スランドゥイルの王国には、メネグロスから移り住み、
かつての最後の連合の戦いから生き延びたシンダールが何人もいる。
その者たちは「貴族」と呼ばれ、
王とともに国を動かす重要な役割を担っていた。
 スランドゥイルの側近を務めるのも、
それら「貴族」の者であった。
 今、スランドゥイルは貴族たちと円卓を囲み,
これからのことについて話し合っていた。
 彼らは皆、先代の王オロフェアにつき従ってきた者たちで、
スランドゥイルより年上の者がほとんどだ。
 彼らは、
 スランドゥイルより、
より強くノルドールを憎んでおり、ドワーフを嫌っていた。
 腕を組んで深く腰掛け、
スランドゥイルは貴族たちの話がまとまるのを待っていた。
「13人のドワーフたちは、はなれ山に向かったと考えて、
間違いはないだろう。スマウグの炎で焼かれて、それで終わりだ」
「しかし、なぜ今なのだ? 
何か予兆があったからこその行動ではないのか」
「現に、鳥たちの様子がおかしい」
「だとすれば、スマウグに対する何らかの対策があるのではないのか。
万が一にも、ドラゴンを倒すかも知れぬ」
「ドワーフどもがドラゴンを倒してくれれば、
それはそれで良いのではないか。奴らはエレボールを再建する。
我らとは関係のないことだ」
「問題は、ドワーフどもがスマウグの眠りを覚まし、
怒らせ、暴れまわる事だ。奴らが焼かれるだけでは済むまい」
 ほう、とため息が聞こえる。
「エスガロスが襲われたら? 助けに行くか?」
「スマウグ相手では、こちらも全滅させられるだけだ」
 誰もが重苦しい息を吐く。
「………他には?」
 スランドゥイルが先を促す。
「万が一、ドラゴンが倒された時は、だ。
エレボールには山ほどの宝が残される」
「スマウグが倒れれば、ドワーフどもが管理するだろう」
「管理しきれるか? 
エレボールの宝を欲しているのは、ドワーフだけではない。
北のゴブリンどもも宝を欲してやってくる」
 息を呑む沈黙。
「はなれ山をゴブリンに占拠されては、困る。
ドラゴンはいい。
放っておけばいつまでも宝とともに寝ているからな。
だが、ゴブリンどもは違う」
 それぞれが眉を寄せ、顔を見合わせる。
スランドゥイルはその様子を、じっと見守っている。
 スランドゥイルの隣に座る側近の男が、
発言が切れて久しいのを見計らって、王の方を見た。
「スランドゥイル王、ご意見を」
 貴族の者たちをゆっくりと見回し、
組んでいた腕を解いてテーブルに乗せる。
そして、ゆっくりとスランドゥイルは口を開いた。
「先は見えぬが、運命は転がり始めた。
今しばらくは様子を見よう。
東から北へ、いつもより多くの斥候を配置。
鳥の言葉を読むのが得意な者は、
鳥たちの言葉に注意深く耳を傾けよ。
 我らは、ドラゴンとは戦わぬ。
たとえ、エスガロスが襲われようと、
我らが全滅しては意味がない。
その後の援助は惜しむつもりはない。
 もし、はなれ山がゴブリンに占拠されることになるようなら、
戦は避けられぬ。早急に手を打ちたい。
 兵を揃えて待機させよ。
 どのような事態にも対処できるように、皆、心してもらいたい」
 円卓を囲んだ貴族たちが、胸に手を当て了承の意思を表す。
「王、斥候の選択から、王子は外します」
 隣の側近を、スランドゥイルは見やる。
「王子は経験不足で、不測の事態に対処できません」
「うむ」
 小さく頷いて、スランドゥイルは立ち上がった。
「人選は任せる」
 側近は軽く頭を下げると、すぐさま立ち上がり、
他の貴族たちと人選の相談を始めた。



 ぴりぴりとした緊迫した空気の中、数日が過ぎて行った。
 レゴラスは、何も出来ないもどかしさと、
必要とされない苛立ちに、ただ無意味に王宮を歩き回る。
 王と貴族の決定は、簡略化されて伝えられるのみであった。
 王族でありながら、何も知らされない。
 レゴラスはやりきれなさに苛まれる。
 普段は辺境警備として使わされるのに、
今回、斥候としても選ばれなかった。
「あなたは経験不足なのです」
 王の側近に、そう冷たく言い放たれただけで、
父は言葉を交わすどころか、目もあわせない。
 いったい、自分に何が足りないと言うのだろう?
 王の心が見えない。

 

 それは、夜半に突然起こった。
 エルフたちは、スマウグがエスガロスを襲う様を目にした。
それは、一瞬の事であった。
 そして、己らの目を疑った。
 人間が、ドラゴンを射止めたのだ。
 すぐさま斥候が王宮に走る。
同じくして、鳥たちが激しく喚きたてながら、方々へ飛んで行った。

 スランドゥイルは報告を聞くと、すぐに貴族を集め、
打ち合わせてあった行動に移る。
 これは、最悪の事態になるかもしれない。
 兵が集められ、夜のうちに進軍の準備が整う。
その兵の中に、レゴラスは含まれていない。
「父上!」
 鎧をまとう父王に走り寄る。
レゴラスには、なぜ戦の準備をするのか理解できないでいた。
スマウグが死んだのなら、エレボールはドワーフの手に戻る。
それだけではないのか。
 スランドゥイルははなれ山への進軍を指示していた。
「なぜ兵を?」
 息子を振り向いたスランドゥイルは、その目を見て、
「主のなくなった宝が、眠っている」
 そう言った。
 レゴラスは眉を寄せた。
「ドワーフの宝、が、目的なのですか?」
 スランドゥイルは肯定も否定もせず、視線を外す。
「父上! ドワーフの宝は、ドワーフのものです!」
 滑稽なほど真面目で緊迫した息子の声に、
スランドゥイルはふん、と鼻で笑った。
「若輩者」
 軽蔑するような冷たい単語に、レゴラスの動きが止まる。
「お前は王宮を守っておれ」
 そう言って、スランドゥイルは足早に去っていった。

 自室のベッドに、うつぶせに横たわり、悔しさに身を振るわせる。
 自分は、間違っているのだろうか?
「レゴラス王子」
 声をかけられても、レゴラスは顔を上げない。
 父の側近は、決して自分の味方ではない。
彼は、父以上に冷徹なのだ。
「王子、あなたのお母上は、とてもお強い方でした」
 幼い頃に、肉体を置いてアマンに去った、母。
レゴラスは上目遣いに父の側近を見上げた。
「王を信頼し、王に付き従い、王を守っていらっしゃいました。
誰かを微塵も疑わず、信頼し続けるのは、心の強さのなせる業です。
本当の強さとは、剣や弓の技術のことをさすのではありません」
 レゴラスは、側近の言葉に、また顔を背ける。
「王子は、王を愛していらっしゃらないのですか」
「………愛している」
「ならば、なぜ信用なさらない?」
「………」
 胸がつまり、涙を堪える。
「王があなたを拒絶しているのではなく、
あなたが王を拒絶しているのですよ」
 優しく静かな言葉は、鋭利な刃物のように胸に突き刺さる。
「強くおなりなさい。あなたの、お母上のように」 
「…早く…行きなさい。出陣に、王を待たせてはいけない」
 駄々をこねる子供のようなレゴラスの言葉に、
側近の男はため息をついて部屋を出て行った。