人のお医者さんごっこ・・・。 ちなみに、一方、グロールフィンデルは最愛の男に足蹴にされていた。 「済んだら抜けぇ! 痛いだろうが!!」