時間が流れる。 エルフの時間を数えるのは、難しい。 幾度花が咲き、散っていったか。 幾度月が満ち、欠けていったか。 何十、あるいは、何百もの年を数え、 また月日は巡る。 森のエルフ王は、供を従え狩りに出かけ、月夜に宴を開き、 時に人間と口論をし、時に人間と歌を歌い、 人間から恐れられ、人間から尊敬され、 平和なこの地を統べていた。 何ものにも縛られず、世の流れとは決別し、 ただ日々を楽しんでいる。 横柄で偏屈で、気まぐれで、 力ある他方の国のエルフからは、軽蔑されてさえいた。 数あるエルフの国々とは、 一切の交流を持たない。 孤立した森の王国。 王子レゴラスは、高い木の上から世界を見渡し、憂いだため息をつく。 いつか、 広い世界を歩きたい。 王子の心を知って尚、 王は王子が森から出ることを許さず、 宮廷に三日と留まる事も許さなかった。 王子は、深い闇の森を、いつまでもどこまでも彷徨い続けた。 クモを、時々出没するオークやゴブリンを、射止めるのがその役割で、 自分でもその腕はかなりのものだと思うようになっていた。 そして、 森から学ぶ事は、まだまだ尽きぬのだと知るようにもなっていた。 ほとんど顔を合わさない父王のことを、 嫌いになれぬことも承知していた。 久しぶりに宮殿に戻ると、 王は宮殿の一番高いところにある己の部屋のバルコニーから、 じっと空を眺めていた。 「…父上、只今戻りました」 ああ、と王は気のない返事をする。 帰還を喜ばれないのは、いつもの事だ。 ちくり、と胸が痛む。 「父上……」 「ご苦労。食事を取り、今宵は休め」 感情のこもらない、通り一遍の言葉。 レゴラスはため息を飲み込み、王の眺める空を見た。 何も変らない、いつもと同じ。 「………」 遠い空を、鳥が飛んでいる。 北へ。 北…? くるり、と王は踵を返し、真っ直ぐレゴラスの方に歩いてきて、 そのまますれ違って外に出て行った。 「………」 無言で父の背を見送る。 何か、あったのだろうか? 問いかけてみても、応えてはくれぬのだろうけど。 そして、案の定、王はいつもと変らず、 何も言わず、レゴラスを辺境警備の仕事へと追いやった。 「王、王子は昨日帰っていたばかりですよ? せめて数日の休みでも」 息子を追い出した後、スランドゥイルは玉座に座り、 じっと考え事をしていた。 「スランドゥイル王?」 側近の言葉さえ応えない。そんなことは、度々ある。 何を背負い、何を考えているのか、その心内を知るものは少ない。 問う事を諦め、側近はただじっと待った。 数刻過ぎた後、スランドゥイルは重たい口を開いた。 「鳥が…山に帰っていく」 「…?」 「斥候を走らせ、王子に伝えよ。 森の東、早せ川のほとりではなれ山を見張れ。 鳥たちの動向に気を配れ。異変を感じたら、直ちに宮殿に戻り、報告せよ」 「はい」 王は尚もじっと一点を凝視したまま考え耽り、 「否、戻ってくるな。伝令を出して報告せよ。戻れと言うまで戻るな」 側近は眉をひそめる。 「…何か、予兆が?」 スランドゥイルは、ふと側近を見上げた。その視線に、側近が一歩後ずさる。 「すぐに伝えます」 側近を追いやり、一人になったスランドゥイルは、 目を閉じ、深呼吸をして、目を開く。 おもむろに立ち上がり、玉座の間を出ると、広間にいる者に声をかけた。 「今宵は満月だ。宴の用意をせい」 森のエルフたちは、嬉しそうに返事をして、宴会の用意に取り掛かった。 13人のドワーフたちが闇の森に足を踏み入れたのは、それからしばらく経っての事だった。