「アラゴルンに負けたーー!」

 夕方、帰ってくるなりレゴラスはソファーに転がった。
本日の買出し担当エルロヒアが、しっかりその腕に捕獲されている。

「悔しい! 悔しい!! あのアラゴルンに負けるなんてーー!!」

 果物や野菜、缶詰などがカーペットの上に点々と散らばっている。
エルラダンはそれらを拾い集めて、捕獲され動揺している兄弟を見る。
こんな時、たいてい捕獲されるのはエルロヒアの方だ。
エルラダンの方だったら、もっと上手く立ち回る。

 そんなわけで、助けを求める片割れの隣に座り、
エルラダンはレゴラスの頭を撫ででみた。

「何が悔しいって?」

 胴にしっかりしがみついていたレゴラスは、ぱっと顔を上げた。

「ビリヤード! アラゴルンに負けたんだ!」

 双子は顔を見合わせた。

「・・・・・ビリヤード?」

「そうだよ! そりゃ、やったことはなかったけどさ。
でも、あのアラゴルンに負けるなんて思わないじゃない! 
あああーーー賭けなんかするんじゃなかったあ!」

 双子は、もう一度顔を見合わせて眉を寄せる。

 さて、この場合、どこからツッコミ入れようか・・・。

「ビリヤード、やったことなかったんだ?」

 なんとか逃れようと、身をくねらせながらエルロヒアが問う。
・・・・馬鹿だなあ、そんなことしたら余計羽交い絞めにされるってのに
・・・・・と、エルラダンは思う。
そのとおり、絶対に逃がすまいとレゴラスの腕に力がこもる。

「僕、遊びってほとんど知らないんだ。
玉突きなんかする時間があったら、射撃場に行ってるよ」

 レゴラスの場合、射撃場に行くことが遊びなのだが。

「ビリヤード上手いと、女にモテるぞ?」

「有閑マダムはビリヤードなんかしないの!」

 このホスト・・・まともな年相応の女の子にはまったく興味がない。
そりゃあな、エルロンドみたいな金持ちの親父が好みなんじゃな・・・。

「で、何を賭けたんだ?」

 エルラダンは、猫にでもするみたいに、レゴラスの顎の下をくすぐる。
その辺は弱点で、くすぐったそうにレゴラスは頭を振った。
で、力の抜けた瞬間、エルラダンは片割れを引き剥がしてやる。
エルロヒアは相棒の反対側に周り、大きくため息をついた。

「一晩、何でも言うこと聞くって」

 むすっとしたレゴラスが答えると、双子は同時に身を引いた。

 アラゴルンのことはよく理解してるし、
何でもなんて言ったら、そりゃもう・・・・・。

「そりゃ、やばいだろう?!」 

 エルロヒアがソファーの後ろから叫ぶ。

「だってぇ! 負けるなんて絶対ありえないもん!」

 ばかばかばか・・・・なんて自意識過剰な大馬鹿者なんだ!
やったことないゲームで勝てるなんて、本気で思ってたのか? 
しかも、アラゴルンの性格からして、
自分が負ける勝負なんか仕掛けるはずないのに・・・
(いや、いつも仕掛けて玉砕しているか? レゴラスに対してだけは)

「ちなみに、お前が勝ったらどうするつもりだった?」

 エルラダンが顔をゆがめながら聞いてみる。

「韓国焼肉食べ放題」

 双子はいっせいに崩れ落ちた。

 ああ、そう、そんな奴だ。

「肉食いたいなら、親父に言え」

「えーー? だってチャイナタウンの場末の焼肉レストランだよ? 
エルロンド様が行ける訳ないじゃない! 
アラゴルンみたいな小汚い奴と一緒でなきゃ、僕だって行けないよ」

 小汚い・・・・そりゃ確かに。
仮にも会社社長で、エルロンドが養父で、
超お嬢の嫁さんがいたとしても・・・・奴は小汚い。

「でも、男に二言はない! 覚悟決めてアラゴルンの家、行って来る。
エルロンド様には内緒にしておいてね」

 男って・・・・お前ほどその台詞の似合わない男もいないだろう。

「極力努力はしてみるが」

 双子は震え上がる身振りをして見せた。
帰って来て、いるはずのレゴラスがいなくて、
連絡もなかったら・・・・考えるだけで恐ろしい。

 レゴラスは、ふんふんと肩を怒らせて出て行った。

「さて、どうしたものか?」

「そりゃ、俺たちに言いに来たって事は、
手をまわしてくれって事だろう?」

 双子は腕を組んで頭をひねった。

 まあ、アラゴルンとて、
本気で親父のものに手を出すほど命知らずじゃないだろう。
どこまでする勇気があるのか、みて見たい気もするが。

「無難な線を行きますか」

 双子は顔を見合わせて、うんうんと頷いた。

 

 

 

 レゴラスは、アラゴルンの家に着くなりソファーにどっかりと座った。

「アルウェンは?」

「実家に帰ってる」

 週に一度、アルウェンはガラドリエルの家に泊まりに行く。それが今日だ。

「んじゃ、早く命令してよね」

 レゴラス、かなり不貞腐れてる。

「そう焦るな。夜は長いし」

 ニコニコと嬉しそうなアラゴルン。さて、何からしますか。

 レゴラスの隣に座り、肩を抱く。

「抵抗するなよ。約束なんだからな」

 唇を尖らせたレゴラスは、ふん、と鼻を鳴らした。

 とりあえずは・・・・キス。

 顎を掴んで強引に唇を重ねる。
レゴラスはじたばたと両手を動かしたが、押しのけようとはしない。
よしよし。アラゴルンはほくそえんだ。

 それから、レゴラスの白いシャツの胸のボタンを器用に外し、手を滑り込ませる。

「ん・・・!」

 さすがにレゴラスは身をよじった。重ねた唇がイヤイヤをする。

 か・・・・かわいい!!

 本気で最後までするつもりはなかったが、
そんな態度を見せられると、歯止めが利かなくなる。

 そのままソファーに押し倒して、足の間に膝を入れ、開かせる。
レゴラスの頬が、ピンク色に染まる。

 

「・・・・・・?!」

 その瞬間、アラゴルンは動きを止めて体を起こした。

 

 ピンポーン

 

 間違いない。玄関チャイムだ。

 まったく! 誰だ! いいところで邪魔をしやがって!

 カメラ付のインターホンに歩み寄って、アラゴルンは愕然とした。

 そこに立っていたのは・・・・

「アルウェン!」

 叫んで、慌てて玄関に走っていき、ドアを開ける。

「どうしたんだ? 実家に・・・」

「ええ、そうなの。
おばあ様とおじい様とお茶を飲んでいたらね、お兄様から電話があって」

 ニコニコとケーキの箱を持って入ってくる。

「叱られてしまったわ。新妻がそんなに頻繁に実家に帰るものではないって。
だから、食べようと思っていたケーキを持って帰って来たの」

 双子・・・余計なことを!!

「迷惑だった?」

「迷惑なわけないだろう? 帰って来てくれて嬉しいよ」

 にっこりと笑って妻にキスをする。

「ねえ、表にレゴラスのオートバイがあったみたいだけど、来ているの?」

 うわ、一瞬アラゴルンの顔が引きつる。

「アルウェン!」

 ちょうどいいタイミングで、レゴラスが居間から出てくる。

「レゴラス!」

 ぱあっと表情を輝かせて、アルウェンはレゴラスを抱擁した。
アルウェンはレゴラスはお気に入りである。
妹みたいとかなんとか・・・。妹という言葉自体、間違っているのだが。

「どうしたの? お父様と喧嘩でもしたの?」

 アルウェンのふくよかな胸に、レゴラスは気持ちよさそうに擦り寄る。
ちなみに、レゴラスの場合、大きな胸は母親の象徴みたいなものだ。
だからアルウェンも、くすぐったそうにしながらも、
レゴラスを自分の胸に押し付けたりする。

 もちろん、青筋立てるアラゴルンがそこにいる。
ヒトの女房に触るなとレゴラスを引っぺがす。
そのへん、ちゃんと旦那してる。

「まさか! ちゃんと仲良くしてますよ」

 にっこりと笑う、語尾にはハートマーク。

「実はね、アラゴルンと賭けをしたんです。それで、僕、負けちゃって。
今夜は何でも言うこと聞くって約束しちゃったんです」

 言うなよ!

 アラゴルンの顔が引きつる。

「まあ! だめよ。床掃除でもさせるつもりだったのかしら?」

 自分の子供みたいにレゴラスを抱き寄せて、アルウェンがアラゴルンを睨む。
もちろん、愛らしい睨み方なのだが。

「いや、別に床掃除とかは・・・・」

 何が楽しくてそんなことをやらせなきゃならんのだ! とも思うが、
じゃあ何をさせるつもりだったのか問われても困るので、
アラゴルンはごにょごにょと口ごもった。

「賭けって、どんな賭けだったの?」

 アルウェンに問われて、レゴラスは子供じみた笑みを見せる。

「ビリヤードです。でも僕、やった事無くって。
アラゴルンて、そういうの得意だったんですね」

「ビリヤード?」

 小首をかしげて、アルウェンは微笑んだ。

「私もしたことがないわ! 難しいの?」

 再びアラゴルンは、レゴラスを愛妻から離す。

「難しくはないさ。誰にでもできる」

「やってみたいわ!」

「いいよ、教えてあげよう」

 愛妻の手を握るアラゴルンに、レゴラスは口元を吊り上げて囁いた。

「男だねえ」

「うるさい!」

 振り向いたアラゴルンは、レゴラスに歯をむき出して見せた。

 

 

 

 と、言うわけで

『第一回ビリヤード大会』

 

 夜まだ早かったので、アルウェンは兄たちを呼び出した。
ちょうどその頃帰宅してきたエルロンドも、引っ張り込まれる。
エルロンドが来るということは、その秘書も一緒である。

 ビリヤード場を貸切にし、スポンサーをエルロンドが請け負う。
家族たちが遊ぶ姿を見るのは、父親としてエルロンドは嫌いではなかった。

 初心者のアルウェンを一人にさせるはずもなく、ペアマッチとなる。

「優勝者には、好きなものを与えよう」

 金持ちのエルロンドである。家だって買ってもらえる。

 で、双子ペア。

「新しい冷蔵庫と、最新の食器洗い機」

 あくまで主婦である。

 アルウェン。

「ヴィトンの旅行用ボストンが欲しいわ!」

「アラゴルンは?」

 エルロンドの問いに、少し考え、

「うちの社長室に、新しいファクシミリ」

 経費で買えよ!

「レゴラス?」

「え? 僕は・・・エルロンド様と一日ゆっくりできるお休み」

 頭上にハートが飛び交う。
双子もアラゴルンも、そんなの年中じゃないか! と、胸の中で呟いた。

「グロールフィンデル、お前は何が欲しい?」

 エルロンドに指名され、グロールフィンデルは顔を引きつらせた。
当然の成り行きで、レゴラスはグロールフィンデルと組むと誰もが思っている。

「・・・いえ、私はこのようなことは・・・・」

 そうだろうな、しないよな。
それはわかっていても、子供たちのはしゃぐ姿に、
エルロンドはいつになく強気であった。 

「愛車のタイヤ、交換時期ではないのか? 
フェラーリの本社にメンテナンスを頼んでもよいぞ?」

「やります」

 ぺこりと頭を下げたグロールフィンデルに、
双子もアラゴルンもどよめいた。

 どう見ても上手そうだぞ? 
っていうか、勝てるわけないだろう? グロールフィンデルに!!

 

 

 

 代表者のバンキング。

 アラゴルンとエルラダン。遊び込んでる双子の勝ち。
で、アラゴルンと・・・・

「僕にやらせて!」

 嬉々としたレゴラス。

 当然アラゴルンの勝ち。

「ルールは普通のナインボール。いいな?」

 エルラダンはキューを撫でながら言った。

「早くしろよ。お前らには絶対負けない」

 挑発的なアラゴルン。グロールフィンデルは別格として、
初心者のレゴラスやアルウェンは遊びの程度。
双子とアラゴルンはよき遊びのライバルだ。

「言ったな? お前に玉突き教えてやったのは、俺らなんだからな!」

 そんなムキになる姿は、若者らしい。エルロンドは微笑んで眺めた。

 

 双子とアラゴルンはかなり本気。エルラダンが打ち、アラゴルンが打ち、

「僕にやらせてー」

 と新しいもの好きのレゴラスが外し、2順目。

 まあ、みんな大人気なくはない。
アルウェンが不器用に構えていると、アラゴルンは優しく指導し、外しても

「もう一回打って見ろ。大丈夫、当たるさ」

 と双子は笑った。 

 なんとか手玉に当て、見当外れな方に転がっていっても、アラゴルンは

「いい感じだ」

 とかなんとか褒めて肩を抱く。

 レゴラスとアルウェンはキャッキャとはしゃぎ合う。

 ああ、なんて微笑ましい。
エルロンドはニコニコしながら子供たちを眺めている。

 たまには、こんな風に皆で遊ぶのも悪くない。

 で、キューを持ったグロールフィンデル。
じっと皆を観察し、困惑したように長い棒をもてあましている。

 それを見たエルロンドは、笑い合うレゴラスとアルウェン、
真剣に言い合いをしているエルラダンとアラゴルンを見、
エルロヒアをちょいちょいと手招きした。

「グロールフィンデルに打ち方を教えてやりなさい」

「え?」

 全員の視線が、そこに集まる。

 エルロヒアは目をぱちくりさせながら、グロールフィンデルを見た。
グロールフィンデルは、いたって真剣。

「もしかして・・・・・・・・・・・・初めて?」

「初めてだ」

 グロールフィンデルが答えると、
アルウェンとエルロンド以外の全員がどよめいて、一歩後退った。

 エルロンドは、グロールフィンデルと付き合って何十年。
彼が『遊び』というものをしているところを、見たことがない。
ゴンドリンでの生活は知らないが、
『遊ぶ』暇がなかったであろうことは想像していた。

 

 あのグロールフィンデルが・・・・

 初めてのことに挑戦・・・・?!

 

 エルロヒアは、かなり恐縮しながらキューの説明をはじめた。

 相手がアルウェンなら、とりあえず適当に持って、適当に打ってみな、
というところだが、なにせグロールフィンデルである。
キューの長さと重心の講義からはじめる。

 こりゃあ、一打までに時間がかかるぞ・・・。誰もが覚悟した。

 しかし、あのグロールフィンデルがやったことのないモノを披露してくれるのだ。
それくらい安いものだ。

(勝てるかもしれない)

 アラゴルンもエルラダンも、ひそかにほくそえんだ。

 

 そんなことをしていると、レゴラスの携帯が鳴った。
部屋の隅まで行って、レゴラスは携帯を開いた。

「あ、父さん? ・・・・僕、今夜はもう仕事はしないよ」

 ひそひそと声をひそめる。
アラゴルンとエルロンドは気付いたが、放っておいた。
今はエルロヒアに教わるグロールフィンデルを眺めるのに忙しい。

「え? 今どこにいるって?」

 レゴラスは眉根を寄せて、窓に寄ってカーテンを開けた。
遥か下方に、手を振る父の姿。

『近くで飲んでたらな、
すごい金持ちがビリヤード場貸し切って遊んでると噂を耳にしたんでな』

「よく僕らだってわかったね?」

『なんだか受付の女の子が騒いでたぞ。
すげーイイ男の集団で、美人の姉ちゃんが一人混じってたとか。
一度でいいからあんな男の人たちと遊びたいーとか』

 レゴラスはくすくすと笑った。

「父さんだったら、間違いなくその辺の女の子集めまくって、ハーレム作るね」

『そりゃそうだろう? 男同士で遊んで、何が楽しい?』

「そう言うだろうと思ったよ。上がっておいでよ。
でも、途中で女の子引っ掛けちゃだめだよ? 女連れは立ち入り禁止だからね」

 笑ってレゴラスは電話を切った。

 振り向くと、グロールフィンデルが構え方を教わっている。
びくびくしているエルロヒアと、
真剣そのもののグロールフィンデルの取り合わせがおかしい。
しかも、全員が息を殺してそれを眺めている。

 レゴラスはそっとエルロンドに近づいて、電話の内容を伝えた。
エルロンドは楽しそうに頷く。

 そうこうしているうちに、ドアのない入り口から、スランドゥイルが入ってきた。

「おう、皆集まって、楽しそうだな!」

 ぱっと視線が入り口に向く。エルロンドは立ち上がって、軽く挨拶をした。

「ああ、本当に美人が一人混じっている」

 アラゴルンはアルウェンの手を引き、仰々しくも『妻です』と紹介した。

「お前さんにはもったいないくらいの美人だな」

 確かに。誰もが頷く。
・・・・頷くなよ・・・アラゴルンは鼻先をひくつかせた。
スランドゥイルは紳士らしい態度で軽く膝を曲げて、
アルウェンの右手の甲に軽いキスをする。
アルウェンは頬を染め、アラゴルンはアルウェンの手を奪い返した。

「姫に挨拶して何が悪い?」

 スランドゥイルは悪びれない。
そういう態度が、女にモテる秘訣なのかもしれない。
双子は感心した。女性に対して、スランドゥイルは紳士だ。
エルロンドも感心する。してグロールフィンデルの反応は・・・・? 
グロールフィンデルはそんなことより、
キューの重さや手の位置を観察するのに集中していた。
もともと、学ぶことが好きな奴だ。きっとビリヤードもすぐに覚えてしまうだろう。

「お、なかなかいい位置についてるな」

 台の上の玉の位置を見回して、スランドゥイルはにやりと笑った。

「エルロンドはやらんのか?」

「私はスポンサーなのでね」

 にっこりと笑って見せる。

「スポンサーとな」

「一番勝った者に、好きな商品を与えることになっている」

 そりゃあ、エルロンドがスポンサーなら、世界一周旅行だって可能だ。
スランドゥイルの笑みも深まる。

「なんだ、番犬は初めてか?」

 グロールフィンデルに近寄ると、恥ずかしいのかムッとしているのか、
結局冷静な表情を保っている。

「ちょっと貸して見ろ」

 グロールフィンデルのキューを取り上げる。

「やってもいいだろう?」

「どうぞ」

 グロールフィンデルは、手のひらを上に差し出した。

「こうやってやるんだ」

 コン

 と、小気味よい音を立てて、手玉が転がる。

「うわ・・・・」

 双子とアラゴルンは声を揃えた。
なぜなら・・・・・当たった玉はあちこちに転がり、最終的に9番が落ちたからだ。
それがどれだけすごいことなのか、レゴラスやアルウェンにはわからない。

「おお、入った入った!」

 スランドゥイルはにこりとして見せた。

「父さんがビリヤードできるなんて、知らなかったよ」

「できるなんてもんじゃない! 相当上手いぞ!」

 レゴラスの呟きに、アラゴルンは応えた。

「まあ、ガキの頃はよく遊んだもんさ」

 どうということはない、というように、
スランドゥイルはキューの先にチョークをつけている。
その間に、エルロヒアが玉を並べなおした。それから、無言で『どうぞ』と指し示す。

「子供時代、ですか」

 エルロンドも感心している。すでに一杯引っ掛けてるスランドゥイルは上機嫌。

「シンゴルはこういう遊びが好きだったのだ」

 昔話なんて珍しい。レゴラスは、父の子供時代をほとんど知らない。

 スランドゥイルはブレイクショットを決めた。

「玉突きなら、ケレボルンの方が上手いぞ」

 ニヤニヤと世間話をしながら、コンコンと球を打っていく。

「ケレボルン殿が? それは初耳ですな」

 エルロンドの言葉に、スランドゥイルは人差し指を振る。

「ああ、わしなんか、いつも叱られたもんだ。力任せで打つなってな。
玉突きは優雅に華麗に決めなきゃダメだと。
わしは結局ケレボルンに勝った事はなかったな」

 脳ある鷹は爪を隠しまくるケレボルン。さすが、ガラドリエルが惚れた男。

 そうこう話しながら、スランドゥイルは9番を落とした。

「・・・・・ブレイクランアウト・・・・」

 エルラダンの顔が引きつっている。

「なに、それ?」

 レゴラスが首を傾げる。

「ブレイクショットから続けて、最後まで落とすことだ」

 ふうん、と、感心して見せるが、
きっとレゴラスにはそれがどれだけすごいかわかっていない。

 双子もアラゴルンも、呆然と立ち尽くした。

(絶対に勝てない・・・・)

「おっと、悪かったな、邪魔して。次は誰だ?」

 双子もアラゴルンも、ふるふると首を横に振る。

「なんだ、やらんのか?」

 エルロンドは笑いを抑える。
グロールフィンデルは、やらずに済んだことに、ちょっと安心しているようだ。

「では、スランドゥイル殿の優勝ということで」

 エルロンドの言葉に、全員がうんうんと頷いた。

「スランドゥイル殿、何かお望みのものはありますか?」

 ぐるりとメンバーを見回し、スランドゥイルはニヤーっと笑った。

「宴会だ!」

 おおーーっと男くさい歓声があがる。

「番犬! 会場押さえろ」

 グロールフィンデルにびしっと命令し、
ポケットからマネークリップに挟んだ札束を取り出して、
それをそのままアラゴルンに投げ渡す。

「酒買って来い。いいか、安物なんか買うなよ!」

 アラゴルンが出て行くと、
今度はカードケースからゴールドカードを出してレゴラスに押し付ける。

「双子と食いもん調達して来い」

「アイサー!」

 ピっと敬礼して見せ、レゴラスは双子と腕を組んで出て行った。

「私はなにをすればよいのかしら?」

 アルウェンがにこりと微笑むと、スランドゥイルも優しげに笑む。

「きれいなお嬢さんは、ムサイ男どもに華を添えていればいい。
皆が帰ってくるまで、ちょっとゲームでもしますかな?」

 うーん・・・・スランドゥイル、
アルウェンに対してだけは、どうしてこうも態度が違うのか? 
父親エルロンドは、ちょっと複雑。

「スランドゥイル殿、出資なら私が・・・・」

 アルウェンの手をとって球の打ち方を伝授しているスランドゥイルに、
話し掛けてみる。

「ああ? 男が細かいことを気にするな」

 細かい・・・・のか? っていうか・・・それじゃあ優勝商品にならんだろう?

「ホテルのスウィートルームを押さえましたが・・・・それでよろしいですか?」

 携帯電話を片手に、グロールフィンデルが目配せする。

「上等上等! お、番犬も教えてやるからこっち来い!」

 電話を切ったグロールフィンデルが、嬉々として寄って行く。

 嬉々として・・・・?

 エルロンドは腕を組んで頭をたれた。

 いや、楽しそうでよかったよかった。 

 最初の趣旨とは大分違う気もするが・・・・まあ、皆が楽しめればいいのか。

 

 

 

 豪華なスウィートルームで和やかな宴会。

 明け方になって皆が帰っていく頃、アラゴルンは大切なことを思い出した。

「レゴラス、賭けの話は・・・・」

「ああ!」

 ちょっと眠たそうなレゴラスは、ぽんと手を叩いた。

「一晩、終わっちゃったねえ。楽しかったね」

 にっこり。

 アラゴルンはがっくりとうなだれた。

 

 

 

 蛇足。

 いつものようにグロールフィンデルに送ってもらったスランドゥイル。
疲れて眠くて家まで帰るのが面倒だからと、
グロールフィンデルのマンションに転がり込んだ。

「玉突きでわしに勝てたら、なんでも言うこと聞いてやるぞ」

 そんな馬鹿な賭けをするところが、レゴラスと親子である。

「本当だな?」

 グロールフィンデル、ニヤリ。

 

 そして一ヵ月後。

 プロ並のビリヤードの腕を身につけたグロールフィンデルであった。

 恐るべし。彼の学習能力を侮ってはいけない。

 なにせ、あの天才、エクセリオンの愛弟子だったのである。