嫉妬 これは、嫉妬、なのだろうか。 彼は、あの時、確かに、跪いて、永遠の忠誠を誓ったのだ。 それなのに、 彼は、私から遠く離れてしまった。 彼は言うだろう。 裏切ったのは、貴方だ、と。 裏切り? 運命に翻弄されることが、裏切りだというのか。 あの時、自分に何ができたというのだ。 あの時、自分はまだ幼かった。 連れ去られたとき、抵抗できたと、そう言うのか。 無論、そんなことはできはしなかった。 その後、 私を連れ去った者を愛したことが、裏切りなのか。 ならば私は、彼に言う。 なぜ、命を懸けて、連れ戻しに来てはくれなかったのか、と。 そんなこと、できるはずがない。 彼はあの時、まだ若くて、未熟で、 歴戦の戦士であるあの男に、敵う筈はなかったのだ。 だから、私は言う。 裏切ったのは、貴方だ。 永遠の忠誠を誓ったのに。 そんなことも、貴方は忘れてしまっただろう。 何故なら、 貴方もまた、私と同じように、 運命に翻弄され続けたのだ。 そして、確かに、忘れてしまった。 私も、貴方のことを、忘れていたのだ。 貴方の記憶は薄れ、名前だけが、耳に入っていた。 私とは無関係な存在として。 忘れなければ、生きてこれなかった。 だから、忘れた。 記憶の奥底に。 それなのに、今更。 このまま、無関係な存在として、 忘れたままでいられたら、よかった。 あの時の、 貴方と同じ目をした、 貴方の息子が、 私の前に現れるまで。 貴方は言った。 私に、忠誠を誓うと。 その約束を、 果たしてもらおうではないか。 貴方の忠誠の証に、 貴方の、 息子を、 貰う。 私を忘れて、 私の知らない女を愛し、 私から遠く離れたところで、 貴方の幸福を追求する、 貴方への、 これは、 嫉妬だ。 エルフという種族は、 嘘をつかないという。 そうだろう。 貴方の生き方は、常に真剣で真実なのだから。 だが私には、人間の血が流れている。 私は嘘をつく。 これは、嘘、なのだよ。 そして、 貴方は思い出すがいい。 私に忠誠を誓ったことを。 貴方の主人が、誰であるのかを。 怒り、憎むがいい。 遠い、名前だけの存在であるより、 心の底から憎まれた方がいい。 私は、嘘をつく。 「エルロンド卿?」  少年が、濡れた唇を開く。 私は微笑んで嘘をつく。 「愛しているよ、レゴラス」