「痛てえ!」 スランドゥイルは色気のない叫びをあげるも、 相手は聞き入れる素振りなどまったくない。 「放せ! バカヤロウ!」 一応抵抗してみるが、体力でかなうはずもない。 むしろ、サディスティックな本能を刺激するだけ。 暴れる男を無理矢理押さえ込んで、 グロールフィンデルは本能を全うさせた。 で、事が済むと立場は逆転する。 「テメエ! いいかげんにしろよ!!」 かなりご立腹のスランドゥイルに、 グロールフィンデルは肩をすくめる。 そりゃあ確かに、肉体関係は今に始まったことではないが・・・・。 今まではスランドゥイルもかなり我慢していてくれていた。 それが最近は、素直だ。 痛いと言っては暴れて抵抗する。 しかしそんなことで何とかなる男の本能ではない。 結局、体力差に任せて無理矢理押し倒してしまう、 強引なグロールフィンデルであった。 「冗談じゃないぞ! ヒトのナカで2回も3回も出しやがって! いいか、当分テメエには付き合わないからな!」 鼻息荒く服を着込むと、スランドゥイルは毛布に包まり、 背を向けて寝てしまった。 翌日。 エルロンドは、グロールフィンデルの機嫌が悪いことに、 朝から気付いてはいた。 もちろん仕事に支障が出るわけではないが、むすっとしている。 以前より感情を表に出しやすくなっているようだ。 仕事のストレスを溜めるような性格でもない。 原因があるとしたら、ひとつだ。 エルロンドの携帯がなり、 出ると、レゴラスの明るい声が響いてきた。 『エルロンド様、すみません。 今日社長が休んじゃったので、代わりに仕事しなくちゃならないんです。 今夜、帰るの遅れます』 「スランドゥイル殿が? どこか具合でも悪いのかね?」 『いいえー。 だるいとか腰が痛いとか言ってるみたいですから、たぶんサボリです』 レゴラスの声はいたって明るい。 少しの間を置いて、エルロンドは「そうか」と応えた。 「気をつけて帰ってきなさい」 『はーい!』 電話を切ってから、片手で頭を押さえる。 スランドゥイルが腰痛・・・以前にもあったな。 それも、原因はひとつだ。 しかし、だったらなぜグロールフィンデルの機嫌が悪いのだろう? 喧嘩でもしたのだろうか。 秘書室に内線を入れ、コーヒーを持ってくるように命令すると、 グロールフィンデルはすぐにコーヒーを持って現れた。 それを来客用のソファーの方に置くよう指示し、 グロールフィンデルに座るように言う。 不機嫌そうなグロールフィンデルが座ると、 エルロンドは正面に座って単刀直入に原因を尋ねてみることにした。 友人として、相談にのる・・・と。 かなり躊躇したあと、 よほどグロールフィンデルも悩んでいたのだろう、白状した。 つまりは、やりすぎ、なのである。 エルロンドは頭を抱えた。 実際、グロールフィンデルの心境は痛いほどわかるのだ。 なぜなら。エルロンドもまた、自分の中の凶暴性に気付いているからである。 そういう血筋なのだ。 そういうのは、とにかく場数と経験だ。 少なくともグロールフィンデルよりはエルロンドの方が 自分を押さえる術を身に付けているし。 それに何より、レゴラスは時折乱暴にされることさえ喜ぶ。 だから、上手くやっていけるのだ。 しかしー・・・・なんというか、 あくまでスランドゥイルはノーマルなわけだ。 凶暴なグロールフィンデルをなだめられる、ただ一人の男だ。 しかも、決してマゾではない。 それに、グロールフィンデルほど化け物並の体力を持っているわけでもない。 自分が手取り足取りテクニックを教えるわけにもいかないし ・・・・こればかりは。誰かで練習するわけにもいかないだろう。 「嫌われたわけではないのだ。機嫌が直るまで、少し自重するのだな」 それくらいしか言ってやれることはない。 数日後。 夜、珍しくレゴラスは父親の車で送ってもらってきた。 スランドゥイルもエルロンドの家に抵抗を感じなくなっているのだろう。 出迎えに出てきたエルロンドは、にっこりと微笑んだ。 「中でお茶でもいかがです?」 「いや、いい。すぐに帰る」 今夜は息子たちは友達と遊びに行き、不在であった。 「そうおっしゃらずに」 エルロンドは食い下がってみた。 「今日、フランスからの来客の接待がありまして。 手土産にワインをいただいたのですが、 なにせ我が家では飲む者がおりません。 よろしかったら差し上げたいのですが」 それは本当だ。もらったワインは、 あとでグロールフィンデルに渡して仲直りのきっかけに使ってもらおうと思っていた。 だがちょうどいい。 双子がいないということは、 代わりにグロールフィンデルが家にいるということである。 帰宅して、自分のコーヒー一杯も入れないエルロンドである。 ワイン、の言葉に、スランドゥイルも顔をほころばせる。 「どうぞ」 促されるままに、スランドゥイルは車を降り、家に入って行った。 リビングのソファーに座ると、 エルロンドは約束のワインの箱を持ってきた。 「いいなあ、こんなものを年中貰えて」 銘柄を確かめながらスランドゥイルが呟く。 いいなあ、とか言われても、 アルコールに興味のないエルロンドは困ってしまうのだが。 「こんなものでよろしければ」 エルロンドはワインなど貰うより、 コーヒー豆でも貰った方が嬉しいのだが。 レゴラスも父親と一緒に座り、世間話でも・・・と思っていると、 キッチンから問題の男が顔を出した。 「誰ですか、こんなものを冷蔵庫に入れっぱなしにしているのは」 キッチンの片付けをしていたグロールフィンデルが、 封の切られたワインを差し出す。 「あ、エルラダンが昨日ミートソースを作ってましたよ」 ソファーの背に寄りかかって、レゴラスが笑う。 「そういえばそうだったな」 エルロンドも笑ってみせる。 ひき肉を煮込むのに使ったらしく、半分減っている。 「そのまま飲みもせずに酸化させるつもりでしたね?」 グロールフィンデルは潔癖に近い。 古くなったワインがいつまでも冷蔵庫で眠っているのが我慢できないらしい。 「飲んでやろうか?」 スランドゥイルがニヤニヤする。 「上等のものではありませんよ?」 「腐らせるくらいだったら、飲んじまった方がいい」 おおらかな性格だ。 グロールフィンデルはグラスとワインをリビングに持ってきた。 「社長もお飲みになりますか?」 「では、少し貰おうか」 グロールフィンデルはエルロンドの分もグラスを持ってきて、 自分はありあわせのものでつまみを作るためにキッチンに戻った。 じっとしていられない性格だ。 それを放っておいて、 何気ない世間話をしながら大人二人がワインを酌み交わす。 エルロンドが珍しく飲んでいるせいもあるのか、 レゴラスも父親のグラスからちびちび盗み飲みをしていた。 グロールフィンデルがハムのカナッペを作って持ってくる頃には、 いつものように親子のふざけあいがはじまっていた。 父親がエルロンドと仲良くしてくれることが、 レゴラスには嬉しくてたまらないのだ。 「あーグロールフィンデルさん、見て見て!」 わずかに頬を染めたレゴラスが、 何を思ったかスランドゥイルの髪を後ろから束ねて持ち上げると、 そのうなじに噛み付いた。 「!」 引きつったのはグロールフィンデルもエルロンドも同じ。 「うああ」 情けない悲鳴をあげて、スランドゥイルは崩れ落ちる。 「父さんはここが弱いの!」 ニコニコと悪びれないレゴラス。 「貴様あ! 何しやがる!」 今度はスランドゥイルがレゴラスを羽交い絞めにし、 シャツをめくりあげると背中を指でなぞる。 「いやあー」 けらけら笑いながらレゴラスが身をよじる。 この親子、いつもこんないやらしいことをしているのか・・・・・。 どたばたとソファーの上で転げまわりながらくすぐり合う親子を、 冷や汗だらだらしながらエルロンドは見守る。 グロールフィンデルの反応が気になり、ちらりと見やると、 グロールフィンデルは呆れた素振りを見せながらも、 目は真剣に親子を見つめていた。 うーむ、まっとうなスキンシップを知らないグロールフィンデルだ。 たまにはいい刺激になるだろう。 「・・・・・・」 楽しそうに父親にじゃれるレゴラスを見つめていたエルロンドは、 突然すっくと立ち上がると、リビングを出て行った。 グロールフィンデルは横目でチラッと見ただけで、声もかけない。 「ああ」 気付いたレゴラスが父親の手をもぎとって、哀しそうな声をあげる。 「もう! 父さんが馬鹿なことするから!」 「馬鹿はお前だ! お前がはじめたんだろうが!」 レゴラスはべっと舌を出すと、エルロンドのあとを走ってついていった。 エルロンドは書斎に入ると、 きれいに並べられたハードカバーの本の前でたたずんだ。 「エルロンド様・・・・」 後ろから、そっとレゴラスが声をかける。 「・・・・・ああ、すまない。ちょっと用を思い出したもので」 革張りの背表紙に、指を走らせる。 それは、感傷に浸るときの癖だった。 「エルロンド様?」 「私は・・・・父親を知らないのだよ。 親代わりに私を育ててくれた者にも、無条件で愛された覚えはない。 ・・・・私がお前を求めるのは、お前が私の持っていなかったものを ・・・本当は欲しかったものを、持っているせいかもしれない」 誰かと心底笑い合い、ふざけた経験など・・・・本当に幼少の頃、 今はもういないたった一人の兄弟とだけだった。 裏切ったのは、自分なのか? 「僕には、エルロンド様だけです。 父さんは好きだけど、やっぱり違う。 僕が安らげる場所は、エルロンド様のところだけです」 エルロンドの背中から、ぎゅうっと抱きつく。 「すまない、こんな話をして」 振り向いたエルロンドは、レゴラスにキスをした。 レゴラスははにかみながら微笑んだ。 「エルロンド様がご自分の事、話してくれるの、すごく嬉しい。 僕は、少しでも役に立てますか?」 もう一度キスをして、二人は強く抱き合った。 エルロンドが先を歩き、リビングに戻る。 リビングの入り口で、エルロンドは顔を引きつらせて立ち止まった。 その背中にレゴラスが鼻をぶつける。 ソファーに座ったままのスランドゥイルに、 グロールフィンデルがキスをしている。 「どうしたんですか?」 鼻をさすりながら、レゴラスが顔をのぞかせると、 二人はもういつもの何気ない立ち位置に戻っていた。 「・・・・いや、なんでもない」 エルロンドは引きつった顔を戻す。 こいつら・・・心配などしてやって損をした。 「おう、戻ってきたか」 いつもの口調のスランドゥイルの手には、空になったワインのビン。 「わしは帰る」 「お飲みになっているのですから、送らせましょう」 「いや、自分の車だし」 実際大して飲んではいない。足取りも確かだ。 「車だったら、明日僕が会社まで持っていくよ」 相変わらずレゴラスはニコニコ。 うーん、とスランドゥイルは頭を掻き、 「ま、いいか」 と了承した。 いやあ、一件落着。めでたしめでたし。 エルロンドは心の中で拍手した。 さて翌日。 グロールフィンデルの機嫌も、 さぞよくなっているだろうというエルロンドの予想は・・・・ 見事に外れた。 不機嫌、というより、落ち込んでいる。 さすがにエルロンドはグロールフィンデルを呼びつけ、 ソファーに座るよう強く命令する。 「いったい、今度は何をしたんだ?」 せっかくお膳立てまでしてやったのに! どよんとした空気に包まれながら、グロールフィンデルはぼそりと白状した。 ベッドで、他の男の名を呟いてしまったのだ。 これ以上ないというくらい、エルロンドが引きつる。 それはマズイ。絶対してはいけないことだ。 もし自分が、かの恩師の名前を間違いでも口走ろうものなら・・・ レゴラスはなだめるのに1週間はかかるだろう。 いやまて。 それでスランドゥイルの機嫌を損ねてしまったということは・・・ 嫉妬してもらえるまでの関係になったということか。 それは・・・喜ばしいのか? 「お前が悪い。土下座して謝るんだな」 エルロンドは冷たく言い放ち、 もうこいつの悩みを聞いてやるのはやめようと心に誓った。