早朝、いつものようにグロールフィンデルは目を覚ました。

 この男、実に健康的な生活習慣の持ち主である。

 で、目覚めたのは・・・・いわずと知れた恋人の家のベッドの中である。
昨夜の満足もあり、気持ちよい目覚めを迎えた。

 見下ろせば、乱れた金髪で丸くなっている男が一人。つい口元がにやけてしまう。
あまりに無防備なうなじに、キスをして肌を撫でる。
眠る男は、くすぐったそうに肩をすくめる。
そんな反応が愛しくて、ついつい悪戯をしたくなる。
うなじから胸にキスを落とし、腰から下のラインに指を走らせる。

「んー・・・」

 スランドゥイルは寝返りをうった。が、まだ起きそうもない。

 ならば、と、わき腹をそろりと舐める。

「・・・・やめろぉ・・・」

 寝ぼけたしぐさで腕をふる。
ふふ・・・と鼻で笑うグロールフィンデルは、次の言葉で凍りついた。

「やめんかぁレゴラス」

「・・・・・・・・・」

 上体を起こしたままの姿勢で、真っ白になる。

 今・・・・息子の名前を呼ばなかったか?

 そりゃあ、尋常ならぬスキンシップをする親子だとは思っていたが・・・・。

 

 アリ?

 

 しかもスランドゥイル、実に幸せそうな寝顔をしている。

 ヒクヒクと鼻を引きつらせて、
グロールフィンデルは逃げるようにベッドを降りた。

 ふらふらとシャワールームに向かうグロールフィンデルは、
スランドゥイルの寝言の続きを聞いてはいなかった。

「やめろぉ・・・わしの肉を食うなぁ・・・・」

 

 

 

 悶々と妄想はひろがる。
そうでなくとも、キスをしたりくすぐりあったり・・・の、
スキンシップは年中目にしているのだ。

 横たわるスランドゥイルの上で、レゴラスが気持ちよさそうに身体をゆする。
その唇からは絶え間ない快楽の喘ぎ声が・・・。

「・・・・」

 悪夢を振り払うように頭を振り、グロールフィンデルは仕事に集中しようと努めた。

「また悩み事か?」

 顔を上げたグロールフィンデルの前に、エルロンドが書類を抱えて立っていた。

「いえ、別に」

「痴話喧嘩の仲裁なら、もうしてやらないからな」

 グロールフィンデルの前に書類を落とす。

「・・・痴話喧嘩など・・・」

「違うならいい」

 きちんとサインされた書類を確かめながら、グロールフィンデルがまた溜息をつく。
そんなグロールフィンデルを見て、エルロンドも溜息をつく。
もう関わってやらない、と思いながら社長室に入り、椅子に座って、
まだ山のように残っている書類を見る。
そのひとつを手にとってから、やっぱり放って置けなくて席を立つ。

 秘書室に戻ると、グロールフィンデルは仕事をしていた。

 一応。

「一休みしたい。コーヒーを持ってきてくれ」

 そう告げると、心なしか心ここにあらずのグロールフィンデルも立ち上がった。

 

 

 

 社長室で向かい合って、無言でコーヒーを飲む。

 さて、どう切り出したものか。

 一緒になってコーヒーを飲んでいたグロールフィンデルは、
肩を落としながらコーヒーカップを置いた。

「レゴラスは・・・」

 重い口調に、エルロンドは神経を尖らせた。

「父親と・・・どれほどまでの関係・・・なのでしょう」

「は?」

 ひくり、と口元を引きつらせてグロールフィンデルを凝視する。

「何か問題でもあったのか?」

「いえ・・・」

 否定してから、思い悩むように片手を口に持っていく。エルロンドは眉を寄せた。

「寝言で・・・よくレゴラスの名前を呼んでいるので」

「・・・・・・・」

 これは、笑い飛ばすべきジョークなのか?

 エルロンドは腕を組んで頭をひねった。

 レゴラスのファザコンは周知の事実で、
スランドゥイルの息子溺愛ぶりも尋常ではないが。
・・・・あえて指摘されると、エルロンドも不安になってくる。
笑い飛ばしていいのかどうか・・・。

「ん、まあ・・・あの二人は異常なほど親密だからな。
でも、まさかそんな節操なしでもあるまい」

 本当に?

 急にエルロンドも血の気を引くのを感じた。

 そもそも、レゴラスみたいな少年が
父親と年の変わらないエルロンドとデキてしまうこと自体おかしいのだ。

 いや、まさか。

「事の最中に名前を呼んだわけでもあるまい」

 引きつった笑いを見せるエルロンドに、グロールフィンデルは視線を外した。

 

 否定しろよ!!

 

「くだらない心配をするな」

 エルロンドは自分に言い聞かせるように強く否定した。

 

 

 

 休日の朝、いつものようにエルロンドは朝食後のコーヒーを飲みながら、
ゆったりと新聞を広げている。
何種類もの新聞を、それぞれが思い思いの姿勢で読んでいる、和やかな朝の風景。

 エルラダンは地方紙のゴシップ記事をニヤニヤしながら読んでいた。
別の新聞を読んでいた相方の腕を引っ張り、その記事を二人で読んで笑う。
それから二人は、寝転がって経済紙の広告を眺めていたレゴラスを呼んだ。
レゴラスが読んでいたのは、ヴィトンの新作発表パーティーの記事だった。

「どう思う?」

 差し出された三面記事を真剣な顔で読んだレゴラスが、二人に真顔を向ける。

「僕は別にいいと思うけどな」

「ええー? そうか? だって、実の父親が息子と性的関係になるんだぞ?」

 エルロンドは、手にしていたコーヒーをこぼしそうになった。

「だって、お互い了承の上での関係でしょう? 虐待とは違うと思うな」

「でも、血の繋がった親子だぞ?」

「愛情の上でのセックスは暴力じゃないと思うし。
殴ったりするよりは、愛し合う方がずっといいよ」

「でも親との肉体関係は、子供の精神衛生上よくないんじゃないか?」

「親に愛されてるって実感は必要だよ」

 コーヒーを持つ手がふるふると震える。
エルロンドはかろうじてコーヒーカップをテーブルに戻した。

「んじゃあ、お前は自分の父親とそういう関係になってもいいんだな?」

「っていうか・・・でも・・・いつも一緒に寝てたし。
僕は父さんのことは何でも知ってるつもりだし。
お互い隠し事はしない主義だからなあ。
ああ見えて、父さん、けっこう寂しがりだから、よく抱き合って寝てたよ」

 エルロヒアは父親の視線に気がついた。
この手の話題、エルロンドはたいてい不快な表情をするのに、
今日は困惑しているようだ。

「でもほら、子供っていつかは親離れするもんだしさ。
僕は今、エルロンド様と愛し合えて幸せだと思うし」

 顔を上げて、レゴラスは嬉しそうに笑う。

 エルロンドは、「父親とベッドに何をしていたのか」
質問が喉まで出掛かるのを感じていた。
自分とベッドインした時のレゴラスの甘え方や、欲情しているときの誘い方、
またはそれの受け方・・・ぐるぐると頭の中で回る。
あんな潤んだ瞳を父親に向けていた・・・なんて、容易に想像がついて恐ろしい!

「親父はどう思う?」

 エルロンドの考えなどつゆ知らずのエルラダンが何気に問う。

「・・・・・愛情のあり方は、人それぞれなのだろう」

 無難な答えを出してみる。そりゃそうだ。
常識人から見れば、エルロンドとレゴラスの関係も不純極まりないわけだし。

 双子は肩をすくめた。

 

 

 

 そんなあらぬ心配を、
グロールフィンデルのみならずエルロンドまで抱えてしまう始末。
当のレゴラスは、何も知らずに飄々としている。

 そんな折、取引先の重役から食事の誘いを受けた。
ボージョレーの解禁間近である。
高級レストランの一室を借りての接待・・・の予定であった。
直前になっていろいろとアクシデントが続き、結局、
その重役は出席できないことになってしまった。
そのかわり、レストランの予約はそのままに、
ご家族で食事を楽しんでください・・・というイベントに変更された。

 息子たちはその日、用があって出てこられない。
解禁前のボージョレーを目の前にぶら下げても、
女の子のバースデイパーティーを優先させる、双子はごくノーマルな若者であった。

 それじゃあ、と、エルロンドは最愛の恋人の父親を食事に誘うことにした。
男ばかりの食事など気が進まないと渋っていたスランドゥイルも、
ワインをちらつかせると飛びついてきた。

 特別室で他の客の目がないとわかってはいても、公共の場である。
スランドゥイルもレゴラスも、それらしい服装でそれらしい態度で、
優雅なマナーで食事を進めた。もちろん、グロールフィンデルも一緒である。
お目当てのワインをグラスに注がれて、
スランドゥイルはクールにそれを口に運んでできばえを評価した。
その知識は、エルロンドでもかなわないものだろう。
だてにワイン好きではない。
スランドゥイルのワインの知識は、レストランのソムリエをうならせるものであった。
完全に脱帽するソムリエに、連れて来たエルロンドも満足する。
普段悪態ばかりをついている横暴な男と、同一人物とは思えないほどだ。
いやだからこそ、あのグロールフィンデルが惚れるのであり、
レゴラスが敬愛しているのだろうが。

 食事も終わり、ワインを楽しみながら世間話になる。
スランドゥイルもリラックスして、微笑みながら会話を楽しんでいた。

「それでね、この前×××新聞に興味深い記事があったんだ」

 レゴラスは、それこそ普通の三面記事の話題のように先日の問題記事の話を父親にした。

「DVを愛情と履き違える人は多いけど、
それによって愛情を感じる人間も確かにいるし、
一概にそれを問題視していいものかと僕は思うんだよね」

 たぶん、そんな社会的話題もこの親子のいつもの会話なのだろう。
スランドゥイルは真剣に息子の話を聞いていた。
話題が話題だけに、エルロンドもグロールフィンデルも、
ぴりぴりと神経を耳に集中させている。

「そうだなあ」

 ワインを飲みながらも、スランドゥイルも茶化す気はないようだ。

「確かに一方的な暴力じゃないんだろうな。
被害者とされる方の人間も、
たとえ子供であっても自分の意思でそれを受け入れていると証言しているわけだし、
その関係に、第三者が簡単に己の常識を持ち込むのは正しくはないかもしれない」

 興味がないという顔をしながらも、グロールフィンデルの動きが止まっている。

「でもなあ、レゴラス。
わしは親としてやっぱり超えてはいけない一線があると思うぞ」

 息子を諭すようにスランドゥイルはレゴラスを見つめる。

「愛情と性的衝動は必ずしも一致しない。
親は子供の将来に責任があるわけだ。
もし仮に愛情の同一線上として性的衝動を息子や娘に感じたとしても、
容易に関係を結ぶべきではないだろう。
愛情を知らしめるだけなら、肉体関係など結ばなくても十分なはずだ。
愛しているなら余計に、肉親を安易な性的対象として捉えることは控えた方がいいと思う。
それが知識も経験もある大人同士なら話は別だが。
子供は親がそれが愛情表現なのだと教えてしまえば、
それを安易に信じてしまうからな」

 父親の話を聞いていたレゴラスは、うんうんと頷いた。

「でも、もし仮に僕が父さんにそういった愛情を求めたら、父さんはどう対処する?」

「どれだけ愛しているか、どれだけ大切に思っているかを言葉で説明する。
わしはお前に愛情をかけてきたつもりだし、それを表現してきたつもりだ。
それで満足できないとしたら、それはわしの責任だろう」

 真剣に話を聞いていたレゴラスは、ニコーっと笑った。
たぶん、父親の愛情を再確認して嬉しかったのだろう。

 息を詰めて聞いていたエルロンドとグロールフィンデルは、密かに溜息をついた。

 

 そうか、レゴラスよりスランドゥイルの方が常識人なのだな。

 よかったよかった。

 

「スランドゥイル殿、ワインの追加をしますか?」

 安心したエルロンドは、晴れやかに訊ねる。
スランドゥイルはにこやかに片手を挙げた。

「いやけっこう。十分美味しいものをいただいた」

 その隣で、レゴラスは父親を肘でつついてニッと笑った。

「もっと落ち着けるところで飲みなおしたいんでしょう?」

 肯定するように、スランドゥイルもにやりと笑った。

 

 

 

 落ち着けるところ。

 スランドゥイルはグロールフィンデルのマンションで、
ソファーで大の字になって手酌でワインを飲んでいた。
さっきまでの姿はどこにもない。
つまみを作りながら、グロールフィンデルはそんな彼にも愛情を感じていた。

 安心して酔っ払っているスランドゥイルを押し倒してみると、
よほど機嫌がいいのかスランドゥイルも腕を絡めてきた。

「・・・この前、寝言でレゴラスの名前を呼んでいた」

 思い切って口にしてみる。
何のことかわからないスランドゥイルは目を見開いて見せ、
それから首をひねった。

「息子に欲情するほど、餓えちゃいないぞ? 
だいたいなあ、てめぇこの前イクとき誰の名前呼んだんだ? あー?」

 指摘され、グロールフィンデルが青ざめる。
そんなグロールフィンデルをからかうが楽しいらしい。
スランドゥイルはにやりと笑い、自分にのしかかっている男を押しのけ、
テーブルのワインに手をのばした。

「コンビーフが食いたいなあ」

「買ってくる」

 すくっと立ち上がるグロールフィンデルを、ニヤニヤ笑いながら見る。

「嘘だ。許してやるよ」

 スランドゥイルを見下ろしていたグロールフィンデルも、ふと微笑む。

「お前のために、何かをしたいのだ」

 服を整えて出て行くグロールフィンデルを眺めながら、
スランドゥイルはくすくすと笑って呟いた。

「やばいなぁ・・・本気で絆されちまう」